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05 エルフとの手合わせ

「よう、エルディファ!」

 マストルアージが軽く手を挙げて挨拶すると、エルディファと呼ばれた彼女は同じように手を翳し、パァン!と小気味の良い音を立ててタッチを交わす!


「こうして直接会うのは久しぶりだな、マストルアージ」

「ああ、ざっと十年ぶりって所か?」

「外界だと、まだそんなものか?結界の中(ここ)だと、もっと時間が過ぎてるんだがな……」

「ただでさえ長命で時間の感覚がおかしいエルフが、こんな場所に引きこもってんじゃねえよ!」

 軽口を叩きあう二人の姿は、まさに旧友といった感じであり、人間とエルフといった種族の違いによる隔たりは感じられない。

 その光景は、レイアストにとってもちょっとした衝撃だった。


 エルフは基本的に境界領域にある、森林地帯に住む種族だ。

 しかし、美しい容姿と高い魔力を持つが故に奴隷として狙われる事が多く、人間領域や魔族領域で見かけられた場合、そんな扱いを受ける者がほとんどである。

 そのため、エルフ側も境界領域外の者達には敵対的であり、こんな風に人間と打ち解けた姿を見るのは初めてだった。

 いったい、どのような素性の者なんだろうと、レイアストがエルディファを見つめていると、不意に彼女がこちらへ顔を向ける。


「なるほど、君がフレアマールの娘のレイアストか」

「は、はいっ!」

 マストルアージから知らされているよと微笑むエルディファの美貌に、同性ながらドキッとしてしてしまう。

「フフ……確かに、あの娘に似た顔立ちをしている……」

 そっと手を伸ばし、レイアストの頬を撫でるエルディファの目は、慈愛に満ちていた。

 しかし、拳を保護するためにバンデージのような布で固められた彼女の手は、歴戦の闘士である事を感じさせる凄みのような物が宿っている。

 弓と魔法の使い手であるはずのエルフが、このような拳を作り上げる……まさに目の前のエルディファは異端と呼ぶに相応しいだろう。


「……ふむ?」

 そんな風変わりなエルフはふいに小首を傾げると、頬に伸ばしていた手を下方へと移動させる。

 そして、おもむろにレイアストの胸を揉みあげた!

「ひやあぁぁぁっ!」

 鍛え抜かれたエルディファの指が、悲鳴を上げるレイアストのたわわな果実をムニムニと弄ぶ!

 そんな彼女のピンチに思わずモンドが駆け寄ろうとするが、それをマストルアージが制した。

「なるほど……」

 そうして小さく呟いたエルディファは、レイアストの胸から手を離すと、マストルアージの方へと向かっていく。

 そして、何事かをヒソヒソと話し始めた。


「おい、マストルアージ……あの子、武術的な基礎が全然育ってないぞ?」

「……そうなのか?」

「うむ。こう、頬に触れた時も胸を揉んだ時も、無防備にもほどがある」

「それだけで分かるもんなのか?」

「ああ、エルフが胸に触れるというのは、そういう事だからな」

 それがどういう事なのかよく分からないが、かつての弟子と魔王の間に生まれた娘……それだけに、もっと何か光る物を持っていてもいいはずなんだがと、エルディファは首を傾げた。

 だが、そんな彼女からの意見に、マストルアージもふと引っ掛かる物を覚える。


「そういえば、レイアストの奴は魔力が封印されていたとはいえ、そのコントロールについても異様に拙い印象を受けたな……もしかしたらあいつ、魔族領域ではまともな戦闘訓練を受けていなかったのかもしれんな」

 魔力の解放が成り、フレアマールから戦闘知識(おくりもの)を得たとは聞いていたが、それを生かす土台が育っていなければ意味がない。

 なので、エルディファに師事を頼んだのだが、まさかその土台作りそのものがされていないとは、さすがに予想外だった。


 いかに魔王の娘とはいえ、強さを重んじる魔族が何もレイアストを放って置いたとは考えづらい。

 いったい、彼女が魔族領域でどのような指導を受けていたのか、二人の指導者は確認しなければならなかった。


「レイアスト……お前さん、魔族領域にいた頃は戦闘訓練や魔法の訓練を受けてたのか?」

「は、はい!ただ……どちらもダメダメで、落ちこぼれ扱いでした……」

 返事の語尾が小さくなり、しょんぼりとした表情で項垂れるレイアスト。

 確か、彼女の兄であるアガルイアも、そんな事を言っていた。


「それで聞きたいのだが、魔族はどのような訓練方法を用いているんだ?」

 エルディファが尋ねると、レイアストは若干険しい顔になり、身震いしながらその内容を語る。


「ええっとですね……私の場合、戦闘訓練は上位者の魔族と一対一で戦い、どちらかが動けなくなるまで実践形式で行われていました」

「!?」

「そして、魔力訓練は私の姉とひたすら全力で魔力をぶつけ合う……といった感じです」

「!?!?」

 彼女の受けていた訓練に、なんだそれはと言いたげな顔で固まる、マストルアージとエルディファ。


「……むちゃくちゃだな、おい」

「魔族の訓練方法は、『限界まで追い込んで、乗り越えればヨシ!潰れたらそれまで』といった物だと噂には聞いていたが、まさか本当にそんな方針だったとは……」

 大きくため息を吐くマストルアージは、エルディファの言葉を受けてさらに渋面を作り出す。

 きっと、レイアストはただひたすらにレベルの違いすぎる上位者からボコられるだけで、自身の力を上げるコツさえ掴めなかったのだろう。

 道理で、基礎すら身に付いていないはずである。


「しかし、そんなやり方じゃ、大半が再起不能になりかねんぜ?」

「たとえ百人脱落しても、一騎当千の一人を作りあげるというのが、魔族の思想なんだろうな……」

「実際、そういう所はあると思います……」

 その手の訓練(?)を受けていたレイアストが言うなら、その通りなのだろう。

 マストルアージ達は、精鋭と呼ばれる魔族達の強さの秘密を知った気がして、うんざりするようなため息を吐いていた。


「……まぁ、さすがに私はそういった、使い潰しにするような訓練をするつもりはないがな。しかし……」

 コキコキと身体をほぐしながら、エルディファはレイアストの前に立つ。

「訓練するにも、今の実力を知らねばなんともならん。まずは、私と組み手といこうか!」

 ぶわりと陽炎のように溢れる闘気を纏い、エルフの教官は臨戦態勢に入る!

 まさかの、唐突な手合わせ展開にレイアストは戸惑うが、マストルアージも「やってやれ!」的な感じで親指を立てて煽ってきた!


「どうせなら、君の最大値が見てみたい。『雷神』を倒したという、特殊形態も見せてくれ!」

 やる気に満ち溢れたエルディファが、そんな事を言う。

 確かに、現在の最高出力を知ってもらうなら、その方がいいかもしれない。

 チラリとモンド達の方へ視線を向けると、それに応えるようにクズノハが駆け寄ってきた!


「今の二人なら、僕の介入が無くても転身できるはずです!『魂霊ドライバー』のキーワードを唱えて、クズノハを呼んでください!」

 少年の言葉に頷き、レイアストは大きく「魂霊ドライバー!」と叫びながらクズノハに手を伸ばした!

 すると、狐は輝く光に包まれ、小ぶりな箱のような物へと変化すると、彼女の手に収まった!

 レイアストも腹を括り、気持ちを切り替えるように大きく息を吐き出してから、魂霊ドライバーを腹部に巻き付けて構えをとった!


「転身!」


 掛け声と共にポーズを決めると、レイアストの全身が光に包まれる!

 そのまばゆい輝きが収まった時、そこには異形の戦士が姿を現していた!


 光沢のある黒の全身スーツに、攻撃部位や急所を覆う深い蒼をたたえた軽装甲。

 それらの上に朱袴と白衣を纏い、九つの尾に見立てた金髪縦ロールをなびかせながら、白狐の半面で顔を隠した闘士……。


 元の少女からは想像もできないほどに変化を遂げた、『五行闘士レイアスト』が、ここに再び顕現した!


「…………」

 面影すら感じられないほどの変化に、初見のエルディファは思わず言葉を失う!

 そして、隣にいたマストルアージの腕を、肘でつつきながら問いかけた!


「おい、マストルアージ……最近の若者の間では、こういうのが流行ってるのか?」

「いや、俺もおっさんだからよくわからんが……」

「は、流行りとかじゃなくて、自動的にこの姿になっちゃうだけです……」

 転身した格好に困惑する、エルディファと真顔で答えるマストルアージに、レイアストもなんだかいたたまれない気持ちになってしまう。

 ただ一人、モンドだけは「格好いいのに……」と、小さく呟いていたが。


「まぁいい……ともかく、君の全力を計らせてもらうとしよう。おもいっきり、かかってこい!」

「は、はいっ!」

 大きく頷きながら地を蹴ったレイアストと、迎え撃つべく動いたエルディファは、真正面から激突した!


            ◆


 ──それから、小一時間ほどが過ぎ、どさりと地面に転がったレイアストの転身が解除される。

 ぜいぜいと荒い息を吐く彼女に、モンドが水を持って駆け寄り、上体を起こすのを手伝った。


「……なるほど、本人の身体能力を大幅に伸ばし、様々な属性の魔術を攻撃に乗せつつ、敵の魔術や魔力防御を散らせる効果がある特殊装備か。かなり考えられているな」

「そりゃあ、はるか東方の龍州で長い年月をかけて作られた、とっておきの秘術だからな」

「龍州か……かなり昔に、私も行った事があるが、独特の雰囲気を持った国だったな」

 手合わせが終わり、ぐったりしているレイアストと比べ、エルディファの方はちょっとハード目な運動でもした後のように、平然と汗を拭いながらマストルアージと話している。


 その様子を見ていると、あの恐ろしい兄を退け、ちょっとばかり伸びつつあった天狗の鼻をへし折られたような気がして、レイアストは「とほほ……」と自分の未熟さを思い知らされていた。

 だが、そんな落ち込みそうになる気持ちとは裏腹に、エルディファの見せてくれた洗練された格闘技術の数々には、思わずため息が漏れそうになる。


 防御から転じるように攻撃に移る、流麗な体捌きや間合いの掌握など、まるでレイアストの方が彼女に誘導されて動かされているように感じられるほどで、技量の差が天と地ほどもある事の証明だった。

 エルディファに師事すれば、転身した時の能力向上も相まって、父である魔王ともまともに戦えるかもしれない。

 そんな、前向きな希望は、確かに彼女の中に芽生えた。

 だが……。


(……なんだろう)

 転身の解けた自分の手をジッと見ながら、レイアストはなんとも言えない違和感を反芻する。

 その原因……それは転身した時の見た目は変わらないというのに、アガルイアと戦った時の迸るような力の本流が感じられなかった事だ。


(どうして……)

 それは小さな不安の染みとなって、ジワリと胸の内に滲むように広がっていく。

 相手が、ぶっとばしてやりたくなる人じゃなかったから?

 それとも、完全な実戦じゃなかったから?

 どれもが合っているようでもあるし、間違っているような気もする。

 はっきりとした答えは見つからず、レイアストはさらなるモヤモヤを抱えていた。


「レイアさん?」

 ぼーっとしていた所に、モンドから声をかけられ、驚きで飛び上がりそうになりながらも、慌てて彼の方へ笑顔を向ける!

「ど、どうしたの、モンドくん?」

「いえ、なんだか様子がおかしかったから……どこか体調でも悪いんですか?」

 自分の事を気にかけて見ていてくれる少年に、キュっと胸が甘く締めつけられた!

 衝動的に抱きしめたくなるが、過度のスキンシップは嫌われるかもしれないとの負の思考により、かろうじてそれを堪える!


「……うん、大丈夫!まだ、クズノハちゃんとの合体に慣れてないだけだと思うから、もっと数をこなせば上手くいくよ!」

 半ば自分に言い聞かせるように、レイアストはあえて明るい雰囲気で強がってみせた。

 しかし、そんな彼女をモンドとクズノハは、少し心配そうに見守るのだった。

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