幕間 男子会の模様をお伝えします
オチが見つからず思ったより時間がかかってしまいました。
よろしくお願いします。
モニカ・カンタベリーの談話室で褒め殺しの憂き目に合い、部屋を辞したクロードは、どこで時間を潰すか迷ったが、リュカオンの部屋へ合流することにした。貴人に仕えて茶を入れたり、細々した身の回りの世話をしているのが一番落ち着くからだ。
リュカオンは感謝を忘れず、それでいて身分が高いので、かしずかれ慣れており、側に侍りやすい。その上、浴びて酔うほどカリスマが溢れていて、クロードのような脈々と血を受け継ぐ臣下体質は、感謝されるどころか役に立った時点で喜んでしまうほどだった。
イリアスもリュカオンを手本として真似ているので、屋敷に来た当初より堂々とした風格が身に付いてきた。大変いい傾向だ。
クロードは談話室の扉を軽快にノックした。
「クロードです」
「入れ」
入室許可の短い返事を貰い、扉を開けると、中にいたのはリュカオン・イリアス・パーシヴァルの三人だけだった。ウィリアムは所要で出かけたらしい。
女子の目がない男子だけの部屋では、彼らは姿勢を崩し、制服を緩めてだらりとソファに身を沈めていた。
「流石のクロードも追い出されたか」
「そんなところです」
リュカオンはごく親しい人にだけ見せる素の表情で笑みを漏らした。
「嘘が下手だな、クロード。座るといい」
「ありがとうございます。ではお茶を入れてから」
リュカオンの談話室は、去年まで青と黒と銀で統一された重厚な調度でまとめられていたが、今年は少し意匠を変え、彩度を下げて指し色を増やし、落ち着きのある寛いだ印象になっている。ほんの少し使われている黄系の指し色はローゼリカの髪と同じ色だが、分量が物足りない。これはつまり、ローゼリカが中に入って初めて部屋が完成することを意味している。他の誰でもなく、彼女と過ごす時間が最も完璧な瞬間になるようにというリュカオンのこだわりなのである。
そんな繊細な配慮が、あの大雑把な侯爵令嬢に伝わるはずもないのに。
涙ぐましいほどの愛だと、イリアスとクロードは思うなどしている。さらにクロードは、来年イリアスが自分の談話室を持った際に、ローゼリカの髪色の小物を思わず置いてしまったりして、それを見たローゼリカが『イリアスとリュカオンの部屋は指し色がお揃いだ!」と頓珍漢な方向で妄想を膨らませるところまで予測している。
クロードは4人分の茶を入れ、リュカオンにだけ手渡しして席に着いた。
「ああ……クロードのお茶は本当においしい。ありがとう」
「そうですね。葉の種類どころか、茶の濃さや渋みまで気分と状況に合わせて調節するのは、素人に真似できないプロの仕事でしょう」
「恐れ入ります」
クロードは澄まし顔で答えたが、内心は得意満面だった。
「だからクロードが談話室から追い出されるなんて有り得ない」
クロードの評価の高さは、ローゼリカの評価に比例する。良い近侍をそばに置いている主人もまた素晴らしいと見なされ、いつも美味しいお茶を飲んでいるローゼリカは羨望の的になるはずだ。そのために、茶をあらゆるところで振舞うのはやぶさかでない。
「その割には、いつもバーレイウォールに頼むのですね」
夏の離宮滞在で、初めてクロードの茶を飲んだパーシヴァルが不思議そうに問う。これほどの腕前なら、いつでもクロードに頼んだ方がいいに決まっている。
「私はローズの淹れた茶が一番好きなんだ。あの、美味くも不味くもない、適当にがさつな淹れ方をした味わいこそ、毎日飲むに相応しいと思わないか」
パーシヴァルは全くそう思わない。頷くことが出来なくてもリュカオンはお構いなしだ。
「それに、言葉を失うほどの至高の一杯は、真剣に向き合うべきものであって、時に団欒の妨げになる」
それらしい言い訳が本当に涙ぐましい。
「毎回味が違うこともポイントが高いです。飽きないどころか一周回ってスリリングですらある。稀に美味しい時は幸先がいい」
イリアスは比較的冷静に見えるがやはり言っていることがおかしい。クロードに至っては議論の余地なし。
「ローゼリカ様のお茶は、ローゼリカ様が淹れたことに価値があるので、味は問題ではありません」
「確かにそうだ」
リュカオン、イリアス、クロードの間で笑いが起こった。
(いや、全然わからん)
パーシヴァルは一人置いてけぼりだ。三人の達観した境地に、到底ついていけない。何も共感できない。したいとも思わないが。
「頭が良くて気立てもいいのに、あの残念感はどこから醸し出るのか不思議だ」
「黙っていたら結構いいので、やはり喋りかたではないでしょうか?早口で品位に欠けます」
彼らの会話では、それでも好きだという文脈が省略されている。
「でも詰まらない話ならともかく、ローズは話が面白いじゃないか。許せる」
「そうお考えなのは、殿下の度量あってこそと思いますよ」
「君は黙って大人しくしているローズの方がいいのか?」
「そんな訳がないでしょう。あの出来たてのビスクドールのような唇から、奇声が発する瞬間が醍醐味です」
「大人しい時も何か企んでいるのではないかと、それはそれでハラハラして目が離せませんけど」
クロードはローゼリカが静かな時ほど怖いものはない。
「まあ、そういう欠点も含めてローゼリカの良さが判らない奴に、ローゼリカをやるというのは業腹ですね」
「無論だ。私たちが良いと思ってローズの自由な所を伸ばしてきたのに、この先、窮屈な思いをさせるなど。私の労力を無駄にすることは許されない」
「ですから殿下には期待しています」
イリアスが爽やかに微笑むのを見て、リュカオンは物憂げにため息をついた。
「私が相手にされていないのを知っているだろう。クロードの方がよほど目があるのでは?」
「御冗談を。殿下と若様のどちらかにお納めいただきたく」
「不思議ですね……。何故好きな女の話なのに譲り合いになるのでしょうか」
「こういう物は時期と縁だよ。それに私は」
リュカオンが言うにはこうだ。
自分は王子だから、婚姻は重要な公務であり、思い通りにはいかない。ならば勝負に出てぎこちなくなるよりは、友人としての立ち位置を守りたい。美しい思い出にして、あの時何故必死に手に入れようとしなかったのかと一生後悔しながらそばで彼女を見つめていたい。
「お、重い……。姫様はお幸せ者でございます……?」
「騙されるな、クロード。この方がそんな殊勝な玉か」
「未来のことは誰にも分らないからな」
とりあえず現状維持という意味らしい。
「簡単に嘘をつく方ではないが、諦めが良かったら、今頃こんなことにはなっていない」
「立場を欺いているのは君の方なのに、随分な言われようじゃないか」
イリアスは決して弟の振りなどしていないが、勘違いをいいことに、ローゼリカの警戒心や慎みの防壁の内側にいる。その結果、距離が近くスキンシップが多い状況を甘受していた。
「俺は間違いなく、三人の中で一番窮地に立たされています」
イリアスの主張は以下の通り。
ローゼリカに気に入られたら侯爵位が貰えるという契約のせいで、一つでも順番を間違えば爵位狙いと疑われて信用を失くしてしまう。疑念を払拭するために、まずは跡継ぎに相応しい実績と資質を備えることだ。準備期間である今は慎重にならざるをえない。
実力主義で男らしい考えではあるが、実のところ、美味しい現状を引き伸ばしたいだけだろうと思うリュカオンとクロードである。つい先ほど妹が口を滑らせてしまったので、それも今日までだろうけれど。
「君たちの間柄は、いわゆる親が決めた許嫁だろう。ローズの好きそうなロマンス小説によく出てくるから分かりやすいじゃないか。手っ取り早く仲を進展させるには喧嘩をすればいい」
「ローゼリカが素直になれない系ヒロインじゃないので無理でしょう」
「それは因果関係が逆だ。まず男側が憎まれ口を叩くところから始めなければ」
「余計にこじれる展開しか見えません」
「なんの、ロマンスはこじれてからが本番だ」
彼らはローゼリカに薦められた本を律儀に読んでいる。勉強が得意なので物語を論理的に鑑賞し、セオリーやお約束にも詳しくなった。
「クロードは下剋上だな。眼鏡をかけて、二人きりになった時は豹変して意地悪しろ」
「シナリオ演出のノリで不和を勧めないでいただきたいのですが……」
クロードの見立てでは、誰も応援してくれないリュカオンと、妹に実状を暴露されてしまったイリアスは、1勝1敗で引き分けだ。そのまま足を引っ張り合っていてほしい。
一方で二人の言い分は予想外だった。バームクーヘンエンドも止む無しという待ちの姿勢は、クロードの戦略と全く同じだからである。
「それにしても、なぜバームクーヘンエンドと呼ぶのでしょうね。結婚式で振舞われる菓子はクグロフが定番なのに」
この国ではそういうことになっている。
「そうなのか。言われてみれば、ローゼリカにバームクーヘンエンドだと紹介された本にも、キーアイテムとして出てくるわけではなかったな」
「失恋した男はバームクーヘンが食べたくなるのでは?言われてみると私たち三人はそれなりにバームクーヘンが似合う」
「……」
「……」
イリアスとクロードは自分がバームクーヘンを自棄になって貪り食っているところがありありと想像できてしまい、閉口した。
クロードにとって、二人のうちどちらかがローゼリカと結婚することは次善の策だ。ローゼリカを慈しみ幸せにすること・クロードが生涯ローゼリカに仕えられるよう計らってくれること・主人として仕え甲斐があること。どうしても譲れない三つの条件を備えている保険なのである。クロードは二人をキープしておく必要があるが、色々言い訳しようとも、彼らはさっさとゴールに向かえばいいはずなのに。
「クロード。このお方は家の者でもないくせに、きちんとお分かりなのだ」
「今〝くせに″って言ったか?」
「ローゼリカは、まだ自分が年頃の娘だという自覚がない。そこへノコノコと正攻法で攻めても鉄壁の要塞に阻まれる。俺たちは高みの見物で有効な戦術をじっくり研究させてもらおうじゃないか」
「しかしいずれは結婚せねばならなくなる。そこで周囲を見渡したローズの視界に映り込めばよいというわけだ」
つまりこの勝負……、最後に残った者が勝つ……!!
(そうかなあ……?)
パーシヴァルの信条では、戦いは常に先手必勝だ。彼は繊細そうな見た目に反して、武門出身の脳筋男なのである。
どうやら結局三人とも、好感度をとにかく上げることしか作戦がないようだ。
ただ一つ確かなことは、彼らが救いようのないヘタレだということ。
しかしうっかり余計なことを言えば、クロードはともかく、リュカオンとイリアスから想像を絶するような嫌味をお返しされそうなので黙っている。
パーシヴァルの辛辣な評価も知らず、醜い争いは続いている。
「俺は最後の手段として養父から直々に用意された者です。さあ、心おきなく玉砕して来てください」
「いえいえ、イリアス様は最後どころか人気の婿がねではありませんか。僕こそ最後の手段でしょう。何せ家事使用人ですから」
「クロード、お前の家は家令に任ぜられたり、娘を賜ることがよくあるそうだな。全然最終手段じゃない。ローズとしては王子妃こそ最終手段じゃないか?」
「引く手あまたの第二王子がそこまで独身を貫けますか?殿下に勝ち目があるとすればやはり先手必勝でしょう」
「ぶっちゃけてしまいますけど、俺はどうあっても一番手と言う訳にはいかないので逆に心配なんですが、姫様が横からかっさらわれる事は本当にないのですか?」
「ま、そうそう無いよう睨みは利かせてある。それでダメなら運命だ。諦めよう」
「だから、なぜ諦める方向にに持っていくのです……。それはともかく殿下がここまで仰るからには相当エグイ作戦が展開されている。大丈夫だ」
「そんなに褒めないでくれ。たかだか、ローズが他の男とダンスを踊ったら必ず足を踏むようにしたくらいで」
言葉に反して、リュカオンは満更でもなさそうだ。
「そ、そんなことが可能ですか」
「踏まれたことがないのか、クロード。お前くらい呼吸を読むのが上手ければ、合わせられるのだな」
「私とイリアスで、ローズのステップに変な癖をつけておいた」
「ターンと最後のステップで、踏み込みが強く、歩幅が広くなるように。それから所々、意識して支えないとバランスを崩すように仕上がっている」
イリアスは踏まれているのかと思ったが、ちゃんと共犯だった。それでこそバーレイウォールの跡取りだ。
「ダンスがそこそこ上手い奴ほど引っ掛かるぞ!」
こんなに愉快そうなリュカオンは珍しい。
「いや、それよりも。殿下の芸術品のような顔に、長年面白半分で求婚されたせいで、ローゼリカにはどんな思わせぶりな態度も通用しなくなっています。ガードが固くて悪い虫を寄せ付けないのはいいが、あまりにも効果が強烈で……。流石殿下の作戦はえげつないな、と」
「待て、誤解だ。ローズは最初からああだった」
「8年は長い。それを証明する手立てはありません」
「あの鉄壁の鈍感力は、私たち3人の合作だ。そうだろう?」
「いきなり僕にまで責任の分配が」
「これまで有象無象を払いのけてきたのは良かったが、この先俺たちの攻撃まで通らないのは困る。そろそろなんとかしなければならない時です」
「……」
「……」
打開策が生まれるだろうかと、そろそろ実りのない話に飽きてきたパーシヴァルは一瞬期待した。しかし。
「よし判った。手始めにウィリアムを特攻させよう」
「殿下がそこまで仰るなら、こちらもケンドリックを二番槍に据えましょう」
「ああ、そんな。居ない人を勝手に……」
「それともクロードが行くか?」
「俺たちは一向に構わない」
「いえ、僕は何も申し上げておりません」
きっと今頃どこかで、ウィリアムとケンドリックは悪寒で肩を震わせているだろう。
彼らの思惑がハッキリするのが、ストーリー的に良い事なのかどうかわからず、この幕間を挟むかどうか迷いました。しかしタイミング的にこの会話はここしかない、という事と、彼らの態度をうまくぼかしたまま上手に展開に盛り込んでいく自信がなかったため、蛇足であれば後で消せばいいと思い直し、投稿します。




