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04 すれ違う想い

 ──翌朝。

 マストルアージに案内され、レイアストは彼女に戦闘訓練をつけてくれるという人物の元へと向かっていた。

 その人物は、王都から少し離れた場所に居を構えているらしく、朝から向かえば昼頃には到着するだろうとの事だった。


「……どんな人なんだろうね、私に訓練をつけてくれるマストルアージさんの知り合いって」

「僕もよくは知りませんが、徒手空拳の達人らしいですよ」

 マストルアージと共に着いてきてくれたモンドが、レイアストの問いに答える。


(ううん……)

 そんな、いつも通りすぎるモンドの様子に、レイアストは内心でモヤモヤした気持ちを感じていた。

 こうして、普通に話すだけならば彼の対応は普段と変わらない。

 しかし、前のようにどこかに触れようとすると、わずかに身を逸らすなどして、どこか一線を引いている感じがするのだ。


(や、やっぱり、私の事はお姉さんみたいにしか思ってないのに、グイグイ来られたから引いてんだろうか……)

 マストルアージから聞いた、彼の家族構成とその末路により、モンドがレイアストを亡き姉に重ねているだけではないかという疑念が、再び頭をもたげてくる。

 もしもそうだったとしたら、転身した時の行動もかなりヤバい事になっていたとのではないかと、レイアストは内心でハラハラしていた。


 一応は、クズノハと合身したための後遺症みたいなものという事で、モンドも納得してくれたハズだが、それでも彼には何かしらの悪影響はあったのかもしれない。

 それが、今のモンドが発する小さな拒否感に繋がっているのだとしたら……そんな事を思うだけで、レイアストの気持ちは落ち込んでしまう。


(ううう……てっきり、両想いだと思ってたんだけどなぁ……)

 ビビりではあるものの、基本的にはポジティブな彼女は、モンドの態度や言動からそんな都合の良い展開を予想していた。

 しかし、彼の行動が別の原因から来るものとわかると、途端に能天気に浮かれていた自分が恥ずかしくなってくる。

 そうして、気恥ずかしさに悶絶するレイアストの隣では、モンドもまた胸の内にモヤモヤした感情を抱えていた。


            ◆


(なんだか、レイアさんに対して態度がぎこちなくなっちゃうな……)

 触れようとしてきた彼女の指をかわしてしまった時は、少しあからさま過ぎたかもしれない。

 ちらりと見えたレイアストの悲しげな顔に、沸き上がった罪悪感のような物がチクチクと針のように少年の胸に突き刺さる。

 だが、それでもどこかで一線を引く事は必須だと少年は、キュッと口元を引き締めた。


 モンドがそんな事を思う原因……それは、レイアストの両親が知った事にある。

 彼女の父親は魔王デルティメア、そして母親はこのクルアスタ王国の王女だったフレアマール。

 モンドが重く見ていたのは、この母親の素性だった。


 彼が生まれ育った、故郷の『龍州』では、王の一族は神聖な役目を担った、特別な存在とされている。

 そのため、高い家格の者でもなければ付き合うどころか、面通りすら許されぬほどに、特別な一族として身分の差が徹底されていた。

 そういった経緯もあってか、モンドは王族の血筋でもあるレイアストに対して、あまり馴れ馴れしくしてはいけないという心情が芽生えてしまっていたのだ。


(ウチの家系は、もう僕しか残っていないし、レイアさんに釣り合う家格なんて無いもんな……)

 代々王族に仕えていたモンドの家系は、それこそ王族の者と婚姻を結べる可能性があるほどの名門であったが、裏切り者により全てを失った。

 そのため彼はいつか家の復興をしたいという大望を抱いており、その成就を果たすまでは姓を名乗らず、ただのモンドとして生きていく事を誓ったほどだ。

 しかし、その願いが逆に、仲良くしようと歩みよってくれるレイアストとの距離感を縮める事を躊躇させた。


(ごめんなさい、レイアさん……)

 正直な心境を言うなら、モンドもレイアストに対して共に歩みたいと強く願っている。

 もしも、彼女が自分の想いを受け入れてくれたなら、これ以上の幸せは無いだろう。

 だが、そんな想いを抱きながらも、本当の気持ちを伝える事すらできない自縄自縛の渦中で、モンドはモヤモヤとした感情をどうする事もできずに囚われていた。


 己にしっかりとした自信がまだ持てないレイアストと、真面目すぎるが故に気持ちに蓋をしてしまうモンド。


 隣だって歩く二人はいつしか、どちらともなく似ように身悶えし、互いに気づくこと無く似たような体勢で苦悩する。

 そんな二人を端から眺めながら、マストルアージは思う。

 なんかこいつら、面白い事になってるな……と。


            ◆


 若い二人が恋の悩みで悶えてはいたが、当初の予定どおり、目的とする戦闘訓練の教官宅の近くまでレイアスト達は到着した。

 そこは、王都からやや離れた大きめな森であり、目指す人物はその中に住んでいるのだと説明しながら、マストルアージは森の中へと入っていく。

 そうしてしばらく進んだ所で、ふいに彼は足を止めた。


「どうしたんですか、先生?」

「ん、この辺のはずだが……」

 モンドの問いかけに生返事を返しながら、マストルアージはキョロキョロと辺りを見回す。

 そうして、なにかを探っていた彼だったが、ふいに「あった、あった」と呟きながら、虚空へと手を伸ばした。

 すると突然、彼の手が何もない空間に潜り込むようにして消失してしまう!


「せ、先生!?」

「マストルアージさん!?」

 慌ててレイアスト達は駆け寄るが、それを制すように彼は空間から手を引き抜いて見せた。

「大丈夫だ。ここから、あいつ(・・・)が作った結界になってるんだよ」

「け、結界……?」

「ああ、あいつはちょっとした事情があってな。この森に結界を敷いて、隠れ住んでるのさ」

 マストルアージはそう説明しながら、結界に入るために俺のどこかに触れておけと言って、二人に手を差し出す。

 その手を握りながらも、緊張のためか神妙な面持ちとなったレイアストとモンドに、マストルアージは苦笑した。


「そんなに、緊張する事はねえよ。んじゃ、行くぞ!」

 先導するマストルアージの姿が消え、彼の手を握ったレイアスト達も結界の壁を通りすぎる。

 一瞬、クラリとした眩暈にも似た感覚をおぼえたが、気がつけば彼女達は開けた広場のような所に立っていた。


「ええっ!? こ、ここは……」

「大丈夫、ここはもう結界の中だ」

 魔術師の言葉に安心しつつも、その不思議な空間をレイアスト達はグルリと見回す。

 大きめな運動場ほどの広さのスペースには、殺風景と言っていいほど何もなく、ただひとつ奥にポツンと一件の家があった。

 おそらく、あれがこの結界の主が住む家なのだろう。

 そこへ向かい、マストルアージが歩を進め始め、レイアスト達もそれに続く。


「……外から見た時は、こんな広場はありませんでしたよね?外界と隔絶するタイプの結界ですか?」

「ああ、この結界内は空間が歪んでいるし、時間の流れも外界とは違う。ったく、森の中限定(・・・・・)とはいえ、これだけの結界を敷けるのは大したもんだ」

「時間の流れまで!?」

 何気ない師の一言に、モンドはまたも驚愕する!

 確かに、魔力に優れた魔族の中においても、それだけの特殊空間を作り出せる者など皆無であり、モンドの驚きはそのままレイアストの驚きでもあった。

 しかし、マストルアージの説明に、少しばかり気になる事があり、つい彼女は問いかける。


「あの、森の中限定というのは?」

「ああ、ここの主がちょっと訳ありでな。それというのも……」

 そこまでマストルアージが言いかけた時、突然に彼女らが目指していた家の扉が開け放たれ、人影が飛び出してくる!


「私の結界術が、かの大魔術師どのに褒められるとは、なんとも光栄な事だな!」

 冗談めかした言動を口にしながら、レイアスト達の前に姿を現したのは一人の女性!


 歳の頃は、二十代半ばぐらいだろうか。

 蜂蜜色の長い髪をポニーテールにし、わずかに細められた切れ長の美しい瞳には、戸惑うレイアスト達が映し出されている。

 女性らしい豊かで柔らかな膨らみを備えながらも、スラリとした均整の取れた肉体は、さながら鍛え抜かれたアスリートのようだ。

 しかし、もっとも驚くべきは彼女の特徴的な耳の形にあるだろう。

 人や魔族よりもピンと伸びたその長い耳は、ある種族の証明でもあった。


「エルフ族……」

 レイアストの呟きに、結界の主はニコリと魅力的な笑みを返してきた。

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