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「なんだこりゃあ!?」


小鳥が囀る早朝。

未来視をした俺が、真っ先に挙げた言葉がそれだった。

思い返すと情けなさ過ぎて笑えて来るが、そうも言っていられない。

予知したのは、自分が馬鹿でかい刃に貫かれ、息絶える瞬間だったからだ。


「殿下、何事ですか!?」

「い、いや、何でもない。少し悪い夢を見てな……水を貰えるか?」

「はっ、直ぐにお持ちします!」


従者の少年、ルークが声を聞いて駆け付けたので、とりあえず部屋の外に出てもらう。

俺はベッドから起き上がり、額に浮かんだ汗を拭った。

あまり動じない方だという自負はあったが、今のは流石に焦った。

死ぬ瞬間の感触が、現実にあったかのように思い出せる。

ただの夢と思いたかったが、そうもいかない。

裏付けるように俺の耳元で、あるモノが光を放つ。


「王器が光ってやがる……夢じゃねぇのかよ……」


王家に代々伝わる王器おうぎの一つ、天望のイヤリング。

聖遺物とされるコイツには、未来視を可能とする力がある。

完全には制御できていないので、時たま勝手に視界を奪ってくる困ったヤツだ。

だがコイツが見せる未来視は絶対に外れない。

そうして力を発揮するときは、決まって青白い光を放つ。

今更、疑う意味はない。


「まさか、自分の死を予知するなんて……マジで一回死んだ気分だ……」


今まで様々な戦場を駆けてきたが、あんな予知は初めてだ。

背後から不意打ちに、あと少しの所で間に合わなかった。

真正面からなら捌けただろうが、あんな様が俺の末路だって言うのか。

冗談じゃない。

俺はゆっくりと、部屋の壁に貼られたカレンダーを見る。

イヤリングの未来視は、死の日時をハッキリと教えてくれていた。


「死ぬのは一週間後……いや、落ち着け、まだどうにでもなる! 先ずは、アレの原因を突き止めねぇと!」


戦場でもない場所で死んだのはショックだったが、打ちひしがれている時間はない。

このまま無抵抗に死ぬ気は毛頭ない。

何としてでも、死の未来を変えて生き延びてやる。

よし、と意気込む俺の前に、前触れなく扉からノックが鳴る。


「殿下、お水をお持ちしました」

「お! ありがとな!」


そう言えば、ルークに水を頼んでいたな。

扉を開けた彼からグラスに注がれた水を受け取り、一気に飲み干す。

うん、冷たくて美味い。

生きている感覚が甦ってくる。

身体の熱が幾分引いて、思考も少し落ち着いて来たみたいだ。


「美味かった! 早速で悪いが、早馬を準備してくれないか? 浴室で汗を流したら、直ぐに出掛ける!」

「外出ですか? 一体どちらに?」

「兄上に会いに行く!」


目指すは王宮。

兄上こと第一王子のロウバート・フェルグレイスだ。

未来視は俺の死ぬ瞬間以外に、兄上が婚約者との婚約を破棄する場面といった転機を幾つか見せていた。

コイツが無意味な光景を見せたことはない。

必ず俺の死に関係がある。

直感した俺は浴室で汗を流した後、軍服を羽織り、今いる拠点の防衛を部下たちに任せて飛び出した。


しかし、分からない。

視えた婚約破棄の場は、三日後に行われる王宮の晩餐会だった。

交流・社交が主な会食で、国内の大貴族たちが王族との関係を持つために近づいて来る。

俺的にはあまり興味のない催しだが、どうしてそのタイミングで、兄上は婚約を破棄するんだろう。

わざわざ衆目の前で破棄する意味が分からない。

それに俺は確かに見えた。

婚約破棄を告げられた婚約者、トリニティ・エスクエスの呆然とした表情を。

アレは絶対に、望んで行われたものじゃない。


半日を掛けて、従者のルークと王宮に辿り着いた俺は、直ぐに兄上の元へ向かった。

帰還する予定もなかったので、周りの者は少し騒がしかったが、気にしている暇もない。

宮内の従者を通して、兄上との面会を図る。

少々の時間をおいて現れた兄上は、間の悪そうな態度で俺を出迎えた。


「何のつもりだセルジュ。お前は国境の防衛を任されていた筈だ」

「そんなもの、将の俺がいなくても機能するよう整えているさ。それよりも聞きたいことがある。三日後の晩餐会で起こす騒動だ」

「……何の話だ?」

「兄上、まさかとは思うが、その場で婚約者との婚約を破棄する気じゃないだろうな?」

「っ!? 何処でそれを……!」


知った、と言いたげな表情を取る。

だが直ぐに俺が身に付けていた王器を見て、忌々しそうに顔を歪ませた。


「天望のイヤリング……チッ、俺には反応すらしないというのに……」

「やっぱり本当なんだな!? どういうつもりだ、兄上!」

「あの女は国家転覆を企む反逆者だ。父上の暗殺を狙っているとなれば、婚約破棄は当然だ」

「……それで、処刑までするって言うのか?」


兄上は押し黙る。

未来視が俺に見せたモノは、単なる婚約破棄じゃない。

無実の少女を罪人に仕立て上げ、処刑するという残酷な結末だった。

確かに第一王子としての権力を振るえば、それも可能だろう。

だがそれは、あまりに度が過ぎている。

俺が見た処刑後のトリニティは、人の形すら保っていなかった。


「何を考えているのか分からねぇが、彼女は無実だ! 幾ら相手が後ろ盾のない伯爵令嬢だからって、限度ってモンがある! 取り返しのつかないことになるぞ!」

「ほう。取り返しのつかない事とは……その王器は、一体何を見せたというんだ?」

「……俺が死ぬ未来だ」


躊躇いがちに答える。

俺が死ぬ未来を王器が見せたことを、時間もあまり残されていないことを。

すると少しの間を置いて、笑い声が響き渡る。

それは間違いなく、目の前の兄上から発せられたものだった。


「クッ……ハハハ! これは傑作だな! 悪夢を見た子供でもあるまいし、そんな妄想のためにわざわざ王宮まで戻ってくるとは!」

「兄上ッ!」

「自惚れるなよセルジュ。お前は王器に選ばれたのかもしれんが、所詮は制御もままならぬ聖遺物に過ぎん。そんな不確定なモノが見せる未来視など、信じるに値しない」

「……実の弟の言葉を、信じないのか?」

「笑わせる。お前がどれだけ俺の、俺達の期待を裏切ってきたか……」


一転して、怒りの視線を俺に向けて注ぎ込む。

あぁ、またコレか。

親の顔よりとは言えないが、飽きる程見た表情。

俺を下に見る事しか考えていない、大人気ない態度だ。

溜息を堪えて視線を逸らすと、兄上は余裕そうな言葉を並べていく。


「俺が信じるのは自分の手で扱える、自分だけの力だ。今に見ていろセルジュ。継承権第一位はお前ではない。他でもない、第一王子の俺なんだ。王に相応しい者は誰か、他の連中にも直ぐに思い知らせてやる」


力の誇示、前々からよく聞いていた台詞だ。

今更どうという訳でもないが、今の兄上の声には確信めいたものがあった。

何か決定的なものを掴んだのか。

そこまで考えて、俺は思い出す。

婚約者のトリニティ嬢には、古来から伝わる王器を隠し持っている。

そんな話を間者から耳にしたことを。


「まさか、彼女の王器を狙う気か……!?」


直後、部屋の扉がノックと共に静かに開かれる。

誰かと思う間もない。

現れたのは渦中の人物、トリニティ・エスクエスその人だった。

人形のように色白な黒髪少女。

瞳から光が消えて濁ったように映るのは、見間違いではない。


「ロウバート様?」


消え入りそうな声で、彼女は俺達を交互に見比べる。

表情の変化に乏しいが、一応困惑しているようだった。


「トリニティか。どうした?」

「いえ……怒鳴り声が聞こえたので、何かあったのではと……」

「何でもないさ。セルジュの奴が、癇癪を起したんだ。何、直ぐに収まる」


今の話を聞かれたくないのだろう。

兄上は追い払うような言い方をしたが、俺は気が気じゃなかった。

死体ではない、生きた彼女がそこにいる。

死の連鎖を生む少女に、声を掛けずにはいられなかった。


「おい、待っ……!」

「下がりなさい。今、私達は大事な話をしているんだ」

「ロウバート様……分かりました」


俺を押しのけて兄上は現婚約者に命令する。

彼女もそれ以上何かを言うつもりはないらしい。

表情を変えることなく、去り際に俺に向けて言葉を放った。


「セルジュ様、差し出がましいことを申し上げますが、ここは王宮ですので、どうかお静かにお願いします」


真っ黒な瞳だ。

一片の光も宿っていない。

何をどうすれば、あんな目をしていられるんだ。

瞳の威圧に負け、俺ですら反論することが出来なかった。

扉が閉まり彼女が退室すると、これ見よがしに兄上は息を吐いた。


「既に証拠は握っている。そしてこの件は、父上も承知している」

「……病床に伏せってる父上が、何をどう承知したって言うんだ?」

「口で言わなければ分からないか? これ以上下手をするなら、お前であっても容赦はしないと言っているんだ」

「本当に証拠があるなら、今ここで見せてくれ。嘘偽りのないモノだって分かるなら、俺だって身を引く」

「馬鹿な事を。今のお前は冷静さを欠いている。そんな状態で、証拠を踏み躙られでもしたらかなわん」


真っ先に俺の疑いを晴らしたいなら、その証拠とやらを見せれば良いのだ。

だというのに出し渋る時点で、本当にあるのかも疑わしい。

だが今ここで俺が騒いだところで、王宮内は兄上の兵隊達で一杯だ。

それ自体は問題ないが、例の婚約者を警戒させてしまうかもしれない。

下手な行動は出来なかった。

押し黙る俺を見て、兄上は微かに笑いながら俺の肩に手を置いた。


「安心しろ。仮に未来視が本当ならば、あの女はお前をも殺す強力な王器を持っていることになる。手早く、そして迅速に回収しなくてはな」

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