11 新たなる仲間
「な、なんだよ……おっさんが頑張って追い付いたのに、随分だなぁ」
ちょっと拗ねたように、マストルアージは唇を少し尖らせる。
そんな、何一つとして可愛げのない仕草を見せるおっさんに、レイアストは悲しそうに眉を潜めると、頭を下げてお願いした。
「……お姉様は、いま最後の力で私達に語りかけてるんです……。申し訳ないですけど、静かに送らせてください」
「は……?最後って……」
マストルアージは、マジマジとレイアストの腕の中に横たわるフォルアを……というより、彼女の傷口を凝視する。
そして小首を傾げると、ソッと手を翳しながら素早く魔術の詠唱を行った。
「回復魔術」
マストルアージの手から溢れる暖かい光に照らされ、みるみる内にフォルアの胸の傷が塞がっていく!
やがて、綺麗さっぱり元どうりになった胸元に触れながら、驚きの表情のままフォルアは上体を起こした。
「お……お姉様ぁ!」
瀕死と思われていた状態から回復した姉に、レイアストは涙を浮かべながらしがみつき、ギュッと抱き締める!
そんな妹に、嬉し恥ずかしといった顔をしながらも、フォルアもレイアストの背中に手を回した。
「ありがとうございます、マストルアージさん!」
「いやいや、礼を言われるほどじゃねえよ。つーか、そのお姉ちゃんの傷は、致命傷でもなんでもねえしな」
先程まで今生の別れといった雰囲気が漂っていただけに、「そうなの?」と言いたげな微妙な顔付きで、レイアスト達はマストルアージを見上げる。
彼女達の視線から目を剃らし、エルディファに顔を向けたマストルアージは、責めるように声をかけた。
「おい、エルディファ。お前なら、あの程度で死ぬはすがないと分かってただろうが!」
「……まぁ、私は空気の読める女だからな。それに、フォルアが言いたい事を全部言うには、あの手の雰囲気は必要だったと思うぞ?」
悪びれた様子もなく、平然と言い放つエルディファに、マストルアージは「これだから年増エルフは……」などと悪態を突く。
すると、年増は余計だと、エルディファは魔術師の尻に蹴りを入れた!
そんなベテラン連中のやり取りを横目で見ながら、理解し合えた魔族の姉妹は、笑いあっていた。
◆
「……お姉様、これからどうなさるんですか?」
「そうね……このまま城に戻っても、ただではすまないでしょうしね」
単純に、レイアストの討伐に失敗したという事もあるが、アガルイアに続きフォルアといった魔王軍の大幹部が敗北したという事実が広まれば、戦況に与える影響は大きい。
そのため、自軍に戻ったフォルアの処遇は、決して軽い物ではないだろうし、下手をすれば粛正される可能性もあるだろう。
「お姉様……」
「いいのよ、レイアスト。貴女が無事なら、ワタクシは……」
「……あのよ、それだけの覚悟があるなら、お姉ちゃんもこっちに付いたらどうだ?」
重い顔付きで沈む二人に、横合いからマストルアージがそんな提案を投げかけた。
その言葉に、まるでそんな事を考えてもいなかったフォルアは目を点にして魔術師の顔を見上げる。
「なにを……言っているの?ワタクシは、レイアストと違って、純粋な魔族なのよ?」
「でも、レイアストのお姉ちゃんで、彼女の味方なんだろ?だったら問題ねえさ、なぁ?」
他のメンバーに、マストルアージが問うように話を振ると、エルディファは「いいんじゃないのか」と軽く答え、モンドは「賛成です!」と大きく頷いた。
「そんな、でも……」
「まぁ、あんたも戻るに戻れなさそうだし、他の兄姉や魔王にあまりいい感情は持ってねえんだろ?」
「…………」
「なら、レイアスト嬢ちゃんの力になってやってくれないか。あんたが加わってくれれば、大幅な戦力アップが見込めるし、嬢ちゃんが野望を果たした後の力にもなれるはずだ」
「野望を果たした……後?」
怪訝そうな若者達を前に、マストルアージは自身が抱いていた懸念を語る。
要するに、レイアストが現魔王でるデルティメアを倒して新たなる魔王の座についたとしても、人間の協力を持って勝利した彼女を、魔族達が簡単に受け入れるかどうかという点についてだ。
しかし、そこに魔族の誰もが認める実力者である、『万魔』のフォルアが加わっていれば、起こるであろう混乱は極力小さくできるかもしれない。
さらに、人間との共存を望むレイアストに協力した魔族の実力者がいるとなれば、人間側としても魔族への不安はいくらか減るはずだ。
そんなマストルアージが想定する話に、レイアストだけでなく、モンドも「ごもっとも!」とばかりに頷いていた。
「……と、いう訳で、もしもお姉ちゃんがこちらに付いてくれるなら、レイアストのこれからについても、心強いんだがね」
「…………」
まさか、こんな流れになるとは思ってもいなかったフォルアが戸惑っていると、レイアストも彼女の手をギュッと握ってまっすぐに見つめる!
「お姉様……お願いします。私に、力を貸してください!」
頭を下げ、協力を乞うレイアストの姿に、フォルアの中の姉魂が揺さぶられる!
なにより、可愛い妹とこれからは誰にも憚る事なく、ずっと一緒にいられるというのは、彼女にとっても魅力的な提案であった!
「まぁ……そうね。貴女がそれほど言うのなら、力を貸してあげるのもやぶさかではないわ」
少し照れたように顔を背けながら、フォルアはチラリとレイアストの様子を伺う。
すると、その視界に妹の顔がどアップで映し出された!
「ありがとうございます、お姉様!」
喜びで満面の笑顔を浮かべながら、レイアストがフォルアに抱きつく!
内心、妹との距離の近さに言葉にならぬほどの嬉しさで思考が途切れかけたフォルアだったが、かろうじて姉の威厳を保つべく、レイアストを受け止めて、頭を撫でてやった。
(こ、こんな幸せが日が来るなんて……)
密着するレイアストの香りを胸いっぱいに吸い込みつつ、フォルアの表情が蕩けていく。
だが、そんな夢のような時間は、突然終わりを告げた!
「っ!?」
和やかな空気を一転させる、突き刺さるような視線と共に、不穏な気配が急に周辺に溢れていく!
同時に、その元凶である存在がいるであろう方向に、全員の視線が集中した!
「ひゃっはー!聞いたぞ、見たぞ!」
「まさか、『万魔』と恐れられた方が、敗北した挙げ句に裏切るとはな」
嘲りを含んだ声と共に、壊れた結界の中に侵入者が姿を現す!
もはや気配を消す必要もないとばかりに、こちらへ向かって来るのは二人の魔族!
一人は軽装に身を包み、巨大な爪の付いた手甲を装備した粗野な雰囲気の男。
そしてもう一人は、長剣を腰に下げた冷たい気配を纏う男だった。
「あ、貴方達は!」
ニヤニヤとこちらを眺める、魔族の男二人を見て、フォルアの額に一筋の汗が流れる!
「お、お姉様の知り合いですか?」
「……別に、そういう訳でないのだけれどね。彼等は、ジンガお兄様とドルベートお兄様の配下で、それなりの地位を持つ戦士だったと記憶しているわ」
「フッ……貴女に記憶してもらえていたとは、光栄ですな」
言葉とは裏腹に、どこかこちらを見下すような空気のある乱入者達だったが、一応の礼儀として名乗りをあげた。
「私はジンガ様の配下である、『十剣』の一人。名をサベールと申します」
「俺はドルベート様直属の遊撃部隊、『インフェルノ』所属のチャカルマン!」
名乗った二人が在籍している部隊の名前なら、レイアストですら聞き覚えがあるほど有名な連中だ。
そんな奴等が、タイミングよくこの場に姿を現した理由。
それは……。
「まぁ、あんたなら俺達の目的もわかるよなぁ?」
「そうね……ワタクシの監視、あとはレイアストの首の横取りが、お目当てといった所かしら?」
フォルアの指摘に、乱入者達はニヤリと笑う。
その態度が、言葉に出さずとも彼女の言うことが正解だと言わんばかりであった。
元々、彼等の主であるこの兄弟姉妹は、時期魔王の地位を競うライバル関係でもある。
とはいえ、我が強くマイペースな魔王の子供達が、どれだけ本気でその地位を狙っているのかは分からない。
そのため、それぞれの部下はこうした反逆者狩りなどがあると、手柄を自分の主に捧げるべく、独自の判断で動く事も多々あった。
フォルアも出撃前に忠告を受けていたが、まさかこのタイミングでそういった輩が現れるとは、想定外である。
「ククク、そっちの落ちこぼれの首を奪うのに、どう出し抜いたもんかと迷っていたがよぅ……あんたが裏切るなら、好都合だぜ」
「裏切り者の首が二つあるなら、協力して事に当たれますからね」
フォルアに向ける二人の視線は、すでに獲物を狙う獣のようだ。
(まずいわね……)
内心、わずかな焦りを感じながら、フォルアは現状を確認していく。
本来なら、いかに兄達の精鋭の部下であろうと、フォルアの敵ではない。
しかし、今はレイアストとの戦いで力を使い果たし、まともに戦えそうにはなさそうだ。
それはレイアスト達も同様で、いま彼等とぶつかれば高い確率で敗北するのは、目に見えている。
サベール達が堂々と姿を見せたのも、疲弊した彼女達に対して、絶対な勝機を見出だしたからであろう。
「さあて、さっさと仕事を始めましょう」
「せめて、いい声で哭いてくれよなぁ!」
サベールが剣を抜き、チャカルマンが手甲の爪をカチャカチャと鳴らす。
臨戦態勢に入った二人が、レイアスト達に襲いかかろうと、肉食獣よろしくほんの少し身を沈めた、その時だった!
「ちょっと待てや。お前らの相手は、俺達がしてやるよ!」
不意に、魔族達の間に割って入る二人の男女!
言わずと知れた、マストルアージとエルディファの二人である!
「魔族内の関係性は知らんが、レイアストは俺の弟子みたいなもんだし、お姉ちゃんの方もいなくなっちゃあ困る。ここでお前らなんぞに、殺らせる訳にはいかねえんだ」
「それを言うなら、私にとってはフレアマールと二代に渡っての弟子だからな。ここは、いい格好をさせてもらおう」
立ちはだかるマストルアージとエルディファを前に、刺客である魔族の二人は一瞬、ポカンとした表情を浮かべた。
だが、それはすぐに嘲笑へと変わっていく!
「まさか、人間とエルフごときが我らの邪魔をしようとは、身の程知らずもいいところではないか!」
「お前らみてえなおっさんとババアじゃ、手柄の足しにもなりゃしねえ!うっとうしいから、さっさと消えろ!」
「おいおい、相手の実力も計れねぇボンクラどもが、偉そうに言ってくれるじゃねえか!」
「誰がババアだ、イキり散らすなら相手を選べよクソガキ!」
口悪く罵り合い、火花を散らす四人は、額に青筋を立てながら互いを睨み付けた!
対立する者達の間の空気が、ぐにゃりと歪んで見えるくらいに、各々が放つ圧力が徐々に高まっていき、やがてその緊張が限界を迎える!
それと同時に動き出した二つのグループは、雄叫びをあげながらが激しくぶつかり合っていった!
◆
「……思ったより、たいした事はなかったな」
戦いが始まってから、ほんの数分後。
足元に転がる、敗者……チャカルマンを見下ろして、マストルアージがポツリと呟いた。
「こっちも終わったぞ」
そう声をかけてくるエルディファの近くには、剣を折られた挙げ句にボコボコにされたサベールが横たわる。
ほぼ、一方的とも言える勝利を納めたマストルアージとエルディファは、お疲れさんと労いの言葉を掛け合いながら、コツンと軽く拳をぶつけた。
「さすが先生!すごいです!」
「二人とも、格好良かったですよ!」
モンドとレイアストから称賛を浴び、師匠であるマストルアージ達は、誇らしくも照れたような笑みを浮かべる。
そんな、和気あいあいとした師弟達のやり取りを横目に、フォルアは蹂躙されて地に伏せる魔族の精鋭を見ながら、ゴクリと息を飲んだ。
マストルアージの洗練された魔力の運用術に、エルディファの流麗な格闘術。
それらは魔族領域では決して見ることのできない、力無き者達が研ぎ澄ませてきた、恐るべき技の結晶だ。
生まれもった能力の差を埋めて余りある、人間達の技術の頂点とも言えるマストルアージ達の戦いを見て、フォルアは脅威と共に希望を見出だしたような気がした。
「……どうしたんですか、お姉様?」
ぼーっとしていたフォルアに、レイアストが怪訝そうに声をかける。
そんな妹に、フォルアは小さく笑うと、少し驚いただけよと答えた。
「……この人間達の協力が得られるなら、本当に成せるかもしれないわね……貴女の下克上が」
「……はいっ!」
フォルアの苦笑いの混じる呟きに、レイアストは自信満々といった顔で大きく頷くのだった。




