第二話 商人ギルド
ミミラが小屋に住み始めて数日が経った。最初は警戒するミミラに、気を緩ませないランスと気まずい空気が流れていたものの、私が作る料理を振る舞うたびに彼女の態度は少しずつ軟化していった。
「あまえ、貴族とか言っていたな。あれ嘘だろう」
「なぁぜ?」
「お貴族様がこんなうまい料理を作れるわけがねぇ」
「あら、ありがとう。そうね、私が向いてる職業は一番が為政者、二番目に商人、三番目に料理人よ」
「スキル【鑑定】か。話には聞いたことがあるが、すげーもんだな」
「ちなみにあなたは野盗には向いていないわ。毛ほどもね」
「うるせーよ!」
ランスは相変わらずミミラを警戒しているようだが、私にはある計画が芽生えていた。
その日の昼下がり、私は小屋の食卓に座り、ミミラとランスを前にして切り出した。
「ねえ、二人とも。私、良いアイデアを思いつきましたわ」
「何だ?」
ランスが怪訝そうな顔で尋ねる。ミミラは黙って私を見ていた。
「グリーンスライムの体液って、高級な化粧品の原料になるんですよね。私、王都にいた頃、そういう石けんや化粧水を愛用してましたの。森にはグリーンスライムがたくさんいるみたいだし、私たちで美容液や化粧品を作ってみません?」
「……はあ?」
ミミラが呆れたように声を上げた。
「何だよそれ。化粧品って、あの貴族が顔に塗りたくる妙な水か?」
「妙な水だなんて失礼ですわ! あれは乙女の美しさを保つための必需品ですのよ。ミミラ、あなたも女の子でしょう? お肌の手入れくらいしたっていいじゃないですか」
「アタシはダークエルフだ。そんな軟弱なものはいらねえよ」
「軟弱だなんて……まあ良いですわ。興味がなくても、協力はしてくださいな。私一人じゃスライムを捕まえられませんし」
私はちらりとランスを見た。彼は腕を組んで考え込むような表情を浮かべていたが、やがて口を開いた。
「それで金が稼げるなら、やってもいい。どうせこの森で暮らすなら、生活費くらいは安定させたいからな。居候も1人増えたことだし」
「てめー、いつかぶっ殺す」
「さすがランス、話が早いですわ! ミミラ、あなたはどうです?」
「……チッ。仕方ねえな。付き合ってやるよ」
ミミラは不満げに舌打ちしたが、結局は首を振って同意してくれた。私は内心でガッツポーズをとった。これで計画が動き出す!
翌日から、私たちはグリーンスライムの捕獲を始めた。ランスがその怪力と炎魔法でスライムを仕留め、ミミラが投擲スキルで的確に核を狙い、私は【鑑定】でスライムの質を見極める役割を担った。最初は手間取ったものの、数日もすると効率よく体液を採取できるようになった。
「このグリーンスライム、体液が濃くて良いですわね。化粧水にするには最適ですわ」
私は採取した体液を木の桶に入れながら満足げに呟いた。ミミラは鼻を鳴らして言った。
「こんな臭い液体が美しくなるってのか? 人間って変な生き物だな」
「これを煮沸して、不純物を取り除けば臭いも消えますわよ。それに、少し手を加えれば香りだってつけられます。ランス、あなた、町でハーブを買ってきてくださいな。ローズマリーとかラベンダーが良いですわ」
「お前、俺を便利屋扱いする気か?」
「パートナーでしょう? 協力してくださいな」
ランスはぶつくさ言いながらも、結局町へ出かけてくれた。彼が戻ってくる頃には、私とミミラはスライムの体液を濾過し、簡易的な化粧水の原液を作り上げていた。
「どうです、ミミラ。これを手に塗ってみてくださいな」
私は小さな瓶に詰めた化粧水をミミラに渡した。彼女は怪訝そうな顔で手に取り、渋々掌に塗ってみる。すると、みるみるうちにその褐色の肌がしっとりと潤い、ほのかに輝き始めた。
「……何だコレ。気持ち悪いくらいスベスベだ」
「でしょう? グリーンスライムの体液には保湿効果があるんですのよ。これにハーブの香りをつければ、立派な商品になりますわ!」
ミミラはまだ半信半疑のようだったが、私は確信していた。これなら売れる。絶対に売れる!