表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/41

01 母の経歴

           ◆◆◆


 魔王の息子でありレイアストの兄でもある、雷神ことアガルイアの襲撃から三日が経過していた。


 まさに急襲といったあの戦いは、爆発した城の損害以上にクルアスタ国の国民に大きな不安を抱かせる事なり、王都では様々な憶測が飛び交う事態となっていた。

 しかし、そんな流言の流布を断ち切るための手もすでに打たれている。


 その日、国民の前で、アスクルク国王自らが当日の事を説明するための式典が催される予定となっており、王城前の広場には一般市民のためにスペースも用意されていた。

 集まった人々は、不安と困惑に顔を曇らせながらも、何かしらの希望があるのではないかと王の言葉を待ちわびる。


 ──やがて、王の登場を知らせる銅鑼の音が鳴り響き、国民達は固唾を飲んで見守っていた。

 すると、その上空にスクリーンのような投影の魔術で大きく映し出された王の姿に、民衆から歓声があがる!


「……集まった国民達よ、まずは皆に不安を感じさせていた事を、王として詫びよう」

 ペコリと頭を下げた国王の姿に、ざわざわとした声が上がるが、顔を上げたアスクルク王が手を翳すと、潮が引くように沈黙が訪れる。

 場が静まるのを確認してから、王は再び口を開いた。


「この度の戦いは、我々と因縁深い魔王デルティメアによって引き起こされた、奇襲作戦によるものであった。皆も知る通り、城の一角が崩れ落ち、荒れ狂う魔族の力に怯えを抱いた者も多かった事だろう」

 国王の言葉は事実であり、民衆達を肯定の沈黙が支配する。

 しかし、アスクルク王は、そんな国民達を鼓舞するように身振りを交えて、一人の人物を招き入れた!


 艶やかな黒髪に小さなティアラを飾り、知的な眼鏡がよく似合う容姿を煌びやかなドレスで包んだ、美しい少女。

 そんな上空のスクリーンに現れた少女の姿に、国民からは感嘆の声が漏れる。

 いったい、彼女は何者なのかと注目が十分に集まったのを見計らって、アスクルク王は堂々と説明を始めた!


「この少女こそ、二十年前に王族でありながら『聖剣の英雄』と供に魔王デルティメアとの戦いに赴いた、我が姉フレアマールの一女!そして、今回の戦いで魔王軍において雷神の異名を持つ、アガルイア将軍を退けた女傑!」

 王が力強く語る少女の経歴に、国民達は息を飲み、手に汗を握る!


「私は敢えて、彼女にこの称号を贈る……国民よ、彼女こそ次代の『聖女』レイアストだ!」

 二十年前に亡くなったと思われていた、王女の血を引く美しい黒髪メガネの少女。

 さらに、国王は彼女の母であり先代英雄のパーティメンバーだったフレアマールと、同じ称号を掲げる事を宣言した!

 同時に、集まった民衆から地響きを思わせる、大きな歓声が起こる!

 やがて、いつの間にか彼女を讃えるようにして、何度も彼女の名をコールする声が沸き上がって広場に響き渡っていた!


 そんな民衆からの熱気が押し寄せる状況において、当のレイアストは微笑みこそ絶やさなかったものの、担ぎ上げられ事による期待や責任といったものの重さから、内心では吐きそうなくらいのプレッシャーを感じていた!


(ううっ……なんだか、思った以上にえらい事になってしまった気がするわ……)

 絶えず響いている、国民からの『レイアスト』と『聖女』のコールを聴きながら、違う意味で泣きたくなっていた彼女は、こうなってしまった経緯を反芻するように思い出していた。


            ◆


 話は少し遡り、アガルイアを撃退した、その日の夜の事。


 バタバタと後片付けに多くの人が行き交う現場を離れ、簡単な食事を済ませたレイアストとモンド、そしてマストルアージの三人は、宿泊用の別室でくつろいでいた。


(ううん……)

 しかし、当のレイアストは少しばかり居心地の悪さを感じている。

 それというのも、境界領域から数日間も道中を過ごしてきた間柄とはいえ、男女が同じ寝室を宛がわれた事に起因していた。

 野外で過ごす場合はともかく、普通ならレイアストと男衆で別々の寝室を用意するだろう。

 それが、こうして屋内で一緒にさせられているという事は、レイアストがまだ信用されていない証明に思えたからだ。


(まぁ……確かになんとかアガルイア兄様を撃退したけど、私が魔王の娘だって事も間違いないしなぁ……)

 因縁のある敵の娘ともなれば、そう簡単に信用できないという気持ちもわかる。

 だからこそ、いざという時にはレイアストを止めてもらえるようにとの思惑も含め、離れでモンド達と同じ部屋にしたという事なのだろう。


(魔族と人間……やっぱり相互理解を得るには、まだ時間と実績が必要なのかもしれないわね……)

 母が人間である事もあり、多少なりとも受け入れられやすいのではないかと思っていたが、そう簡単ではないらしい。

 基本的にはポジティブなレイアストではあるが、幼少期の冷遇もあってか、一度悪い方向に思考が流れ出すとそれなりに立ち直るのに時間がかかる。

 なんとなく、部屋の空気も重くなったような気がした彼女は、小さくため息を吐いた。


「どうかしましたか、レイアさん?」

「モンドくん……♥️」

 すると、心配そうな顔でレイアストを気遣うように、モンドが話しかけてくる。

 そんな彼の気持ちが嬉しくて、レイアストの顔にはパアッとした笑顔の花が咲いた!


「あ、あはは……私って、やっぱりまだここの人達に警戒されてるのかなあーってね……」

「警戒?」

「ほら……私、魔王の娘でもあるし……」

 しかし、俯きながら声のトーンが下がっていくレイアストに、思わぬ方向からツッコミが入った。


「ばーか、逆だ、逆!」

 ベッドに横たわりながら悪態をつくマストルアージに、レイアストの頭に「?」が浮かぶ。

「逆って……どういう事ですか?」

「たとえ父親がどうだろうと、フレアマールの娘であるお前を邪険にするような奴は、この城にはいねぇって事だ」

 ますます言葉の意味が分からなかったが、とにかくすごい自信だった。


「……事情は分かりませんけど、先生がああもハッキリ断言するんですから、きっと大丈夫ですよ!」

 さりげなくレイアストの隣に座り、屈託のない笑顔で励ましてくれるモンドに、レイアストの胸は熱くなる。

 そのまま抱きしめたい衝動に駆られるが、なんとか彼の手を握る事でそれを押さえ込んだ。


(ま、まだ、クズノハちゃんと合体した後遺症が残っているのかしら……マストルアージさんの目がなかったら、あぶなかったわ……)

 手を握っているだけの今でさえ、ドキドキと心臓が高鳴って顔が火照っている。

 もしも、第三者の存在がなければ、レイアストはモンドをベッドに押し倒していたかもしれない。

 まだ『好き』とも伝えていないモンドに対して、己の中に芽生えた性欲(モンスター)をうまく制御するのが今後の課題だと、レイアストは密かに誓っていた。


 ひとまずは暗い雰囲気から抜け出した面々だったが、そこへ部屋の扉をノックする音が響く。

 城の使用人かと思ったが、それにしては名乗る事も用件を伝える事もない。

 レイアストとモンドは小首を傾げ、とりあえず来客だからと手を離していると、ベッドから起き上がったマストルアージが、訪ねてきた人物を部屋の中に招き入れた。

 そして、その顔を見た二人が驚きの表情に染まる!


「あ、貴方は……!?」

「アスクルク……国王!」

 思わず言葉を失うレイアスト達に、国王はいたずらっぽい笑みを浮かべ、静かに……といったジェスチャーをしてみせる。

 それに頷きながら、部屋の中を進み、椅子に座るアスクルク王を目で追っていた。


「ふぅ……」

 着席し、一息ついた国王にマストルアージが水を差し出す。

「忙しい所、わざわざ出向いてもらって悪かったな」

「いやいや、気にすることはないさ。こっちだって重要な案件だ」

 謁見の際に、堅苦しいまでの態度で挨拶を交わしていたとは思えぬほど、マストルアージとアスクルク王は砕けた話し方で言葉を交える。

 まるで、昔からの友人のような二人のやり取りに、レイアスト達もポカンとするばかりだった。


「あ、あの……お二人は友人……なんですか?」

「ん?まぁ、こいつとは二十年前の英雄戦争の前から、付き合いがあるからな」

「だから、こうしてプライベートで会う時は、互いに立場を忘れて接しようと決めてあるのだ」

 朗らかに笑いながらお互いを指差す、思わぬ師と王の関係性に、レイアストとモンドは微妙な笑みを浮かべていた。

 だが、ふとレイアストを見るアスクルク王の視線に、何かただならぬ光が含まれていた事に気付き、なんとはなしに萎縮してしまう。


「……やはり、よく似ている」

 ポツリと呟くと、国王は目頭を押さえて突然俯いてしまった!

 急に何事かと慌てていると、マストルアージがため息を吐きながら「仕方ねぇな……」と漏らす。


「あ、あの……王様はどうかなさったんですか?」

「ああ、お前さんがフレアマール……フレアに似てるから、感極まったんだろう」

「お母さんに!?」

 戸惑うレイアスト達に、思わぬ名前を告げたマストルアージだったが、続く言葉はさらに彼女を困惑させた。


「フレアはな、二十年前の『英雄戦争』の際に英雄パーティの一人として俺達と供に戦った仲間であり、アスクルクの姉でもある」

「っ!?」

「そ、それってつまり、レイアさんは……」

「ああ、この国の王族の血筋だ」

「ええっ!?」

 驚きのあまり、声をあげながらレイアストは立ち上がってしまった!


「な、何かの間違いじゃないんですか?お母さんは、そんな事を私に一言も……」

「姉上は、英雄パーティに加わる際、王族としての地位や権利を全て返上していったからな……ただの母親として、お前を育てたのだろう」

 姉上らしいと、懐かしむように呟きながら、アスクルク王は再び涙ぐんだ。


「まぁ、フレアに似ているというだけじゃなく、先の戦いでお前さんが使った、『聖少女領域(ホーリーフィールド)』……あれは、フレアが考えた独自の魔術で、他に使える奴はいなかったからな」

「お母さんが授けてくれた、『聖少女領域』が……」

 封印解除と同時に、レイアストに与えられたフレアマールの戦闘知識。

 それが母との絆だけでなく、血筋の証明になるなど想像もしていなかった。


「……英雄戦争の時、魔王から逃走する際にフレアは殿を務めて、俺達を逃がしてくれた」

「その後、捕虜となってお前を身籠る事になったのだろう」

 フレアマールを悼む気持ちと、デルティメアに対する憎悪が混ざった声でアスクルク王は、血が出そうになるくらい力を込めて拳を握る!

 確かに、母の残像思念が告げた言葉には父に対する愛情のような物は感じられなかったが、まさかそんな経緯があったとは……。 


「…………」

「レイアさん……」

 次々と明らかになる自分の素性に、少なからず動揺して不安になったレイアストは、思わずモンドにすがるように手を伸ばす。

 そんな彼女の手をとりながらも、少年は複雑な表情を浮かべていた。

 しかし、しばらく二人の様子を眺めていたマストルアージだったが、ポリポリと頭をかきながら話を切り出す。


「……それでな、先にアスクルクと少し話してはいたんだが」

「な、何をですか?」

「レイアストの今後について、だ」

 顔を上げ、キリッとした顔になったアスクルク王は、レイアストの処遇についての提案を示してきた。


「私の今後……?」

「そうだ。お前さえ望むなら、私はお前を王族に復帰させ、この国で暮らしてもらいたいと思っている」

「そんなっ……国王様、それは……」

「違うっ!」

「えっ!?」

「国王様じゃなくて、叔父様と呼びなさい!いや、呼んでくれないと嫌だっ!」

 国王でもあるいい歳のおっさんが、子供じみた事を言い出す姿に一瞬狼狽えたが、小さく咳払いをしてレイアストは気を取り直す。


「で、では叔父様……」

 『叔父様』の響きにニコニコするアスクルク王にちょっと引きながら、レイアストは言葉を続けた。


「王族に復帰させるといっても、魔族領域で生まれ育った私に、人間の王族として務めが果たせるとは……何より、魔王の娘でもある私を、この国の人達が受け入れるとは思えません……」

「フフフ、その点に関しては私にいい考えがある」

「いい考え……?」

「うむ!私にはすでに王太子となる息子がいるのだが、レイアストをその子の婚約者として迎え入れようと思う!」

「なっ!?」

 思わぬ方向から沸いて出た話に、レイアストだけでなくモンドも驚きの声をあげる!

 しかし、自分の示した提案に恍惚としているアスクルク王には、彼女達の戸惑いは届いていないようだった。


「おお……姉上の娘と、私の息子が結ばれる事になれば、なんと素晴らしい……。姉上の血と、私の血が混ざって未来に継がれていく……ウヘヘ……」

 なにか不穏な事をブツブツと呟く王に、マストルアージは辟易したようにため息を吐いて、彼の話を継いでレイアストに問いかける。


「……まぁ、アスクルク(こいつ)は結構なシスコンで、だいぶ気持ち悪い思惑がありそうな提案ではあるが……それもひとつの選択だとは思うぞ」

 魔王に対して宣戦布告はしたが、どうしてもレイアストが前線にでなければならない訳ではない。

 むしろ王族としてならば、後方で戦士達を支え、鼓舞する事も立派な仕事だろう。

 危険に身をさらすだけでなく、そんな道もあるのだと、暗にマストルアージは示してくれている。

 きっと、元の仲間の……そして、身内としてレイアストの身を案じてくれての提案なのだろう。


 そんな風に、突如として突きつけられた選択肢を前にして、レイアストが出した答えは……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ