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06 各々の動向

「ま、魔族の補給ルートを襲うって……どうやってですか!?」

 突然の無謀とも言えるマストルアージの提案に、レイアストも驚いて椅子から腰を浮かせた!


 確かに、それができれば人間領域へと戦火を伸ばす魔王(ちちおや)の軍は、行動不能になるほどのダメージを受けるし、なんなら撤退に追い込めるかもしれない。

 しかし、境界領域の広大な森や山脈の中には、レイアストが人間領域(こちら)に来る時に使ったような魔族の行動ルートは複数あり、そのどれが補給ルートなのかを知るのは極々わずかだ。


 しかも、そういった(みち)を使う者達には、本国に戻らなければ解除できない、秘匿のための魔法がかけられていているのが常である。

 そのため、仮に捕虜がいたとしても彼等の口を無理に割らせようとすれば、たちまち命を落とすという処理が施されているはずだった。


「そんな訳で、補給ルートの割り出しはかなり難しいハズです!」

 レイアストの言葉に耳を傾けていた一行だったが、マストルアージはニヤリと笑って「問題ない」と返す。


「実はな、この一件については、かなり有力な情報をもたらしてくれた奴がいる」

「だ、誰なんですか!?」

「もちろん、ワタクシよ」

 スッ……と優雅に手を上げ、話に入ってきたのはフォルアだった!


「フォルアお姉様がっ!?」

「ええ。ワタクシが知る限りの、境界領域にある魔族用の移動ルートを、全てマストルアージに伝えておいたわ」

 姉は事も無げにあっさりと言うが、それはとんでもないレベルの、重要機密の漏洩である!

 もしも魔王(デルティメア)にこの事がバレてしまえば、問答無用で極刑は間違いない!

 それを心配するレイアストに、フォルアは笑いながら「もうお父様とは敵対しているんだからいいじゃない」と事も無げに告げた。


「それに、ワタクシはワタクシの持てる力の全てを持って、レイアを支援すると決めたの。だから貴女は、まっすぐに魔王の座に向かって進みなさい」

「お姉様……」

 レイアストの手を握り、力強く頷くフォルア。

 そんな姉の激励に感激していたレイアストだったが、彼女の耳にフォルアがなにやらブツブツと呟く声が届く。


「ああ……見えるわ……。新しい魔王となったレイアの隣で、第一の腹心として君臨しながらも、二人きりの時は緊張感から解放されてワタクシに甘えてくるレイアの姿が……フフ、フフフ……」

 虚ろな瞳で推しとのプライベートを妄想するような姉の独り言に、少し怖い物を感じながら、レイアストはチラリとモンドの方へ視線を向けた。


(お姉様には悪いけど、そういう事ならモンドくんに甘えたいなぁ……)

 そんな彼女の視線に気づき、微笑みを向けてくるモンドを見ているうちに、レイアストの脳は勝手に将来のヴィジョンを連想する!


 疲れた自分に膝枕なんかしてくれながら、ヨシヨシと頭を撫でてくれるモンドとの蜜月……。

 その姿を想像すると、自然と顔がニヤけそうになってくる。

 さらに妄想は加速し、やがて二人は指を絡め、見つめあいながら顔を近付けて……。


(にへへ……)

 妄想にふけるフォルアに負けず劣らず、にやけた顔を晒すレイアストに、マストルアージは「ダメだ、こりゃ」といった表情になり、モンドも苦笑を浮かべていた。


「と、ところで先生。魔族の補給ルートを強襲するとして、当たりのルートの目星や、こちらの戦力はどうなっているんですか?」

 やや強引に話題を変えようと、モンドがマストルアージへと質問を飛ばす。

 すると、魔術師はフォルアからの情報を加えて魔族のルートを追加した簡単な境界領域の地図を広げ、ひとつひとつ答えていく。


「まずは補給ルートの見極めについてだが、人間領域へのアクセスや、物資を運びやすい道の広さ、そして境界領域内の敵対勢力からの襲撃を受けにくさなんかを考慮すると……ここが一番怪しい」

 言いながら、マストルアージが一本のルートを示す。


「実は、フォルアから情報をもらってすぐに、このルートを調べさせている」

「ワタクシがまだ魔王軍いた頃は、魔族領域での戦闘がメインだったから人間領域への進行計画自体には詳しくはないのよね。だけど、戦略的に見ればそこが怪しいと思わ」

「まぁ、他の道にも斥候は出しているが、おそらく今日か明日にでも本命のルートは割り出せるだろう」

 いつの間にか、連携して動いていたマストルアージとフォルアに、レイアストは驚きと感嘆を持って二人を見つめる。

 そして、少しばかり色に染まった彼女の脳内では、そんな二人の関係が急激に近付いているようにも見えた。


(まさか、もしかしたら本当に……?)

 確かに、以前はそんな気配をほんのわずかに感じた事もある。

 だが、それはレイアストが勝手に深読みした妄想に近い可能性だった。

 しかし、最近の姉達を見ていると、なんだかそれが実現しそうな気がして、レイアストは我知らずふにゃりとした笑みをこぼしてしまう。


(実際、歳の差はあるけれどマストルアージさんはデキるおじさんだし、お姉様にとっては魔術の構築式を教えてくれるコーチみたいなものだもんね……)

 自分がモンドと共にいる事に幸せを感じるように、フォルアにもそんな幸せを感じてほしい。

 そんな想いを秘めながら、レイアストはああだこうだと話し合うマストルアージとフォルアを、生暖かい目で見守っていた。

 もっとも、そんないわゆる『乙女の感』を告げた所で、二人からは「んなわきゃねーだろ」と一蹴される可能性の方が高いために、口にすることはないのだが。


「……なんだ、その腑抜けた顔は?もしや、モンドとのエロい妄想でもしてるんじゃないだろうな?」

「え!?」

「な、なにを言うんですか!」

 なにやらニヤけた顔で、心ここに有らずといったレイアストに、マストルアージが怪訝そうな顔でそんな事を言う。

 そんな唐突な不意打ちを受け、レイアストは慌てて否定をしたものの、モンドはまんざらでもなさそうにほんのりと頬を染めた。


「さっきからお前ら、なにやらぎこちなさそうな雰囲気だったからな……俺達は、戦場に出る身なんだからやりたい事があるなら、積極的にいけよ」

「マ、マストルアージさんっ!」

 からかうような魔術師の助言に、顔を真っ赤にするレイアストとモンド。

 しかし、そんな二人をマストルアージの背中越しに睨むフォルアの形相と圧力は、まるで般若のようだった。


「レイアスト……駄目よ?」

「も、もちろんですよ、お姉様!」

「モンド少年も……ね?」

「……気を付けます」

 意外にもあっさりと承諾したモンドに、フォルアも若干拍子抜けしたようだ。

 しかし、平然としているようで、モンドは胸の内に「僕はやるぜ!僕はやるぜ!」といった、灼熱の想いを秘めている!

(……事が済んだ後は、僕のターンだ!)

 師からの助言もあってか、レイアストを想う気持ちの炎をさらに滾らせ、モンドは彼女との関係を少しでも先に進める決意を新たにしていた!


「……ところで、マストルアージ。斥候に出したのは、この国の軍から借りた連中らしいけど、魔族の補給部隊を襲う時はどうするの?」

「そうですね……まさか、私達だけでって訳にもいかないです……」

 計画を詰めているの内に、具体的な内容に話が進むと、そんな疑問が浮かび上がってきた。

 確かに、いくら奇襲の形になるとはいえ、レイアスト達だけでどれだけいるかわからない部隊を壊滅させるのは、難しいだろう。

 それに、元々魔族の戦士は強靭な肉体に高い魔力を持つ者が多い。

 多勢に無勢の言葉通り、いかにレイアスト達であってもごり押しだけでは上手く行かないと思われた。


「それなんだがな……まずはこの国の軍から、斥候以上の人員を借りるつもりはない。あまりおおっぴらに動けば、目立ち過ぎる」

 仮に、本格的でないにせよ軍を動かそうとすれば、うまく隠そうとしても周囲に知れてしまうだろう。

 それはつまり、敵にも情報が渡りやすくなってしまうという事だ。

 補給部隊を狙う目論見まではバレはしないだろうが、やはり相手には警戒しないでいてもらえた方がなにかとやりやすい。


「まぁ、その辺の事も考えてだな……冒険者ギルドに依頼を出すことにした」

「冒険者ギルドに!?」

「おお。冒険者(あいつら)は、普段から境界領域内に入ったりしてるから、今回の作戦にうってつけだろう?」

「それは……そうかもしれないですけど……」

 マストルアージのいう通り、下手な人間領域内の国軍よりも、こういった場所での戦闘や現場の判断については、冒険者と呼ばれる連中に一日の長があるだろう。

 だが、レイアストが懸念するのは冒険者ギルドには、()が所属しているという事だ。


「つまり、今回の作戦にはあいつ……レイアさんに剣を向けた、ライドスも参加するかもしれないという事ですか?」

 いつものモンドとは違う、少し険のある声色で彼は師匠に尋ねる。

 すると、マストルアージは隠す事なく頷いた。


「その可能性は高い……というより、元よりあいつには作戦に参加してもらうつもりだ」

「っ!? どうしてそんな……」

「モンド少年の危惧ももっともね。初対面の印象で言えば、彼はレイアだけでなく、ワタクシにも牙を剥いて来そうよ?」

 危機感を顕にするモンドと、あからさまな敵対心を見せるフォルア。

 しかし、そんな反応はすでに予想していたのか、マストルアージはやれやれと頭を掻いて、まずは落ち着けと冷静になる事を促した。


「冒険者連中の力を借りるといっても、別に皆一緒に行動する訳じゃねえよ」

 マストルアージの説明によれば、冒険者はパーティごとに一定の間隔を開けながら、補給ルートの左右に配置する。

 そうする事で、敵の脇腹を何ヵ所も同時に突いて混乱させ、小分けにして壊滅ないし撃退するのだという。


「同士討ちやでかい魔術を使えるように、それなりの間隔は開けるつもりだから、戦闘中に背中を狙われたり因縁をふっかけられるような事はないだろう」

 一応、納得できる話ではある。

 だが、それでもレイアストは不安そうだったし、モンドとフォルアは憤慨気味だ。

「まぁ、お前らがそんな気持ちになるのもわかるが……」

 そんな彼女らに理解を示しながらも、マストルアージは諭すようにライドスの生い立ちについて語って聞かせた。


「……そんな訳で、あいつは尊敬する自分の親父が、言われない誹謗中傷を受けるのを見てきたんだ。その原因となった魔族そのものに対して、拗らせた感情を持ってしまったってのが、お前らと揉めた件の根底にある」

 まぁ、ほぼ八つ当たりではあるがな……と、絞めて、マストルアージは肩を竦める。

 そして、そんな彼の話を聞いて、レイアスト達の心境にもわずかの変化が訪れていた。


 理不尽な目に会わされる、尊敬すべき親への想い。

 そして、やるせない気持ちを魔族という存在そのものにぶつけてしまう心情。

 多少の違いはあるにせよ、それらはレイアストやモンドが感じた事のあるものばかりだ。

 そう考えると、あの時のライドスに対する怒りや敵愾心が薄らいでいくのを、彼女達は自覚していた。


「確かに、先代の英雄一行みたいに『聖剣の英雄』と『聖女』が協力しあう事で、国民の士気を上げてほしいっていう、大人の事情もある。だが……」

 そこで、マストルアージは一息吐いてレイアストを見つめる。

「俺個人としては、生死を共にした仲間の子供達が、いがみ合ってる姿なんか見たくねえんだよ」

「…………」

 ずっしりと重い、マストルアージの吐き出した言葉に、レイアスト達も声をかける事ができない。

 なにより、ライドスの素性にどこか共感する物を感じてしまっている今では、懐かない野良猫に対するくらいのおおらかな気持ちで、彼等に接する事ができるような気がした。


「……わかりました。この作戦が終わったら、もう一度ライドスさんと話し合ってみます」

「僕も賛成です。憎しみだけに捕らわれていると、道を踏み外す事になるかもしれない事を、知ってもらいたいと思います」

「……まぁ、ワタクシはレイアを傷つけるような事がないなら、別にかまわないわ」

「……ありがとうな」

 和解する事に前向きな姿勢を見せるレイアスト達に、マストルアージも安心したようにフッ……と小さく笑った。


「さて、それはそれとして、だ!」

 パンパンと手を叩きながら、マストルアージは気持ちを切り替えて次の作戦の件について話を戻す。


「さっきも言った通り、魔族の補給部隊を襲う計画の実行は一週間後。依頼を出している冒険者ギルドでも、今日か明日には参加者が決まるだろう。そうしたら、斥候が持ち帰った情報を擦り合わせ、ルートを確定して行動開始だ!」

「ずいぶんと慌ただしいんですね」

 矢継ぎ早に作戦内容を告げるマストルアージに、思わずモンドがそんな感想を漏らした。


「まぁ、ガチガチに手続きが必要な軍と違って、このフットワークの軽さが冒険者の利点でもあるな」

 その分、準備を個々のパーティに委ねる事による準備不足などの懸念もあるが、今回の依頼にはギルドの中でも上位者にしか応募をかけていないので、ぬかりはないだろう。


「そんな冒険者連中が、補給部隊を混乱させた所に、俺やフォルアの魔術を敵陣にぶちこんでやるっていうのが、だいたいの流れになるだろうな」

「大雑把な作戦ね……まぁ、変に縛りの無い方が気楽で良いけど」

 そんな作戦の要を任されたフォルアは、なにか一声かけて欲しそうにレイアストへチラチラと視線を送る。

 そして、それを察したレイアストも、姉に向かってグッとガッツポーズを取りながら、激励の言葉をかけた。


「頑張ってください、お姉様!格好いい姿が見れる事を、期待しています!」

「ホーッホッホッホッ!任せてちょうだい、レイア!このワタクシの勇姿、たっぷりと見せてあげるわぁ!」

 妹に頼られ、分かりやす過ぎるほどにテンションが上がるシスコン(フォルア)の高らかな笑い声は、しばらくの間やむ事なく王宮の中に響き渡るのであった。


            ◆


 王都の端の方にあたる一角に、冒険者達が御用達にしている大きめの宿屋がある。

 そして、その内の一室では、『聖剣の後継者』であるライドスが、一心不乱に聖剣の手入れをしていた。

 すると、不意に部屋をノックする音が響き、一呼吸置いてから彼のパートナーであるリセピアが扉を開けて入ってきた。


「ただいま、ライくん」

「おう、おつかれさん。すまなかったな、一人で行かせて」

「まったくだよ、もう」

 冗談めいた口調で責めるリセピアに、自身が座っていた椅子を譲ると、腰かけた彼女にライドスは問いかける。


「それで、ギルドはなんだって?」

「うん。一週間後に境界領域内にある、魔族の補給ルートを潰すため上位冒険者の力を借りたいって、国から依頼が来てるんだって」

「魔族の補給ルートを……?」

「そうなの。あんまり詳しくは教えてくれなかったけど、なんでも情報提供があったとかで、その補給路を割り出す事ができたんだって」

「ふむう……」

 リセピアの言葉を聞いていたライドスの脳裏に、とある魔族と人間の血を引く女性の姿がふと浮かび上がる。


(確か、レイアストとかいったか……アレが、情報提供者である可能性は高いな)

 どういう経緯があったかは知らないが、現状で彼女はマストルアージと行動を共にしていのだから、魔族に関する情報を提供していたとしてもおかしくはないだろう。

(……チッ!)

 内心で舌打ちしながら、ライドスは聖剣を鞘に収める。


 正直にいえば、魔族陣営にダメージを与えられる作戦ではあるし、やり甲斐はあるだろう。

 しかし、半魔族であるレイアストからの情報提供だとすると、施しを受けたようで気分的にはおもしろくない物がある。


(まぁいい……魔族どもにダメージを与えられるなら、乗ってやるさ!)

 自分の感情よりも、利益を取って静かに闘志を燃やすライドス。

 だが、彼のパートナーであるリセピアには、彼とはまったく別な懸念材料があった。


(ライくん……今度は、あの人達に喧嘩を売らなきゃいいけど……)

 初対面の相手に向かって、剣を突きつけていと時の光景は、思い出しただけで背筋が冷たくなっていくようだ。

 それが再現されない事を祈りつつ、また顔を合わせる事になるだろうレイアスト達を思い浮かべ、リセピアは大きなため息を吐くのであった。


            ◆


 そして、もう一人。

 レイアスト達やライドス達とは、違う思惑を持って動く男がいた。


 魔族領域内においても、他に類を見ない荘厳な造りの城の中を武装した剣士が歩を進めている。

 彼こそは、魔王軍最強と言われるデルティメアの長男、『剣鬼』ジンガ。

 しかし、普段は父の側近として城に詰めているはずの彼が、まるでここを離れるかのように武装している姿は、明らかに異常である。

 だが、通りがかり、すれ違う誰もがその事に気付きながらも、剣鬼の発する雰囲気に呑まれて声をかける事すらできないでいた。


「……どちらへ行くのですか、兄上」

「ザルウォスか……」

 進む通路を曲がった先で、たまたま顔を合わせたジンガの弟、『氷帝』ザルウォスが、怪訝そうな顔で兄に声をかけてくる。

 そんな問い掛けに、ジンガはまるでそこのコンビニまで……くらいの軽い口調で、人間領域へ向かうとだけ答えた。


「なっ……父の指示ですか!?」

「いいや、俺の意思だ。どうもあちらに、面白そうな戦の気配がするんでな」

「そんな、曖昧な事で……」

 ザルウォスは内心で頭を抱えるが、こと戦に置いてはジンガの直感はほとんど外れた事がない。

 そんな彼が言うのだから、近く人間領域において大きな戦いがあるのだろう。


「確かに、今は人間領域が不穏な感じではあります……フォルアも帰って来ませんしね」

 少し前に、父である魔王デルティメアを裏切った、落ちこぼれの末妹レイアストを始末するため、次女のフォルアが人間領域へと赴き、そのまま連絡を断っているのである。

 まさかとは思うが、アガルイアに続いてフォルアまでやられたのだとしたら、レイアストに対する脅威度を上げなければならないかもな……と、ザルウォスは密かに考えていた。


「フォルアだけじゃない。俺の部下の一人も、漁夫の利を狙って人間領域へ向かったが、いまだ何の連絡も無しだ」

「なんと……」

 その情報は知らなかったザルウォスは、驚きのあまり言葉に詰まる。

 ジンガの部下といえば、誰であってもデルティメアの領内では知らぬ者はないほどの剣士。

 それが帰ってこないとなれば、これはいよいよレイアストへの脅威度を改めなければならない。


「まぁ、それもあってな……少しばかり、物見遊山のつもりで行ってくる」

「フッ……またご冗談を……」

 ジンガが行くところ、そこは修羅の巷と化す!

 剣撃が響き、血風が舞う戦場(いくさば)を好む彼の言う『物見遊山』などという言葉は、殺戮の嵐が吹き荒れるのと同意だった。

 穏やかな口調とは裏腹に、ふつふつと立ち上る静かな殺気に触れ、ザルウォスもゴクリと息を飲み、背筋を流れる冷たい汗を自覚する。


「……わかりました、兄上の代わりに父上の側には俺が付きましょう」

「悪いな」

 ポンポンと弟の肩を叩き、剣鬼はこの場から去っていく。

 その背中を見送りながらザルウォスは、つねに殺気を漂わせるアレ(・・)に比べれば、自分が側にいた方が父の気も楽になるだろうと、自嘲気味に笑った。

 そして、万が一レイアストがジンガとかち合ってしまった場合を想定して……。


(楽には死ねんだろうな……)

 そんな考えが頭を過り、裏切った末妹にわずかばかり同情するのだった。

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