新しき一歩
————貴方は私を愛してくれていましたか。
————砕け散った思い出の中で笑っていた貴方の顔が、もう穴だらけで分からないの。
少女は独り夢を見た。流れ続けたあの日の幸福を、貪るように夢を見た。
戻らない記憶が心を腐蝕し、恋人を虫喰いに変えていく。
言いたいことばかりだった。轢き潰された恋と記憶は車輪の彼方に過ぎ去り、虚穴に塗れた幸せの記憶が少女を辛苦に突き落とす。
交通事故など、誰を恨めばいいのだろう。積み重なる激務に、気絶するように眠りついた運転手だろうか。それとも、その原因となった誰かか。考えることすら馬鹿馬鹿しい。
泣き喚く。泣き喚く。泣き喚く。泣き喚いて————啜り哭く。
少女にそんな余裕は無い。恨むなど、怒るなど。彼女に出来たことは一つだけ。
もう、伝えられもしない。
————さよならも。
————おはようも。
————ごめんねも。
————愛してるも。
————深く、純粋な言葉の全てが、もう貴方には届かない。
怨嗟も憤怒も塵芥。少女に溢れ溺れんばかりのそれは、悔いと悲嘆の奔流だ。
もっと言葉を紡いでいれば。もっと想いを伝えていれば。
崩折れる少女の細腕に籠る力は無力であった。それ故に、籠められた決意は力を欲した。
————強くなろう。今よりずっと、悲しみを受け入れられるように。
————強くあろう。貴方のいない世界を愛していけるように。
それは凄惨なる第一歩。悲嘆の果てより歩みを進める、恋を失う第一歩。
「また明日」は叶わない。少女の隣は空白で、その度に彼女は、この絶望を思い出すだろう。
愛してくれていたかどうかさえ、少女には分からない。知ることは出来ても、その愛は抜け落ちたままなのだから。
悲しみに慟哭を。その悲劇に訣別を。
————強くなればきっと、貴方を魂の底から、忘れ去ることが出来るから。
そうすれば、最早悲しみなど感じまい。
ただ歩め。まずはその新しき一歩にて。
己の寂寥に悶絶せよ。