第二話 商人ギルド2
数週間後、私たちは化粧水の大量生産に成功していた。小屋の裏に簡易的な作業場を作り、スライムの体液を煮沸し、ハーブで香りづけした化粧水を瓶に詰める。ランスが町から仕入れてきたガラス瓶は安物だが、見た目を整えれば十分商品として通用するだろう。
「ヘレン、これ、どうやって売るつもりだ?」
ランスが作業場の隅で腕を組んで尋ねてきた。私は少し考えてから答えた。
「私が商人ギルドに登録して、町の問屋にかけ合います。私の商才を発揮する時ですわね」
「お前が町に行くのか? 王都から逃げてきた身で大丈夫なのか?」
「そこはご心配なく。私は姿を偽りますわ。服を地味なものに変えれば、誰も私を公爵令嬢だなんて思いませんよ。それに、商人ギルドに登録するだけなら身元を厳しく調べられることもありませんし」
「髪は?」
「え?」
「髪型はもちろん変えるんだよな?」
「お、お馬鹿を言わないでくださいまし。私がこの髪型にどれほど誇りを持ってるのか知ってますよね」
「そんな髪型の商人がいるか。髪型を変えないなら街へはいかせんぞ」
「わ、わかりましたわよ……。カールはほどきますわ」
翌日、私は縦ロールを解いてシンプルにまとめた。貴族らしいドレスは脱ぎ、ミミラから借りた質素なローブを羽織る。鏡を見ると、まるで別人だ。これなら大丈夫だろう。
「ミミラ、私がいない間、小屋のことは頼みますわね。ランスも一緒に行きますから、お留守番はしっかり頼みますわよ」
「舐めんじゃねぇ!」
ミミラはそう言いながらも、どこか心配そうな目で私を見ていた。私は軽く笑って手を振った。
ランスと共に町へ向かう道中、私は化粧水の入った袋を背負いながら未来を想像していた。もしこれが売れたら、私たちはもっと大きな作業場を作れるかもしれない。もっと多くの魔物の素材を使って、美容液や香水だって作れるかもしれない。そうすれば、この森での生活も安定するし、もしかしたら……村だって興せるかもしれない。
「ランス、私、商人として成功したら、この森に小さな店を出すつもりですわ」
「店か。こんな森にわざわざ人が来るとは思えんが、まあ、金が入るなら悪くないな」
「でしょう? その時はあなたにも店番をお願いしますわよ」
「おい、俺は戦うのが仕事だぞ」
「パートナーなんですから、少しは手伝ってくださいな!」
そんな会話をしながら、私たちは町の門をくぐった。商人ギルドへの登録はスムーズに進み、私は「エレナ」という偽名で正式に商人として認められた。
商人ギルドの登録を終えた私は、意気揚々と町の問屋街へと足を踏み入れた。背には化粧水の入った袋を担ぎ、ランスはその横で無言で歩いている。全く、荷物を持つくらい気の利いたことはできないのかしら。
町は王都ほどではないが、活気に満ちていた。馬車の車輪が石畳を鳴らし、露店の呼び込みが響き合い、どこからか焼きたてのパンの匂いが漂ってくる。私は深呼吸して気合を入れた。商人としての第一歩、ここで失敗するわけにはいかない。
最初に訪れたのは、ギルドで紹介された中規模の問屋だった。店主は恰幅のいい中年男で、顎に無精ひげを生やし、目つきが鋭い。私は「エレナ」と名乗り、丁寧に挨拶して化粧水の瓶を取り出した。
「こちら、森で採れたグリーンスライムの体液を基にした化粧水ですわ。ハーブで香りづけしてあり、保湿効果も抜群です。貴族の間でも人気の素材でして、品質は保証します」
店主は瓶を手に取り、鼻を近づけて匂いを嗅いだ後、眉をひそめた。
「スライムの体液だと? 確かに悪くはないが、こんな辺境で作られたものを誰が買うんだ? 貴族なら王都の有名店で買うだろうし、庶民には高すぎる。置いても売れ残るだけだよ」
「でも、この品質なら……」
「品質が良くても客が来なきゃ意味がねえ。悪いが、うちでは扱えん」
あっさり断られ、私は言葉に詰まった。次の問屋でも似たような反応だった。「見た目が地味だ」「もっと派手なラベルをつけろ」「そもそもスライムなんて気味悪い」と言われ、門前払いを食らうばかり。貴族の感覚では上質な商品だと思ったのに、町の商人にはまるで響かない。ランスは黙って見ていたが、3軒目で断られた後、ようやく口を開いた。
「お前、商人に向いてるって言ってたが、本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですわよ! まだ始まったばかりですもの。少しずつ慣れれば……」
内心では焦りが募っていたが、プライドがそれを認めさせなかった。私はさらに数軒回ったが、結果は変わらず。夕方になり、疲れ果てた私は仕方なく小屋へ戻ることにした。背中の袋には、化粧水の瓶がそのまま重く残っている。
日が暮れるまで問屋を回ったが、結局収穫はなかった。