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私に自由はなかった。

生まれた時点で王器を受け継ぎ、ソレの存続のために生きてきた。

エスクエス家が最も守らなければならない使命。

そのために父と母は私を生んだと同時に命を落とした。

幼少の頃にそれを知らされた時、私も何れ両親と同じく子を産んで死ぬのだと理解した。

今、私が生きているのは王器を継ぐため。

先代達が受け継いだものを壊す訳にはいかない。

私に拒否権はなかった。


16歳になってロウバート様が婚約を申し出た時、家中の者は王器の存在が知れたのだと恐怖した。

恐怖はロウバート様ではなく、私の王器に向けたものだった。

力が暴走しないよう幼少から使い方を学んできたが、コレは危険すぎた。

一歩間違えれば、周囲を不毛の地に変えることも出来る。

彼は私を身近に置き、強力な兵器として利用する気なのか。

秘匿を第一とする私達にとって、この婚約は脅威でしかなかった。

だが相手は王族の第一王子。

伯爵程度の地位で申し出を断ることは出来ない。

現当主でもある私は頷くしかなかった。

そう、何処まで行っても、私の意志など関係がない。

逆らえずにひたすら流され続ける。

そして後に待っていたのは、他の令嬢からの嫉妬の目だけだった。

いっその事、私に流れる血のように、この身ごと洗い去ってしまえば良いのに。

諦観した私には夜会や晩餐会も、全て些事に思えてならなかった。


そこへ一つの転機が訪れる。

セルジュ様が、未来視によって私達の死を予知した。

婚約破棄の末に国王殺しの罪で惨殺される結末。

ロウバート様は自分に扱える王器を探して、私に近づいたのだ。

だが純血の宝玉は、その血の持ち主以外には扱えない。

彼が思い通りに王器を使える筈がない。

誰かに唆されたのか、思い込みが過ぎたのか。

どちらにせよ、私は死ぬ運命にある。


今更恐怖はない。

死ぬ覚悟はとうに出来ていた。

だから告げられたその瞬間、私はシャーリーに持って来させたナイフで首を切ろうとした。

世界が私を否定している。

だったら、流されるまま此処で死んでやる。

そう思っていたのに、セルジュ様はナイフを叩き落した。

私が死ねば彼の死も回避できるのに、まるで自分の事のような態度を取った。

誰かに怒られたのは始めてだったかもしれない。

そしてセルジュ様もまた、自分の境遇に苦しんでいると知った。

誰もが不幸を抱え、生きている。

折り合いをつけるのは、自分自身なのだと。

その考え方は、私には眩し過ぎた。

本当に、私が自由に生きられる時間があるのだろうか。

分からない。

分からないが、セルジュ様は影を落とした私に光を差し込んだ。

彼の近くにいれば、それが見つかるのかもしれない。

一種の希望のようなものを見た、その矢先だった。


「残念だ、トリニティ。君が父上の暗殺を企んでいたとは」

「ロウバート様! 私は、そのようなことは……!」

「言い訳など無用だ。お前の屋敷から暗殺用の毒物を押収している。これを病床の父上に飲ませ、殺そうとしたのだろう?」

「そんな毒薬は知りません! 身に覚えのないモノです!」


王宮の地下監獄。

鎖に両腕を拘束された私は、身の潔白を訴えた。

ロウバート様は毒薬の入った瓶を見せたが、私には一切覚えがない。

きっと見せかけるために用意したモノだ。

始めから、私達を容疑者にするための罠だったに違いない。

彼は続けて、こう言った。


「毒薬だけではない。お前はエスクエス家に伝わる王器を隠し持っているだろう? いざとなればそれを用いて、我々王族から実権を奪おうと企んでいた。そんな危険なモノは、即刻取り上げなければならない」

「……!」

「王器は何処にある? 屋敷を隈無く探したが、それらしきものは何一つなかった」


彼は純血の宝玉を狙っているが、その正体までは知らない。

セルジュ様が予知した通りだ。

この後私は処断され、無残に殺される。

王器が暴走して周囲一帯を吹き飛ばすのだろう。

だが、そんな事は望んでいない。

これ以上、私のせいで誰かが傷つくのは耐えられない。

私は彼の正気に語り掛けようとした。


「あの王器は、エスクエスの者にしか扱えない! ロウバート様には適合しません! どうか、考え直して下さい!」

「ッ……!? 言わせておけばッ!」


直後、彼の拳が私の頬を殴った。

一瞬何が起きたのか分からず、衝撃と痛みに動揺するばかりだった。


「あうっ!?」

「お前も……お前もそうやって俺を見下すんだな! そうやって、心の中で嘲笑っていたのだろう!?」


次第に生温い感触が口の中に広がる。

ロウバート様は正気ではなかった。

嫉妬と怒りに押し潰され、どす黒い瞳で私を見下ろしている。

もしかすると、私もこんな目をしていたのかもしれない。

自分以外への強烈な嫉妬が、あの未来視を作ったのかもしれない。

不意に、そんな事を思った。


「許さん! 俺はフェルグレイス家の第一王子、ロウバート・フェルグレイスだ! 次期国王は、継承権第一位の座は俺の筈なんだ!」


ロウバート様は叫んだ。

それは自分に言い聞かせているようにも聞こえ、私は何も言えなかった。

直後彼は私から背を向け、看守に向けて一言告げる。


「何をしても構わん。王器の隠し場所を吐かせろ」

「ヘッヘッヘ……お任せ下さいよ」


小太りの看守が不気味に笑う。

何をされるのかは、大体想像がついた。

全身が震え、拘束していた鎖が小刻みに音を立てる。

逃げられない。

いっその事、王器のことを明かそうかと思ったが、血で出来た王器など彼らは信用しないだろう。

仮に信用したとして、血を全て抜き取ろうと私の身体を暴きかねない。


何故だろう。

とても怖かった。

屋敷でセルジュ様に問い詰められた時、死んでも構わないと思っていた筈だった。

でも今は、死ぬ事が堪らなく怖い。

心臓の鼓動に応じて、血の力が脈動する。

駄目だ。

このままでは死への恐怖が引き金になって王器が暴走してしまう。


「ま、待って下さい! これ以上は、私の王器が暴走して……!」

「ほう、それは危険な事だ。即刻取り上げなければ」


必死に訴えても、ロウバート様は一切取り合わなかった。

寧ろ私が王器を隠し持っていると知り、笑みすら溢し始める。

もう、どうする事も出来ない。

言葉だけでは、自分の力だけでは何も変わらない。

望みを失った私は、思わず両目を瞑る。

その瞬間だった。


「な、何だ!?」


困惑するロウバート様の声が聞こえる。

直後、荒々しい物音と鈍い殴打音が鳴り響いた。

一体、何が起きたのだろう。


「無事か、トリニティ!」


ゆっくりと目を開けると迫っていた看守が倒れ、倒したであろう人物、セルジュ様が目の前に現れていた。

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