第一話 黒いエルフ4
森の木々がざわめき、風が私の金髪縦ロールを軽く揺らした。私はまだ震える膝をなんとか抑え込み、小屋への道を歩き続けていた。スライムに襲われ、ミミラというダークエルフに脅され、そしてランスに助けられた一連の出来事が頭の中でぐるぐると回っている。なんて日でしょう。こんな目に遭うなんて、貴族時代には想像もできなかったことですわ。
小屋の中で休んでいると、ドアの外でバサリと大きな羽音がした。振り返ると、ランスがミミラを肩に担いで戻ってきたところだった。ミミラはジタバタと暴れているが、ランスの腕は彼女をがっちりと押さえつけている。
「放せ、この吸血鬼野郎! お前の血を吸ってやるからな!」
ミミラが喚くが、ランスはまるで意に介さず、私に向かって淡々と言った。
「お前が言った通り、生け捕りにした。どうするつもりだ?」
「どうするって……とりあえず、家に入れてくださいな。こんな玄関先で立ち話も何ですし」
私はそう言って、小屋の扉を開けた。ランスはミミラを担いだまま中へ入り、彼女をドサリと床に下ろす。ミミラは即座に立ち上がり、ナイフを抜こうとしたが、ランスが一瞬でその手首を掴み、ひねり上げた。
「動くな。次はお前の腕をへし折るぞ」
ランスの冷たい声に、ミミラは唇を噛んで睨みつけるだけだった。
「まあまあ、ランス。彼女をそんなに脅さないでくださいな。私を襲ったのは確かですけど、命までは取る気はなかったようですし」
私は仲裁するように二人の中に入り、ミミラをじっと見つめた。褐色の肌に白い髪、鋭い目つき。確かにダークエルフらしい特徴が揃っている。【鑑定】で見たステータスを思い出す。レベル35、闇魔法と投擲スキル。ランスには及ばないものの、森で生き抜くには十分な力だろう。
「ミミラと言うんですね、お名前。可愛らしいですわ」
「舐めた口を利くな、人間!」
ミミラが吐き捨てるように言うが、私は優雅に微笑んだ。
「私はヘレン・ミラー・ハルシュタル。元公爵令嬢ですわ。こちらはランス、私の……まあ、パートナーとでも言いましょうか。あなた、私を脅して何か盗もうとしたようですけど、その前にスライムに襲われた私を助けてくれたんですよね?」
「だから何だよ。助けたのは気まぐれだ。感謝なんぞいらねえ」
ミミラはそっぽを向く。
「ランス、この子、どう思う?」
「どう思うって、面倒な女だな。奴隷商にでも売り払ってしまえばいいんじゃないか?」
ランスの言葉に、ミミラの目がカッと見開かれた。
「お前、ふざけんなよ! 私が奴隷になるだと!? この私が!」
「黙れ。喚くなら口を塞ぐぞ」
ランスが一歩近づくと、ミミラは怯んだように後ずさりした。私はその隙に、ランスの腕を軽く叩いて制した。
「やめてくださいな、ランス。彼女を奴隷になんてしませんわ。むしろ、ここに住まわせるつもりです」
「は?」
ランスとミミラが同時に声を上げた。私は二人を交互に見て、胸を張った。
「だって、私のボディーガードにぴったりじゃないですか。ミミラ、あなた、投擲スキルがⅢでしょ? 闇魔法も使える。森での暮らしには慣れているみたいですし、私を守るのに十分な能力ですわ。ねえ、ランス、私を守るのに二人いたって良いでしょう?」
「お前、勝手なことを……」
ランスが呆れたようにため息をつくが、私は意に介さずミミラに手を差し出した。
「どうです? ここで暮らす代わりに、私を守ってくださいな。食事も寝床も用意しますわよ。さっきのローストビーフ、あんな焦げたものじゃなくて、もっと美味しいものをお出ししますから」
ミミラはしばらく私を睨んでいたが、やがて渋々といった様子で小さく頷いた。
「……ちっ、断ったら奴隷行きなんだろ。分かったよ。だが、裏切ったら容赦しねえからな」
「結構ですわ。それでこそ、信頼のおけるボディーガードですもの」
私は満足げに笑った。ランスは頭を振って呟いた。
「人間ってのは、分からん生き物だな……」