【 現実世界1日目 】
ゲートの出現ポイント、物質間移動時におけ神経細胞や脳の思考パラダイム等のショック緩和システムを最終チェックまで終わらせたミネルバはエルコ、三郎にその旨の完了報告をする暇もなく、次の作業である石版群の建築に移っていた。
ミネルバには時間が無い。
彼等を呼びに行く時間さえ勿体ない。
彼らが近くまで来た時に経過報告をしよう。
自分の活動維持のための残存電力が残りわずかになってきているのだ。
三郎の指示通りに、エルコの冷却カプセルの位置の特定と地上に降りた際の衝撃吸収時のエネルギー消費。
また、仮想世界から現実世界にエルコを目覚めさせるための冷却カプセル再起動時のエネルギー。
さらに日本と北極を結ぶゲートの建造、並びに、大量の石版遺跡の建築まで仰せつかってしまったのだ。
この石版遺跡の建築完了までは、どんなに急いでも明日の夜中まではかかる。
三郎様が北極で意識体としても消滅してしまえば、あとはエルコさんにとっての最後の"話し相手"は私だけなのだ。
しかし、その最後の話し相手である私もまた、予想外にエネルギー消費スケジュールが過密すぎたために、石版遺跡を建築完了後、数時間もすれば、活動停止してしまうだろう。
つまり、明後日の早朝には活動停止になってしまう。
可愛そうな事をまた、彼に突き付けてしまう。
本意であれば、もう少し彼に寄り添った状況下でサポートしてあげたかった。
エルコさんには辛い現状ばかりを背負わせてしまっている。
人類最後の生き残りだからとはいえ、彼1人に種の全ての責任を担ってもらうのは流石に酷であるとは常々思う。
しかし、三郎様の意識体も、あとわずかで消滅してしまうばかりか、私の活動維持も明後日の早朝までなのだ。
なんとかエルコさんの強い精神力を信じて、今は少しでも彼が生き残れるように、有益な
情報を刻印していかなくてはならない。
ミネルバはどこから持ってきたのか、膨大な量の黒曜石で出来た高さ15メートルの石板達を上に積みあがっている石板から順番に深さ9メートルに掘られた周辺の穴に埋めていく。
エルコが入っているカプセルの周りには深さ9メートルという多少、異常な深さの基礎工事用の穴が多数並ぶ。
四方に通路のようなものがあり、その通路部分の側面部は補強されていた。
よく見ると石板群達は瓦のように少しずつ湾曲している。
石板群達はエルコが入っているカプセルの周りを要塞のように筒状に建築されていく。
どうやらゲートの近くまでエルコが来たようだ。
思念体のみで目には見えないはずの三郎も近くに居るんだろう。
ミネルバ:「三郎様、エルコさん、ゲートの方は完成しております。
ご覧の通り、私はこの石版遺跡にあと16時間弱ほどはかかります。
大変申し訳ありませんが私は北極の方にはご同行できませんので三郎様とエルコさんのお二人でお願いできますか?
あと、ゲートの起動時間ですが、ゲートの有効起動時間は6時間の猶予です。
そこもお気を付け下さい。
有効起動時間を過ぎてしまえば、ゲートが閉じてしまい、こちら側へ帰ってこれなくなってしまいます。」
三郎:「うん。わかったよ。何から何までありがとう。
じゃあ、エルコさん、ゲートで北極まで行こうか!」
エルコ:「・・・もう何がなんだか
わかりませんが、とりあえずわかりました。行きましょう。」
不思議なゲートだ。レーザーのようなエネルギーがゲートの周囲を帯電している。
この複雑怪奇なゲート、つまりは“どこでもドア”の創造主であるミネルバさんはもう既に、遠くで新しい作業にとりかかっている。
何やら黒い石板のような建造物にレーザー光線技術のようなもので文字を刻印しているようだ。
自分の頭では理解できない事、自分の知らない事が、想像の追い付くスピードさえも一切無視して現実世界に展開されていく。
エルコは言いようのない怒りと孤独感を抱えていた。
エルコは今までの人生において、どんな不満のある現実にでも、その現実には絶対的に自分の選択肢を用意する事が出来た。
当然である。日常生活においては、最終的には拒絶や逃亡、無視という選択だって容易に
出来るのだ。
しかし、今は違う。
拒絶も、無視も、逃亡も許されないであろう状況下。
そればかりか、彼等の言う事がそのまま真実であるのなら、人類全ての責任は自分の今後の行動にかかっているらしい。
なぜ、自分が?不安というよりも絶望と怒りばかりがエルコを満たしていた。
いっそ、何も聞かなかった事にするために心を全くの「無」の状態にしてみようか?
そんな事を考えながらエルコはミネルバ作のゲートの前に向かった。
お決まりな機械音のブーンという音をたてて、何が起動で何が停止なのかの基準さえ理解できないが、とりあえず作動したであろうゲートをエルコはくぐってみた。
少しくぐるのが早かったか?
考え無しにそのままくぐった自分の行動のあまりの雑さに少しだけ後悔した。
ゲートの中や、周りの確認やら、本来しなきゃいけないであろう何もかもが面倒臭くなってしまい、エルコはゲートに向かって歩くまま、そのままの勢いでゲートをくぐってしまったのだ。
ゲートをくぐると同時にただちに変な感覚に襲われた。
ゲートの中に居る時間は数秒くらいの感覚で、これはなんだ?眠りに落ちた時の感覚に似ている。
意識が溶けて、現実を認識できないような感覚。
先ほど居た場所の詳細はわからないが、とりあえず今身体は違う場所に向かっている事は認識できら。
数秒間くらいの感覚の後に目が覚める。
氷の世界だ。
ロシア?北極?北海道?カナダ?北欧?
寝起きに似た感覚のせいか、論理的な思考や記憶があいまいなエルコを察したかのように
三郎が助け舟を出す。
三郎:「さっきもチラッと言ったけど、ここは北極だよ。ここは、僕が転神した場所でもあり、自然発電技術のもとで、世界から独立しているネットワークのまま、機能している施設の1つだよ。」
姿形が全く見えない三郎の声に対してエルコも独り言のように返答する。
エルコ:「独立したネットワークと言っても、今は僕1人しか、この世界に
いないのですから、関係なくありませんか?」
ひたすらにわけのわからない現状をミネルバなり、三郎なりに強制的に押し付けられているのだ。
この程度のトゲのある聞き方ぐらいしたって良いだろう。
三郎:「・・・そうだね。ごめん。
ここは、将来的にエルコさんが来て欲しい目的の場所なんだ。
食料問題や水の確保、体温の維持や、自然発電以上の、より強い電力の供給問題を
クリア―出来れば、今さっき通ってきたゲートも、この施設にあるから、使用可能なんだ。
先ほど通ってきたゲートは、あと5時間程度で使用できなくなるけど、ゲート自体は残ったままだし、ミネルバさんの復活、もしくは、この北極施設のバージョンアップが実現できれば、恒常的に最新のテクノロジーを使う事ができるからさ。」
逆鍾乳洞のような氷の世界。
雪が積もっては削れ、積もっては削れた寒風の模様を掘り出してる白銀と青空が美しい場所だ。
ゲートは、何かの施設のすぐ近くに置かれていたために、ワープしてすぐ目の前が例の施設の入り口扉であった。
冷却カプセル内のスーツのままのエルコにとっては、この位置へのワープは非常に助かる。
施設の入り口は、入り口部分の建造物しか地表に露出しておらず、その規模の大きさや、どのような目的の場所かなどの推察は入り口のみの情報では想像できなかった。
ミネルバさん作製のゲートとは違い、北極のこのゲートは歴史を感じる古さを感じさせた。
錆などが目立つ金属枠に、四方のレーザーを照射するクリスタルにいたっては、焼き焦げている跡もあり、ヒビなどまでが目立っていた。
誰が何の目的で建造した施設なのか。
軽く周辺を観察したエルコは、身体も思考も異常事態がデフォルトの最近に慣れてきたかのように三郎に悪態をついた。
エルコ:「ミネルバさんも三郎さんも出会ってからずっと、相変わらず失礼で、一方的ですね。笑
先ほどサラッとミネルバさんの復活っておっしゃっていましたが、つまり、ミネルバさんは、もう死ぬんですか?」
三郎:「死ぬわけじゃないよ。ロボットだから。ミネルバさんは見てわかるように膨大な電力によって活動しているんだ。
だから、最先端で万能ではあるけども、残存の電力量では、実現出来る事に大幅な制限がかかっているんだ。今エルコさんを信じて残す全ての情報達を石板に書き写したら、たぶん、もう数時間程しか活動できないと思う。」
また、1人か?
はぁ、もう勘弁して欲しい。
それじゃなくても文字通り
世界一の不幸を数日前からずっと経験しているのだ。
そろそろ、幸運な出来事が1つくらい自分に起こったって良いんじゃないか?
なぜ、このような事態に自分が巻き込まれなくてはならないのか。
どうしようもない怒りは、どんどんエルコの中で膨らんだ。
エルコ:「また、自分は独りぼっちなんですね・・・。
そもそも、あなた達の言う、訳の分からない目的や目標を僕が実現するなんて、どうしてお二人は信じられるんですか?
僕が単純にやりたくなくてやらないとか、1人ぼっちでいる寂しさに、いつか絶望して自殺を図るとか、むしろ、あなた達の言う事を僕がやらない可能性の方がはるかに大きいはずです。」
三郎:「・・・それは違うよ。
たしかに僕は、あの闘いで死ぬ最中、たまたま近くに居た君に希望を託して、ある程度の力を授けて死んだけども、その事は偶然じゃない。
今はきっと信じてくれないだろうし、君と、そして君以外の人類を守れなかった僕が言うのもおこがましいけど、エルコさん、君は選ばれたんだ。
信じてるんだ。君を。
この宇宙を構築せし、原初の存在達は今ようやくこの星を認めてくれつつある。
あの戦争での無念や悲しみ、散った様々な愛達が、その想いが原初の神々達に届いたんだ。
君は、嫌がるかもしれない。
理解もできず、理解したいとさえ思わないかもしれない。
でも、エルコさんは原初の神達の希望そのものなんだよ。
信じてくれ。なんて言わないし、言えない。
でも、少なくても僕はエルコさんを信じている。
また、会えるってね。
ごめん、本当にごめん。
そろそろ僕も時間が来たようだ。
エルコさん、信じてるよ。」
エルコ:「・・・。」
えっ?終わり?
三郎さんとかい自称神様、もう居なくなった?
登場してから、まだ3時間もたってなくない?
いやいや、勝手だなあ。
勝手に世界と、未来、人類だの神々だの、訳の分からない事を散々言って、なぜか
自分に全てを押し付けて消えていった。
なんだかなぁ・・・。
あんな勝手気ままな神様が先代の神様だったなんて本当なんだろうか。
また、会えるって信じているとか言ってたけど、その信じる行為自体あなたが“される側”であって、自分が“する側”では存在自体が矛盾してしまうのではないだろうか。
エルコ:「神様って勝手だなぁ・・・。」
しかも、今立っている場所はまだ、この秘密の北極施設入り口手前!
施設内部の説明も、どうやってここに再度来るのかの詳細も何も聞かされてない!
最悪だ。本当にもう死んでしまおうか?
自分しかいないんだ。死ぬも生きるも自由である。
とりあえず、あと5時間足らずで、このゲートも閉まるとは聞いたが、時計を持っていないから、時間がわからない。
さっさと中を見て、考えたり、調べたりするのは後回しにして、とりあえず施設内部全体を見回ったらさっさと帰ろう。
時間がわからないんだから、時間に余裕を持って最低限の行動のみで済ませるしか方法がないのだ。
責める人も概念も無い。
エルコは何となくではあるが、この世界で生き残るコツがわかってきた気がした。
食料も水も、ましてや防寒着も無い現状で、こんなクソみたいな場所にいる事そのものが自殺志願しているようなものだ。
いや、三郎さんには申し訳ないが、訳の分からない人類の希望だの、目的だのを押し付けられたが、自分には知ったこっちゃない。
無理だ!となったらすぐに自殺しよう。
どうせ1人だ。誰も悲しまない。
1人で生きていくというのは希望が無いという事だ。
生き延びたから何なのか?
喜ぶ誰かもいない。
記録を残しても見る人がいないのだから意味がない。
類人猿の頃でさえ、集団であったはずである。
自分は有史以来、誰も経験する事の無い、世界で1人だけ生存していくという途方も無い無意味で、希望のカケラさえない未来を生きているのだ。
自分が決める。
この世界の正義も常識も、理屈も屁理屈も何もかも、もう捨てた!
自分が無理だ。と思ったらそれでいいじゃないか。
それこそ、世界人口1人が決めた死ぬ基準が、その時なら誰かから責められる事もないんだ。
その時、ひっそりと死のう。
そうだ。無理だったら死のう!
こっちは有史以来最低の不幸を背負ってるんだ。
死への自由くらい俺のもんだ!
死への自由がなぜかエルコを元気にした。
生きる環境が絶望そのものであるからこそ、死ぬ事そのものを希望に見立てたのはやはり、エルコの類いまれなる極めて高い生存本能のなせる技なのである。
エルコは、吹っ切れたかのように、細い氷柱滴るアナログなドアノブを怒りにまかせてガリっと回して施設内部へと侵入した。
ドアノブがスルッと回った。
てっきり、ドアノブ自体が凍っていて回らないか、もしくは錆びていて、スムーズにドアが開かないかのどちらかであろうという予測だからこそ、猜疑心プラス怒りのまま遠慮なく力いっぱいドアノブを回したのだ。
それがギィという摩擦音さえ出さずにドアが開いた事も、鍵がかかってなかった事も
余計にこちら側の怒りを増長させるのであった。
三郎が本当に居なくなってしまった今となっては、森羅万象の全てを想像力と論理力で結論づけて解決していかなくてはならないのだ。
この世界には辟易する。まだ、物語的には最初の方なのかもしれないが、本当に辟易する。
エルコは重い足のまま、施設内部へと入った。
施設内部へ入ってみると、先の疑問のうちの1つは解決した。
ドアを入ってすぐ目の前にだらしなく口を開いたままのエレベーターがあった。
エレベーターは暗く、照明類は全て消えているものの、小さなブンブンブンという作動音が聞こえ、その作動しているお陰からなのか、施設内部の入り口から数歩先のエレベーターまでの狭い空間は温かかったのだ。
いくら施設内部だからといっても、外は氷の世界である。
内部がこれだけ温かいという事は、施設内のインフラ類のシステムは正常に起動している証拠なのであろう。
「どうでもいい。どうにでもなる。どうにでもなれ。所詮1人!」
良いフレーズだ。
原初人類エルコ名言集の最初の名言はコレにしよう!
エルコはエレベーターの中に乗った。
エレベーターの中に体重をかけるとき、エレベーターを支えるワイヤーがいつも切れやしないかと不安になるのは自分だけであろうか。
そもそも、この年代物の施設にはいまだ、信用がおけない。
あまりにも久しぶりの体重に驚いたかのように3秒ほどの時差があってからエレベーターは明るくなった。
パリッ、パリン。
そりゃそうだろう。
複数本あるうちの何本かの証明機器が弾け割れた。
幸い、エルコはブーツを履いていたので、気にせずじゃりじゃりと破片を踏んだ。
このブーツも、あの忌々しいカプセル仕様なんだろうか?
そういえば、このスーツを着ていたせいか、北極という極寒の外気にもさほどの寒さは感じなかった。
ピューンと音とともに地下の階しかない各階の数字がエレベーターパネルに並んでいく。
地下は7階まであるようだ。
エルコは地下7階から見ていく事にし、7の数字にタッチした。
エレベーター自動音声:「プログラムアナライズマスター“SABUROU”キー認識致しました。
7階に向かいます。良き一日を。」
「・・・そういうのいらないよ。」
エレベーター各階のパネル部分が指紋認証にでもなっているのだろう。
そのハイテクさがあるのなら、証明機器類も自動で新しいのと交換できるシステムに整備しておけ。
エルコは、アナログな下らない問題を抱える矛盾したテクノロジーに嫌気がさしていた為か、もはや不要と化した防犯セキュリティに対してつっこんでみた。
いや遅い!
エレベーターの動きを身体で感じていたらわかるが、このエレベーターはかなりの高スピードが出ているはずだ。
それなのに、もはや数分は経過しようとしているはずだ。
地下7階は一体、地表から何百メートル下なんだ?
下手したら何キロか?
そういえば、ロシアのとある秘密採掘場は地下12キロ程下にあるらしいから、ここもきっとそれくらいの深さなのかもしれない。
“秘密”というカテゴリーでは一緒の部類のはずである。
まあ、でも、2日前から、いや、正確には昨日か?・・・いやどっちでもいいや。
最近、少し落ち着いて考える時間が無かったから、むしろ有難い。
少し、三郎さんの言っていた事でも整理してみるか!
まず、この施設は自然発電により、インフラ類などは恐らく正常稼働している。
それから、三郎さんの話通りだと、僕のミッションの最終目的地点がココであり、ミネルバさんと供に来れれば、なお良い。との事だったな。
つまりは、人類滅亡後の現在においても、なお、こだわる程の最新テクノロジー、もしくは人類復活の何かしらの情報か、それに準ずる技術かが、この施設内にはある。
と推察するのが妥当であろう。
自分が目覚めたカプセルの周囲の瓦礫と化したビル群の中には日本語で書かれた文字がぎりぎり判別可能なものがあった。
つまりあのカプセルのあった場所は自分がもともと住んでいた日本だ。
自分は覚えてないが、ミネルバさんの言っていた戦争で、もと居た日本で自分は絶命し、国内で冷却カプセルで保管されたのだ。
そして、全てが崩壊してしまった原始時代に近い現代においては、当分はあそこの周りで安全に生きていくしか選択肢はないんだと思う。
ミネルバさんが言っていた、何度も経験した仮想世界でのサバイバル経験は、過酷な現実世界を生き抜くための、いわば予行練習のようなものだったとするのなら、今、俺のいる現実世界はアレ以上に過酷なサバイバル生活が待っている事になる。
ってか、サバイバル経験の記憶だけ、消す必要無かったんじゃね?
サバイバルの知識だけは記憶に残しておいて欲しかったな。
現実世界がそんなにも過酷ならなおさら!
仮想世界で読んだサバイバル本に書いてあった生き抜くための5か条!
「1に体温の維持。
2に安全な寝場所の確保。
3に水分の確保。
4に食材の確保。
5に現在位置の把握。」
が現実味を帯びて必要になったってきたわけだ。
あのカプセルの周囲に建造しているミネルバさんの石板群は恐らく、今後生き抜くために必要になってくる建物なのであろう。
うん。
で、あるならならば、あそこに当分は安心して暮らせる安全性の高い住居を建造しよう!
安全性の高い住居の基準については、今はわからないけど、とにかく5か条のルール通りにいけば“寝る際にも安全であり、冬に温かく、夏に涼しく、水の確保、食料の確保が可能な住居。”
という事になる。
コンクリートなどは今のサバイバル技術では用意できないから、木材か、土かなぁ。
“ピーン”
地下7階に着いたようだね。
「嘘だろ!?」
エルコは誰に言うでもなく、エレベーターの口が開いた瞬間、その地下7階の様子に驚いた。
“太古の地球”
その言葉そのもののような光景であった。
深緑のむさ苦しい程のジャングル!太陽のようなものが見える。
もしくは太陽にような照明?だろうか。
温かさや眩しさを感じる程のものである。
これならば植物達の生命活動を十分補えるのだろう。
光を略奪せんが為に葉達は密集し、地上に光を通さんと、その葉は非常に分厚い。
植物達は木々も葉菜類もシダ系統もキノコのようなものも、その全てが自分の身長を
遥かに凌ぐ大きさ。
植物達の影響か?
地下であるのにも関わらず、空気か気圧かどちらかはわからないが、非常に息をしやすいくらいに軽く、身体も心なしか風船で吊るされているかのような感覚である。
さすがに空のようなものはないが、動物達はいるのか?
恐らくこの地下は数キロか、数十キロの深さであるが為に本来であれば、足元を埋め尽くしているのは、溶岩が岩盤であろうはずが、きちんと黒々としたふんわりの土で覆われている。
土があって、植物達が存在するのであれば、虫や水なども存在するのではないか?
・・・というか、猛獣とかいないか?大丈夫か?
地下で最初に探索した階で猛獣に襲われて死ぬなんて結末だったら、あれだけ悪態ついた三郎にも少し申し訳ない気がする。
とりあえず、慎重に探索しよう!
「ブゥルガああああーーー!」
10メートル程か、いや、すぐ近辺である事は間違いない!
やっぱりだ。
やっぱりのやっぱりだ!
「はい!さようなら!」
エルコは、エレベーターの中から2歩しか出ていない足をそのまま、後ろ足のまま、後ずさって、まだ、閉まりかけてもいないエレベーターに再度、乗った。
別にいいのだ。
ビビったわけじゃない。
当然の行動である。
武器も防具も、治療道具も無い状態である。
探索などよりも自分の命の保護の方が最優先である。
先ほどまでは自殺の事を考えていた事は置いといて、今は恐怖を正当化するべきなのだ!
「はい、地下7階はもう良いので次は地下6階ね!」
地下6階のタッチパネルを押したが、先程のアナウンスはもう流れてこなかった。
“ピーン”
大丈夫か?地下6階も太古のジャングルのようになっていて、エレベーターの扉が開くと同時に猛獣が「ガウッ!」と襲ってこないか?
「閉」ボタンに指を準備したままにしておこう。
ブーンとエレベーターの扉が開いた。
猛獣では無いがブワッーと煙のようなものが扉が開いたと同時にエレベーター内に侵入してきた。
無臭。若干の冷気。つまりは安全な煙だと判断する。
ここは・・・。
静かだ。
先ほどの地下7階とは別世界のまさに近代テクノロジーといわんばかりの廊下がエレベーター扉の真正面からずっと奥先まで続いている。
分厚い重厚なガラスで仕切られた研究室特有のコロニー的な各研究部屋が均等に左右に続いていた。
右、左、右、左とそれぞれの研究室ごとに研究ジャンルが違うようなので、首が疲れる。
地下6階の天井は3m程か。近代テクノロジーを感じさせる無機質な内装以外はいたって普通の研究室群である。
この部屋は恐らく安全だ。
なぜならば、突き当たりまでが1本道であり、静か極まりない上に、どうやら、研究の対象物は植物や薬品類である事から、よくあるSFゾンビゲームのような展開にはならなそうである。
研究室は左右合わせて12部屋。
そのどれもが同じ広さではあるものの、それぞれの研究室ごとに見た事もない多種多様の
器具や装置が起動していた。
種子の培養か?
はたまた、植物由来の薬品か?
様々な研究の方向性の部屋は、そのどれもが無人であるために研究は進んでいないかのように見える。
各研究室に繋がっているアームのようなロボットが見えるが停止している事を考えると
三郎が言っていたように、正常通りに電力供給してやれば、アレも動くのかもしれないな。
6部屋の2セットで12部屋あるうちの3部屋目あたりで踵を返してエレベーターに向かった。
ひと通り確認はできただろう。
次の階に行こう。
扉口を閉めていたエレベーターを開けて中に入る。
このエレベーターが自然に地上階に戻るエレベーターでなくて本当に良かった。
次は5階だ。
あれ?
5階のタッチパネルの位置をもう1度確認してみる。
5階の部分だけランプが薄い。つまり、その階には停まらないのか。
じゃあ地下4階だ。
4階までは、また少しだけ長いな。
5階には何があるんだろうか?
それとも地下4階と5階は繋がっているとかか?
いや、それなら、総地下階数を6階にすればいいだけの事である。
5階にもきっと何かしらの施設があるんだろう。
“ピーン”
地下4階の扉が開く。
ガッチャン、ゴッタン、ピロピロピロ~♪
ガッチャン、ゴッタン、ピロピロピロ~♪
うん、ここは動力室か発電施設だね。
恐らく、この施設全体の動力を生み出しているフロアーであろう。
30℃はあろうかという熱気。無人でありながら、無機質な動力や摩擦の大きな音の連鎖。
機械と機械の連結部は電気を無駄に使わなくて良いようにカラクリの技術がいたるところに施されている。
照明類の明るさに強弱があり、心臓の鼓動にようにエネルギーが伸び縮みしているのがわかる。
よく塗装された鉄骨建造で全ての施設が造られており、その重みや金属特有の磁性を上手く利用した造りになっている。
具体的には、磁力や張力、落下による自重のエネルギー、油圧や水圧による対象物の移動。
一切の無駄が無い。
ベアリングのような球体の上下にはレールがあり、一方向に力が加わった際に逆方向にも
対象物が移動するように工夫されており、駆動エネルギーの無駄が一切ない。
三郎さんが自然発電エネルギーとか言っていたから、てっきり太陽光発電か何かだと思っていたが、こういう事だったんだ!
なるほどなぁ。磁力に張力・・・。
よくまあ、何十年も稼働しているよ。
磁力だって普通なら数十年すれば、弱くなって使い物にならなくなるし、張力にいたっては、張力を生み出す装置が摩耗していき、せいぜい数年程でメンテナンスや交換が必要に
なるはずなんだけどなぁ。
どんな仕組みになってるんだ?
自分はいずれは、ここに来なければいけないらしい・・・。
つまり自分にとって後々はこのような発電技術と知識は必須になる。
ここの仕組みは、ある程度、理解していかなくてはならないぞ!
あの鉄骨は、柱となる部分以外はクランプと呼ばれる通常使用する、ジョイント金具は使用してないな。
ほとんどが、連結部にベアリングのような球体状のボールで自重と高さを利用したカラクリが施されているのか?
斜めの切り口の大きな歯車の先端部分には鉄球がついており、歯車が回って頂上部分に到達すると、鉄球が落下し、その鉄球がレールを転がり、その勢いで小さなモーター達が発電している。その鉄球が油?で満たされたプールに落ち、また底から歯車で回収されて
浮上する。
恐らく、落下時の波も振動発電などで吸収しているのであろう。
これは現実世界において、普通に電気会社がやっている発電方法を上手く組み合わせているだけで、よくよく観察すれば、単純な構造じゃないか。
なぜ、30年前の人類達もこのような発電方法を組み合わせて効率的に使用するこの方法を実践しなかったのだろうか?
失敗した!
メモとペンを持ってくるべきだった!
いや、非常に後悔しているが、そもそも、紙とペンがあそこには無かったんだから仕方がないか。
自分の記憶力を信じて目に焼き付けておこう。
今は居ないんだろうが、このカラクリによるフリーエネルギー発電技術の光景を親父が見たらさぞ喜ぶだろうな・・・。
昔、夏休みの自由研究の時、釘を何十本も打ち付けた迷路に鉄球を転がして遊ぶオモチャを作って学校に提出するつもりでいたら、親父に見つかり、なぜだか親父の方が真剣になってしまって親父と一緒に様々な仕掛けのある、3層構造の複雑な立体鉄球迷路を作る事になり、結局、同級生たちが試しに遊んでくれても、誰もゴールできない自由研究になってしまった。
この施設における磁力、重力、自重、バネの張力、波力、圧力の組み合わせを無駄なく電力と熱に変えているここの仕組みを見たら親父はきっと「ここで働きたい!」と言ったに違いない。
俺が幼かった頃から、自分の興味に対しては一切の妥協をしない人だった。
彼の学歴では入社は出来なかったかもしれないが、こういう技術に対しての情熱は人一倍だったな・・・。
当たり前ではあるが、正確に、規則的に、無機質的に、いやでも確実に仕事をこなすこの階の機械達に、なぜか労働に対する懐かしさのようなものを感じてしまった。
おっと、そういえば、今どれくらいの時間が経ったんだ?
もう、3時間くらいは経ったんじゃないか?
あと2時間くらいはあるかも。とかいう考えは危険だ。
今、自分の感覚の中で3時間経過の感覚のズレが仮にプラスマイナス1時間程度だっとしよう。
すると、4時間経過の可能性と2時間経過の可能性が考えられる。
最悪の場合の想定で、仮に4時間経過が正しいとするのなら、ゲートのリミットは来た時から5時間くらいなのだからもう既に日本に帰るゲートまで向かっているべきなのである。
エレベーターが地上まで到達するのにも、数分以上はかかる。
地下7階の景観と地下6階の研究施設内容の把握、それから地下5階は行けなくて、地下4階は発電?動力?施設。一応、この施設がすごいテクノロジーだという事はわかったし、帰れなくなってもいけないから、そろそろ、おいとましようかな。
あ!そうだ。
地下3、2、1階は数十秒だけ扉を開けて、景観だけ確認して、地上まで戻ろう!
それくらいの時間くらいなら、まだ残されているはずだ。
本当はこの地下4階の発電技術の習得こそが必須なんだろうけど、帰れなくなる事は死を意味するからね。引き際が肝心ってなもんだ。
さて、地下3階っと。
エルコは渋々地下4階をあとにしてエレベーターの3階を押した。
“ピーン”“ブーン”
地下3階の扉が開く。
暗すぎて何も見えない。
しかしながら、不気味な程、広いのがわかる。
エレベーター内部の照明の明るさで扉付近だけは、かろうじて視認できた。
地下6階の研究施設天井に生えていたロボットアームが、この階においては床から左右に向けて大量に生えているようだ。
廊下だけがそのままずっと奥まで続いているが先までは見えない。
天井は見えないが相当な高さがある。
・・というか、エレベーターと廊下以外はこの階は繋がっている通路は無いようだ。
つまり、何かしらの空間の中にエレベーターの入り口扉と通路が宙ぶらりんと浮かんでいる状態であり、この通路自体がこの階の空間を移動できる仕組みなのかもしれない。
通路左右にロボットアームが生えているのは、何かを掴むため?
何を?
まあ、とりあえずこの階は不気味の一言だ。
むしろ、この階が明るくなくてホッとしているくらいだ。
恐怖の感情は今の俺には必要ない。
不気味なものの正体を確かめる必要は無いし見たくない。
次の階に行こう。
地下2階。
扉が開いた瞬間にすぐわかった。
ここは食料庫だ。
地下3階とは違い、非常灯のような弱弱しい、いかにもワット数が最低ですといわんばかりの照明が等間隔で、間を広くあいて点いている。
天井は高く5、6メートル程の高さで、エレベーター内部からでは突き当たり奥までは
目視できないが、数百人規模の食糧備蓄は優に備わっているようなフロアーだ。
ジョロジョロジョロ・・・。
水の流れているような音がする。
見えないけど、確認する気もないけど、あの水の音は、漏れて噴き出している音なんだろうか?
それとも、正常な状態での音なんだろうか?
もしも、故障とか破裂によって噴き出しているのなら、この施設は未来、大丈夫なんだろうか?
この施設に、いやこの世界に俺しかいないのだから、ここで自分が帰ってしまって
最終目標地点である、ココに再度訪れた時に、その水漏れが原因で施設全体が
使えなくなってしまっていたりなんて事にはなってないかな?
不安だ!
不安でたまらんが、とりあえず今は時間の方が心配だ。
今、ここで、この階の、この施設が仮に故障していて将来的に使えなくなるリスクよりも
帰る時間に間に合わずにゲートが閉まってしまうリスクの方がでかい。
この階の、この施設には食料備蓄も勢ぞろいではあるけども、もしも仮に、この施設だけで生活環境の全てが賄えるのならば、三郎は最初から、ずっとここで生活し、電気をここにいながら、生み出してほしい。と言ってきたはずである。
三郎さんもミネルバさんも、北極のこの秘密基地そのものでずっと生活していくべきだという考えは2人の会話から一切出てこなかった。
むしろ、カプセルのある日本のあの場所を拠点にして、知識と技術を蓄えて、最後にこの場所に来るべきだ。という流れであるからして、きっとこの施設内には、今のままでの自力では生きていけない何かがあるんだろう。
だから、この膨大な食料庫のある、この施設は惜しいし、最終到達地点の到達する前に
崩壊しないだろうか?という不安も気にはなるが放っておこう!
いや、でも、時間無いけど、食料だけは少し持っていこう!
エルコはリュックほどの大きさの麻袋に入った缶詰や軍用食品?のようなものを3束ほど欲張って抱え込んでエレベーターに戻った。
最後の地下1階だ。
“ピーン”“ブーン”
地下1階の扉が開く。
暗い。
が、しかし、何の施設の階なのかはすぐにわかった。
モニターやらパネルやらが2フロアーに分かれてびっしりと設置されている。
スタイリッシュなデスクやイスも、デスクワークのストレスを緩和するために考えられた
ような形状をしている。
各部屋があるわけでは無く、大型ショッピングモールのように2フロアーは吹き抜けになっており、大声で叫べば、各デスクワークの作業者を呼んだり、合図をしたりも可能なような造りになっている。
ここからでは見えないけど、きっと大型モニターか、みんなが確認できるデバイスのようなものも設置されていると思う。
暗いのは無人だからであるし、人が居ないのだから、照明を点ける必要もないのである。
ん~。
もしかしたら、この施設の管理統括は機械がやっているんじゃないか?
この施設を数時間ほど探索してきて、ずっと感じていた違和感がある。
それは、人が介在する必要のある階や、施設においては、異様なまでに、人の痕跡を感じないのである。
この秘密の施設入り口に設置されていた移動ゲートは昔、人為的に作られたはず。
あのゲートは何度も使用されてきた痕跡が確かにあった。
そうならば、この施設は、もともと人が数年以上は労働してきた過去があるはず。
それなのに、研究者や作業員が本来居たであろう場所の、人が居た痕跡が見事なまでに全く感じないんだよなぁ。
意図的に人の痕跡を消しているのか?
なぜ?
ロボットが人に敵意を持ってる?
人間達に対して嫌悪感?
いや、そんな感情をロボットが持つのか?
単純に100年以上経過しているから、人の痕跡を感じなかっただけなのかもしれないしな。
ん~。
とりあえず、地下1階はIT機器類がズラリと並ぶフロアーであり、情報の受発信かはたまた・・。
といった所だね。
さて、近未来のロボットに殺される前にさっさと日本に帰りますか!
エルコは、地下1階から地上までの時間はやけに短く感じた。
“ブーン”
定年退職間近で久方ぶりに仕事をしたかのようなエレベータが最後にエルコを吐き出した。
ガチャ。
今度は緩い力で、そのドアを開けたエルコは、ドアには鍵穴が無い事に気付く。
まあいいや。
「よっし!!」
入り口近くのゲートの中身がまだ、レーザーの電気を帯びている事を確認できたエルコは
さっさと日本に帰る為に、ドアを開けて寒さを感じるよりも先にゲートに向かって走りくぐった。
ゲートをくぐるスピードは来た時のものと同じであった。
目が覚めるような感覚でゲートから日本に帰国した。
身体が素粒子単位でバラバラになって、再度、設定出現場所で復元される。
“物質間移動”これが可能であるのなら、これはゲートというよりも製造機という方が
正しいのではないだろうか。
なぜならば、物質情報をもとに、そこに新しいコピー品を複製するのだから。
既存のオリジナルの物質の方はどうするんだろう?消滅させるのかな?
クローンのクローンが生き残って、オリジナルは最初に消滅か?
「・・・なんか怖いな。」
「いえ、今エルコさんがお考えの原理は恐らく間違っていますよ。」
「ミネルバさん!もう作業は済んだの?」
「エルコさん、おかえりなさい!お身体の調子は大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫。絶好調だよ。ところで、さっきの僕の考えていたこと、よくわかったね?
そういう訓練も受けているのかな。ついでに、物質間移動の原理、教えてくれる?」
「はい。エルコさんが“怖い”とおっしゃっていたのはきっと、クローン問題への価値観だと思いますが、このゲートはクローンを作っているわけではなく、空間を作っています。
いえ、正確には空間を消しています。」
「空間を消す?」
「線は1次元。線の連続は面。面は2次元。面の連続は立体。立体は3次元ですね。」
「そこまではわかるよ。だから僕達は絵を描く事が出来るんだろ。」
「左様です。さて、では立体の連続が時間。時間を4次元として、時間の連続には何があるんでしょうか?それが5次元だとしましょう。
5次元のテクノロジーでは時間と空間を行き来できるという事です。」
「うん。その理屈はわかるよ。」
「はい。つまりこのゲートのテクノロジーは3.5次元程度のテクノロジーだと思って下さい。」
「つまりは、時間には干渉できないが、空間には干渉できる技術という事だね。」
「はい。4次元世界で生きている以上は4次元そのものには干渉できませんので。」
「そこまでのテクノロジーを実現する力を持ちながら、三郎さん達は負けたのかい?」
「・・・えぇ。正確には三郎様御一人のみでの戦争でした。」
「・・・そうか。」
「・・・エルコさん、私も明日の今頃には活動限界となってしまいます。
まだ、石板の刻印作業ものこっていますので、本日はもうお休み下さい。
あなたには辛い現実ばかりを押し付けしまい過ぎています。
人の感情に無頓着で不躾な私では何がおもてなしになるのかもよく理解できてはおりませんが、安全な住居と、お風呂、お食事の準備はさせて頂きました。
今夜くらいはゆっくりと御くつろぎ下さいませ。」
「・・・うん。そうさせてもらうよ。ありがとう。ミネルバさん。」
ゲートを取り囲むように要塞の如き石板群が建造されている途中のようだ。
その中心部に“安全な住居”と言えるのかわからないが簡易的なログハウスがあった。
荒廃してしまった現代の地球においては、あまりにも不釣り合いな唯一の建造物であると言える。
まあ、自分が作るよりはマシな代物だとは思うが。
しかし、お風呂と言っていたけど、水道施設も無いはずだから、ミネルバさん、どこかから水、汲んできたのかな?
とりあえず、食事にしようか。
もちろん、電気など無い部屋の中には、暖炉の火とベランダで燃えている松明の灯りが
頼りだ。
あれらの木も朝には燃え尽きるんだろう。
食事は御馳走ではなく、真空パックに切れ目が入っている生暖かいレーションのような
非常食に近いものとカチカチに固いパンが2切れだった。
人間にとっての食事がわからないのか、はたまた、時間の無い中で用意できるものは
これが限界だったのかわからないが今はご飯にありつけることが最大の感謝だ。
ありがたく頂くとしよう!
「これから、こんな生活がずっと続くかと思うとしんどいな・・・。」
レーションのようなドロドロした食べ物を固いパンにかけて口に放り込んだ。
ムシャムシャというよりは、バリバリという咀嚼音に近い食事。
顎の筋肉が疲れてきた頃、身体中の筋肉に疲労感が滲んできた。
「ふぁ~っと。お風呂♪お風呂♪」
あくびと供に食事よりかは幾分か期待できるお風呂に入る事にした。
この簡易ログハウスはリビングに寝床とテーブル。
ベランダに露天風呂という簡単な造りだ。
もちろん水道施設などないから、あのビニールシートと丸太を組み合わせて作った
お風呂のお湯?が無くなれば水資源も無くなるのだろう。
とりあえず、今夜だけは全て忘れて、何も考えずに風呂に入って寝よう!
ジャボン。
「ぅあわぁ~~♪これは良い湯じゃ!」
ここ最近で一番の幸せだった。
絶望も、責任も、知り合いや家族を失った全ての悲しみも、全ての一切合切が
お湯に流れていくようであった。
パチッパチ・・。
人間達の居ない夜空は、まるで繁華街が空にあるかのように皮肉にも、それはそれは明るい星達が沢山、煌めいていた。
今の季節は夏か、春か、わからないけど、夜に漂う植物達の生命活動の香りは、今までの人生では嗅いだ事がない程、力強く深い香りを漂わせていた。
松明の火の粉が星に溶け込むように夜天にむせび上がる。
エルコは今となっては感動する事が出来なくなってしまった自然の悠然な美しさに酔うよりも、人類とともに遥か昔から、導いてきた炎の揺らめきに浸っていた。
お湯の温度と体温が混ざり合う。
お湯に溶けて全ての悩みが消えいるかのような感覚に、三郎やミネルバの存在なんかよりも、よっぽどこの風呂の湯の方が神々しさを感じるのであった。
「・・いけね。ここで寝てしまえば、確実に風邪をひく!さっさと上がろう!」
バスタオル・・・。
「はぁ・・・。そうだよな。タオルなんてあるわけないか。ミネルバさん、そういうとこなんだよなぁ。」
黒曜石の城塞の先でぼんやりとレーザーの光が揺らめく箇所に責めるような視線を送って、とりあえず、身体中の水滴を掌で拭い落とす事にした。
あとは、暖炉の前で自然乾燥させるか。
ついでに、あまり汗はかいていないけども、あのスーツもこの風呂の湯で洗って干しておこう。
バシャッと乱雑にドアにスーツを干して、エルコは布団に向かった。