夜会にシャンデリアの煌めき
今回から登場する、ストレイフと対立関係のおじさんプライストンですが、イングラハムに名前を変更します。理由は文字被りが多く空目しそうだからです。順次修正する予定ですが、修正忘れがございましたら誤字報告していただけると幸いです。今後ともよろしくお願いします。
誤字報告ありがとうございます。めちゃくちゃ恥ずかしいですが、聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥ということで、修正していただけるのは本当にありがたいです。
誤字は原稿が完成した後にわいてくるんだって、字書きの偉い人が言ってた!
馬車に揺られること、一時間弱。
メルヴィン・ストレイフ子爵邸は、湖の二時方向にあるレイクサイド村を更に北上した、富裕層の保養地の一角にあった。
この土地は風光明媚なこともあり、かつて砦に召集された騎士たちが気に入って居を構えたり、あるいは家族を呼び寄せた名残で、貴族の別荘が多い。マリウス地方へ来るまでに通ってきた二つの町は、その宿場町として発展し、今では幅広い層に人気の観光地なったのだ。
王家の離宮より東西を繋ぐ街道に近く、道は舗装されているため、距離がある割に時間はかからなかった。
馬車は一旦、正門を通り過ぎ、別の場所に向かうと見せかけて、裏の通用門から中へ入った。事情を聞いて待ち構えていた従僕が、家人用の玄関から招き入れてくれて、私達は誰にも見つからず、首尾良く夜会会場に到着した。
従僕は私たちのコートを預かると素早く下がっていった。
ストレイフ邸は、装飾が少なく、シンプルな曲線美を追求した屋敷で、その分広々とした印象を受ける。それでいて華やかさがあるのは、シャンデリアの光が映えるように、鏡や窓など光を反射する物が、効果的に配置されているからだろう。マリウス離宮のような、技巧を凝らした精緻な建築とは違うけれど、これはこれで趣味が良い。
構造もあまり凝った作りではなく、大きなホールが屋敷内の大部分を占め、あとは客間が整然とならんでいる。慣れない招待客にも親切で、自分のことより客の事を優先した作りは、屋敷の主人の人柄を反映しているのだろうか。
慕われる人柄を裏付けるように、私的な夜会でありながら、花火というイベントもあり、屋敷は多くの人で賑わっていた。
「子爵に挨拶してくる。大勢では目立つから、適度にまとまって行動しなさい」
「はい!」
私はシュビッと挙手した。
「はい。どうぞローズ」
発言を許可され、意気込んで答える。
「解散するのでしたら、集合場所を決めておくと良いと思います!」
人の多いところでは、探し回らなくても済むように、あらかじめ合流地点と時間を決めておくと便利だ。
「では、花火は9時からだ。二階バルコニーの、右端に集合。それまでに集まりたい時は、恐らく人が少ない一階西テラスへ」
「御意」
パーシヴァルとウィリアムが頷いた。
一人で居て、変に声をかけられても困るから、いざというときフォローしてくれる人と一緒にいた方がいいよね。
ケイトリンとセレーナはパーシヴァル、ウィリアムとそれぞれパートナーの振りをして、四人で行動するようだ。じゃあ私はいつものメンバーと一緒に居ればいいか。
「ローズ、君は私と一緒に来てくれ」
「あ、それもそうですね」
不特定多数の人間がいる場所で、王族であるリュカオンを一人にしてはいけないのだった。ハニートラップに弱そうなリュカオンには死活問題だ。
「クロードたちは、私たちを確認できる位置に居るように」
「仰せの通りに」
人の波を泳ぐようにかき分けて移動していくと、すれ違う人は皆、男女の分け隔てなく振り返り、静かな感嘆を漏らす。
ここにいる人のほとんどが、第二王子の顔を知らないだろう。肩書は関係なく、ただ純粋なる美に感動を覚えているのだ。
わかるわ~、その気持ち。
私なんて、あまりの衝撃に電撃が走って、脳細胞が活性化した挙句、前世を思い出しちゃったんだから。
その点、初めてリュカオンを見て感電していない人は、理性的で偉いと思うわ。
人を探してホールを見渡すと、軍服姿が目立つ。テイルコート以外でも、軍人など制服のある職業は、それも正装とみなされるようだ。招待客は子爵と親交のある元部下が多いのかもしれない。
リュカオンが目立つからか、大勢の人に囲まれている一人の男性が、こちらに気付いて大きく手を振った。
よく日焼けした壮年の男性だ。ストレイフ子爵が退官後に四年間、延長して護衛をしていた事を考えると、おそらく70歳前後のはず。驚くほど若く見えるが、おそらく彼がこの屋敷の主人であろう。
「いらっしゃいましたか!お待ちしておりました」
「お招きありがとう」
「ここではちょっとした話もできませんな。こちらへどうぞ」
人目を憚って、応接室へ案内された後、二人は親密そうに肩をたたき合った。
「リュカ様、ご立派になられて。ますます将来が楽しみなことです」
「メルヴィン卿が王宮を辞されたのは、たった一年前ではないか」
「かつては毎日お姿を拝見していたのですから、一年の成長は目覚ましいものですよ。もう以前の様に爺やとは呼んで下さらないのですか?」
「気安くしていたのは、あなたの偉大さを知らなかった頃からの習慣だから、改める機会かと。父ですらあなたに頭が上がらないというのに」
「アルフォンス殿下のお小さいころからずっとお側におりましたから、気恥ずかしくていらっしゃるのでしょう」
「では兄も私も、将来あなたに頭が上がらなくなる訳だ。じいやと呼ばれるためには、次の世代を見守っていただくほかないな」
「なんと。そのような社交辞令まで。頼もしい限りですが、この年寄をいつまでも元気でいさせたいなら、偶には心配をかけてくださらないと。爺は安心したらポックリ死んでしまいますぞ!」
ひとしきり談笑した後、リュカオンは振り返った。
「ローズ、こちらメルヴィン・ストレイフ子爵だ。そして誰とは言わないが、こちらが今日のパートナー」
「勿論存じております。レディ、御身に触れる栄誉を、今ひとときお許しください」
ストレイフ子爵は素早く片膝を折り、ぼんやりと投げ出されていた私の手を取って、指先に口づける振りをした。
高貴の女性に捧げる騎士の礼だ。
本当に親しい間柄でない限り、こういうのは寸止めが礼儀である。
「以前はほんの少女であられたのに、お美しくて見違えました。これからも、殿下のことを宜しく頼みます」
なんというイケオジ……!!
メーターが振り切れているわ!
「こ、光栄の至りです。今度とも、閣下のお力添えを賜りますよう、こちらこそお願い申し上げます」
私は動揺して、定型文の返答さえしどろもどろになった。
顔が熱い!
快活で体育会系の爽やかさがあり、言動は豪快だが、決してがさつではない。その一方で長年の宮仕えの賜物か、所作は洗練されていて、その美しさにときめく。同じイケオジ枠でも、生来の美形であるアカデミーの学長先生とはまたタイプが違って、加齢によりお人柄が滲み出て、いい味を出している。
めちゃくちゃカッコいい。
私は子爵を見ていられなくなって、扇の陰に隠れた。
「それで、花火を見に来たついでに、少し聞きたいことがある」
「はい。なんなりと」
勧められて、ソファに腰を掛けた。
「先日近隣の住民から、離宮の様子を探っている者があると進言があった」
「おや、バレてしまいましたか」
ストレイフ子爵は、悪びれずあっけらかんと白状した。
「招待状の宛名に迷いましてな。皆様のご予定を聞いてから招待状を出すというのも憚られたものですから、人の出入りを確認していたのです」
「村民も同じことを言っていたよ。身元もハッキリしていたし、大体の人数ぐらいしか聞かれなかったとね。それだけなら良かったが、他にも同様の者がいたらしい」
「ほう、そのようなことが」
ストレイフ子爵の眼光が一瞬だけ鋭く光り、すぐに消えた。
「間者の内、一人はたいした害も無かった上、王太子夫妻の出立とともに近辺に現れなくなった。もう一人の人物は離宮の詳しい様子を知りたがり、断られたらしいのだ。あなたの心当たりがあれば聞いておきたい」
「手がかりは何も?」
「ストレイフ家の侍従と、似たような風体だとしか」
途端に子爵は明るい笑顔を見せた。
「その住民には褒美を取らせねばなりませんな!似たような男から同様の依頼を受けて、不審なほうだけ蹴るとは。人を見る目がしっかりしているようだ」
「同感だ。普通は流れで頷いてしまいそうなものを」
「しかし困りましたな」
子爵は考えを巡らせるように宙を睨んだ。ややあってから、身を乗り出して声を潜めた。
「何も確証がありませんので大きな声では言えませんが、例年とは違う行動を取っている者はおります」
「誰だ」
「第一王子派閥のイングラハムです。いつもはアシュレイ様にぴったり張り付いて離れないものを、今年は何故かマリウス台地の保養地に長期滞在しているようで」
イングラハム……。あまり聞き馴染みのない名前だ。
「あの者は確か、王政主義の中でも特に保守的な人物だったな。長子継承を理想としているが、臣下気質の私には友好的だったはず」
「左様です。王家への忠誠に揺るぎはないと思いたいですが……」
打てば響くように答えていたストレイフ子爵が言い淀んだ。
「何かあるのか。それを聞きに来たんだ」
「片手間にお話しして、誤解が生じるのはよくありません。後ほど時間を取りましょう」
「わかった、そうしよう。花火の前に、卿へ挨拶したい者もいるだろうから」
「お心遣い、痛み入ります」
よかった。話が難しくなってきて、ついていけなくなる寸前だった。一時中断したのはありがたい。この間にちゃんと整理しておこう。
リュカオンが立ち上がったのに合わせて、私も席を立つ。
「花火の後、遣いをやります。お嬢様もご一緒に、二人でお聞きください」
「閣下の仰せの通りに」
三人で応接間を後にして、屋敷の主であるストレイフ子爵はすぐに呼ばれてホールの中心へと戻っていった。
私は扇で口元を隠しつつ、小さな声で囁く。
「お話を聞きに来て正解でしたね」
リュカオンは扇の陰に耳を傾けて頷いた。
「うん。間者当人には辿り着けなくとも、どういった思惑があるかは知れそうだ」
私たちは遠巻きにこちらの様子を確認しているクロードとシャロンに目配せして、集合場所である一階西テラスのほうへ移動する。イリアスを含めた三人も少し距離を空けてついてきた。
「それにしても、ストレイフ子爵は素敵な方ですね。騎士の中の騎士と、リュカオン様が全幅の信頼を寄せておいでなのも頷けます」
「良かったな。私も君の珍しい表情が見られて楽しかったよ」
「そんなに分りやすく動揺しておりました?」
リュカオンって、私の顔というより、私の変顔好きだよな。ご自分の整いすぎたお顔はどう頑張っても変になりようがないから、新鮮なんでしょうけど。普通の女子は嫌がるから止めておいた方がいいわよ。
「小さな巨人から騎士の礼を受けるのは高位女性の憧れだ。リクエストされることも多いから手慣れたものだ」
「まあ!そうでしたか。嬉しいけれど、誰にどうやって自慢したらよいのかわかりませんね」
ストレイフ卿ほどの人物ともなれば、ファンもいるだろうから、ファンサ貰っちゃった~みたいなノリなのだろうか。
「でも『小さな巨人』という二つ名ほど小柄な方ではありませんでした」
私とリュカオンのちょうど真ん中くらいだから、175cm前後だ。騎士の中では小さいのだろうが、取り立てて特徴とするほどでもない。
「ああ、それは。武人としてのメルヴィンは、その凄まじい威圧感で体が何倍にも膨れ上がって見えるから、平時に会うと、小さいと感じるからだそうだ」
「そんなにお強いのですか!騎士であるからには、腕に覚えがおありなのだろうとは思いましたが」
「一流だ。老齢の今でも、一対一の勝負で太刀打ちできるのは一握りではないかな」
灯りの少ない西側テラスに、手に手に皿を持ったクロードとシャロンとイリアスが追い付いてきた。給仕の仕事の心得があるからか、手の大きなクロードは両手に皿を六枚も持っている。どうやって乗ってるの、それ。
さりげなく待つために、料理を盛るぐらいしかすることがなかったのだろうか。
「お話し合いはどうでした」
「喉は乾いていませんか。お腹は?」
「少し食べておかれた方が良いかと」
三人それぞれが、一口サイズに料理が乗ったフォークを私に向かって差し出す。
わ、私が食べるの?
「クロード、私にも一皿譲ってくれ」
そうよ!きっと成長期真っ最中のリュカオンの方が、お腹が減っているわよ!
リュカオンは皿を受け取って、やはり私の方へフォークを差し出した。
「はい。あーん」
ワクワクすな。
そこへ、送れてケイトリンたち四人が合流した。
「ローゼリカ~。お話聞けまして?お腹は空いていらっしゃいませんこと?」
やはり全員手に皿を持っている。
はしゃぎすぎじゃない?
えーい!片っ端から持ってこい!!ドレスの腹が裂けても知らないわよ!
クロードが、人目を盗んで皿に盛った肉をシュパっと一瞬で平らげるシーンを入れたかったのですが、そんなものを目撃したら、ローゼリカが喜んで真面目な話どころではなくなったので泣く泣く削りました。クロードの早食い、いつか日の目を見ればいいな……。




