『攻略対象』 おかわりっ!
レビューのお礼ってどこで言えばいいのでしょうか。
とにかくとてもとても嬉しくて何度も読み返しました。ありがとうございます。
しかも私の書きたかった内容をきっちり読み取ってくださっていて、読者様の読解力に助けられている…と感涙致しました。改めましてありがとうございます。
風が梢を揺らす音も涼やかに
空の青さが一層美しい季節となりました
庭の秋バラが見頃を迎えようとしています
この度僭越ながらお手紙差し上げましたのは
咲きそろう花の可憐さを共に分かち合いたく
茶会にお誘い申し上げる所存でございます
〇月〇日 午後一時
バーレイウォール邸にて
シーズンの最後に子供だけで
お菓子とおしゃべりを楽しみましょう
ゲームも用意しております
どうぞご参加くださいますように
ローゼリカ・D・バーレイウォール
おうちの皆様へ
この度は不躾なお誘いをどうぞお許しください。
人形劇やゲームを用意し、7歳から9歳の子供達だけで楽しく時間を過ごしたいと思っています。
当日は動きやすい気軽な服装でお越しください。
領地への旅支度も忙しい折ですが、何卒ご協力お願い申し上げます。
当日。唯一心配していた天気は雲一つない快晴となった。
まだ色濃い庭の緑と、白いテーブルクロスのコントラストは、清純かつ夏の終わりに相応しい清涼感がある。黄色や桃色の小さな花々が可愛らしく彩りを添え、バラやダリアの大きな花は視線を集める様に計算して配置されている。秋のバラは春ほど豪勢には咲かないが、丹念に手入れされて、鑑賞に値する大輪の花を咲かせていた。
観劇のスペースに、中央の料理スペース、テーブルセットにソファにピクニックマットなど座るところはいろいろな物を用意した。
メイドとフットマンが慌ただしく行き来する中で、私は会場を見て回り、設営の仕上がりに満足した。あとは招待客の到着に合わせて料理を運び込むだけだ。
「よお姫さん。首尾はどうだい」
接待役、もとい遊び相手の子供たちも集まり始める時間になって、その中の一人が軽い足取りで近づいてきた。
「ごきげんようケンドリック。おかげさまで上々よ。急な注文を間に合わせてくれてありがとう」
「信頼にこたえるのが商人だぜ。今後ともごひいきに」
おどけて挨拶をした彼の名は、ケンドリック・エース。
バーレイウォール家の経済活動を支えるエース家の一員で、クロードと同じ10歳の少年だ。
赤みがかったブラウンの短髪に切れ長の瞳、精悍ながら軽薄な表情で、どことなくキツネを彷彿とさせる。
頭がよく折衝に強い。才走って世慣れているために素直ではないが、根は真面目で面倒見が良い。
こういうキャラ、いるわよね。属性多すぎてどこに分類するか悩んでしまう。彼について語ろうとしたら多大な時間を要するわ。
仕方がないから何とか簡潔に、二十一世紀風にアレンジしていうならば、めちゃめちゃ偏差値の高い進学校に通っている兄貴分のスパダリヤンキー……みたいな……。
推せる(確信)
「フィリップとウォルターは?」
「さっきまで一緒にいたけど」
そう言って周囲を見回すと、さらに二人、少年が歩いてきた。
「お庭とても綺麗だわ。ありがとう、フィリップ」
「つぼみがなかなか膨らまなくてヒヤヒヤしましたが、間に合ってよかったです」
ふんわりほほ笑むのは、金髪巻き毛でエメラルド色の瞳が美しいフィリップ・ディケイド。
庭師の見習いで、我が家だけでなく様々な家に出入りして庭の管理をしている。ぼんやりとして繊細そうな、いかにも植物を愛する少年だ。
もう一人はこげ茶の髪を短く刈った快活な少年でウォルター・サウザンドという。
普段は馬丁をしているが、今回は私のお使いで王都を東奔西走する活躍だった。元気で爽やか、少年らしいノリの良さとイタズラ心を持ちつつ、育ちの良さを伺わせる上品な立ち居振る舞いで、どこに出しても恥ずかしくない使者だ。
そして近々彼に乗馬も習おうと思っている。
「ウォルターもお疲れ様。あなたは終わった後もしばらく忙しいと思うけど、最後までお願いね」
「もちろんです、姫様。それに俺、馬に沢山乗れて嬉しいですから」
今回の茶会は、大人に手伝ってもらいながらも、私とクロードとシャロン、それからこの三人が中心になって準備した。沢山相談して一緒に時間を過ごし、主従を超えて打ち解けたように思う。
そして彼ら三人が、私が屋敷の中から新たに選んだ追加の攻略対象である。
古式ゆかしいパラメータ方式のゲームで考えるなら
クロードは『センス』のパラメータが一番高い時
ケンドリックは『知性』
フィリップは『優しさ』と『センス』を両方バランスよく
ウォルターは『体力』のパラメータが一定を超えるとフラグが立つ
そしてリュカオンは全部のパラメータが高く、誰とも付き合っていない時にルートが開ける
って感じかしら!
これでマルチエンディングに最低限の役者は揃った。できればあと三人ほど見つけたいところね。オネエキャラと大人の香りがする年上キャラと闇属性キャラあたりが足りないわ。あまりにも全員光属性過ぎるから、そういう場合、実は暗い過去のどんでん返しがないかの注意も必要だ。
それから作品を明るく照らすオネエキャラ。彼は絶対に必要な存在よ。いないかもしれないけど狙って探すわ。
…別にいいでしょ。好きなのよ。だって萌えるじゃない。
どうやって作品登場人物を見分けるのか、具体的に聞かれると、長年の経験から来る直感というフワッとした答えしかないのだけれど、ポイントは『キャラが立っているか』の一言に尽きる。
それからキャラ同士のバランス。物語世界においてキャラ被りは意図した場合を除いて必要のない現象だ。見た目は二の次である。
綺麗な子、優秀な子、同じ家柄の子は他にもいたけれど、今回に関していうならばこの三人を選び出すのに全く迷いはなかった。
『萌える男にルールなし』と言えど、人気が高いタイプはあるものだ。
キャラが決まったら、あとはヒロインと接点を繋ぐようにイベントを予想すればよい。目的の一つは達成された。
リュカオンには、婚約者フラグを叩き折って関係性やイベントを潰したかもしれない、という負い目があるため、他より接点が少ない分は援護するつもりだ。しかし同じ土俵に立ったあと、選ぶのはシャロンである。シャロンの動向を見極めての適宜アシストが、私の役割と心得ている。
お次は『第一の女』探しだ。
ヒントは赤毛であることだけだが、三人の攻略対象を見つけたことで自信がついた。この私のスカウターにかかればイケる。
開場の時間が近づき、大人も子供も配置に着く前の全員を集めて挨拶する。
「皆さん。今日は私の我儘の為に協力してくれてどうもありがとう。順番になるけれど、休みが一日多く取れる様に執事に頼んであります。賞与もあるので今日はよろしくお願いします。
それから子供達、あなたたちは従業員である前に一人の人間です。相手が誰であろうとも、理不尽な要求を聞く必要はありません。ですが、お客様たちよりも人生経験豊富なあなたたちが、上手く相手を制御することを期待しています。お菓子も食べていいのですよ。ただし、最後の一つを取り合うのだけはいけません。今日の夜、お疲れ様会の時に食べられるよう余分に用意してありますからね」
景気づけに用意しておいたジョークで静かな笑いが起こり、内心ガッツポーズだ。滑らなくてよかった。
「本当に困ったことがあった時は私かクロードに必ず相談してください。では配置について」
人がばらけてゆく中、私はクロードとシャロンを伴って馬車寄せから庭への通路に設置した受付に向かった。
すでに馬車が何台も到着しており、中では開場待ちのご令嬢が待機している。
「少し早いけど入ってもらいましょう。一時に固まって混雑しない方がいいわ」
名前を聞いて、こちらで用意しておいた名札を胸元に貼ってもらう。ご令嬢を従者から預かり、帰りの注意事項を伝えたら、私の手からラッピングした焼き菓子を渡して挨拶する。
「ようこそいらっしゃいました。ローゼリカ・ディタ・バーレイウォールです。今日は楽しんでくださいませ」
「お招きありがとうございます。エリザ・オークリーです」
「メアリ・バーディントンと申します。お招きありがとう存じます」
こうすれば、誰が来ていないか残っている名札ですぐにわかるし、挨拶しそびれる事もない。初対面でも話しかけやすい様に、私だけでなく参加者全員が友達を作れるように配慮した。
食べて良し、持ち帰って良しの焼き菓子を受け取ったら中に入り、ウェルカムフルーツを食べたり、手品師の芸を見たりして時間まで待つのだ。
有難いことに出席率は95%、299名が参加してくれることになった。
欠席者の殆どは、やはり領地にいる者だったが、ケルン公爵令嬢からは丁寧な体調不良による欠席の返事が来た。リュカオンの最初の見合い相手である。
素敵な筆跡で、残念な事に体調が思わしくない事、しかしながら素晴らしい催しに何か貢献したい旨、気軽な服装で来るのなら、ドレスの貸し出しを行ってはどうか、という提案が綴られていた。
ケルン公爵令嬢ヴィオレッタ様は、前国王陛下の弟君を祖とする家柄で、プリンセスの称号を戴く正真正銘のお姫様である。私のような、『我が家にとっては王女みたいなもの』なんていう、なんちゃってとは一線を画す、下位ながら継承権もお持ちの方だ。
これほどの家に転生していたら、即座に「私が悪役令嬢だわ!」と確信が持てたと思う。
何度か手紙をやり取りし、サイズアウトしたドレスを送ってもらうことになった。まだ下に妹君がいらっしゃるらしいが、姉君と二人分のドレスはとても着きれる量ではないらしい。
実際に届いた豪華なドレスは荷馬車数台分にも及び、私のドレスと合わせて『ケルン公爵令嬢ヴィオレッタ様協賛・お姫様変身ブース』を作ることになった。
数名の到着を残して開始時刻となり、残りは到着後私の所まで連れてきてもらうことにして庭に戻った。すでに挨拶は済ませているので簡単に開会宣言をして料理を運ばせる。
庭の花々と色味をリンクさせたケーキにマカロン、チョコレート、ゼリー。クッキー、フィナンシェをはじめとする素朴な焼き菓子も含めて多種多様の菓子を少量ずつ盛ったトレイを、フットマンが列をなして運んでくる様は壮観である。
独り占めと大量の食べ残しを防ぐため、少量を小出しにする作戦だ。こうすれば減って見栄えの悪くなったトレイは交換できて、テーブル上の美しさも保てる。
メインの薔薇を模したケーキが登場すると、招待客だけでなく、使用人たちもその出来栄えと美しさに目を輝かせた。
始まってしまえばあとは自由時間だ。私は全員が到着して挨拶し終えるまでは所定のテーブルに着いて周囲を観察した。皆思い思いに菓子を選んだり、お喋りを楽しんだりしている。やはり人気だったのはヴィオレッタ様のドレスコーナーで、お茶会のメインたる菓子にも負けない勢いだ。
それから、家にある他の庭から切集めた花を使ったブーケ作りもなかなか盛況で、人当たりの良いフィリップの周りにはお花の好きなお嬢様方が集まっているようだ。
300人集まれば、喧嘩や意地悪など、当然トラブルも起きたが、事前に対処法を考えておいた想定の範囲内であり、交渉の巧いケンドリックがあしらっている。ついでにそのお嬢様方から気に入られて、取り巻きを多数引き連れた女たらしみたいになっていた。
本人の意思か親から言い含められてきたのか、私に取り入ろうとする者も少数いたが、少し気を逸らしてやると気の合う者同士で友達になってお茶会に戻っていく。
深窓の令嬢というのは、蝶よ花よと育てられて、そのほとんどがおっとりしており、競争という事を知らない。遊び相手に用意した使用人の子供達の仕事の大半は、引っ込み思案でオロオロしている娘の世話を焼くことだった。
お茶会は和やかな空気で進んでいった。