謎は全て解けた!
男子の服飾について、がっつり設定・説明しようとしてましたが、途中で我に返って削りました。前回の末尾の不必要な部分は改訂しましたので、なんか流れがおかしいな?と思われた方は下から20行ほどをご確認ください。
急いでいる時ほど時間は早く過ぎる。
やるべき準備に追い付き追い越そうとするかのように、夜会の日はあっという間にやってきた。
あの後、朝食の時に事情を話すと、ケイトリンもセレーナも花火を見たいと言い、リュカオンの側近たちも含めて全員で夜遊びに行くことになった。
大人への通過儀礼的な意味でも、度胸試しの意味でも、夜会への潜入はあらゆる意味で肝試しに近い。
肝試しと花火が合わさった今回の夜会は、もはや夏祭りと夏合宿の複合イベント!面白くない訳がない!!
面白いと言えば、夜会の件を聞いた日、朝食後にドレスを選んだ時もおかしかった。
いつも淡泊なシャロンと、澄ましているクロードが、慌てふためいて右往左往していたからだ。
「難しい……、難しい……。姫様のために誂え、姫様に似合うものだけ集めた、屋敷のクローゼットから選ぶのとは訳が違う……」
クロードが、取り繕う事も忘れて、覇気のない声でぶつぶつ言う。
「私と妃殿下は同じ髪の色だったわ。家のメイドとは趣味が違うかもしれないけど、きっとここにあるものも、似合わないってことはないんじゃないかな?」
「いつも使っているような色のドレスがありません……!姫様は色の濃いものがお似合いなのに」
シャロンは悲壮感たっぷりだ。
笑ったりしては悪いのだろうけど、貴族の子息を平然と張り倒し、王子のリュカオンにも冷徹な態度を貫き、自分の父親より年上の男性を息を吸うより自然に脅迫していたシャロンが、ドレスごときでオロオロしているギャップが、可愛いやら可笑しいやらでニヤニヤしてしまう。
何でもお見通しと先回りで常に待ち構え、隙を見せないクロードが、余裕を無くしている様子も、年相応の少年らしくて癒される。
「似合いすぎる派手なドレスで目立っても困るから、淡い色にしましょう。これがいいわ」
私はラベンダー色のドレスを取って、鏡で顔移りを確認した。
顔色が悪く見えなければそれでいい。この色なら、持ってきた小物と無難に合わせやすそうだ。
「あのう、でも……」
「ローゼリカ様の髪に映えるいいお色ですね。さすが、お似合いのものをよくわかっておいでです。しかし」
別にそんな無理に褒めなくていいけど……。
「いくら王太子妃殿下の素晴らしいドレスであっても、借り物を着せたとあっては……。僕たちにも矜持がありますので」
借り物を着せない矜持って何なの?
「そ、そうですよね。きっとケンドリックが怒り狂って手が付けられません」
シャロンは何かを思い出したように、顔をしかめて口をへの字に結んだ。
「あら、あなたがそんな風に言うなんて珍しい。いつもケンドリックには強気なのに」
「ケンドリックは、自分が何を言われても怒ったりしませんけれど、姫様のことで怒らせると、それはもう怖いんです」
「その滅多に怒らないケンドリックは、私が借り物を着たら怒るってこと?」
「はい。以前怒らせた時は、私が選んだ姫様のドレス小物の趣味が悪いという理由でした」
どこに逆鱗ついてるのよ。難儀な奴ね。
「でも、私のクローゼットにあるものは、私に似合うものばかりだって、さっき言ってなかった?」
異議あり!話が矛盾しています!!
「ですので……、その何を選んでも大丈夫なはずのクローゼットから、よりによって最悪の組み合わせを選んでしまい……」
「ああ……、なるほど」
矛盾はしてなかったか。
「才能が逆方向に爆発している、ダサい上に不勉強な侍女は、いくら腕が立っても社交界で主人を守れない、その日の最悪コーディネートを見た外部の人間を、ご自慢の双剣で片っ端から目潰しして、その罪で独房に入って反省しろ。と言われました」
小物一つにキレすぎじゃない?
ケンドリックは罵倒ひとつとっても彩り豊かで、流石だけれども。
私の気持ちを汲んで、クロードがすかさずフォローを入れる。
「ローゼリカ様の装いが洗練されていないと、家臣の質が低いと見なされます。ひいてはバーレイウォールのご家名に傷をつけることにもつながる重大事です。専門のスタイリストやデザイナーの力も借りつつ、ご予定やご気分に合わせて衣装を選ぶのが僕たちの仕事ですから、ケンドリックが怒るのは当然です」
「気にしなかった私も同罪なんだから、あなたたちが責任を負う必要はないわよ。今回は時間がない上に、私がこのドレスを気にったのだから問題ないでしょう。ケンドリックにはそう言って」
「いえ、エース商会のドレス工房では、二年後に備えてドレスの試作品を作っていると思います。早馬で遣いをやって、取り寄せましょう」
「うえぇ~?そんなのいいのに~」
デビューのドレスならともかく、こっそり忍び込む夜会で着る物までベストを尽くさなくていいよお~。そんなことで王都まで走る馬と人の身にもなりなさいよ。
「姫様」
私が渋ってうなだれていると、シャロンがキリリとした表情で詰め寄った。
「はい」
顔がいい……。吊りあがった眉も素敵……。
「姫様はアカデミーで、何故そこまでというくらい、真剣に、全身全霊で、縁組の課外活動に取り組んでいらっしゃいます」
「そ、そうかな?」
「それには、将来への備えや、やるからには全力でという責任ですとか、先方への思い入れ、さまざまな要因があろうと存じます」
「そうかも……」
私の場合、シナリオの荒波に巻き込まれないか心配だから、結婚相談という名目で情報収集してるんだけど、それだけでなくなってきているのは確かね。サポートキャラとして、自分とヒロインだけでなく、他の人にも幸せになってもらいたいとは思ってるかな。私が手を抜いて、不幸になる人が居たら後悔してしまうもの。
「すべては、姫様自身が、こうしたい、こうあるべきと考えての行動でしょう。私も同じです。ケンドリックに叱られるからではありません。私自身が、姫様をお守りしたいのです。そして、隙のない装いでしか守れないものも、必ずあります」
「評判や好印象は、武力では勝ち取れないわね」
「御身だけでなく、ご家名もお心も、姫様が大事になさっているものを含めて、まるごとお守りしたいのです」
お、男前……!魂が男前!!
今日は一段とオーラがスゴイぞ。
「そして昨日の侵入者の一件で、姫様の大切なものに、私も含まれているのだと気づきました」
「そうよ!わかってくれた?私もあなたのことを守りたいの」
「でしたら、姫様のために、出来ることを全てやってきたという誇りを、私に与えてください。その誇りが、お側にお仕えし続ける自信になります」
「そうなのね……」
補い合うってそういうことなのかもしれない。私達は仲がいいけれど、通じ合うまでには至らない。一方的に大切に思うだけじゃなく、自分も大切に思われていると受け入れることがその一歩になればいいな。
「わかりました。あなたの意思を尊重します」
そういう訳で、私は今、わざわざ王都の工房から取り寄せた、自前のドレスを着ている。
ケイトリンは姉上のドレスが、セレーナは昨年の婚約式で着たドレスがあるとのことで、王都への使者が各家を廻り、それぞれのドレスを回収して帰ってきた。
本当にご苦労様。
クロードが私の希望を綿密に手紙にしたためたのか、それとも手配したケンドリックが状況判断に優れていたためか、パステルカラーのシンプルなドレスばかりが数着届けられ、さらにその中からクロードたちが熟考して選んだのは、結局、最初に選んだものに良く似たラベンダー色のものだった。
……。
正直、そこまでした意味あったのかな〜って思うけど……。
「よくお似合いです。ローゼリカ様」
クロードはホクホクと顔を綻ばせている。
彼らにとっては大きく違うものらしい。
どうもクロードに褒められても、幼女の着せ替え人形になった気分なんだよなあ。
専用にあつらえた物は着心地がいいし、シャロンたちが満足そうだから、まあいいか。
「ありがとう。あなたも素敵よ」
クロードもシャロンも、今日はドレスアップして夜会に付いてくる。
女子の正装がデザイン豊富で流行があるのに対し、男子の正装は昼用と夜用の二択なので、すでに全員がテイルコートを持っており、こちらは急な招待でも問題がなかったようだ。
クロードのテイルコート姿は仕事の時見慣れているが、髪を撫でつけ、バーレイウォールの近侍にお揃いのお仕着せではない、白いウエストコートは大人っぽくて印象が変わる。
シャロンのドレスも、サイズ直しが必要ないように合わせたものを、やはり数着ケンドリックが見繕って送ってくれた。本当に気が利いてありがたい。
その中から、プリムローズイエローのドレスを私が選んだ。
シャロンはお出かけの時、私と色や形をリンクさせた双子コーデをしており、クールな寒色を着ていることが多い。
双子コーデは私の趣味でもあるんだけど、二人で一緒に着るのが可愛いって体でないと、シャロンは葬式の様に真っ黒な服ばかり着てしまうからだ。しかしその選び方では、まず私に映える色と形でないと、仕立ての段階で、シャロンとクロードの猛反発にあってしまい選択肢が限られてしまう。
凛とした性格に颯爽とした立ち居振る舞いのシャロンには、寒色のドレスも似合っているけれど、花の色をした可愛らしいドレスもきっと似合う。シャロンの為だけを考えたドレス選びをしてみたいとずっと思っていたのだ。
派手すぎず、華やかなドレスに、髪を高く結い上げ、首元には小さなアクセサリーを重ね着けしてボリュームを出した。その可憐な姿は、さながら美女となんとかのプリンセス!
「美しいわ~。さすが私のシャロン。求婚者が列をなしてしまうかも!」
「思ったよりも動きやすくて、これならいざというときも姫様をお助けできそうです」
まあ、中身は機能性重視の武士なんだけど。そのギャップがいいっていうか。
支度が終わって、玄関ホールへ向かう前に、部屋までイリアスが迎えに来た。
「準備出来ているわ。行きましょう」
ドレスは歩きにくいので、腕を取って、階下までエスコートしてもらう。
ローブ・デコルテは、丈は長いのに、襟ぐりはこれでもかと大きく開いている。いつもは襟が高く、首元まで覆うドレスを着ているので、なんだか胸元が危なっかしい感じがする。
イリアスはどうしても気になったのか、胸元をチラっと見て、恥ずかしそうに目をそらした。
おお……。生足など見慣れていると、豪語したイリアスでさえこの反応。リュカオンであれば、一体どれほど挙動不審になってしまうのか。
いくら男兄弟だからと言って、リュカオンがあれほど露出に弱いのは問題がある。王子なのに、ハニートラップにすぐ引っ掛かりそうで心配である。
心配してるのよ?別に取り乱しているリュカオンおもろいな~とか思ってないわよ?
そう思っていたのに、実際のリュカオンは、私の鎖骨や寄せて上げた胸の谷間を見ても、余裕綽々に微笑んだだけだった。
「綺麗だ。待った甲斐がある。いつもと違う装いはドキドキしてしまうな」
どこがだ。棒読みにも程がある。本当にドキドキしている男は自分からバラしたりしない。
解せぬ。さぞ面白い反応が見られると思ってワクワクしていたのに、リュカオンは少なくとも動揺を隠せるくらいには落ち着いている。
これはアレかな?それぞれ刺さるところが違うという事かな?リュカオンは足派で、イリアスは胸派、という。
つまり、どちらにも反応しなかったクロードは……、尻派……!!
謎は全て解けた!
多忙、書き直しのあおりを受け、更新が遅れてしまいました。
しばらくの間、不定期更新になりそうです。
バカンス編もあと少しです。バカンス編終了までは、休んで書き溜めず、書けたら即更新するように頑張りたいと思います。