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さらば マリウス離宮

 乙女ゲームの世界に転生すること16年。

 メインキャラクターの広告が脳裏に蘇り、フラグ回避を試みること早8年。

 サポートキャラのマスコットに就任してもう4年。

 今明かされる、衝撃の事実!

 NO LOVE、NO LIFE!

 私には自由恋愛が許されている!!

 バーレイウォール家は、極端な恋愛主義の家系らしい。


 確かに、両親はあまり釣り合いが取れない家柄の恋愛結婚だけれども。

 言われてみれば、格上の縁談であるリュカオンと婚約成立するように、圧力をかけられた事がなかったけれども。

 だからって由緒正しい古参の高位貴族が、恋愛推奨なんて、そんな事ある?

 今後、外堀を埋められて、なし崩しに結婚させられる心配をする必要はない。

 しかし同時に、これまで腐心してきたことの大半は取り越し苦労だったと知ってしまった。

「どうして、もっと早く教えてくれなかったのぉッ……?」

 8年の重みが乗った悲痛な叫び……!

 嬉しいような、虚しいような、複雑な気分で私の情緒はメチャクチャよ。


「どうしてとおっしゃいましても……。姫様は殿下の求婚にも流されず、幼いころから確固とした恋愛観と結婚観をお持ちでした。家風については、お伝えするまでもないかと」

 そりゃあ、中身は幼女じゃなくて、大人ですからね。価値観も自我も仕上がってるわよ。

「アカデミーに通われてからは、積極的に仲人業に打ち込まれて、これは余程、ご自分の理想を見つめ直し、真実の愛を追い求めていらっしゃるのだろうと思っておりましたが、もしかしてただの世話好きでしたか?」

 どっちも違うけど……。何だ、その斜め上の解釈。

 私の行動は、世間一般からそういう風に認識されているのか。実像との乖離が酷い。


「ならフィリップ、あなたは真実の愛を追及している私ために、偽りの愛をチラつかせて情報収集していたというの?それっていかがなものかしら」

「おや、これは手痛いところを突かれてしまいましたね」

 口ではそう言うものの、フィリップは柔らかく微笑んだまま表情を崩さない。

 同じ物腰の柔らかさでも、都合の悪いことがあると、視線を逸らしたり所在をなくしているクロードとは違い、フィリップは肝が据わっている。

「勿論これは、ケンドリックによる対外的な印象戦略ですが、それを抜きにしても、姫様の名に恥じるような行いはしておりません」

「あら、そうなの?それなら……いやいや!騙されないわ!」

「おや、残念です。昔の姫様は純真でいらしたのに」

 そんなわけない!私はとっくの昔に大人の女なの!チョロいとしてもそれは純真さではなく包容力……、子供たちを信じようとして何度も騙されるオカン的なソレであって、決して単純だとか学習能力がないとかではないからね!

「とにかく!ハニートラップなんて絶対ダメ!」

「ハニートラップだなんてそんな……。心外です」

 フィリップはしくしくと泣き真似をした。が、涙は全く出ていない。

「僕はただ、情報と等価交換で、お望みの甘い夢を提供しているだけなのに」

 妖精みたいな顔して、売れっ子ホストみたいなこと言うジャン……。

 いや、一夜の夢みたいに現実味がないところ……、意外とジャンルが噛み合ってるのか?

「あなたがとんでもなく悪いことをしているなんて思っていないわよ。でも、情報の対価ならお金でも構わないでしょう」

「金品を要求される方には、それをお渡ししています。実際、姫様がご心配なさっているようなことはありませんよ。貞操や真実の愛を対価にするほど、大それたことは頼んでいませんからね」

 フィリップは相手が緊張せずに世間話をしてくれる関係性を築くため、年頃の人間において最も関心の高い『恋愛』を切り口の一つにしているに過ぎないと言う。盗みや裏切りなど、リスクを負うようなことは求めず、知っていることを聞き出すだけなので、そのお礼もお気持ち程度なのだとか。

「でも……、自分を切り売りするようなこと、してほしくないわ」

 仕事のやり方に口を出すなんて、良くないかしら……。

 でも、私のためにハニートラップで情報収集しているのだとしたら、結局私のせいで傷つく人がいることになる。そういうのは嬉しくないってちゃんと伝えた方がいいよね。


 フィリップは言葉を探すように思案顔になった。

「役者は自分を切り売りしている、と姫様はお考えですか?舞台に立ってセリフを言う役者は嘘つきだと?」

「ああ、それは違うわね。つまり、あなたの仕事も俳優のようなものだというのね」

「恨みを買うとしたら、結局筋書きが悪いからでしょう。演技と脚本が良ければ観客は満足してくれます。例えば、友人が欲しい人には友人らしく段階を踏んで距離を詰めます。その関係性は虚構ですが、過程や成功体験は、本人がその後本当の友人を得る為に有意義だと考えております」

 ほぉん……。なるほど。

 だましているのではなくて、実地訓練だと。

 そういうことなら、関係は偽りでも真心がある。

「恋愛の場合でも、シナリオ次第で相手を傷つけない方法はいくらでもあります。一番多いのは、お互い惹かれあっていい雰囲気になるけれど、時間が足らず成就しないパターンです。世間話を聞くのに、深い関係になる必要はありませんから」

 それもそうね。いきなりすっ飛ばして恋人になるわけじゃなし、相手が知っていることを聞き出すだけなら、過程の段階で充分なのか。憎からず想っている人から好意を向けられる、いわゆる『イイ感じ』の時って凄く楽しいわよね。相手は楽しい時間を過ごし、こちらは知りたいことをさりげなく教えてもらうってわけね。

「慣れない人には、憧れのような淡い恋心を演出することもあります。先日などは、当て馬になって、焦ったい二人を取り持ちました」

「あ、わかった!私が聞いた告白の練習はその時のものだったのね。二人の気持ちに火をつけるカンフル剤みたいに!」

「察しがよろしいですね、その通りです」

 情報収集して、そのお礼に恋愛成就させるなんて、凄腕すぎる。バーレイウォールの御庭番は英国諜報員も真っ青の恋愛マイスター!

「凄いわ!そんなことが出来るなんて!どうやるの?コツとかある?くっつきそうな二人って、どうやって見分けるの?」


「説明するよりも、試してみますか?」

「ため……ッ……し?」

 フィリップは身を乗り出して、瞳を覗き込んできた。いつも通りの柔らかい笑顔であるが、どこか蠱惑的な雰囲気をかもしている。これは私のフィリップに対するイメージが変わったことによる主観的なものであろう。

 私が聞きたかったのは、いざというとき、ヒロインと攻略対象を強引にでもくっつけるテクニックであって、私自身がそれを満喫したいわけではないのだけど……。

「正直、興味あるわ」

 だってそんなの、超臨場型恋愛シミュレーション!じゃない?それとも豪華4D夢小説!?お試しさせてもらいたい!

 フィリップの指が私のフェイスラインをそっとなぞった。すると……


「わん!」


 クロードが抗議するように吠えた。

「あ、ごめんクロード。おまえのこと、完全に犬だと認識していたよ」

「わん!わん!!」

 フィリップの一言がさらに怒らせてしまったのか、クロードは猛然と吠えはじめる。

「クロード!し〜ッ!大声出さないで。そんな姿、沢山の人に見られたくないでしょう?」

 今ならまだ私とフィリップしか見ていない。それでも体裁を気にするクロードは、正気を取り戻した後落ち込んでしまうだろうに、これ以上傷を広げたくない。

 口を押さえても、ぐいと押しのけられてしまう。意識は犬でも体は人間だもん。そりゃそうだよね。

「クロード、す、ステイ!」

 勇気を出して犬にやるように注意してみても効果なし。恥ずかしい……。

 一人でおたおたする私をよそに、フィリップは落ち着きはらって窓の外を覗く。

「困ったな。もう馬車が停まりそうです」

 全然困ってなさそうである。


「クロードお願い。後でご褒美あげるから静かにして」

「失礼、姫様」

 なんとか説得を試みる私を押しのけて、フィリップはクロードの腹を一突きした。

 吸い込まれるような動きで音もしなかったが、突然クロードは脱力してなだれかかってくる。

「きゃあああ!重い!重い!!」

 意識を失ったクロードは、屋根の上でのしかかって来た時と比べ物にならないほどの重量だ。

 あれでも重かったけど、体重かけないようにしてくれていたんだね。

 私が車内の側面とクロードの間で押し潰される寸前に、フィリップが黒い巨体をひょいと掬い上げた。

 同時に馬車が停まり、フィリップはクロードを肩に担いで外に出る。

「シャロンが迎えに来ていますからお待ちください。僕は先に戻っています」

 フィリップの肩に引っ掛けられて、半分に折り畳まれたクロードの長い手足が揺れている。

 そのままフィリップはシャロンと入れ違いに、軽い足取りで窓を乗り越え宮殿内へ消えた。

 御庭番ってすんごい……。




 翌早朝、リュカオンと側近二人はぐったりした表情で帰ってきた。

 何時に帰ってきても起こして知らせるように頼んでおいた私は、早速3人の元へ押しかけた。

 よく晴れた夏の朝は明るく、台地の空気は涼しく澄んでいる。

 その清純な空気に似つかわしくない澱んだ気配のリュカオンではあるが、おそらく不思議なツボでよく眠れたのであろう、顔色は悪くない。

「おはよう、ローズ。今戻った」

「同じく、ただいま戻りました」

 一方、側近二人は本当に顔が土気色だ。おそらく自責の念に駆られながら、主人の側で一睡もせず夜を明かしたと思われる。


「それで、首謀者をキチンと血祭りにあげてきましたか?」

 爽やかな朝に、シャロンから生臭い言葉がはきはきと発せられた。

 YES・NO形式で質問する内容ではありませんけどね。うちの美しい侍女は今日も殺意が高い。

 パーシヴァルが律儀に返事する。

「いや……、血祭りにはしていない。それどころか、ストレイフ子爵を罪に問うのは非常に難しいだろう」

「ええ、そうでしょうね」

 砦の一件を表沙汰に出来ないのと同じ理由だ。

 ストレイフ子爵を裁きにかけるには、罪を明らかにする必要があり、明らかにした結果、妙な憶測や不名誉な噂がたって困るのは、他ならぬ私自身だからである。

 どう足掻いても女子に不利なこのシステム何なのよ。自分で言ってて腹立ってきたわ。

「ですから血祭り!血祭りこそが我々に残された最後の解決方法なのです!」

 法治国家に邪教の徒が一人紛れ込んでるんですけど。


 残りの説明はリュカオンが引き継いだ。

「ストレイフは自主的に領地へ蟄居することになった。期限はローズの許しが得られるまで、事実上生涯ということになるだろう。今後同じことが起きる心配はなく、政治的にも軍事的にも影響力を持たなくなる。充分とは言えないだろうが、この辺りで手打ちとさせてもらいたい」

「話にならないです。ローゼリカ様は守らない、敵の息の根も止めない。あなた方は何のために生きているのですか?ただ酸素を消費しているだけですか?恥を知ってください」

 シャロン、あなたは人の心がないの?Mっ気の強いパーシヴァルは喜びそうだからやめなさい。

「ミレニアム。此度のこと、任せてもらったにも関わらず、君の主人を守れず申し訳なかった。この通りだ」

 生真面目なパーシヴァルは、土下座しそうな勢いで頭を下げた。

 それをリュカオンが庇う。

「昨日の一件は私の落ち度だ。ここは私が詫び……」

「お待ちください」

 私は慌ててリュカオンの言葉を遮った。

 王族は滅多なことでは謝らない。権力者の言葉は謝罪一つとってもしがらみが付きまとうからだ。とは言え、彼らとて人間であるからにはミスもする。ゆえに王族は、自分にも他人にも寛容でなければならない。

「それ以上はいけません。リュカオン様はストレイフ子爵の側でなく、私側に立って下さらなければ」

 信用して油断した結果、罠にはめられたことに責任を感じているのだろうが、リュカオンとて被害者だ。勝手に私と対立してもらっては困る。


「しかし。あの後、賊との接触もあったと聞いている。何事もなくとも、幸運だったの一言では済まされない。ストレイフの処遇がうやむやになる以上、責は私が」

「夜会へ参加したのも、供についたのも自分の意思です。リュカオン様に責任を取っていただく筋合いはありません。私もあなた様をお守りするつもりで果たせなかったのですから、お互い様でしょう」

 それに、ストレイフ子爵にしろ、そのあとの賊でさえ、私が想定して備えていたトラブルよりもずっとずっと……マイルド、とでも言えばいいのか……穏当で理知的なものだった。

 取り込む余地のある勢力は、取り込んで拡大する度量がハッピーエンドには付き物なのよ。

「子爵閣下に対しても、罰を受けてほしいとは思っておりません。ほとぼりが冷めたら、和解の書簡をお送りするつもりです」

「善良は美徳だが、人が良すぎるのはいただけない。君が軽んじられれば、君に尽くす全ての人間の存在価値が軽くなる。温情だけでなく、刑罰を与える度量も持つべきだ」

「結果として何もなかったなら、量刑の多寡は感情的なもののはず。私は感情よりも利益を取ります」

「その屁理屈は、君らしいと言えば君らしいが……」

 リュカオンは渋るように言葉を切った。


 本当はリュカオンも家族同然のストレイフ子爵に厳罰を与えたいとは思っていない。しかし身内に甘くては公平性を欠くと考え、逆に厳しすぎる対応になっている。さらには自分も責任の一端を負うと言い出す始末。聡明なリュカオンがそうまで慕う人物は、有能な人格者に決まっている。ここは協力一択だ。

「屁理屈なものですか。敵対して押さえつけるよりも、協力して利用する方が得策。万国共通の定石でしょう」

「つまり、君の中で、ストレイフは協力者に値するというのだな」

「あの御仁を無価値と断ずる方が困難ですよ」

 リュカオンは長く息を吐いた。これは彼が私の主張に折れてくれた合図だ。話が丸く収まって、ホッとしてもいるだろう。

「感謝する。君の意に沿うよう、利するところを引き出して見せる」

「そうですとも。人を罰するより利用する方がお得意のリュカオン様ですから」

「本当に褒めているつもりか?」

 冗談交じりに言うリュカオンに余裕が戻ってきた。


「それより、ストレイフ子爵閣下からお話は聞けましたか?」

「ああ、昨夜も名前が挙がった、第一王子派のにイングラハムに気をつけろと言っていた。賊に関しても、情報が少なく断定できないが、その手勢によるものだろうと……、少なくともストレイフは考えているようだ」

 話が切り替わり、私とリュカオン以外も全員がテーブルを囲んで座った。不確かな話にいっそう声が小さくなり、持って回った言葉選びになる。

「というと、リュカオン様のお考えは違うのですか?」

「ストレイフがいい加減なことを言うはずはない。しかし、昨日の今日で全面的に信じるのは、あまりに学習能力がないだろう。理由を教えてくれればいいものを、頑として口を割らない」

 昨日も、理由を話せないから強硬な手段に出たのだとストレイフ子爵は言っていた。

 口ぶりから言って、内容は王家に受け継がれる秘密か、あるいは職務上知り得たプライベートなことではないだろうか。結婚の賛否に関わってくるとなると、血統に関する何か……。

 不穏の一言に尽きる。

 知らなければ対策できないが、知れば知ったで後戻りできない感じはある。

 こっそり内容を把握しつつ、知らないふりをするのが理想だが。

 ……そう上手く運んだら苦労はないよな。  

「王家の秘密なら、近衛だったストレイフはともかく、イングラハムが知っているのは合点がいかないし、賛否が分かれるのも妙だ。ともかくこの一件、時間がかかるだろう。目途が立つまで、しばらく君も大人しくしていなさい」

「私はいつでも大人しいですよ?」

「どの口が言う……」


 結局、慌てて王都へ帰ろうとして段取りに綻びが出るより、予定通りに過ごした方が安全だろうということとなった。警備を増員しつつ、何事もなかったように取り繕って、私たちは予定通り離宮で残りのバカンスを過ごした。

 夏の一大イベントで、波乱を残しつつ新年度が始まる。



行き詰ってしまいどうしようかと思いましたが、なんとか今年中にバカンス編を終えて一区切りできました。今年ものんびり投稿にお付き合いいただきありがとうございました。

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