02 兄姉
「叔父様のご厚意は嬉しく思いますが……その提案は、辞退させていただきます」
まっすぐな瞳で見据え、ハッキリと断りを告げたレイアストに、「ええ~……」と悲しげな声と共にアスクルク王の顔がみるみる曇っていく。
「な、なぜだレイアスト!お前の安全は保証される上に、もう自分で戦わなくてすむのだぞ!お前は、戦うのがいやなのではないのか!?」
断られても諦めきれないのか、アスクルク王はすがるように食い下がるが、レイアストの意思は変わらない。
「……確かに私はビビりですし、先の戦いだってモンドくんに助けてもらって得た勝利です。でも!」
グッと握った自身の拳を見つめながら、レイアストは母の言葉を思い出す。
曰く、『レイアストの力は、愛する人を守るためにある』と。
あと、『ついでに父親をぶん殴ってくれると嬉しい』とも。
後者は別としても、母から贈られた前者の言葉と想いが、今のレイアストを支える骨子と言っていい。
だから、彼女は愛する人と供に行く道を選ぶために、父親に逆らって下克上する事をきめたのだ。
もっとも、アスクルク王の話を断るのは、急に知らない従兄弟の婚約者になるなんて、怖いから無理という本音もあるのだが。
「お父様……魔王デルティメアに喧嘩を売ったのは、私自身。なればこそ、後方に下がって誰かに代わりをさせる訳にはいきません!」
仮にレイアストが人間の国でのほほんと庇護を受け、他の誰かにデルティメアを倒してもらった所で、魔族の誰一人として彼女を新たな魔王とは認めないだろう。
彼女の理想を成し遂げようと思うならば、本人が前線に出て、力を示さねばならない。
そんな強い想いを瞳に宿したレイアストを見て、アスクルク王は涙に濡れた目をしながらガクリと項垂れた。
「……その目、あの日すべてを捨てて英雄パーティに加わった、姉上にそっくりだな」
悲しいような、それでいてどこか懐かしむように呟きながら、国王はレイアストの肩に手を置く。
「そんな目をするのでは、最早止める事はできまい……ならばせめて、我々にお前達の旅をバックアップをさせてくれないか?」
「え?」
王として、そして叔父としても万全の後方支援をしてやりたいと申し出る、アスクルク王。
その提案自体は大変ありがたいのだが、なにやら時折異様な感情の重さを見せるだけに、一抹の不安が拭いきれない。
しかし、そんなレイアストにマストルアージが「いいじゃねぇか」と声をかけてきた。
「さすがに、アスクルクが旅に同行する訳じゃねえだろうしな。なんだかんだで、旅費やら物資の支援をしてもらえるのはありがたい」
マストルアージの言葉には、かつて魔王との戦いに赴いた旅の経験からくる重みと説得力があった。
そうなると、旅に慣れていないレイアストにとって、ここは素直に彼の助言を受け入れた方がいいだろう。
そう判断し、ありがたくアスクルク王からの支援を受ける事にした。
「よぉし!ではまず、レイアストを『聖女』に認定しよう!」
「せ、聖女!?」
唐突に出てきた大げさな名称に、レイアストはギョッとしてしまう!
もっと普通に支援してもらえれば良かったのに、なぜにそんな物に認定されなければいけないのか!?
その事を叔父バカなアスクルク王に告げると、まだまだ未熟な若者を諭すように、彼は笑みを見せた。
「フッフッフッ……うちの国だけから支援するなら、確かにそんな大げさな名称はいらないだろうがな。しかし、『魔王討伐に赴く、特別な聖女』という大義名分を得れば、人間領域内すべての国からの協力を得られるからだよ」
「に、人間領域すべての!?」
「ああ。実際、かつての『英雄戦争』の際も、英雄一行は様々な国の通行料、さらに重要施設使用等への推薦状などが免除されていたし、各国から必要な物資などの支援も得られるようになっていたからな」
アスクルク王の言葉を確認するように、レイアストとモンドはマストルアージの方へと振り返る。
「……ん。まぁ、確かに当時はどこでもフリーパスだったし、色々と援助も受けられたな。ただ、今と昔とでは各国の情勢も違うから、どれだけアテにできるかはわからんが……」
「それでも、有るのと無いのでは、旅の負担は雲泥の差であろう」
アスクルク王の言う通り、仮に通行料が免除されるだけでもかなり負担は減るだろう。
(ううん……あんまり、目立つような立場にはなりたくないけど……)
チラリと隣に座るモンドを覗き見ながら、レイアストは小さくため息を吐いた。
(もしも強い敵が出たら、普段の私なんてあんまり役に立たないだろうし、旅の道中も色々と迷惑かけそうだしなぁ……)
それならば、お飾りとはいえ何かしらの特権を得られる『聖女』の認定を受けて、モンド達の役に立ちたいとレイアストは考える。
「……わかりました。私は、それほどの肩書きに似合う人物ではないでしょうけど、叔父様のご厚意に甘えさせていただきます」
「フフフ、任せておけ!かわいい姪っ子のために、全力を尽くそう!」
あまり気合いを入れすぎるなとマストルアージは忠告していたが、王の耳にその言葉は届いていたのかは不明である。
そうして、あれよあれよと話は進み……話は前話の冒頭へと回帰すのだった。
◆
(……てっきり、『聖女』の認定証のような物が発行されるだけだと思っていたのに、こんなに派手な事になるなんて)
いまだ、『聖女』レイアストへの熱烈なコールは、止むことはない。
それだけ今回の魔王軍による襲撃に、国民達は不安を募らせていたのだろう。
引きつりそうになる顔をなんとか笑顔に固定して、レイアストは『聖女』として相応しい(と思われる)態度で民衆に手を振ってみせる。
しかし……そんないっぱいいっぱいになっていた彼女は、なにやら意気消沈した表情で隣に立っている、モンドの様子に気づく事はなかった……。
◆◆◆
一方、同時期の魔族領域内の一国、魔王デルティメアが納めるハウグロード国内においても、動きがあった。
各地の前線に赴き、作戦指揮を取っていた将軍位にある魔王の息子や娘達が、全員呼び寄せられていたのだ。
こんな事態は戦争が激化していてからは初めての事で、召集された者達だけでなく、外野の魔族達までもなにやら面白そうな面倒事が起きたのかと、色めきだっていた。
そうして集められた息子達に、父である魔王から告げられたのは、アガルイアの敗北とレイアストの裏切り。
落ちこぼれの末子が起こしたまさかの反乱に、彼等も驚きを隠せずにいた。
「……まぐれだろうがなんだろうが、アガルイアを退け、ワシに面と向かって逆らったレイアストは処分せねばならん」
表面上、デルティメアは落ち着いてみえたが、やはりあの落ちこぼれが逆らった事に腹が立っているのだろう。
彼女の兄姉にあたる将軍達に追加された勅命はひとつ。
必ずや、レイアストの首を取ってくること。
落ちこぼれな末姫の首を取るためだけに出された不自然とも思えるこの勅命に、ハウグロード軍内の上位者に属する魔族達の間では、後継者争いの一貫なのではないか……などという、憶測まで広がっていく。
そのため、魔王の子供達の中でも自身が将にいただく者に少しでも有利となってもらうべく、レイアストの同行に注目が集まる雰囲気が形成されていった。
そんな情勢の中、滅多に顔を合わせる事のなかった兄弟達は、城の一室にて久々の会合を果たす。
「……こうして俺達が集まるのは、何年ぶりだろう」
落ち着きのある物静かな口調は、まるで冷気すら発しているかのような、三男の『氷神』ザルウォスが兄妹達に問いかける。
穏やかな口調ながらも、瞳を閉じた無表情な横顔は、まるで精巧な氷細工のようだ。
「確か、七年ぶりだったかしら……皆も元気そうでなによりだわ。まぁ、死んでいても良かったのだけどね」
クスクスと笑いながらザルウォスに答えたのは、第四子であり長女の『屍姫』ことアルビス。
美しい容姿ながらも、病的な肌色の青白さと相変わらずなタチの悪い言動に、兄妹達は眉を潜める。
「しかし、あのレイアストが、反逆するとはな。聞けば人間と協力したそうだが、それで何か勘違いしやがったのか?」
四男の『炎帝』ドルベートは、身の程を知らぬ振る舞いをしている末子へのイラつきを隠そうともしない。
実際、彼の感情に呼応してその体から立ち上ぼる熱気が、炎のよう揺らめいていた。
「……それでも、アガルイアがやられたのは事実。油断は禁物だ」
ポツリと口を開いただけだというのに、空気が軋むほどのプレッシャーが場を緊張させる!
普段は魔王の側近で護衛務め、ハウグロード王都の守りを一手に担う魔王の長男であり、『剣鬼』と呼ばれる最強の男、ジンガ。
この場にいた全員が、彼の発する声だけで斬られるのではないかと錯覚するほどに、異様な気配を纏っていた。
「そういえば、レイアストに加担したと思われるのは、かつての英雄戦争で父上を苦戦させた魔法使いだと聞いています」
「……なるほど、そんな奴がたまたま味方についてアガルイアを撃退できたから、レイアストも調子に乗ってるのか」
「ウフフ……虎の威を借る狐というやつね……」
普段のレイアストを知る彼等からすれば、他人の力で強くなった気になっているような、くだらない末の妹の行動は唾棄すべきものである。
そして、そんな恥知らずを相手に、労力を使うのは気が進まないというのが、本音であった。
それでも、父である魔王からの勅命である事には間違いない。
しかし、部下達が噂するような、後継者争いに絡む一件でないと気づいている面々からすれば、ただ面倒なだけの命令であった。
「……お兄様方には申し訳ありませんが、この度のレイアストの一件……ワタクシに任せていただけませんか?」
今まで沈黙していたが、不意にスッと手を挙げて兄姉達にそう申し出たのは、『万魔』の異名を持つ、魔王の第六子であり次女のフォルアである。
魔法使いというよりも、貴族の令嬢と言われた方がしっくりくるような動きやすいドレス型の魔導衣に身を包み、優雅な物腰で挙手をする彼女に、兄姉達はいぶかしむような視線が向けられていた。
「珍しいな、お前がこの手の話に乗ってくるとは」
ザルウォスの言葉に、フォルアは小さな苦笑を浮かべる。
「……皆様もご存知かと思いますが、あの子に魔法の手解きをしていたのは、ワタクシですわ。ならば、師としても姉としても、妹の不始末は自らの手でつけたいと思います」
遠くにいるであろう、裏切り者の妹を睨むような視線を虚空に向けるフォルアに、納得した兄姉達はあっさりとその申し出を受け入れた。
そもそも、彼等は今回のレイアスト討伐について、あまり乗り気ではない。
戦いの本命となるのは人間の魔法使いだろうが、個人として強かろうともレイアストのような足手まといを連れているような甘い奴では、相手として面白くもないというのが理由のひとつである。
そんな雑魚狩りに当たるよりも、各々の任地で強敵と戦う方が楽しめるというものだ。
なので、フォルアがそれを担当してくれるなら、渡りに船といった所であった。
「……いいだろう、レイアストの件はお前に任せる」
ジンガの一声に、他の兄姉達も賛同する。
「ただ、我々の部下からも勝手に動く者がいないとも限らないね」
「その時は、ワタクシの判断で動いてよろしいのでしょう?」
ザルウォスの注意に答えるフォルアの言葉には、誰が横槍をいれようが構わない、邪魔する者は自らが始末するという強い意志がみられた。
だから、自分の部下が殺られても後からごちゃごちゃ言うなという、暗に込められた意図にも当然気づいている兄姉達は、楽しげに口元を綻ばせる。
「もちろん、お前は好きに動くといい」
「ありがとうございます、ザルウォスお兄様。では、ワタクシはこれで」
早速、レイアスト討伐に向かうために、靴音を鳴らしながらフォルアは部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、妖艶な唇に舌を這わせたアルビスが微笑みながら、「面白くなるかもね……」と、ポツリ呟いた。
──レイアストを中心として、魔族領域と人間領域で様々な思惑が渦を巻き、徐々に大きなうねりとなっていく。
しかし、彼女本人はそんな事をまったく自覚することは無く、早いところ部屋に戻って休みたいと切実に思うのだった……。




