納豆
納豆を知らない人が初めて食べたら。
「食え、食えば分かる」
まるで宴会の席で未成年の息子に酒を進める父親のように、彼女は私の前に茶色の豆を出してくる。
それは未知の領域だ。
普段、香ばしく、また様々な調味料に進化する素晴らしい食材「大豆」。
それが熟成した匂いを纏い、私の鼻を刺激する。
今まで感じた事の無い刺激だ。鼻から脳に伝え、全記憶を振り絞ろうとも、この匂いは嗅いだことがない。
私が口に運ぶのを渋っていると
「あっ忘れてた」と彼女は何かを思い出したように、茶色の艶やかな豆に醤油ダレをかけ、狂った様にかき混ぜた。
箸で踊る豆達はお互いを擦り合い、狂乱する。
頬が赤く染まり、息が切れ始めた頃、彼女はついにその手の内を見せた。
な、なんだこれは……。
艶やかな豆達の周りに細く繊細な糸が纏わりついていた。
蜘蛛の糸のような繊細さを合わせ持ちながら、混ぜていた箸につき離れない強さ……。
より奇怪で面妖な姿になった大豆を、彼女は満足げに頬張る。糸を引きながら。
炊き立ての白い湯気まで美味しい白米に乗っけて、かっこむ。糸を引きながら。
その大豆に今度は黄色い見た目だけで辛い辛子を混ぜて、辛みで悶えながら食べる。糸を引きながら。
糸……強いな。
箸の先、茶碗の壁、口にさえ糸が付いている。
こんなに付いてどうするつもりだ。彼女を糸で絡めて捕まえようとでも言うのか。
彼女は私の前に置かれていた茶碗を取り、湯気の中から白米をよそった。
粒が立ち、各々を主張しているような米を前に、私は自然の本能を刺激される。
私が箸を持ち、白米達のダンスパーティーに終止符を打とうとした時だ。
彼女があの奇怪で面妖で恐ろしい糸引き豆を白米達にかけたのだ。
しかし、白米達は抵抗するでも無くクッションのように、それらを受け止めた。
「ん」
彼女が顎で私の茶碗を示す。「食ってみろ」との事だ。
恐る恐る糸を引いた豆に手を付ける。
箸越しに伝わる感触も未知の感触だった。
滑るようで絡められるような、そんな不思議な感触。
白米と共に絡め取り、箸で掴む。
湯気に包まれた豆は先程よりどこか柔らかな印象を与えた。
口に運ぶと、すぐに口内で糸達が踊り始めた。
粘りのある食感に、醤油ダレの香り。
そして独特の熟成した匂い……。
皿に盛られていた頃は合致しないだろうと思っていたその要素は、お互いを引き立て合い、そして主張し合いながら、上手く合わさっていた。
素晴らしい……チームプレイだ。
糸を引く豆を白米と共に啜るようにかきこんでいく。
もう私を止められる者はいなかった。
納豆って糸引くので、食べてからおかずを食べる時、味噌汁に突っ込みません?突っ込まないかな。