12 下克上宣言
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「さて、そろそろ後始末といかんとな」
マストルアージがパンパンと手を叩き、失神しているアガルイアや、戦意を失った魔族兵達の捕縛を促そうとする。
だが、彼等が動き出すよりも先に、異変は現れた!
『ふむう……予想外の事態になったものだな』
どこからともなく響く、おぞましい圧のある低い声!
つい先程までの戦勝ムードが一転し、まるで死神に首根っこを捕まれた気がして、その場にいた者のほとんどが硬直してしまった!
特に、レイアストは聞き覚えのあるこの声に、蒼白になるほど反応を示す!
その声の元を探った時、気を失うアガルイアの頭上に、ぼんやりと浮かぶ顔のような物があるのに皆が気づいた!
「この声……まさか、てめぇか……」
『ククク……貴様の事は覚えているぞ、人間の魔法使い』
「俺のことは、魔術師と呼べよ……魔王デルティメア!」
確信を込めてマストルアージが口にした魔王の名に、全員が絶句する!
『フッ……貴様とは二十年ぶりか。あの時、尻尾を巻いて逃げた無様な姿は、今でも覚えているぞ』
「はっ!その割には、敵の頭を狙って奇襲する俺達の戦法を真似るほど、切羽詰まってるみてぇじゃねえか!」
魔王と大魔術師は、軽口のような舌戦でもバチバチとマウントを取り合う!
互いに、一歩も引かぬ態度で当たる二人の圧力に、場の緊張感はグングンと高まっていくが……不意に、魔王の声から圧の緩む気配があった。
『……まぁいい。今は貴様の相手をするために、出張った訳ではないからな』
「なに……?」
いぶかしむマストルアージを無視し、魔王の視線は実の娘に向けられる!
『やってくれたものだな、レイアスト……』
「お、お父様……」
自分の名を呼ぶ父の声に、レイアストはビクリと震えて全身を強張らせた。
しかし、魔王はそんな娘の様子に頓着することもなく、勝手に話を進めていく。
『まさか、貴様ごときがアガルイアを倒すとはな……だが、それもある意味でうれしい誤算とも言える』
「え?」
『捨て駒のつもりだったが、拾い物に変わったようだ。ワシの元に、戻って来ることを許そう』
「な、何を……」
『レイアスト!』
反論しようとしたレイアストだったが、魔王の一喝にまたも硬直してしまった!
そんな彼女の様子に満足しながら、デルティメアは有無を言わさぬ口調で責め立てる!
『貴様のような出来損ないがアガルイアに歯向かい、ワシに逆らった罪を許してやると言っているのだ。これ以上、問答が必要か?』
「う、うう……」
父から向けられる言葉に過去の辛い記憶がトラウマとなって呼び起こされ、涙があふれるほどの恐怖がレイアストの心を支配ていく。
だが、不意に彼女の手を握った暖かい感触が、レイアストの心を晴らしてくれた!
「大丈夫です、レイアさん……僕がついてます」
「モンドくん……」
自分をまっすぐ見上げてくる少年の瞳が、レイアストに勇気を与えてくれる!
優しく繋いでくれるモンドの手をギュッと握り返し、レイアストはデルティメアの幻像に対峙した!
「私は……魔王軍には戻りません!」
『なんだと……』
低く響く魔王の声に一瞬怯みそうになるも、モンドの温もりを頼りにしてレイアストは啖呵を切る!
「お母さんを追放し、私を捨て駒にしようとした、あなたの元には戻らないと言ってるんです!この……クソ親父っ!」
勢い余って罵倒までしてしまったが、レイアストの心にはやっちまった!という気持ちと、言ってやったぜ!という爽快感が吹き荒れ、妙な高揚感が渦巻いていた。
そして、そんな彼女の言葉にモンドは苦笑し、マストルアージは爆笑している!
「言われてるなぁ、魔王様!まぁ実際、てめぇのろくでもねえ所業は、文句のひとつも言われたって仕方ねえがな!」
『黙れ、人間!』
魔王の声そのものが衝撃波となって、ビリビリと空気を震わせてた!
気の弱い者なら、それだけで気を失っていてもおかしくはない。
その声色に秘められた感情は、怒りしかないと誰もが理解するほどに、デルティメアが憤慨している様子が伝わってくようだった。
『出来損ないとはいえ、ワシに逆らう事がどういう意味なのか理解できぬ訳ではあるまいな!?』
「分かっていますよ……でも、私には目指すべき目標ができたんです!」
『なんだと……?』
目を閉じ、レイアストは思い出す。
母から託された想い、そしてモンドと描いていきたい未来の姿……。
それを実現させるために必要な立場を手に入れるために、レイアストは決意した想いを父に叩きつけた!
「私は……お父様をぶっ飛ばして、次の魔王になります!そして人間と共存できる、新しい魔族国を作る!」
レイアストの決意を込めた、下克上宣言!
あまりに荒唐無稽すぎに思えるそれを聞いた人間達も含め、魔王ですら一瞬言葉を失ってしまう!
(……あれ、ちょっとやっちゃった?)
あまりにも静まり返った現場に、「ほんの少しだけ先走ったかなぁ~……?」といった顔をしたレイアストだったが、そんな彼女に賛同する者が二人だけいた。
「素晴らしいです、レイアさん!」
「フハハハッ、いいじゃねえか!フレアマールも、お前の宣言を聞いたら大喜びしてるはずだぜ!」
愛しのモンドと、尊敬すべきマストルアージは、彼女の下克上宣言を支持してくれる。
そして、その二人から認められたレイアストは、万の味方を得たような安堵感を覚えた。
『……妙な力を手に入れ、気が大きくなっているのだろうが……もう取り消せんぞ!』
「……取り消すつもりもありません!」
父と娘の間に火花が散り、一瞬の沈黙が支配する!
しかし、鼻で笑う魔王の気配に、どうやらここまでといった空気が流れた。
『まぁいい……今はアガルイアの回収が先だ』
まだ使えるからな……と、デルティメアが呟くのと同時に、アガルイアの体が空中に現れた黒い空間にのみ込まれていく。
おそらく魔王が発動させた、転移魔法の一種なのだろう。
しかし、はるか遠方に居るはずなのに、これほどの高度な魔法を成立させるデルティメアに対して、誰もが畏怖の念を抱き、気の引き締まる思いを新たにする。
だが、気を失っていたアガルイアを回収し終えたそんな時、意外な方向からデルティメアに呼びかける声が響いた!
「ま、魔王様っ!我々もお救いください!」
それは、アガルイアの部下であった『雷神部隊』に所属する魔族兵達。
確かに、いくら精鋭といってもいい彼等でも、こんな敵陣のど真ん中に置き去りにされては、助かる見込みなど微塵もないだろう。
しかし、懇願する魔族兵達に対して魔王から返ってきたのは、信じられない程に冷ややかな反応だった。
『貴様らごとき雑兵が、ワシに指図するつもりか?』
「い、いいえっ、指図などとそんな……」
「こ、これはお願いであります!」
『同じことだ。とはいえ、貴様らがアガルイア以上に役に立つと言うならば、助けてやらんでもないがな』
魔族兵達も助かるために必死ではあるが、魔王からの問いかけに言葉を失う。
『雷神』の部下である彼等が、それ以上の活躍を求めるような事を言われても、即答などできるはずもなかった。
どう足掻いても自分達は切り捨てられるのだと悟った魔族兵達は、ガクリと項垂れて膝を折る。
『フン……もしも、自力で人間領域から脱出して陣営に戻る事ができたなら、また使ってやろう……そして、レイアスト!』
「っ!」
『ワシに喧嘩を売った貴様は、今日からただの反逆者だ。いずれ殺してやるから、震えて待つがいい……』
そう言い残して、デルティメアの気配は消え去った。
まるで、暗雲が晴れたかのような雰囲気が流れ、周囲からはため息のように呼気を吐く音が聞こえる。
レイアストもそんな例に漏れず、大きく息を吐き出すと同時に、へなへなとその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫ですか、レイアさん」
「う、うん……さすがに、緊張してたみたい……」
恐怖の対象である魔王デルティメアに逆らうばかりか、下克上まで果たすと大見得を切った事は、一気に疲労するだけの精神力を使ったということなのだろう。
しかし、なんとかやってやった!といった、充実感を滲ませるレイアストの横顔を、モンドはとても愛おしげに見守っていた。
「これから忙しくなるな、レイアスト」
バタバタと動き出した人の中で、二人に世界に浸っていたレイアストに、マストルアージが声をかけてくる。
「そうですね……でも、自分で選んだ道ですから、後悔はありません!」
むしろ気力は満ちていますと、鼻息も荒く告げる少女に、頼もしいなとマストルアージは苦笑した。
「まぁ、お前さんの下克上を成功させるには、様々な協力者や共に戦う仲間が必要だろう」
「それは……そうですね」
「そのための力になる、いい話をしてやろう。お前の母、フレアマールの話を、な」
「お母さんの!?」
そういえば、マストルアージは母フレアマールの事を知っているようだった。
いったい、二人はどんな関係で、それが今後のレイアストの戦いにいかなる影響を与えるのか。
マストルアージが語る母の過去に、レイアストは息を飲んで耳を傾けるのだった。




