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クリスマスの女  作者: 青山えむ
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第3話 女の名前

 仕事が一気に忙しくなり、気づくと師走に入っていた。平日は残業続きで、土日は家にいることが増えてライブハウスからは足が遠のいていた。


 そんな中、仕事中に一度だけ女の姿を見かけた。営業先の人間と一緒に昼飯を食べることになり、そのまま近くの喫茶店に入った時だ。

 この街に古くからある喫茶店は二階に上がる。いていたので窓際の席に座った。相手の携帯が鳴り、「ちょっと失礼」と相手が席を外した。


 一人になった俺は何気なく外を見た。平日の昼間に街並みを見るなんて滅多にないことだったからなんとなく得した気分だった。ここは大通りと交差している小路なので、そこそこの人通りで安心する。

 窓からは喫茶店の向かいにある駐車場が見える。喫茶店に来るほとんどの客はそこに車を停める。知り合いでもいないかと思い、駐車場出入り口を見ていた。知っている顔はなく、電柱の陰から誰かが出てきた。


 平日の昼間、仕事人や近所の住民が通る道路。そこに馴染まない服の女が。

 真っ赤なコートに白い肌、黒い髪。足元はロングブーツ。ここからは確認できないが、膝が見えるミニスカートを履いているだろう。寒そうに手を合わせている。あれは、まさか……。

 顔を上げた女と目が合った。女は一瞬微笑み、そこから立ち去った。

 なんだ……なんでいるんだ。まさか俺を見張っているのか。

 そういえばあの女、なんの仕事をしているんだ? 土日のライブハウスには大抵たいていいる。平日も休みなのか? あの真っ赤なコート、あの女が着ていると血の色に見える。不気味な女だ。考えようとした時、相手が戻ってきた。

 俺はテンションを仕事モードに戻そうとした。あの女のせいで仕事まで失敗するわけにはいかない。



 ライブハウスに行くのが怖い。あの女に会うのが怖い。しかしそうなると家や会社の周りをうろつかれそうだ……。それならばライブハウスで会う方がマシなのかもしれない。

 びくびくしながらライブハウスに行った。女はいなかった。なんなんだ……。

 誰かにあの女のことを聞こうと思ったが、女の名前を知らないことに気づいた。名前も知らない女とホテルに行き関係を持ち、ストーカーされている事実がのしかかってきた。

 あの女と時々話をしている女子がいたので聞いてみた。

 俺はあの女の特徴を述べた。


「あー美絵みえちゃんね、今日は来てないね」

 美絵というのか。


「なんで? 美絵ちゃんに用でもあったの?」

「いや、いつもいた気がするから……今日は見かけないなと思って」

「天城さん自体、最近来てないでしょ」

 軽くつっこまれた。このままあの美絵という女の情報を聞き出したい。

「美絵ちゃんってどういう子?」

「うーんよく解んない。あんまり自分のこと喋らないし。いつもオシャレしてるよね」

 この女子は美絵にあまり興味がない様子で、違う話題をしゃべりだした。

 解らないものは怖い。対処方法が解らない。美絵ともっと仲の良い人はいないのか。あの女はいつも一人だった。そんな人はいない。


「天城、久しぶりだな」

 百八十センチを超える長身に鍛えられた体格の男に声をかけられた。さとし先輩だ。高校からのつきあいで、ライブハウスに来たきっかけも智先輩に誘われたからだった。

 そうだ、面倒見の良い智先輩なら助けてくれるかもしれない。空手も習っていたし、きっと頼りになる。


 俺は全ての事情を智先輩に話した。美絵という女と一夜だけの関係を持ったこと。その時に妻の愚痴を言い、それを録音されたこと。そして美絵の殺人の告白。美絵につきまとわれていること。

 先輩は腕組みをしながら黙って聞いていた。


「少しでいいんです、俺にもうつきまとわないように脅かしてくれませんか」

 俺は怯えながら言った。先輩に恐喝まがいのお願いをしている。もし美絵が訴えたら先輩が加害者になってしまう。しかし話し合いをして通じる相手でもない。

「脅かすってやり方は賛成できないが人を殺したとなると……まともな精神じゃ対応できないのも事実か」

 先輩はなんとか引き受けてくれた。先輩は顔が広いので美絵の居場所も解るだろうと言っていた。あえて先輩がどうするのかやり方は聞かないでおいた。全て先輩に任せようと思った。



 一週間後、結果報告を聞くために先輩と会うことになった。こみいった話になるので俺の家で会うことにした。

 先輩はあの女をおとなしくさせてくれたのだろうか。

 先輩は手土産を持ってきてくれた。本来なら俺がお願いをしたのでこちらがお礼を渡さないといけないのに。先輩の律儀さに小さく感動した。

 先輩は妻の位牌に線香をあげたあとリビングのソファに座った。

 線香のにおいが漂っている。妻の四十九日が過ぎたあと、仕事の忙しさを理由に線香をかない日が時々あった。申し訳ない気持ちになった。


 俺が出した日本茶に手をつけないまま、先輩から想定外の言葉が聞こえた。

「あの美絵という女……殺した」

 冗談を言っているのだろうか。しかしこんな時にそんな笑えない冗談なんか言うだろうか? 俺は確認のために聞き返したが、冗談ではなかった。そういえば前もこんなことがあった気がする。


「どうしてですか? 殺すなんて……」

 この時、俺の中に少しは先輩を責める気持ちがあったのかもしれない。頼んだのは俺だが、まさか殺すなんて。大体そんな簡単に人を殺す発想なんて普通、出てくるか?

 美絵に続き、やばい人に頼ってしまったのだろうか。俺はものすごく焦った。心臓の鼓動が早まるのが解る。


「美絵に依頼されて、お前の妻を殺した」


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