表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

3

「お嬢様ッ!」


シャーリーが叫ぶと同時に、俺の身体は動いていた。

テーブルを乗り越え、トリニティが持つ震えたナイフを手で叩き落とす。

ナイフは重い音を響かせて俺の手に渡った。

クソッ。

これが最善の方法だって言うのか。

ふざけやがって。


「あっ……!」

「馬鹿かお前!? 一体何を考えてる!」

「王器を知られた時点で、こうするべきだったんです! 私がここで潔く死ねば、皆が助かる……!」

「ったく、どいつもこいつも死に急ぎ過ぎだろ。考え直せよ。俺はそんな事をさせるために此処に来たわけじゃねぇんだ」

「でも……! それでも……! この血のせいで、父や母の命は奪われたんです! 私はもう、誰も傷つけたくありません!」


トリニティは悲痛な声で叫んだ。

その辺りの事情は俺には分からない。

アッサリと死を選ぶなんて簡単に出来ることじゃない。

余程、腹に据えかねるものがあるんだろう。

それでも逃げることと、死ぬことは同じじゃない。

死ねばそこで終わりなんだ。

静まり返った部屋で俺は語り掛けた。


「きっと俺にはあずかり知らねぇ辛いことがあったんだろう。だがな、お前に生きててほしいと思う奴だっている筈だ」

「そんな人なんて……」

「いないのか? それは卑屈になり過ぎだぞ。なぁ、シャーリーさんよ」


そう言いつつ、俺は彼女の従者に目を向けた。

当然、それを黙って見過ごす訳もない。

シャーリーは身を乗り出して懇願する。


「その通りです、お嬢様! 自ら命を絶つなど、お止めください! 今は亡き当主様達も、そのようなことは望んでおりません!」


長年連れ添ってきた従者の言葉だ。

トリニティは複雑な顔をして目を逸らす。

曇った表情は未だに晴れそうにないが、少しだけ分かったことがある。

彼女は、以前の俺と似ていた。


「生まれてきたことが罪みてぇな顔しやがって。生まれた事に良いも悪いもねぇんだよ。大事なのは、そこからどう乗り越えていくかだ」

「乗り越える?」

「俺は昔、王器に……コイツに選ばれた。兄弟達が全く扱えなかった『天望のイヤリング』を、偶然とはいえ使ってみせたんだ。その時の兄上達の顔ときたら……嫉妬と殺意が入り混じったナニカだった。ありゃ、実の弟にしていい顔じゃなかったな」

「そんな事が……」

「王族の家系は、王器を扱える者が代々王を継ぐ。そんなこんなで、事故に見せかけて殺されそうになった事は何度もあった。まぁ、証拠なんてないんだけどな。でもあからさま過ぎて、流石の俺でも気付く位だったよ」


当時は父上も息災だった。

告げ口をする事なんて幾らでも出来た。

それでも俺は何も言わなかった。

王器に選ばれなかった兄上の苦悩も分かっていたからだ。

周囲からの落胆、失望の目。

時の運が違っていれば、立場も違っていたかもしれない。

だから兄上を恨むことなんて出来なかった。


「自分だけが不幸って訳じゃない。ソレが見えないってだけで、誰だって何かしらの不幸を抱えて生きてる。だから俺達は、それを持って前に進むしかないのさ。もし、進むだけの力がないなら……それを貸すために、俺は来た」

「……」

「少し頭を冷やしな。明朝にまた来るから、そこで改めて答えを聞く。あぁ、そうそう、紅茶美味かったぜ」


今のトリニティは連れ出せない。

まだ時間の融通は利くが、それでも死を選ぶって言うなら俺は何も言えない。

今日の所は退散することにした。

紅茶を飲み干し、背後に控えるルークに声を掛けて屋敷を出る。


「貴方はとても強い方なのですね。私も……出来ることなら……」


去り際に彼女の呟きが聞こえた気がしたが、俺は何も言わなかった。

屋敷の外から公道に出て、夜風に当たりながら一つだけ息を吐く。

視線を横に向けると、ルークが不安そうな表情をしていた。


「宜しいのでしょうか」

「晩餐会まで時間はある。それに今、無理に連れて行った所で、彼女は自分に刃を向けるだろうよ」

「……」

「安心しろ。もう早まった真似はしねぇ。俺はそう信じてる」


俺にはトリニティの意志を捻じ曲げるような無理強いは出来ない。

ただ、彼女は奪われたナイフを取り返そうとはしなかった。

つまりはそういう事だ。

死にたいと言ってはいたが、本心は別の所にある。

熱も冷めれば考え方も変わる筈だ。

気付くことを信じて、今はこの場を立ち去ることにした。

だが、その翌日。

早朝にエスクエス家に辿り着いた俺達は、目の前の状況に息を呑んだ。


「一体……何がどうなってる!?」


そこにいたのは、傷を負った従者のシャーリーだけだった。

トリニティの姿は見当たらず、屋敷内を荒らされた形跡すらあった。

強盗か。

いや、この荒らされようは何処か違う。

俺はルークと共に、シャーリーの手当てを行った。

傷は浅く、多少殴られた程度のものだが、老体という事を考えると看過できない。

治療の最中、彼女は必死に俺達へ事の次第を告げた。


「数刻前にロウバート様の親衛隊がやって来て、お嬢様を連行したのです! 国王暗殺の容疑で、嫌疑に掛けると!」

「馬鹿な! 暗殺容疑を掛けるのは、明日の晩餐会の筈だ!」


トリニティが拘束されるのは晩餐会の最中だ。

見間違えなどという凡ミスじゃない。

天望のイヤリングが予知した通りに動けば、必ずその未来に辿り着く。

だが、その予知に反した動きをすればどうなるか。

俺は今までの自分の行動を思い返して理解する。


「そうか! 未来視を見た俺が動いたから、先の未来が変わったのか! 油断した……!」

「セルジュ様! どうか、どうかお嬢様をお救い下さい! 昨日の問答から、お嬢様も覚悟したのです! 亡き当主様達の命を抱え、前に進むと!」


兄上め。

元々そうするためにトリニティを屋敷に帰らせたのか。

俺は舌打ちを堪えながらもシャーリーの言葉の真意を測りかねていた。

亡き当主とは両親の事だろうか。

聞き返すよりも先に彼女が説明した。


「王器、純血の宝玉は先代当主様から受け継がれて来ました。子を産み、王器としての力を子孫に託すのです。自らの命と引き換えに」

「!?」

「お嬢様は憂いていたのです。何れは自身も子を宿し、その重荷を子に背負わせて命を落とすという、耐えがたい連鎖に。ですがそれは、王器を守護するエスクエス家にとって、果たさなければならない役目でした」


そういう事か。

彼女の王器は、他の王器みたく譲渡で終わるモノじゃない。

血液そのものが力の根源である以上、それだけの代償が必要という事なのか。

今までエスクエス家の者全員が、子供に力を託して死んだという訳だ。

生半可な覚悟で出来るとは思えない。

トリニティの濁った瞳には、それだけの理由があったという事だ。

そして従者はその秘密を俺に教えた。


「シャーリー、教えてくれてありがとう」


だったら、俺に出来ることは一つしかない。


「ルーク! エスクエス家の人間を匿うぞ! お前は他の仲間と協力して、彼女達を俺の領地まで避難させろ!」

「何を成さるつもりですか?」

「決まってる! 王宮に向かってトリニティを救い出す!」


国王暗殺の容疑となれば、何れエスクエスの人間も拘束される。

ここで匿わなければ縛り首にされなかねない。

治療を終えたルークに声を掛け、俺は王宮へ向かおうと踵を返す。

と、その矢先だった。

耳元で天望のイヤリングが光り出す。

この感覚、予知夢を見た時と同じだ。

反応する間もなく、イヤリングから発した光が俺の視界を奪っていく。


「こ、コイツは!?」


瞬間、俺はその先にある未来を視た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ