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2 仮契約


 目が覚めた。土の匂いに包まれて地面に寝ているようだ。上向いている視界には緑の天井。溢れる木漏れ日が眩しい。


「エモいなー」


 この言葉の意味はよく知らない。柔らかな日を浴びて寝ているとうとうとしてしまいそうだ。


「このまま寝て生涯を終えるっていうのも悪くないよな」


『いや悪いですって。早く起きてください』


 ……。

「なんでいるの」


 この声は間違いなくさっき俺と会話していた神獣アールラウネのものだ。ここでお別れですみたいな空気めちゃくちゃ出してなかったでしたっけ。


『流石に何も分からない状態で放り出すわけにいかないでしょうが。やろう系小説の主人公でもあるまいし』


 いや確かに何もわからず放り出されても直感で進んでいけるほどのサバイバル力はないけど。


『それに今のあなたは精霊獣がいないんです。もし野生動物に襲われたりなんかしたらイチコロですイチコロ。だからあなたがはぐれ精霊獣と契約できるまでは私がナビゲートしつつ守ります!』


 えっへんと胸を張ってるのがテレパシー越しでもわかる。てかナチュラルに受け入れてたけどずっとテレパシーで会話してたんだな俺。まあそれは置いといて、

「はぐれ精霊獣ってなんだ?」


 人間と契約してなきゃ消えちゃう精霊獣にはぐれとかあるんだろうか。


『はぐれ精霊獣っていうのは生まれたてでまだ契約をしていない精霊獣や、宿主を失った精霊獣のことです。先程もお話した通り強力な力を持つ精霊獣はすぐ吸われて消えちゃうんですけど、ちっちゃくて弱い子達はそうでも無いんです。世界の吸収力が反応しづらいんですよね。だからそういう子と契約した契約者はもちろん弱いので戦えばすぐ殺されちゃうんですけど、精霊獣だけは残ることが多いんです』


「待て、殺される?」

 めちゃくちゃサラッと言ってたけどとんでもないこと言わなかったか?


『ええ、精霊獣の力を使って戦い、どちらかが死ぬ。この世界では珍しくないことですよ』

 感情を感じさせない声で軽くアールラウネは言った。


「なんでそんなこと……同じ人間同士なのに」


 俺の元いた世界でも戦争はあった。でもアールラウネが言っているのはそういう話では無いだろう。

 個人が個人を殺す。

 そんなことが日常的に行われているということだ。そしてそのせいではぐれ精霊獣が溢れている。


『……この世界には残虐で非道な忌まわしい仕組みがあります』

 アールラウネは押し出すように言った。

『精霊獣が神獣へと神化しんかするためには自分の存在の力を高めることが必要なんです。そしてその最も効率のいい方法が……』


 契約者殺し。


「なんで……どうしてそこまでして神獣になりたがるんだよ……!」

 俺の心の中には何故だかやり場のない怒りが湧き出していた。この世界に縁もゆかりも無いのにその残酷な仕組みが許せなかった。


『……神獣になるとどんな願いでもひとつ叶えられるんです。本当に、どんな願いでも。異世界から来たあなたがどう感じるかはわかりませんが、飢えと貧困に満ちたこの世界の住人にとってはどんな願いでも叶えられる権利というのは何をしてでも手に入れたいものなんですよ』


 どんな願いでも叶う。恵まれた国に住んでいた俺にとってはその権利は魅力的ではあるが必須ではない。ましてや人を殺してまで手に入れるものなんかではもちろんない。


「なあ、アールラウネ」

 やめろ、そんなことを言ってもなんにもならない。


「お前は」

 今それを言うことには八つ当たり以外には何も意味はない。だが止まらなかった。


「お前は何人殺して、何を願ったんだ?」


 返事は、無かった。重い沈黙が立ち込める。

 ほら、こうなる。言ってから後悔したところでもう遅い。出会ったばかり、なんだかんだ親切に色々と教えてくれた恩を仇で返してしまった。

 何を言ったらいいのだろう。今更庇うことはできない。それは卑怯だ。自分の発した言葉には責任を持っていたい。


『私は……』

 だがアールラウネはそんな言葉のナイフを自分の胸でしっかりと受け止めていた。


『たくさんの人を殺しました。そこには大義名分がありはしましたが、殺したという事実に変わりはありません』


「…………」


『それでも……それでも私には守りたいものが、叶えなくてはいけない願いがありました』

 毅然とした声で言い放つ。そこに迷いはなかった。


『だから私は後悔していません。神獣となることで……護れたなら』


「そう……か」


 アールラウネの中には確固たる信念がある。それは俺みたいな来訪者がどうこう言えるものでは無いのだろう。

 この世界に対する怒りは無くならないが、この世界の住人の価値観というものは理解した。


『どうしますか。今ならまだ、この世界に関わらないであなたを元の世界に帰すことができます。元の世界のあなたは死んでいますから、もちろんあなたという存在は消えて無くなりますがこの世界で生きるより幸せかもしれませんよ?』

 アールラウネは静かに問うた。

 

 この世界で生きていく覚悟はあるか?

 

 この世界で生きるということは、誰かに殺されるかもしれないということ。誰かの願いの礎にされるかもしれないということ。


 なら俺は。


「この世界の理不尽な仕組みに抗う。精霊獣と契約して誰かを守るためにその力を使いたい」


 戦う術など知らない。契約したところで自分にできることなどたかが知れているだろう。それでもその気持ちに嘘偽りは無かった。


『……あなたなら。そういうと思っていましたよ』

 アールラウネは本当に嬉しそうな優しい声で言った。


『この世界で誰かを守るということは誰かを殺すということです。それでもあなたはその道を選ぶのですね』


「いいや殺さない。絶対に別の解決法を探す」

 綺麗事であることは十分承知だ。だがもう腹は決まった。


『全く……本当にあなたという人は』

 呆れて言葉も出ないか。まあ俺も逆の立場だったらそうなるだろうな。


『ひとつ伝えなければならないことがあります』

 アールラウネは先程までとは打って変わった真面目な声で言った。


『先程上手くいかなかったあなたの契約についてです』


「失敗して不具合がどうこうって言ってたヤツか」

 何が起こったのか俺には検討もつかない。


『あなたはこの世界にとってはイレギュラーな存在です。なので、この世界のルールに当て嵌めた契約ができなかったんです』


 契約ができないって……詰んでないかそれ。


『その代わりに先程私が契約させようとあなたに干渉したことによってあなたの存在にすこし改変が起こりました』


 存在に改変が起こるって……全然何を言ってるのかがわからん。


『あなたは一匹の精霊獣との契約ができない代わりに、複数の精霊獣との仮契約ができるようになったんです』


「仮契約……?」


 なんか言葉だけ聞いていると詐欺にかけられているみたいだな。


『仮契約ではその精霊獣の百パーセントの力は引き出せません。当然普通の契約者と戦えば手も足も出ないでしょう。その代わりに』


「その代わりに……?」


『あなたはどの精霊獣とも制限無く仮契約ができます。何体でも、無限に』


 ん? よくわからんけどすごいこと言われてない?


『だからたくさんの精霊獣と仮契約をして力を合わせればどんな相手だとしてもどうにかできるかもしれません』


「おおお、なんかすげえワクワクしてきた……!」

 この世界で俺だけが持つ特権ってことだよな? なんだこの湧き上がる優越感。


『ただし契約者のいる精霊獣とはもちろん契約できませんし、仮契約をするかどうかはその精霊獣次第です』


 なるほど、自分の意思だけでバンバン契約していけるってことではないのか。


『でもそもそもはぐれ精霊獣って時点でめちゃくちゃ追い詰められている状況なんで、多分断られることはないと思いますよ』


「あ、そっか。契約しないと消えちゃうもんな」


『だからむしろ気をつけてください。あなたの存在を知ればありえない数のはぐれ精霊獣が押しかけてきます。で片っ端から契約していったらいずれ限界がきます』


「限界? 無限に契約できるんじゃなかったのか」


『仮契約自体に制限はありません。でも契約というのは精霊獣の宿主となるということ、つまり精霊獣の存在の力があなたのキャパシティを超えてしまえば内側から呆気なく崩壊します。あなたの肉体が』


「こわっっっ!!!!」

 え、そんな恐ろしいことになるの? トラックに引かれるより無残な気がするんだけど。


『だから大手を振ってバンバン契約していくのはやめた方がいいです。噂になれば精霊獣だけでなく、人間にも目をつけられますよ』


「人間って……なんで仮契約していくと目をつけられるんだよ」

 はぐれ精霊獣にとっては確かに有難い存在かもしれないけど人間にどうこう思われる理由が分からない。


『神獣へと神化するために必要なのは存在の力。つまりたくさんの精霊獣と仮契約したあなたは丸々と肥えた餌でしかないんですよ』


 ちょっと待て前言撤回。優越感なんて抱いてる場合じゃなかったこれ。


「じゃあとりあえず今必要なのは自衛の力ってことか……」

 前途に一気に暗雲が立ち込めた。


『しかもその精霊獣の力って契約してみないと分からないんで、選んで契約するっていうのもなかなか難しいんですよねえ』

 アールラウネが呑気に言う。いやそんな当たり前のように言わないでくれ。


「というか強力な精霊獣はすぐ消えちゃうんだろ? ってことははぐれ精霊獣として出会う精霊獣ってほとんどが……」


『雑魚ですね!』


 あ、言っちゃうんだ。気を使ったのに。


『でもあれですよ! めちゃくちゃ強力な精霊獣の宿主が倒された瞬間に居合わせればワンチャンありますよ!』


 そもそもそんな恐ろしい戦場に飛び込みたくはないんだが。

「なんか聞けば聞くほど仮契約って微妙な気がしてきたんだが」


『気がついたら負けです。とにかく今は精霊獣にも人間にも噂にならないように、細々と色んな精霊獣と仮契約を結んで力を身につけるのが先決です!』


 なんか話だけ聞いてると不可能な気がするんだけと。


『大丈夫大丈夫! いざとなったら私もサポートしますから!』


 ん? 待てよ……?

「なあ、神獣って契約できないの?」

『えっ』


 それなのだ。精霊獣より神獣の方が強力な存在なのは間違いないわけだし、契約できたら百人力なのではないか。こんな残念神獣でも。


『なんで心の中でサラッとディスるんですか。嫌いですか私のこと。……できないことは無いですよ。その人の存在の力のキャパにもよりますけど、あなたなら余裕です』


「っ! だったらさアールラウネ、俺と……」


 神獣と仮契約できたなら他の精霊獣の力などいらないだろう。噂になる心配もない。


『……ダメなんです』


「なんで!」


『だって私にはもう契約者がいますから』


「あ……」

 そう……か。神獣になっているということは契約者と共に存在の力を集めたということ。つまり俺の入るすきはない。


「そ、そか……そりゃしゃあないわ。悪かったな無理に誘って……」


『い、いえ……』


 微妙な沈黙が流れる。めっちゃ気まずい。


『で、でも私だってできることならあなたと契約を結びたいですよ?』


「いいってそんな気を使わなくたって。余計惨めになっちゃうから……」


『違うんです、私はほんとに……』


 なんか男がいる女に言いよってフラれたみたいな凄い嫌な感じだ。失敗した。


「い、いいさ! きっとアールラウネより頼もしい精霊獣と契約してみせるから!」


『っ……その、意気です……』

 わざと明るく言ったのになんでそんな傷ついた感じの気配をだす。ますます気まずいじゃん。


「っだーーーーーーもう!! なんで俺がこんなモヤモヤせにゃならんのだ!! ほら行くぞ精霊獣探し! 最初のパートナー見つけるまでついてきてくれるんだろ?」


『え、あ、そうですね! そこは私に任せてください!』

 無理やり切り替えて立ち上がる。転生前事故にあった割にはどこもおかしいところもなくピンピンしている。むしろ調子がいいくらいだ。


「……ちなみに契約者ってどんなやつなんだ?」


『……ふふっ秘密です』


 俺の頭の中にフワフワと白い燕尾服を着たイケメンが描かれた。アールラウネの姿は見たことないけど声だけならめちゃくちゃ可愛いんだよな。本人には絶対言わんけど。

『やだ〜! 口説いてるんですかもう!』


「心を読むな心を!」


 完全に遊ばれている。くそう。

 

 森の中を少し歩いてみる。いわゆる森といった感じで、なんの虫だか分からない虫の声がたくさんさざめいている。木々の間を時々吹き抜けていく風が気持ちいい。


「とりあえずは最初の一体と契約したいなあ」


 まあそんなことを言ってもはぐれ精霊獣なんてそう簡単に見つかるもんでも無いだろうけど。


『あ、そこにいますよはぐれ精霊獣』


「返して今の俺のしったか発言」 


 ガサガサとアールラウネが示した方向に木々をかき分けていく。すると突然開けた場所に出た。


「畑……?」

 そうとしか思えない耕された土壌が辺り一面に広がっている。ここまでの畑を作るのは相当骨が折れるだろう。


「ここまでの畑を作れる精霊獣って相当大きくて体力のあるやつなんじゃないか?」


 まだ見ぬ初めての仲間に期待が高まる。そして、

『あそこです!』

 アールラウネが示した岩の上にいたのは。

 

 イモムシだった


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