赤毛しか勝たん
髪のひと房まで洗練された、密度の高いキャラクターデザインだ。
この学校は身だしなみの洗練された生徒が多いけれど、主要人物ともなれば、強風が吹いてもくせ毛が芸術的なのである。
特徴的な髪は肩甲骨に届くくらいのセミロング。身分が高くないことがほとんどだから、ヒロインの髪は長すぎず短かすぎず、快活な印象づくりがモットーよ。
青い瞳は零れ落ちそうなほど大きい。切れ長目元だって美人だけれど、乙女ゲームの主役はやっぱりカワイイ系!小動物のような巨大なウルウル虹彩が欠かせない。
すっぴんでも紅い頬と唇。顔色の悪いヒロインなんて言語道断よね。いつでも上気したような血色の白い肌に、男たちは勘違いし放題ってわけ。
しかも燃えるような赤い髪!あなただったのね!?八年前リュカオンが初めて会った女の子は!私ずっと探してたんだから!!とくに証拠はないけど絶対そう!
やっぱりヒロインの髪は暖かな暖色系が素敵!画面が明るくなってスチルがとっても映えるわ。
ということは、彼女が今回のヒロインで、因縁のあるリュカオンは攻略対象。いくら頑張ってもシャロンとの間に恋が芽生えないわけだわ。時系列が違ったのよ。
「リュカオン様、見てください」
私は赤毛の少女に視線釘付けのまま、リュカオンの袖を引っ張った。
さあ、リュカオン!まずは一目見て不思議と気になる存在だと心に刻むのよ。
「見るってどこを。耳か、首か?」
私が横を向いているせいなのか、勘違いしたリュカオンが覗き込んで私のおくれ毛をかき上げた。
違う。そうじゃない。
「あちらです!ほら、あの、アレ!見てアレ!」
私は焦ってリュカオンをバシバシしばきながら、必死で赤毛の女生徒を指さす。
「え、ちょっと……普通に痛い……」
「さすがに不敬……」
いつも冷静なイリアスまで戸惑いの声を上げているが、それどころではない!
早く見て!じゃないと彼女が行ってしまう。リュカオンの体の向きを変えるために、強引に腕に取りついて引っ張った。
「ああ、あの女生徒?」
「そうです!」
反応を確かめるべくリュカオンを振り返る。
しかし全く期待外れなことに、リュカオンはいつもの社交スマイルすら引っ込め、全力のあきれ顔で私を見下ろしていた。
「君は赤毛の女が好きだなあ……」
そうじゃないってえ……!今は私のことなんかどうでもいいのよ。
あなたが!あの赤毛を好きになるの、これから!!
だがどうやら客観的事実として、大規模なお茶会を開催して赤毛の女子にばかり声を掛け、赤毛の妹を養女に迎えようとしていた私こそが、赤毛大好きということになるようだ。
その場の全員が仕方がないとばかりに私に生暖かい視線を注いでいる。
あのチャーミングにしてコケティッシュな横顔をちゃんと見たの?きっと視線が遅れてほとんど後ろ姿しか見えなかったんだわ。
仕方がない。世話が焼けるわね。
「私、ちょっと行ってきます」
その場を離れて、食堂へ向かう赤毛の女生徒を追いかけようとしたところ、今度はイリアスが手首を掴んで離さない。
「どちらへ」
「わかるでしょう?彼女を呼び止めるの」
「何のために」
「それは……、あの子はたぶん新入生だから、自己紹介して、名前を聞いて、助けになると伝えるためよ」
いくら私が正直でも、ヒロインと攻略対象を出会わせるためとは言えない。
「たぶんと言うからには会ったこともなく、名前も知らないのに特徴だけ知っているわけはない。なぜあの女生徒が一人きりの一般生だと判断したのですか」
「み、見たことない顔だから?」
「今年入った奨学生を含めて全校生徒の顔を覚えているのですか?」
急いでるのになんでそんなに突っかかるのぉ~?
「ええと、在校生を全員覚えてはいないけど……」
「でしょうね。二週間で把握するには多すぎる人数です」
赤毛だけは常に細心の注意を払って把握しているんだもの。
だから私が見たことない赤毛の少女は、これまで学校に来ていない新入生しかいないのだ。
その上キャラクターデザインが際立っている美少女で、しかもリュカオンと因縁のある燃えるような赤毛。ヒロイン=オンリーワンの新入生の式を代入した時、あの女学生=新入生の解もまた成立するのである。QED!証明終了!!
私は焦って暫定ヒロインとイリアスを見比べた。こちらに目もくれず歩いていく女生徒はどんどん離れていく。早く追いかけなければ。
「全員は覚えていないけど、赤毛だけはチェック済みなの!」
堪りかねて正直に根拠を暴露する。それを聞くとイリアスとついでに後ろのリュカオンは、予想通り半分、哀れみ半分の目で私を見た。
ああ……。これでまた、私の赤毛大好き伝説に新たなエピソードが……。
だから言いたくなかったのに。
「ああッ!行っちゃうわッ!」
次はいつ会えるか分からない。せめてお名前だけでも!
私は習った護身術で腕を捻るように振り払い、走り出そうとした。
……が、イリアスの手はびくともせず、依然私の手首をしっかり握っている。
「彼女が例の新入生だとしても、わざわざ声を掛ける必要はありません。求めていない人を助けようとするのは、親切ではなくお節介ですよ」
じゃあ初めからそう言ってよ!しつこく確認してないでさ!
「そんなことない!私の周囲はいつも人がいて声を掛けづらいわ。何か相談しろって訳じゃなく、遠慮しないでねってこちらから伝えるのが本当の親切よ」
イリアスの瞳に苛立ちが滲んだ。普段は猫を被っているが、本当は短気な性格だ。
「クロード、お前が行ってくれ」
「承知しました」
イリアスの命を受けて、クロードが走っていく。
ちょっと待ってよ。
シャロンは、そのギャップがいいのだけど、身内以外にはとても冷淡だし、クロードは物腰が柔らかでも、背が高すぎて威圧感がある。ここは私が一番の適任だと思うのですが?
私の不満を見て取ったイリアスは、腕を掴んでいた力を緩めて手を握り直し、幼い子に言い聞かせるように顔を覗き込んだ。
「もうしばらくは用心してください。身辺調査の済んでいない者に不用意に近づかないで」
確かに夏の事件からまだいくらも経っていない上に、状況に進展がない。
心配してくれたようだけど……、片っ端から身辺調査はやり過ぎじゃないですかね。
やめろと言ったところでやめるはずもなし、4年前アンジェラの為に全校生徒を調査した私が言えることでもないけど。
私たちは遠目にクロードと女性の様子を見守った。長身のクロードを見失うことはないが、遠すぎて声どころか表情さえも伺うことが出来ない。
ほどなくして二人は一礼して離れ、クロードは足早に戻ってきた。
「ローゼリカ様の仰る通り、今年入った新入生でした。今日ようやく初登校なさったそうです」
ほらね!ほらね~!
私はドヤ!とばかりにイリアスを振り返ったが、彼は別に悔しそうではなかった。
「残りは歩きながら聞く」
リュカオンの後ろをイリアスと並んで談話室へ向かう。
「と言っても、大した話はありません。名前はリリィ・アン・リズガレット。教師の案内を聞いて、それでもわからないことがあれば頼らせてもらうとのこと。ローゼリカ様が監督生として気にかけているので、白い制服か僕を目印に声を掛けるよう伝えました」
「ありがとう、クロード。それでいいわ」
リリィ・アン・リズガレットか……。
かわいい名前だけれど、アンジェラ・ホワイトハート、白き心の天使ほどコテコテのネーミングではない。普通と言えば普通ね。じゃあどんな名前だったら満足だったのかと言われても困るけど。
ま、変に勘ぐらなくても彼女がヒロインで十中八九、間違いないだろう。
私が依頼しなくても、イリアスが調査を掛けそうだけど、内容を私にも教えてもらえるかな?それとは別に、彼女をよく観察して誰を攻略対象に選ぶか見極めなきゃ。
テレビCMでメインビジュアルを張ってたリュカオンが王道の目玉シナリオだとしても、そこを選ぶとは限らないもんね。
沼もツボも人それぞれ。推しも十人十色よ。
校風を鑑みて、このゲーム、もといこの国のアカデミーには、どうやら悪役令嬢はいなさそうだ。処刑や国外追放、修道院送りになる前に、普通に退学となってしまう。
小説よりプレイヤーの当事者意識が強いせいだろうか。ゲームには悪役令嬢なんてストレスフルな存在はそんなに出てこないので、居なくても不安になる必要はない。
むしろライバル令嬢と友情を育む舞台が整っていて、マイルド路線のシナリオは、私としても大歓迎である。
恋と友情!謎と真実!忙しくなりそうだけど、監督生の立場なら立ち回りやすい。
頑張るわよぉ!そしてついでにあぶれたカップルを縁結びしまくる!
私が人知れずやる気をみなぎらせていると、後ろからおずおずと声がかかった。
「お兄様」
その一言で、イリアスとウィリアムが同時に振り返る。
私も一瞬遅れて振り返ると、立っていたのはイリアスの妹だった。
イリアスは8人兄弟の長男で、下に7人の弟妹がいる。
「どうした、カーマイン」
すぐ下の弟妹が、4歳離れた双子の男女であり、カーマインはその片割れだ。彼女はオーランド兄妹の紅一点として、蝶よ花よと姫君のように育てられた。だからと言って我儘ということもなく、さらに下の弟たちの面倒をよくみる優しい女の子である。
我が家の養女として名前があがるきっかけとなったのは、その美しい赤毛だ。
赤と言っても、新入生のような鮮やかな色ではなく、イリアスのアッシュブロンドを色相だけずらしたような淡い色合いをしており、ストロベリーブロンドに近い。加えてリュカオンと並んで見劣りしないほどの美貌を持つイリアスと、濃い血のつながりを感じさせる超絶な美少女でもある。
12歳になったカーマインは、今年奨学生としてアカデミーに入学してきた。
「これ、タンジェリンからイリアス兄……様に急ぎで渡すように頼まれた手紙と帳簿よ」
「そうか、ありがとう。よくここがわかったな」
「食堂にいなかったから、談話室へ向かうところだったの。途中で渡せてよかったわ」
イリアスは冊子と手紙を受け取って、上からじっとカーマインを覗き込んだ。私を心配そうに見つめる眼差しと同じだ。
「きちんと食事は済ませたか。このあとすぐ授業か?」
こうして客観的に見る光景と比較してみて、私がいかに彼から妹扱いを受けているかが良くわかる。
4つも年下のカーマインの方が、実際には自立していて、私はイリアスにとって世話の焼き甲斐がある妹に似て非なるもの、といった感じだろうか。家を出てバーレイウォールに来るまで、大勢いる弟妹の面倒を見るのが日常だったイリアスには、自分ひとりの身の回りだけでは到底物足りないようなのだ。
「ご飯くらい、心配されなくてもちゃんと食べられるから。三講時目は空いているから適当に時間を潰すつもり」
「時間を潰したりせず予習に使いなさい」
「ちゃんとやってるったら。お姉さま、皆さま、足を止めてしまいすみませんでした。それでは御機嫌よう」
「待って、カーマイン。時間が空いているなら私たちと一緒にお茶でも飲まない?」
「お誘いはとても嬉しいですが、まだ礼儀作法は勉強中で。高貴なお方の前で失礼があってはいけませんので……」
ちょうどその時、またしても後方から声がかかった。
「お兄様~!」
やはりイリアスとウィリアムが同時に振り返る。イリアスは目の前に自分の妹がいるにも関わらず、だ。
お兄様って呼んで欲しがりすぎじゃない?『妖怪妹モドキ』とかいたら、絶対満足そうな顔で命取られてそうだよね。
今度の声の主は誰か分かっている。彼女は続けて私にぎゅっと抱き着いてきた。
「御機嫌よう、お姉様」
「モニカも御機嫌よう」
モニカ・カンタベリー。リュカオンの側近ウィリアム・カンタベリーの妹である。
「不躾な。離れるんだ」
モニカはウィリアムに引きはがされて注意を受けても、悪びれるそぶりがない。
「女の子同士の挨拶を邪魔するお兄様のほうこそ無粋だと思いますわ」
こちらは兄弟そろって赤褐色の髪に翠緑の瞳のコントラストが美しい。
8年前のお茶会にも招待したあの素晴らしい令嬢である。
私より一つ年下の15歳で、6年教育で私の一年後アカデミーに入ってきた。何故か懐かれていて、入学以来仲良くしている。
精悍なウィリアムの面影も残しつつ、愛くるしい作りの小さな顔には零れるほどの愛嬌があり、少し生意気なところも含めて理想の妹の権化。ご想像に難くはないだろうが、やはりものすごい美少女だ。美貌と実家の権力、如才ない機転と話術の全てを持ち合わせ、将来社交界の大輪の薔薇となるであろう。
私を間に挟んで、二人の赤毛美少女がバチっと目を合わせた。
「お、お姉様ってどういうこと……?」
「あら、こちらどなた?」
わかりにくいですが、幕間に三部作の最後「シンデレラ系主人公クロードの抜駆け」が割り込み投稿されています。お楽しみいただければ幸いです。
しばらくストックを貯めてから再開します。頑張りますので二か月以内にまたお目にかかれますように、どうぞよろしくお願いいたします。




