夜空に花火の輝き
夜会というのは夜遅くまでかかるものなので、一応腹ごしらえを済ませてきたのだが、成長期男子の胃袋は、満たされることを知らぬかの如き貪欲さで、大量の皿に盛られた料理を難なく平らげてしまった。
ああ、良かった。全部食べろと言われたらどうしようかと。
イリアスがよく食べるのは夕食を共にしていて知っているけれど、いかにも食べそうなウィリアムだけでなく、神経質そうなパーシヴァルや造り物じみたリュカオンまでがモリモリ食べているのは、人間味があってほっこりする。たんとお食べ。
そうこうしているうちに、ホールから音楽が流れてきた。一通りの挨拶が終わり、花火を待つ間、ダンスと歓談の時間になったのだろう。きっとホールの中央では、ダンス自慢の猛者たちが優雅にドレスの裾で円を描いているに違いない。
少年たちが食事する様子を飽きもせず見ている私に、リュカオンが気を遣う。
「退屈ならもう一度ホールに戻っても構わないが、どうだ?」
お構いなく。私は今至福のひと時よ。男子がご飯を食べる様子を見て私も胸いっぱいになっているなんて口が裂けても言えませんけど。
「私はここで十分です。夜風は気持ちいいし、当初の目的も果たしました。やはり人目があると緊張してしまいます。リュカオン様はどこにいても目立ちますから」
「それはお互い様だろう」
そうかもしれない。自分は大人ぶっているつもりでも、本当の大人からすれば、子供が背伸びしているだけなのは丸わかりだろうから。
パーシヴァルが意を決したようにケイトリンの前に立つ。
「一曲お相手願えませんか」
「あらぁ、勇者の申し出ですわね。わたくしに踏まれても構わないのかしらぁ?」
「勿論、あなたの気が済むまで」
「うふふ……では、その勇気に免じて」
ケイトリンはパーシヴァルの腕を取って立ち上がった。
二人は私たちから少し離れた所まで歩いていき、一礼してから器用に曲の途中から踊り始めた。
パーシヴァルはバランスを崩すこともなく、それゆえ足を踏まれることもなく、スムーズにダンスをリードした。数日前とは別人のようだ。
「短期間で上達なさいましたねぇ。ずいぶん沢山練習なさったのでしょう」
「殿下にもご協力いただいて、ひたすら反復練習した」
もしかして、侵入者があったあの夜?一人だけ汗だくだったから、調教でもされていたのかと思っていたわ。
「あなたは努力の仕方を知っていらっしゃいますもの。必ず上達なさると思っていましたよ」
「これまでステップを覚えるだけではどうにもならなかったのに、君が基礎を教えてくれたおかげだ」
「パーシヴァル様は実践で感覚を掴むかたなのですね。根拠のない自信は脆いものですが、積み上げた努力は辛く苦しかった分だけあなたを支えてくれますわぁ」
「夢中で辛いと感じる間もなかったが、平気かな」
「努力は夢中に勝てないと申しますわ。案外ダンスの才能がおありかもしれなくてよ」
「僕は……。僕はただ、君と踊りたくて」
「感心な生徒ですわね~」
う~む。この二人、どうなるのかな?
パーシヴァルのほうは、完全に『もう好き』状態よね。
最初の出会いは最悪。そこから誤解を乗り越えて、向き合ってくれた女の子。しかも初めてのダンスパートナー。こんなん惚れてまうやろ。好きになるなというほうが無理よ。
なんだかリュカオンの陣営って側近も全員、女に免疫なさそうな奴ばっかりだな。本格的にハニートラップに引っかからないか心配になってきた。
してもしょうがない心配はさておき。
問題は、パーシヴァルのほうには好きになる理由がたくさんあっても、ケイトリンには特にないことだ。
ケイトリンが婚活中で、結婚相手を探しているからと言って、じゃあちょうどいいとはならないだろう。
パーシヴァルは見た目も家柄も良く、真面目で、王子の側近でもあり将来有望だ。家は王家最古参の家臣であり、領地はあまり大きくないはずだが、宮中で活躍している中央貴族。嫁げば社交を中心とした政治活動が主な仕事となる。
条件は良い。見る限り相性も良さそうだ。それに加えて、個人の『好み』も重要というのが私の意見である。
『好み』というのはなかなか馬鹿にできない。
例えば、好みの顔や声の持ち主であれば、些細な事に不満を感じにくい。人間生きていれば、調子の悪い日もあり嫌な目にも遭う。そういう時に、好き嫌いという単純な感情は如実に現れてしまう。
何もリュカオンやシャロンのような、とびきりの美形でなくてもいい。彼らは一級の芸術品のように、見ているだけで心が洗われるけれども、癒しはちんくしゃなぬいぐるみにも求めることが出来る。万人が認めるような美点ではなくとも、愛着が持てることが大切だ。逆に言えば、どんな長所も、気に入らなければ意味がないのである。
ケイトリンは、この『好み』が不明瞭だ。安直にパーシヴァルの気持ちを応援していいものかどうか迷う。
人は、第一印象が八割。二人の出会いはマイナススタートだった。
ケイトリンの度量の広さにより、険悪な状態は免れたものの、せめて、パーシヴァルに好意を持つきっかけがなければ難しいだろう。
踊る二人を見ながら考え事をしているうちに、上の階のテラスにはザワザワと人が集まり始め、私たちも花火を見るために移動した。
暗闇に沈んだ台地の北側で、ひと際の大玉が金色に花開いたのを皮切りに、いつの間にか後ろに控えていた楽団の演奏に合わせて、次々と花火が打ちあがった。本当は楽団の方が打ち上げに合わせて演奏しているのだろうけど。
赤や青のカラフルで小さな花火が一斉に上がったり、あるいは中心から三段階に広がって色が変わる大きな花火が高く打ちあがって夜空を彩り、そのたびに周囲から感嘆の声が洩れた。
この国の花火は、祝砲に少しばかりの火花が散る程度の小さなものが主流で、前世で目の肥えた私は、正直あまり期待をしていなかったのだが、予想を遥かに上回る素晴らしい大玉が上がって思わず感動した。
はッ!そうだ!シャロンは?どうしているかしら。
半歩下がった左横を振り返ると、クロードが居て目が合った。
「綺麗ね、クロードも今の見た?」
「はい。ローゼリカ様の嬉しそうなお顔が見られて僕は幸せです」
ん?イマイチ会話が嚙み合ってないわね。花火の音が大きいせいかしら。
反対隣りを見ると、リュカオンもこちらを見ている。
「まるで芸術作品ですね。こんなに大きくて、沢山の種類の花火は初めて見ました」
今世では、という意味なので嘘ではありません。
「ああ、見事なものだ。ストレイフは退役した兵士を多く雇用している。花火は元砲兵の趣味が高じて、ここまでになったもので、他では見られない」
退役軍人というのは、怪我で体を悪くした者もおり、また戦闘以外の職能がないので再就職が難しいと聞く。そうした人たちをストレイフ子爵は率先して雇用しているらしい。
「国を守るための技術が、平時にも娯楽として応用されるのはとても素晴らしいことですね。ここまで改良するには、費用もずいぶんかかったでしょうに。子爵は理解あるお方だわ。技術を継承して、もっと広めるおつもりはないのでしょうか?」
「彼のような人物が、長く仕えてくれたことは我が国の僥倖だった。君の提案はストレイフに伝えておこう」
少し評判を聞いただけでも、ストレイフ子爵が有能で懐の深い人物であることは容易に理解できる。リュカオンも手放しで褒めるはずである。
さて、肝心のシャロンは私から少し離れた場所で、夜空ではなく人の方を見て警戒を怠らないでいる。傍にはイリアスもいて、私は二人のほうへそっと近づいた。
「シャロン、見張りを交代しよう。少しは花火も見るといい」
「お気遣いなく。凄い技術だと思いますが、私にとっては美しい花ではなく鉱物の反応です」
So cool!!見た目はとってもスイートなのに。だがそこがいい。
フィリップは離宮に置いてきちゃったし、イベントは何も起こってないみたい。
私はイリアスとシャロンの会話に突然混ざった。
「こんなに大きな花火、見るのは初めてね」
今世では。
「シャロンはどれが好き?私は花が開くみたいに広がって、色の変わる種類が綺麗だと思うわ」
「ああ、ええと、私は……」
花火より人を見ていたシャロンは、しどろもどろに言葉を探し、ようやく空へ目を向けた。
その時、金色の大玉が打ちあがり、辺りは一瞬昼の様に明るくなった。火花が八方に散った後、再びキラキラと星が降るように瞬きながら枝垂れてきて、長く尾を引いた。
「これも凄く綺麗。ね、シャロン」
私はシャロンの表情を見ようと振り返る。
「はい……。まるで姫様の流れる髪のようで……、私はこれが好きです」
花火に照らされる、うっとりと夜空を見上げるシャロンの顔を、私は網膜に焼き付けるように見つめた。
顔面がSSR!!
脳内メモリーにスチルゲットしました!
花火は豪勢に上がったが、個人主催ということもあり、あまり長い時間はかからなかった。
打ち上げが終わって、ぞろぞろとホールに戻ろうとする人々にまぎれて、ストレイフ家の従僕がリュカオンを迎えに来た。
「私とローズはメルヴィン卿に話を聞いてくる。遅くならないうちに、お前たちは女性二人を送ってそのまま帰れ」
命じられて、ウィリアムは素直に頷こうとしたが、パーシヴァルは首を縦に振らなかった。
「承服いたしかねます。ここにいる者が、全員殿下の臣下であることに疑いはありませんが、その忠誠の先は同じではありません。人員が足りないならばともかく、もっと公平で効率的な配置を再検討願います」
「つまり?」
「せめて、僕かウィリアムのどちらかは残らせてください」
その意味するところは、バーレイウォールの護衛では、リュカオンの警護として不足ということだ。臣下として疑いはないと言っているから、信用してないわけではないのだろうけど、人数的にも三人いるバーレイウォールの家臣が送っていけと言いたいのだろう。
「パーシヴァル、バーレイウォール家は俺たちと同等の側近扱いで……」
ウィリアムは取り成そうと口を挟んだが、パーシヴァルに遮られた。
「そんなことは分っている。しかしバーレイウォールの家人が、殿下よりも自分たちの主を優先することは明白な事実だ。僕はそれでいいと思っているからこそ、殿下の側近が二人とも帰ることには反対なんだ」
「このストレイフ邸で、そのような心配が必要か?」
「それは……」
ウィリアムの発言は想定内だったパーシヴァルも、リュカオンの問いかけには怯んだ。
ストレイフ子爵は、リュカオンが家族同然に慕う王家の忠臣で、しかも長年王家の安全を守ってきた近衛兵である。パーシヴァルの言い分は、そのストレイフ子爵の忠誠にも能力にもケチをつけるようなものだ。
リュカオンが、パーシヴァルの発言撤回を待つ。しかし意外にもシャロンがパーシヴァルに味方した。
「パーシヴァル様の言い分は尤もでしょう。不測の事態に備えることが彼らのお役目のはず。必要不必要の話になれば、近衛兵の存在意義が問われます」
「確かに。違いない」
リュカオンは何が面白かったのか、ふふと笑って頷いた。シャロンには優しい。
「ケイトリン様とセレーナ様は、私とイリアス様が送って帰ります。いかがでしょうか」
「よかろう。君たちが買って出てくれるなら有難い。もともとの人選も、私が命じやすいだけのことだから」
そう言って、リュカオンは私に向かって腕を出した。話は終わり。行くぞということだ。
結局、残るのはパーシヴァル、ウィリアム、そしてクロードの三人ということになり、後の人間は少し雰囲気を楽しんでから、目立ったりボロが出ないうちに帰ることで話がまとまった。
「では後を頼む」
「いってらっしゃいませ」
「成果を期待しております」
見送る皆に手を振り、私たちは侍従に案内されて子爵の待つ部屋を目指した。
 




