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第一話 黒いエルフ3

 肉の焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐる。やはり肉料理というのは良い。品質はこだわり出したらキリがないが、ある程度安い肉であろうとも調理次第で美味しくいただける。


 私はぼんやりと目を開けた。視界に映ったのはこんがりと焼けた骨つき肉。焚き火の上部に枝が組まれ、そこに肉の塊が吊るされている。いい匂いだ……。


「お待ちなさい!」


 私は勢いよく立ち上がった。切り株に腰を下ろしていた女性がギョッとした顔でこちらを見る。


「お肉が火に近すぎますわ! あーあー。お肉の脂身が溶けて焚き火に落ちてるじゃないですの。これじゃあ炎が上がって表面が焦げてしまいますわ。ちょっと遠いくらいで良いのよ」


 私はその女性に向かって説教する。褐色肌の女性は呆れたようにこちらをみていた。アーシア人のように見えるが、黒いフードの隙間から白い髪が見えた。アーシア人は黒くて癖っ毛の髪の毛が特徴だ。


 ここで、ふと我に帰る。私はなんでここにいるんだっけ?


「ああっ! スライム!」


 私はスライムに襲われて失神したのだった。口の中にネバネバとした液体が入ってくる感覚を思いだし、吐き気を覚える。お嬢様としてのプライドでなんとかえずくのだけは我慢した。


「うるさい女だね」


 褐色肌の女性が初めて口を開いた。刺々しい口調に思わずムッとなる。そりゃあ死にかけたんだから少しは騒いでもいいだろう。


「道端で死にかけてる人間がいたから身ぐるみでも剥がそうかと思ったけどろくなもん持っちゃいないし」


 そう言って切り株に突き立ててあった包丁を抜く女性。私の愛用の包丁だ。ポーンポーンと器用に放る。ちょっと、危ないですわよ。


「仕方ねえから助けてやったんだ。アンタ。近くの村にでも住んでるんだろ。村の情報を吐きな」

「それはなぜ? 助けていただいたお礼なら私の家で自慢のフルコースでも振る舞いますわ」

「バーカ。襲うんだよ。なあに、命までは取らねえさ。ちょっと何軒か侵入して金目の物を拝借するだけさね」


 ビュッ


 女性が包丁を投げた。私の顔の真横を通り、後ろの木に突き刺さる。私は凛として表情で女性を睨んだが、内心ガクブルだ。怖え……。


「良いですわ。ただし、私は村に住んでおりません」

「あ?」

「この森の奥にある一軒家に父と一緒に住んでいるのです。村と呼べる代物ではありませんわ」

「嘘つくと承知しないよ」


 ジャラリと音を立てて女性がナイフを取り出す。片手に5本も握っている。さっきの包丁投げを見る限り、ナイフ投げは得意なのだろう。


「本当ですわ。私も自分の身が可愛いので」

「……まあいい。さっさと案内しな」

「その前に一つよろしいですか」

「なんだ」

「焦げてますわよ」


 骨つき肉は真っ黒に仕上がっていた。


●◯


「ところであなた。さっきのスライムはどうしたの?」

「黙れよ! 人質がペラペラ喋るんじゃねえっ!!」


 家までの道中。背中にナイフを突き立てられながら歩かされた。そんなことしなくても逃げませんのに。


「でもでも、私諦めきれませんわ。グリーンスライムの体液はお肌にとっても良いんですよ。貴族の間でも高値で取引されています。どうして捕まえないんですの?」

「アンタ、貴族なのかい?」

「質問を質問で帰さないでくださいませ」

「テメェは人質だろうが!! 舐めた口聞くんじゃねえぞ!」

「最低限度のマナーですわ。私は奴隷相手であろうとも質問に質問で返したりしませんわよ」

「……グリーンスライム加工は時間がかかるんだ! 生捕にしても近くの村で買い取ってもらえる保証もねえんだよ」

「そうでしたか。私は元貴族ですわ」


 そう自己紹介を終えると、家の屋根が見えてきた。


「アレが私の家ですわ」

「よし、それじゃあお前に用はねえ。しばらく眠って――」


 ふわりと身体が宙に浮く。というより、抱え上げられる。顔あげるとランスの横顔。不満げに私のことを見下ろしている。


「おい、どこに行っていたんだ」

「お散歩ですわ」

「アレはなんだ」

「野盗ですわ」

「殺すべきなのか?」

「いいえ、生捕りに」


 10メートルほど離れた場所でさっきの女性が呆然と立ち尽くしている。


「おい――」


 ランスが声をかけると女性は弾かれたように逃げ出した。あっという間に木々の間に消えていく。


「ダークエルフ。ミミラという可愛らしい名前でした。レベルは35ですわ。闇魔法がいくつか使えるみたいですわね。あと【投擲】スキルがⅢですのでお気をつけて」


 もちろん私は無様に脅されていたわけでもなく、彼女の目を盗んで鑑定をしていた。ランスであれば問題なく勝てるステータスだろう。


「ヘレン」

「はい?」


 ポカリ


「いたーーい!!」


 頭を叩かれた。しかもゲンコツだ。私が涙目でランスを見上げると彼は眉を顰めて口をへの字に曲げていた。


「勝手に出歩くな」

「……ごめんなさい」


 じわっと目の前が歪む。正直めちゃくちゃ怖かった。染み付いたプライドと虚勢で平成を保っていたが、スライムと野盗に続け様に襲われた恐怖は私の膝をガクガクと振るわせている。


「家まで戻れるな?」

「はい」


 家は目と鼻の先だ。私は涙ぐみながらそう返事した。ランスはまた優しそうな顔に戻ると、飛び上がった。さっきの野盗……ミミラを追いかけたのだ。私は木々の向こう側に消える彼を見送った。

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