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騎士からの招待状

「もう夜も遅い。お説教は明日にしろ」

 リュカオンの一声で、私たちはぞろぞろとホールを退出し、各自部屋へと歩き出した。

「ローズ、話がある。あした、朝食前に第二応接室で話そう」

「え、なんです、怖い。概要だけでも今聞かせてください」

 このタイミングでなんて思わせぶりな。気になって眠れなかったらどうしてくれる。

「いいニュースだ。安心して待つがいい。疲れているからすぐ明日になる。クロード、朝迎えをやるから頼む」

「かしこまりました」

「おやすみ」

「おやすみなさいませ」

 バーレイウォールの面々は頭を下げてリュカオンを見送った。ウィリアム、パーシヴァルはその後ろをついていく。

「俺もここで。よく休んでください、ローゼリカ。3人もご苦労だった」

 そう言ってイリアスも階段前で別れて行った。

「おやすみなさいませ、イリアス様」

 男子の部屋は一階にかたまっている。部屋まで送られることはあっても、送ったことはないので位置関係は把握していないが。


 一方女子の部屋は二階にまとまっている。

 他の侍女は主人のスイートルームの続きにある控室か、階下の使用人区画に部屋を与えられていたが、シャロンはアカデミー生で、リュカオンの友人でもあるということで、特別に二階の一室を割り当てられている。

 クロードも同様に一階の一室を。フィリップはクロードの部屋と、使用人用の客間を行き来しているという。

 部屋へついてきた3人が帰ったら、バルコニーの縄梯子を忘れず回収しないと。

 と、思っていたら、クロード、シャロン、フィリップの3人は、テキパキと手分けして、部屋の中を検め、安全点検と戸締りをして、迷わず縄梯子を回収してきた。

「…………」

 全てお見通しだったようだ。


 無言で縄梯子を荷物の中に片づけているシャロンに、私は勇気を出して話しかけた。

「砦でのこと、隠していてごめんなさい。あなたを信頼していないわけじゃないのよ。休暇なのに、あんまり心配させたくなかったの」

「姫様。シャロンはこれまでただの一度も、姫様からの信頼を疑ったことはありません。心配をおかけすることも、全て自身の未熟ゆえと心得ております」

 武士か。

 うん。信頼を疑われてないなら、それは良かったけど。

「未熟なのはあなただけじゃないわ。私も同じよ」

 私たちは、お互いに相手の心配をして、一方的に守ろうとするばかりで、立場や想いをちゃんと理解しようとしていなかった。

 シャロン達が脅迫状の件を内密にしていたのと同じことを、結局私もやっていたのだ。

「姫様はよい主です。我儘はなく、聞けない種類も命令があることも、ご理解くださっています。安全が最優先で、ご意向に沿えない時もありますが、ご希望と安全の両方を叶える実力を持てるよう精進してまいります」

「一人で頑張らなくていいのよ。守られる方にもそれなりの技量があれば、シャロンが念を入れる必要はなくなるわ。要望も、お互いに話し合って着地点を見つけましょう。私たちの行き違いのせいで、あなたが誰かを傷つけたらつらいから」

「私は、姫様のためなら、何かを間違えても、人から恨まれても構いません。ですが姫様は、それでよいとは思っていらっしゃらないという事ですね」

「そんな……」

 そんなこと思ってたの?

 もちろん仕事は大切だ。代々受け継がれた家業にシャロンが誇りを持っているのも知っている。けれどその献身は考えていたよりずっと深刻だった。

「深夜ですから、今日はこれで。おやすみなさいませ」

「……わかった……。おやすみなさい」

 時には命を懸けるような真剣さも必要だとは思うけど、それは後悔しないように生きるためだ。誰かのために盲目的に突き進む道は危ない。

 さてはシャロン、悪役令嬢の手先になって、ヒロインを痛めつけるタイプの侍女だな?

 私は、盲目的な信奉者よりも、道を踏み外したら殴ってでも止めてくれるほうの侍女がいい。私たちは全員で役割分担しながら、侯爵令嬢ローゼリカ・バーレイウォールの仕事をこなすチームメイトなのだから。

 そのことを分ってもらえる努力を惜しまないでおこう。




 シャロンの爆弾発言に動揺しつつも、眠れないということはなく、リュカオンの言う通り、瞬きする間に朝が来た。

 約束のために、いつもより早く身支度にやってきたシャロンとクロードの様子は、昨日の一件を受けても特段変わっていない。

 部屋の外で待っていた侍従に案内されて、私たち3人は第二応接室に向かった。


 ノックをする前に中から扉が開かれ、朝日の差し込む部屋で、リュカオンは優雅に座っていた。銀髪のリュカオンが白いシャツを着ていると、あまりにも白い。爽やかを通り越して、緑の内装に映える一つの装飾品といった風情だ。

「おはよう」

「おはようございます」

「よく眠れたか?」

「問題ありません」

 向かいのソファに腰掛けるよう示されて、私はその通りに座った。背後にはシャロンとクロードが狛犬の様に控える。

「では早速に本題に入ろう」


 リュカオンはメモと封筒を一枚ずつ、私たちの視線の交わるところに掲げて見せた。

「一枚は、昨夜レイクサイド村の住民から譲り受けたもの。彼らは早朝に、近衛兵に付き添われて帰って行った。勤勉なことだ」

「もう一枚の、封筒の方は?」

「同じ場所から届いた、夜会の招待状だ」

 同じということは、離宮の様子を探っていた張本人が、夜会に招待してきたということか。

 ん?それってつまりどういうこと?

 仲いいの?悪いの?

「私には、意図が計りかねますが……」

「そうだな。普通ならば、メモが仕込みという点も含めて様々な可能性を疑ってかかるところだが、今回の相手に限っては必要ないだろう」

 リュカオンは封筒とメモの両方を私の方へ差し出した。

 受け取った封書の蝋封はすでに割られている。中の招待状の、差出人の名前は、

「メルヴィン・ストレイフ子爵……?」

「メルヴィン卿は、重圧のかかる王家の護衛騎士を、先代王の代から40年にも渡って勤め上げた鎮守の英雄だ」

「お名前は聞いたことがあります。確か、小さな巨人の異名をお持ちでしたよね」

 伝記も出ているし、閣下をモデルにした物語の登場人物は山ほどいる。

「退官後も無理を言って、4年間私たち兄弟のお目付け役と警護をお願いしていたから、君も会ったことがあるはずだが」

「そうだったのですか?有名なかたなのに気付きませんでした」

 生ける伝説に会っていたのに、覚えてないなんてもったいないわ。くそう、残念。

「卿はお若く見える上に、平時は穏やかで慎ましいかただからな」

 リュカオンは話題の人を思い出しているのか、柔らかく笑った。微笑ましい思い出が沢山あるのだろう。そんな表情をさせるほどに大切な、家族同然の人物なのだ。

「リュカオン様も信頼を置かれているお方なのですね」

「忠義に厚い騎士の中の騎士だ。しかし身内びいきだけで安心だと言うのではない。メルヴィン卿は強固な王政派で、家にも領地にもトラブルはなし。ご令嬢も全員ご丁寧に円満な派閥に嫁いでいる。二心を抱く理由がない」

「では、疚しい様子はなかったという村の方のお話通り、悪意はなかったのですね」

「招待状を出すタイミングを図っていたとか、そんなところじゃないかと思う」

 確かにいいニュースだ。三つの不審な勢力の内、一つは片付いた。


「それから、鏡で合図を送らせたという女の間者もさほど心配はいらないと考えている」

 私はそこが一番怪しいと思うわよ。乙女ゲームの事情を差し引いても、報酬で菓子を配る存在は異質だわ。

「先日お聞きした、推進派・反対派の話と繋がってくるかと思いましたが」

 いかにも女学生のちょっとした頼み事という感じで、それこそ、リュカオンと既成事実を作れと命令された娘の仕業だとすれば、説得力がある。たとえ王子でなくとも、リュカオンを恋慕する人間は沢山いそうだ。

「そういった連中は、手荒な真似はすまい」

「……とも限りませんよ。恋に狂った人間の激情は凄まじいものですから」

「それは物語の知識か?」

「勿論そうです」

「肝に銘じておこう。しかし侮るわけではなくてな、あの間者は私や君ではなく、王太子夫妻を探っていた可能性が高い」

「ああ、なるほど……!」

 確かに、私たちが離宮に到着した日は、王太子殿下夫妻がここを出立した日でもあった。それで、数日様子を見て、ここに戻る様子がないから充分だと判断し、監視を止めた。辻褄が合う。

 いくらリュカオンが第二王子で、大小さまざまな思惑と派閥に囲まれているといっても、政治的重要度は王太子に遠く及ばない。そもそもの注目度が違うから、一人の間者がいた場合、リュカオンよりも王太子の様子を探っている可能性が高い訳だ。

「父には知らせを送った。あちらは、私とは比べ物にならないほど厳重な警護だ。心配ない」

 ここが物語の世界だと知る私は油断しないけれど、いつまでたっても正体が明るみでないからと神経質になる必要はないわね。

「わかりました。リュカオン様が侮らないと仰るならば、心配しすぎはよくありませんね」


「さて、最後に残った詳細を知ろうとして断られた男」

「これといって手がかりはないですよね。何かお考えがおありですか?」

「そこでその招待状だ」

「ストレイフ子爵にお話を聞きに行くのですね」

 話が繋がった。

「間者は近辺に滞在していると考えるのが自然だし、加えてストレイフ子爵家の依頼人と似たような年恰好だったなら、貴族の侍従だと推測する」

「夜会を企画しているストレイフ子爵なら、保養地に滞在中の貴族を把握していらっしゃるでしょうね。運が良ければ心当たりを聞けるかもしれません!」

 すごい!捜査ってこういう風にするのね。面白くなってきた!

「夜会に出れば、先方が接触を図ってくる可能性もある」

「夜会に出る?」

 私は改めて手の中の招待状を読み返してみた。てっきり招待されたのは王太子夫妻だと思っていたが、宛先はリュカオンの名前になっている。

「リュカオン様って夜会にご出席なさるのですか?」


 社交は、情報交換と商談、政治駆け引きの舞台、そして若い世代にとっては集団見合いも兼ねている。社交界に出るというのは、大人への仲間入りであり、この国での社交界デビューは、大抵学校卒業後である。学校で勉学も兼ねて婚活していれば、学生の身分で社交活動する必要性はあまりないからだ。

 早くに先代を亡くし、若くして爵位を継承した場合はその限りではないが。

 王族のリュカオンは、公務か何かで夜会にも出たりする……のかな?

「私はまだ夜会に出たことはないので……、残念ですが……」

 貴族令嬢の社交界デビューは、その年、王城で開かれる一番大きな舞踏会で盛大にお披露目されると決まっている。好き勝手に夜会に出席することはできない。

「別にデビューしていなくても構わない。私も正式にはまだだ。花火をあげるから、お忍びで見に来てはどうかと。昨日の一件がなくても、今日君に相談するつもりでいた」

 私は再び招待状に目を落とした。

 確かに、ご友人も一緒にどうぞと書かれている。

「お忍びと言っても、リュカオン様の顔を知らぬものはいないでしょう。仮面舞踏会ですか?」

「王子と言っても成人前だ。私の顔を知る者はさほど多くない。招待客はホールで到着を宣言されるのが決まりだが、裏からこっそり入って紛れ込めば素性が知れることはないだろう。反対に、顔見知りであればメルヴィン卿と懇意にしている私が花火を見に来たのだと察してくれるはずだ」

 た、楽しそう……!!お忍びで夜会に潜入してみたい!花火もいいわよね。夏のイベント目白押し!!


「ねえ、クロード!行ってもいい?どうかしら?」

 ソファに後ろに控えているクロードとシャロンを振り返ると、真っ青になって震えている。

 いつも冷静で、不審者ごときではビクともしない二人が分りやすく動揺している。

 なんだ?どうした?とんでもないって怒られるのかしら。

「お……、お……」

 お出かけ禁止?

 お忍び、絶対ダメ?

「お針子……!!」

 シャロンとクロードは、同時に悲痛な叫びにも似た声を絞り出した。

「すぐに屋敷からお針子とデザイナーを呼び寄せなくては……!夜会はいつですか?」

「三日後だ」

「そんな……!間に合いません!!」

「不覚……!」

 もしかして、ドレスの心配してるの?そんな、かつてないほど真剣に取り乱して?


「でも、着ていくものがないのは確かですね」

 あらたまった席のためのアフタヌーンドレスと、夕食時に必要かとディナードレスは持ってきたけれど、夜会は想定外だったので、イブニングドレスは用意していない。社交界デビューは順当にいけば2年も先である。まだ作ってもいないはずだ。

「きちんとした舞踏会バルではないから、服は何でもいいと言いたいところだが」

 先方は学生の事情もある程度分った上で、日の差し迫った招待状を出している訳だから、ドレスコードについてとやかく言うつもりはないのだろう。しかしこちらとしては……。

「お忍びで情報収集に言って、悪目立ちしてしまっては困りますよね」

「うん。周囲の大人たちと服装を合わせる方が無難だろうな。ここには母のドレスがたくさん置いてあるから、どれでも好きなものを使うといい」

「姫様の、初めてのローブ・デコルテが借り物だなんて……!!」

 とうとうシャロンは絶望してその場に崩れ落ちてしまった。

 大袈裟だなあ、もう。


毎週綱渡り状態でしたが、足を踏み外したので8/22分の更新はありません。

28日はうまくいけば更新という感じです。

よろしくお願いします。

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