03 決別
「な、な、な、な……」
「ちょ、ちょっと、ライくん!いきなり、何をしてるのよっ!」
相棒の突然の暴挙に、リセピアも慌てて彼を止めようとする!
しかし、ライドスはレイアストからまったく視線を外さずに、パートナーへと注意を促した。
「お前も分かっているだろ……この女が、魔族だって事は!」
「それは分かってるわよ!」
(えっ……!)
雑とはいえ、一応は魔族とばれぬよう変装していたのに、あっさりと見破られていた事実にレイアストは小さなショックを受ける!
しかも、聖剣の後継者であるライドスだけでなく、回復術師を名乗ったリセピアにもバレていた事実に、冒険者という者達への洞察力と直感に警戒を抱かずにはいられなかった!
「だけど、いきなり剣を抜くのはダメでしょ!せめて、マストルアージさんが来るまでは静観するべきよ!」
「何を甘い事を……魔族を見かけたら、他に三十匹はいると思えと言うだろうが!」
(ひ、人を不快害虫みたいに……)
さすがのレイアストも、ライドスの物言いにカチンときたが、何かの弾みで刺されかねないこの状況では、下手に文句のひとつも口にできない。
しかし、何かを言いたげな彼女の様子に気づいたライドスは、手にした聖剣に力を込めて再び詰問してきた。
「答えろ、魔族……なにを企んで、ここにいる」
「な、なにをって……」
素直に魔王である父と戦うため……などと言えば、ふざけるなと刺されるかもしれない。
動揺して言葉に詰まるレイアストに、ライドスはわずかに身を乗り出した!
同時に、突き付けられた刃が彼女の喉へと押し込まれ、チクリとした皮膚を裂く痛みに、レイアストの顔が歪む!
だが、次の瞬間!
レイアストの危機に、彼女の影から一匹の狐が飛び出して、ライドスの聖剣を弾いた!
「クズノハちゃん!」
「フシャアァァァ!」
驚くレイアストを守るべく、クズノハは牙を剥き、全身の毛を逆立てながらライドスを威嚇する!
「なんだっ!?」
「どうしたの、ライくん!?」
「わからん!だが、この魔族の近くに何かがいるようだ!」
どうやら、彼等にはクズノハの姿が見えていないらしく、思わぬ反撃を受けたライドスは、忌々しそうにレイアストを睨みつける。
しかし、すぐに気を取り直したのか、あらゆる攻撃に対処しやすい基本の型に剣を構えると、再びレイアストと対峙した!
「どうやら、不可視の攻撃ができるようだが、そんな小手先の技で聖剣の後継者である俺を倒せると思うな!」
「別に、倒そうなんて思ってないですよ!って言うか、突然剣を抜いたのはそっちが先じゃないですかっ!」
「だまれ!人間領域の、しかも王城に潜む魔族なんぞ、スパイかなにかに決まっている!」
「い、一応は、『聖女』とかに任命されてるんですけどっ!」
「!?」
恥ずかしながらも、誤解を解くためにレイアストは敢えて『聖女』の肩書きを口にする!
彼女の言葉に、ライドスは一瞬呆気に取られるが、その手は食わないとばかりにニヤリと笑った。
「なるほど、聖女の振りをして内側から破壊工作を行うつもりか……そうはさせんぞ!」
「だから、なんでそうなるんですかっ!」
「ごめんなさい!この人、魔族絡みになると、こんな感じになっちゃうんです!」
リセピアが、自身の手で顔の左右を多い、視界がまっすぐにしかないといったジェスチャーを示す!
彼女の申し訳なさそうな顔を見て、レイアストはリセピアの苦労が偲ばれるような気がした。
「ねぇ!だから、ちょっと待とうよ!ライくんってば!」
「うるさい!魔族の企みは、ここで潰す!かかって来い、偽聖女……」
止めようとするリセピアを振り払い、レイアストに向かってライドスがそこまで言いかけた、その時!
突然、派手な音を響かせながら応接室の扉が蹴破られ、小さな人影が室内へと飛び込んできた!
「レイアさんに……何をしてるんだあぁぁぁっ!」
怒号と共に飛び込んできたのは、怒りの形相を露にしたモンドだ!
そのまま、炎を纏わせた拳でライドスに殴りかかる!
「ちっ!」
辛うじてその攻撃を受け止めたものの、モンドが年下の少年にしか見えないために、ライドスは反撃を躊躇してしまった!
その隙に、彼とレイアストの間に降り立ったモンドは、恋人を守るべく立ちふさがる!
「大丈夫ですか、レイアさん!」
「う、うん!私は平気……でも、どうして私が危ないってわかったの?」
「クズノハから、緊急事態だと報せがありましたから」
「クズノハちゃんから!?」
驚くレイアストに、どこか得意げにクズノハは「キャウン」と一声鳴いてみせた。
そんなかわいい守護霊獣を思い切り撫で回すレイアストを、ほっこりした笑みを浮かべて見ていたモンドだったが、すぐさま真面目な顔つきをライドスに向ける!
「これ以上、レイアさんには指一本触れさせない!」
「ヤッター!カッコいい!」
自分を守ってくれる素敵な少年の姿に、思わず浮かれた調子で喜ぶレイアスト!
だが、その様子を見たライドスは困惑した様子だった。
「おい、少年!その女は魔族だぞ!」
「だからどうした!」
「どうしたって……人間の宿敵だぞ?なぜ守ろうとする!?」
「種族なんて関係ない!レイアさんは、僕の大切な人だ!」
「なっ……」
堂々と言い放つモンドに、ライドスは言葉を失い、照れるレイアストの姿にロマンを感じたリセピアは、興奮気味に頬を染めた!
「魔族が……大切な人?」
モンドが何を言っているのか、理解できない……そんな風に戸惑いながら、ライドスはしばし固まっていた。
しかし、やがて情報の整理ができたのか、何かに納得したようにひとり頷く。
「つまりお前は、魔族側に着いた人類の裏切り者か!」
『なんでそうなるっ!』
ライドスの導きだした答えに、思わずモンドとレイアストの声が重なった!
「偽聖女と、それに付き従う裏切り者か……ここで纏めて倒せば、貴様らの計画は潰せるな!」
「け、計画ってなんですかっ!」
「知らん!だが、魔族がなんの企みも無しに、こんな所にいるはずもないっ!」
「言ってる事がめちゃくちゃだ……」
「ライくん?そろそろ私も、実力行使で止めに入るよ?」
さすがにライドスの行動が危険すぎると判断したのか、リセピアも声には本気の響きが込められていた!
そんなパートナーの声に、思わずライドスもたじろいでしまう。
そうして、奇妙な膠着状態となったレイアスト達だったが、そこへまたも部屋の外から第三者が乱入してきた!
「おいおい……お前ら、いったい何を揉めてるんだよ」
「マストルアージさん!」
聞き覚えのある、頼れる魔術師の声に、全員の視線がそちらに向けられる。
そんなレイアスト達の目に映ったのは、妹に剣を向けるライドスへブチ切れそうなフォルアと、息咳きらしながらなんとかそれ抑えるマストルアージの姿だった!
「マストルアージさん!魔族が……!」
「あーっ、マストルアージさん!ちょっとライくんを止めて……」
「マストルアージさぁん!この人、いきなり襲ってきて……」
「先生!レイアさんが危なかった……」
「離しなさい、マストルアージ!あの無礼者に、お仕置きを……」
「うるせえぇぇぇっ!」
一気に話し出す若者達に対して、マストルアージの怒号が鳴り響く!
その迫力に押され、黙ってしまった面々を眺めつつ、魔術師は深呼吸して息を整えた!
「とにかく落ち着け、お前ら!これ以上、俺に無理をさせるんじゃねえよ!」
肩で息するような、疲れた中年男性の悲哀のこもった主張に反論できる若者など、この場にはいない!
ライドスがしぶしぶ剣を納めながら、レイアスト達から離れるのを見て、ようやくマストルアージは安心したようだった。
◆
それからマストルアージは、一喝されておとなしくなったレイアスト達をテーブルを挟んで対面に座らせ、改めて各々を紹介していく。
片や聖剣の後継者ライドスに、その幼なじみで供に冒険者パーティを組んでいるリセピア。
片や元英雄パーティの仲間である、フレアマールの娘レイアストに、自分の弟子であるモンドと、レイアストの腹違いの姉フォルア。
すでに相手の素性をマストルアージから聞いていたレイアスト達はそうでもなかったが、こちらの素性を知らなかったライドス達は、大変な驚きようであった。
「確かに、そのレイアストという女からは、魔族の気配がする……ならば、父の仲間だったフレアマール殿が、魔王に屈したと言うんですか!」
「その辺はまぁ……色々あるんだよ」
お前もいい歳なら察しろと、マストルアージはレイアストの生まれた経緯について、それ以上の追及をさせぬよう話を切った。
それで一度は口を噤んだものの、今度はフォルアを睨み付けて、ライドスは声を荒らげる!
「では、こちらの女は?こいつは、完全に魔族ですよね!」
「まぁな……なんというか、フォルアは……妹が好きすぎて魔王軍を裏切った奴だから、そんなに警戒しなくていい」
「そんなにも、肉親の情に溢れた魔族がいるなんて……」
ちょっとだけ驚いたように、リセピアが呟く。
しかし、それも無理はない。
巷説だけでなく、魔族と交戦したことのある彼等の実体験に置いても、魔族は利己的で肉親すら己のための道具として使うような者がほとんどだった。
なので、フォルアのように魔王を裏切ってまで妹を守ろうとする魔族の存在は、まさに青天の霹靂と言っても過言ではない。
「とにかく、この二人は信頼していい。なんなら、将来的に人間と魔族の架け橋になってくれるんじゃねえかと期待してる」
「マストルアージさん……」
まさか、彼がそこまで自分達に期待しているとは……。
彼の胸の内を知り、レイアストとフォルアがちょっと感激したような目で魔術師を見上げた。
その様子を見て、ライドスは小さく舌打ちをする。
それを耳聡く聞き逃さなかったフォルアが、ヌルリとした目付きでライドスを見据えた!
「言っておくけど……貴方が、ワタクシの大事な妹に傷をつけた事、忘れてはいないわよ」
「だったらどうする……」
睨み合う、フォルアとライドスの間の空気が、ぶつかり合う闘気で陽炎のように揺らめく。
そんな二人に水を差したのは、場を仕切っていたマストルアージではなく、その弟子のモンドだった。
「落ち着いてください、フォルアさん……レイアさんを傷つけた事への落とし前は、いずれ僕がつけます!」
静かな……しかし、有無を言わさぬ強い意思のこもった声で、モンドは言い放つ!
それを受けて、ライドスの標的が少年へと変わった。
「君は先程、そちらのレイアストという魔族を『大切な人』と言っていたな?それは、どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、言葉の通りですよ。レイアさんは、僕のこ……恋人……です、から……」
顔を真っ赤にし、後半は消え入りそうなほどに声が小さくなってはいたが、モンドはハッキリと想いを口にする!
そして、それを聞いたリセピアが、興味津々とばかりに目を輝かせた!
「魔族と人間が……?バカな!」
しかし、ライドスにとっては信じられない事だったのか、否定の言葉を吐き捨てる!
「君は、そっちの魔族に騙されているんじゃないのか?」
「だ、騙してなんかいません!私にとっても、モンドくんは……大切な人です!」
聞き捨てならんとばかりに、語気を強めながらレイアストは立ち上がって反論する!
「ならば聞くが……君達は、どこまで進んでいる?」
「は……?」
妙な問いかけに、思わず間の抜けた声が出てしまった。
どこまで……とは、どういう事だろう?
「だから、仮にも恋人同士だと言うなら、どこまで関係性を深めたのかと聞いている!」
「そ、それは……」
「まぁ……手を繋いだり、たまにハグしたり……」
「ハッ!まるで、おままごとだな!」
初々しいレイアスト達の行為を、ライドスは鼻で笑った!
「キスのひとつもしていないのに、恋人同士とは片腹痛い!」
「っ!?」
痛い所を突かれたと言わんばかりに、レイアストとモンドの顔が歪む!
だが、このまま相手のペースに乗せられる訳にはいかない!
「そ、そこまで言うあなたは、恋人がいるんですか!」
「もちろんだ!」
反撃したつもりだったが、逆にハッキリと断言したライドスは、リセピアに向かって「な?」と声をかける。
それを受けた彼女の方も、少しばかり恥ずかしそうにしながら、「まあね……」と答えた。
「お、幼なじみで、冒険者仲間で……恋人!?」
「それじゃ、まさか……さっき自分で言ってた、キスなんかも……」
「当然、数えきれないほど重ねている!」
「ちょっと、ライくん!こんな所で、何を言ってるのよっ!」
真っ赤になって、デリカシーは無いのかとライドスをぽかぽかと叩くリセピアだったが、二人の関係性を聞いた後ではイチャついているようにしか見えない!
そんな恋人同士としては、こちらが上とばかりに見せつけてくるライドス達を見て、レイアストとモンドはほぼ同じ想いを抱いていた!
(う……羨ましい!)
(私だって、モンドくんと……)
羨望と嫉妬、そしてわずかな敗北感の混じった目で、ライドス達を眺めていたレイアスト達だったが、その気になれば自分達だってキスくらいできるはずだ!
その結論に至ったレイアストとモンドは、ライドス達から視線を外してお互いに見つめ合う。
だが、そんな二人の肩をがっちりと掴んで、間に入ってきたのはフォルアだ!
「……言っておくけど、貴女達には、まだ早いわ。少なくとも、ワタクシの目の黒い内は、させませんから……」
穏やかながら、超特大の釘を刺してくる姉の存在に、レイアスト達は小さく頷く事しかできない。
それを見ていたマストルアージは、やれやれと肩をすくめた。
「とにかく、だ!いくらマストルアージさんが信頼しているとはいえ、魔族と一緒にパーティなど組めない!」
改めてそう言い放つと、ライドスは立ち上がって部屋を出ていく。
「ちょっと待ってよ、ライくん!」
相棒の背に声をかけながらも、リセピアは申し訳なさそうにレイアスト達へ頭を下げた。
「あの……うちの相方が失礼な態度ですいません。でも、ライくんが魔族の人に敵愾心を持つのには、理由があるんです」
そんなリセピア曰く、ライドスの父ラディウスは魔王討伐に失敗した事で、国に帰ってからも相当肩身の狭い扱いを受けていたらしい。
それでも、腐る事なく精進し続けた父を尊敬するあまり、こんな思いする羽目になった魔王……延いては、魔族全体に恨みのような物を抱くようになったのだという。
「気持ちは理解できなくもないけど、それじゃあただの八つ当たりじゃないの」
「そうですね……」
歯に衣着せぬフォルアの物言いに、リセピアも悲しげに苦笑しながら同意する。
「でも……本来のライくんは、とても優しくて仲間想いな人なんです。ですから、レイアストさん達とも、いずれは歩み寄れたらいいなって思います」
先程、マストルアージが言っていた『人間と魔族の架け橋』という言葉に、リセピアも期待していますと、レイアストへ微笑みかける。
「そう……だね。がんばります!」
「はい!」
グッと拳を握るレイアストに、リセピアもがんばってください!と声をかけ、もう一度頭を下げるとライドスの後を追って部屋を出ていった。
そうして残された面々は、小さく息を吐き出すと、ソファにどっかりと腰を下ろす。
「やれやれ……まさか、あそこまで拗らせているとはな」
昔から、多少の交流はあったというのに、そこまで根の深い物を内に秘めていたとは、マストルアージも思っていなかった。
「まったく……若い者は、熱すぎて困るぜ」
これから力を合わせねばならないというのに、一筋縄では行かない連中の調整をしなければならない立場にあるマストルアージは、気の滅入るような深く重いため息を吐くのだった。




