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第一話 黒いエルフ2

 こう見えて健康志向である私は週に3日のバレエの稽古の他、毎朝30分ほどの散歩を欠かすことはなかった。周りの家畜のように肥えた令嬢達を見れば、将来の王女としてそんな日課が付くのは当然のことである。


 王女の夢が潰えたとは言え、極端に運動量が減れば体が疼くのは当然のことだろう。狭い小屋の中でストレッチをしたり無駄に歩き回ったりしてみたが、気休めにもならなかった。


「はあ、これが深窓の令嬢と言うやつなのかしら。案外退屈なものね」


 窓の外を見ながらぼやく。ランスに言って共に外に出て貰うことなら可能だろうが、生活費を稼いでくれているあの吸血鬼に対してわがままを言うほど恥知らずではない。


 窓の外は憎たらしいほどの快晴で、時折鳥が飛んでくるだけである。危険そうな魔物の姿は一切見えない。


「ちょっとくらい良いわよね……?」


私は右手に包丁、左手に鍋の蓋という教育係が見たら卒倒するような格好で外へ出た。


○●


「ヘレン、なんだか今日はご機嫌だな」

「そう? 縦ロールが上手く巻けたからじゃないかしら?」

「いつもと変わらないように思うが……」

「これだから殿方は見る目がなくて困りますわね。オーッホッホッホ!」


 私の最大のチャームポイントである金髪縦ロールは私のアイデンティティと言っても差し支えない。ランスが手間のかかる髪型は止めた方が良いと言ってきたときは近現代における婦人の髪型の変遷について三時間ほど講義してやった。以来、二度とランスは私の髪型に触れることはない。


 もちろん私が上機嫌な理由は昼間の散歩にある。最大の注意を払いつつ、森を散策したが出会った生物と言えば角の生えたウサギくらいのものである。大型動生物の形跡すらない。


「さあ、今日は『サマリー風ローストビーフ~季節の果物を添えて~』よ」

「肉か」


 フォークで肉の塊を突き刺し、がぶがぶと食べ始めるランス。下品。対して私はナイフとフォークで丁寧に食べ進める。上品。


「ねえ、ランス。この付近には危険生ものは少ないって言っていましたわよね?」

「ああ。もちろん全てを把握してるわけじゃないがな。精々『ノウキンネズミ』くらいだな。Fランク程度の」

「Fランク?」


 私がそう聞き返すとランスは一瞬しまったという風な表情を浮かべた。


「一応魔王軍の機密なんだが、魔王軍は魔物の強さによってそれぞれAからGまでの七段階にランクを分けている。ちなみに、俺はCランクだ」

「へえ、案外組織的なのね」

「一応は国だからな」

「ランスでCランクってことはもっと強い魔物はいるの?」

「もちろんだ。大陸のあちこちに俺レベルの魔物は配置されている。魔王城勤務の魔物達は最低でもCランク。実質ほとんどがBランクだ。Aランクともなればさすがに数えるほどしかいないがな」

「ちなみにランクはどうやって分けられるの?」

「大体は種族で決まってる。功績を残せば昇格するって感じだな。俺の種族は元々Dランクなんだ」

「ふーん。ちなみに、Fランクはどのくらいの強さなのかしら?」

「明確な区分はないがFランクは大体人間の子供と互角って言われてる。あまりにも大雑把すぎて改革が近年叫ばれてたがな」


 そこまで言うとランスは話しすぎたと言わんばかりにお肉を頬張りだした。まあよい。必要な情報は聞き出した。Fランクのノウキンネズミは人間の子供程度の力しか持たないことを。


○●


 次の日、ランスが獲物を狩るため家を出た後、私はいそいそと散歩の支度を始めた。昨日と同様、鍋の蓋と包丁を握りしめる。


 外は天気が良く、その辺に寝転がりたくなるほどだった。包丁などその辺りに投げ出してしまいたい衝動に駆られるが、なんとか気を引き締める。


 森の中に入ると頭上を覆う木々の間から木漏れ日が地面を照らしていた。まるでおとぎ話の主人公になった気分で私は森を散策する。長い年月をかけてカーペットのようにふかふかになった落ち葉を踏みつけ、松ぼっくりを蹴っ飛ばす。ああ、幸せだ。


 その時、背後でガサリと音がした。おそるおそる振り返ると、巨大な水滴のような緑色の物体が、ずるずるとこちらに這い寄ってきていた。


「スライム……」


 教科書でしか見たことがないが、あの特徴的なフォルムは間違いあるまい。スライムは大陸全土に生息する魔物である。生息する環境で千差万別な進化をする個性的な魔物だ。

「グリーンスライムね……それもかなり大きい」


 私の顔ほどはありそうなスライムはずるずると私の前を這いずっている。緑色の体液で見にくいが、体の中心辺りを小石程度の黒い臓器がドクドクと脈打っていた。


「スライムはあの核を破壊すれば動かなくなる……。そしてグリーンスライムの体液はお肌に良いんだったわよね」


 私が王都にいた頃、愛用の石けんにはグリーンスライムの体液が含有されていた。グリーンスライムの体液は高級な化粧水や石けんには欠かせないアイテムなのである。以前座学でスライムは意思能力のない弱小モンスターだと学んだことがある。


「こっちに来てからろくなスキンケアができてなかったもの……。乙女の肌とあぶく銭は一瞬で失われるのよ!」


 私はスライムに包丁を突き立てた。しかし、力一杯振り下ろしたはずの包丁は数センチスライムにめり込んだだけで、核には到達しなかった。


「以外に固いわね、このスライム……【鑑定Ⅰ】!」


ーーーーーーーーーーー

種族 グリーンミドルスライム

レベル 4

ーーーーーーーーーーー


「グリーンミドル(●●●)スライム?」


 もしや、私の知るスライムの上位腫のような存在なのでは? そう思ったときには遅かった。


 スライムはずるりと私の包丁から抜け出すとその体をブルリと波立たせ、私の顔面に突進したのである。私は包丁どころか鍋の蓋ですら応戦することも叶わず、そのまま後ろに転倒した。


 顔面に張り付いたスライムは私の鼻や口にその体を滑り込ませて来る。苦しい。必死に包丁を突き刺すが、力が入らない。


「うっぼぼっぼっおおおえっっ!」


 喉の奥にスライムが流れ込み、激しい嘔吐感に襲われる。胃液がせり上がるが吐き出すことも叶わない。肺が空気を渇望するが、気管に入ってくるのは吐瀉物とスライムのみ。反射的に咳き込むと更にそこにスライムが侵入してくる。


「ぶ……びっ」


 筆舌に尽くしがたい苦しみの中、私は意識を失った。


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