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シナリオさん、いらっしゃい

「新学期だけだろうが、これほど混んでいると落ち着かないな。しばらくは軽食でも買い求めて談話室で集まろうか」

 リュカオンの一挙手一投足に神経をとがらせている、お近づきになりたい生徒たちが、意気消沈する気配が伝わってくる。

「いけません、殿下。大切な成長期の皆様が、お昼を簡単に済ませるなんて。どうか栄養価の高いものをバランスよく召し上がることをご注進申し上げます」

 個性豊かなドカ盛り選手権を見るのが昼食時の楽しみなのよ。

 今日のリュカオンは、彩りも隈取りもなく全体的におかずが茶色い。茶色いおかずが一番美味しいのよ。ある意味正解だわ。

 イリアスの膳は彩りに少々の気遣いは見られるものの、ブレッド・パスタ・じゃがいも・リゾット・コーンという炭水化物オン炭水化物!穀物は腹持ちがいいからね~。

 そして横綱クロードのタワーランチは彩り、量、栄養バランス全て最高水準。それ以上は崩れるという限界の高さまで絶妙なバランスで積み上げられ、独創的かつ芸術的な美しい盛り付けは、大きな皿に少量の料理が乗っているのが良いという常識を粉砕する破壊力を持つ。圧巻の料理を前に、見る者は息と共に『それ何人前?』という言葉を呑みこむだろう!

 はぁ~……!今日も見ているだけで満腹!!

 そんな私のささやかな娯楽を取り上げないで!  

「殿下……だって?」

 リュカオンは微笑みを絶やさないが、ピリリと空気が緊張した。よそよそしい態度を訝しんだらしい。

 こわ……。そんな引っ掛かるトコじゃないじゃん。本当に何もたくらんでないし。名前では呼んでるけど、いつも敬語で話してるじゃん。

「人目がございますので、皆様からの敬愛を傷つけない配慮です」

「ふぅん。ではやはり談話室へ引き籠るのがよさそうだ」

 何言ってんの?そんなトレイが可哀想になるほど盛りに盛った料理を、信じられないスピードで減らしておいて。軽食なんかであなたたちの胃袋が満足する希望的観測はどこから来てんの?

 さすがハイティーン男子。あられもない姿だったトレイは、すでに残り三分の一ほどである。

 食事作法はこの上なく優雅なのに、なぜこんなにも食べるのが速いのだろう。

 ちゃんと噛んでる?よく噛んで食べなきゃダメだよ?


 イリアスが飲み物で食事を押し流してから口を開く。一度にたくさん口にいれるので、少々会話のテンポがスローリーだ。実際、私たちはいつも歓談よりもとりあえず食事に集中してしまっている。

「弁当ならば量と質ともに問題なく、二人の条件をどちらも満たしています。俺は昨年まで、食堂を往復する時間が惜しくて弁当を持参していました」

 いらんことを言うな。

「食事に対する厳重な管理は私たちの能力を超える問題だと思うわ」

 学校は多数の人間が出入りするので、部外者が全くいない我が家で食事を提供するのとは訳が違う。毒なんて物騒なことじゃなくても、食中毒だって充分怖いんだから。王族が腹を下したら、我が家の破滅とまでは行かなくてもややこしいことにかわりない。

「殿下の召し上がるものまで、我が家で用意するとなるとそうでしょうが……」

「では私の責任で昼食を用意しよう」

 談話室に引っ込みたいのね。

 メルヴィン卿までとは言わないけど、あなたたち二人はもうちょっとファンサしたほうがいいと思うけどなあ。

 でも常に注目を浴びるのって疲れるし、仕方ないか。ごはんぐらい気楽に食べたい気持ちも理解できる。


 私は引き下がることにして、話を合わせるために営業スマイルを浮かべた。

「それなら安心ですね」

「君は何が食べたい?せっかくだから好きなものを用意しよう」

「あ、お気遣いなく。私は食堂の秋メニューが気になるので、もうしばらく食堂へ通います」

 会話の途切れるタイミングがシンクロしたのか、一瞬だけ食堂全体の雑音が途切れる。リュカオンは愕然と呟いた。

「君……、意地悪だな?」

 何故よ。

「殿下、ローゼリカはこういう人です。マイペースで無頓着で鋼の心臓の持ち主です」

 イリアスはリュカオンに加勢するというより単に私の悪口を言う。

「君の苦労が忍ばれる。私たちはせいぜい互いに塩を送り合うとしよう」

 へえ~!この国にも塩を送るって慣用句があるんだ!

 不思議ね。もとは戦国武将がライバルの窮地に救援を送ったことから生まれた慣用句なのに。

 塩は水と同じくらいに重要な生活必需品だから、洋の東西を問わず、経済が発展する前は通貨のように扱われていたこともあると言う。リュカオンとイリアスは今のところ別にライバルでもないし、友達同士が助ける意味を持つのはそんなにおかしくないかも。本で読んでいて見かけたことがないけど、もしかして外国の慣用句かな?

「その塩を『第二王子殿下贈呈・記念プレミアムソルト』として守り袋に入れて販売したら荒稼ぎできそうですね。是非お願いいたします」

「なら私は、ただの水を『イリアス卿謹製・投げキス入り特別神水』として売るよ」

「さすが殿下、えげつない発想に惚れ惚れします」

 仲いい……のよね?


 リュカオンとイリアスは、私の大好きな、命を預け合うほどの友情とは言わないまでも、二人だけの顔がある親友レベルとしては、イイ線行ってると思うの。

 二人は生い立ちの違いから、価値観や常識で相いれない部分があっても仕方なかったはずなのに、最初から好印象ですぐ打ち解けた。

 とても頭のいい少年たちだから、会話が気持ちよくかみ合って、環境の違いはかえって良いスパイスだったのかもしれない。

 アカデミーが始まって、私が課外活動に勤しんでいる間も、リュカオンは一人でバーレイウォール邸に足繁く通い、イリアスと親交を深めていった。それは友人になりたい大勢の中から、イリアス一人を選んだことに他ならない。

 優等生の仮面を被るイリアスが、リュカオンを貴族社会での手本と見定めたのは、目指すべき理想の姿と認めたからだろう。そうして二人はさらに雰囲気が似ていった。

 今では顔の似ていない双子みたいな二人なのに……、女の趣味までお揃いで、ヒロインをめぐって争う恋敵になってしまうのだろうか。

 切ない三角関係もそれはそれで萌える……。

 いやいや!いくら私が自分の欲望に忠実でも、友達と家族の三角関係を間近で無邪気に鑑賞するほどサイコパスじゃないわよ!

 悲恋はフィクションだからいいのよ。ただでさえ思い通りにいかない現実で、大切な人に余計な苦悩なんかさせないわ。ハッピーエンド絶対死守!


「浮かない顔だな。心配事か?」

「食事の量が足りないのでは?もっと食べてください」

「確かにそんな皿一枚で腹が膨れるはずがない。ほら、これは君の好物だったろう」

 思春期女子の腹具合を心配するのは止めなさい。たぶんモテないわ。

 私の食事量なんて、あなたたちからすれば誤差の範囲内だろうけど、女子は成長期も終わる頃合いで、そんなにお腹は空かないの。

 それなのにリュカオンとイリアスは、自分のトレイをずいずいとこちらへ押しやった。

 茶色いおかずも炭水化物もいらん!

 クロードに至っては、皿がすっかり綺麗になっていて差し出すものがなく、オロオロしている。

「お腹の具合も食事の量も問題ありません」

「では何か悩み事が?」


 ううむ。ヒロインが二人の好感度を両方上げるとは限らないし、可能性が高いとは思っているけど、そもそも同じ時系列の攻略対象だとも決まったわけではない。だから三角関係についてはこの際置いておくとして。

 現状がどうなっているのか気になる。

 ゲームのシナリオに矛盾なく進んでいるのか、それとも私が引っ掻き回したせいで、修正不可能なほど人間関係が変わってしまったのか。というのも……。

「新入生のことです」

「ああ、一人しかいないと噂の」

 今年度、たった一人の奨学生ではない女生徒。彼女は無事に試験を通過し、授業料を支払って、入学手続きを行ったらしいが、式どころか、学校が始まって2週間たった今も、まだアカデミーに現れていない。


 アカデミーには、将来の官僚および士官候補生である学費免除の奨学生と、高い学費の支払い能力を持つ王侯貴族と富豪の子女である一般生、2種類の学徒がいる。アカデミーの入学試験自体はさほど難しくないが、奨学生考査の通過は国内最難関で、国中の秀才を集めるシステムだ。

 一般生の男子は、家の次期当主と成るべく、領主免許を取得のために、基礎教育を終えた後、6年通う事例が一番多い。

 そして一般生の女子は結婚相手探しを兼ねて、15歳から3年間在籍することがほとんどである。より良い結婚の為、良妻賢母としてのマナーと教養と、ついでにアカデミー卒の拍付け為に高い学費を支払ってこの場所にやってくる。それほどまでに、貴族女性にとって、結婚は重大な問題だからだ。この国では結婚と就職が一つの同じものであり、公私における人生設計の要なのである。もちろん娘たちは、学費の元が取れるような良縁を掴み取ることを期待されている。

 結婚を意識した年頃の男女が集まれば、恋愛脳が加速する。誰々が優秀で、何某は眉目秀麗、何とか家は景気が良いなど、釣書きのような情報で構内は溢れかえっている。投資として学校へ来て、結婚しなければ将来の道が拓けない女子は特に必死だが、一方で小説のような甘いロマンスには根強い憧れがある。

 卒業年次になれば婚活はさらに競い合うようにヒートアップ!資格取得に余裕が出来た男子たちもこぞってマナーとダンスの講習に参加する。

 そういった事情を踏まえてここからが本題だ。

 一昨年と今年入学するはずの年齢の女子が、昨年まとめて入学した。

 理由は婚約者のいない妙齢の王子リュカオンとなるべく長く在学し、卒業年次を合わせるため。そして男子学生もリュカオンの在学に合わせていて数が多く、殿下を狙う野心家でなくとも、沢山の中から自分に会う人を探すことが出来る利点があった。

 王族の在学中はこうした人数の偏りも珍しくはないらしいが、昨年は極端に集中してしまったようだ。

 その影響で今年は男子の一般生も例年より少ないが、女子一般生はなんとたったの一名のみ。

 私は監督生として、その新入生を気にかけるように教師から頼まれた。ケイトリンから貰った前情報通り、私たちと同じ16歳だからと。

 通例とは外れた歳の、一般的な思惑も当てはまらない、たった一人の入学者。

 オンリーワンはヒロインのアイデンティティ。

 これはもう確実にヒロインに違いない!とワクワクし、計画を立ててその日に臨んだ。御庭番のフィリップに頼んで講堂の周辺を見張ってもらい、ケンドリック、クロードをイベント起きそうスポットの観察場所へ配置。イベントが起これば西へ東へ駆けつけ、帰りは後をつけてソッコー身辺調査に取り掛かるつもりで、監督生として入学式に出席したのに。

「まだ一度も学校へいらっしゃらないので心配しています」

 入学式って乙女ゲームで必須イベントじゃないの?なんで?どうして?もしかして私のせい!?

 100歩譲って攻略対象が新入生でも監督生でもないから入学式をスキップしたとしても、2週間欠席は長いわ。出会いは?チュートリアルはどうするの?

 それ以前に学校生活の遅れを取り戻すのが心配!施設案内と基本的なルール説明のオリエンテーションは終わっちゃったし、授業選択の締め切りだってあと少しなのに!


 私の葛藤も焦りも虚しく、あえなく空振り三振、今日にまで至る。

「教師は何と?」

「家の都合で遅れるらしい、とだけ」

「家の事情なら君が責任を感じることはない。続きは場所を移そう」

 ふとテーブルに目をやると、全員綺麗に食べ終わっている。私が頷いて、最後にお茶でのどを潤すのを待ってから、リュカオンを先頭に男子が立ち上がる。シャロンの椅子はその隣のパーシヴァルが、私の椅子はリュカオンが引いてくれた。

 ドレスのスカートはボリューミーでとても座りにくいので、女性が座る時ちょうど良い位置へ椅子を押し、立つ時は動作がもたつかないように椅子を引くのが男性のマナーだ。制服のスカートの場合は全く必要ないけれども……まあ、マナーだからね。

「甘いものを買っていこう。君も食べるだろ」

 君もってことは、あなたたちまだ食べるの?すごいわね。


 私たちは名残惜しそうな周囲の人に見守られながら、食堂を出て談話室へ向かう。

 その途中、少し離れた中庭の端を、食堂方向へすれ違う人物に目が留まった。

 足早に歩く速度でなびく、燃えるような赤い髪。芯の通った青い眼差し。

 ああ……!これまで4年置きに私を訪れた、久々の感覚に胸が躍る。

 おいでませヒロイン!シナリオの始まりよ!!


来週は1章と2章の間の幕間にようやく「クロードの自惚れ」が上がります。5/1日曜昼頃の予定です。

大変お待たせいたしております。

割り込みは予約できませんので時間が前後すると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 3人で牽制しあってここまできてしまったのですね… これ、周りのモブ系令嬢がローゼリカと愉快な仲間たちを評論してそうですよねー おっと殿下必殺技!防いだー!つよいつよすぎるローゼリカ選手!みた…
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