罪を憎んで人を憎まず懐柔せよ
掴まって号泣していたおじさんたちは、明るい場所で温かい飲み物を飲み、おどおどしつつも一旦落ち着いたが、リュカオンが話を聞こうとすると、またシクシクとすすり泣き始めてしまった。
「お慈悲を……お慈悲を……」
そう言って、祈るように手を合わせている。
「無論だ。まずは君たちの名前と家を教えてくれ。家族が心配しているといけないから、使いを送ろう」
「命ばかりはお助けください。せめて嫁子だけでもどうか」
震えながら拝まれて、気分は時代劇の悪徳領主である。
シャロンの脅しの効果は抜群だ!最悪な方向に……。
「君たちが悪い人間でないことは見ればわかる。しかし、こちらとしても、事情も聞かずに帰すわけにいかないのだ」
「勝手にお城に近づいたことは謝ります。そんでも、なんか盗んでやろうとか、悪さをするつもりで入ったんじゃねえんです」
明るい場所で改めて見ると、掴まった二人の男性は、年の頃40歳前後と50歳過ぎといったところだ。最初の印象と変わらず、やはり人の好さそうな顔で、野良仕事のためか、健康的に日焼けしている。着ている物も、質素ながら奇麗に整っており、発言の通り妻帯者であろうことを裏付けている。言葉には少々訛りがある。この地方のものだろうか。とにかく、危険なことをしなければならないほど、すさんだ生活をしているようには見えない。
「わしら、いつも通りに、ちょっとお城の様子を伺っとっただけなんです。そしたら、後ろから、お、オオカミの声がして……、夢中で逃げとるうちに、お城の近くまで来てしまっとったんです」
視界に収まる場所に立っているクロードのほうを、視線だけでさりげなく見ると、クロードはじっと私の目を見つめてから、頷くようにゆっくり瞬きした。
何らかの方法で狼に追われていると思わせ、彼らを誘導したことに間違いはないようだ。
「柵がないですから。慌てて逃げるうちに迷い込んでしまう事はあるでしょう」
話を聞いている内に、いつの間にか後ろに立っていたウィリアムが言い分に同意した。
「そうです!だから、本当に悪気はなかったんで」
「しかし、この地方に狼はいないはずだが?」
ウィリアムの隣に立つパーシヴァルが冷ややかに言い放つ。
「た、ただの野犬かもしれんですが、怖かったのは本当です。嘘じゃねぇです」
側近が応対している隙に、私とクロードの目くばせを見ていたリュカオンが、侵入者たちに向かって優しそうな笑顔でにっこり微笑んだ。
この笑顔を見れば、大抵の人間が、リュカオンは心が清らかだと感じ、好意を抱く。美しく整った容貌は善良な印象を与える。リュカオンは自分の美貌の使いどころをよくわかっている。
「気の毒に。それならば今回の件は不問としよう」
「あ、ありがとうございます!」
「んなッ……!」
リュカオンの一言に、抗議の声をあげようとしたシャロンの口を、すかさずフィリップが塞いだ。
「むぐぐ」
可哀想だがシャロンにはしばらく黙っていてもらおう。また話が聞けなくなっては困る。
泣いていたおじさんたちにようやく笑顔が戻った。
その喜びに水を差すようにパーシヴァルが言う。
「では身元を確認させてもらおう。どんなに正直な人間に見えても、問い合わせて照合できなければお前たちを不審人物と判断するしかない」
「そんな。嘘なんかついとりません」
今度はウィリアムが人懐こい笑顔で取り成す。
「逆に言えば、身元が明らかになれば、あなたがたの言っていることは全て信用に値するということです。顔と名前の割れている人が、不用意な嘘はつかないでしょうから」
パーシヴァルとウィリアムは二人で飴と鞭の役割を分担しているようだ。
いい刑事と悪い刑事という、取り調べテクニックの一つである。
「俺はレイクサイド村のダグってもんです。家は湖沿いの赤い屋根。こっちの年嵩の方はベニーで、三軒隣りの白い壁の家に住んでる。村のもんに聞いてもらえりゃすぐわかります」
レイクサイド村というのは、名前の通り、湖畔に位置する近隣の村である。
北を上側にして湖を見た時、五時方向にあるのがこのマリウス夏離宮。砦は九時方向に、村は一時方向にある。旅の準備をしている時に地図で調べた。
村と離宮の間には森が広がっており、離宮の周囲に柵はないが、森が切れた後、湖沿いに進めば離宮の敷地内に入ってしまうことは明白であり、迷い込むことはまずない。
それゆえ、クロードたちは怯えさせて追い立てたのだろう。
「わしらは湖で鴨を撃ったり、魚をとったりして、お城へ献上しとります」
「まあ…!それではこちらで出される鳥や魚はあなた方が用意してくださったのですね。とても美味しかったわ」
「へぇ。えへへ」
私は何とか場を和ませようと、話に乗った。ちょっとわざとらしかったが、その場にいた全員が「よし、いいぞ」と視線を送ったのに、シャロンだけが不機嫌そうに歯噛みしていた。
めちゃくちゃキレている。
それでも顔が可愛いなんて、さすが私のシャロン。
「お城にも、もう十年以上は通ってますんで、顔を覚えてくれてる人も、中にはいるんじゃねえかと思うんですが」
傍にいた侍従長が、僭越ながら、と進み出たのを見て、リュカオンが頷く。
「確かに、この者たちは、いつも納品に来てくれるレイクサイドの村人です」
名前のメモを渡され、近衛兵の一人が部屋を飛び出していった。早馬を飛ばして村まで確認にいくのだろう。
身元の照会が取れるまで、一件落着とはいかないが、ともかく、シャロンが張り切って尋問を通り越して拷問し始めるような状況にならなくてよかった。
やれやれとホッとしている私の隣で、リュカオンは世間話を切り出すように、村人に話しかけた。
「様子を伺っていたというのは、納品に関わることかな?」
「はい。夏の間はお城に人が沢山いらっしゃって、注文の量が増えますんで、漁のついでに人の出入りをそれとなく見るんです。今年は特に、7月に入ってから人の出入りが多くて」
「注文が増えるのはありがてえですが、漁や狩りは、いつでも思った通り取れるもんでもねぇんで、たくさん要りそうなときは、生け簀に予備を持つようにしとるんです。他に買っていただいとる物も、多めに仕入れるように村へ伝えとります」
離宮は村から物資を調達、特に鮮度食品については大いに頼っているようだ。両者は持ちつ持たれつの良好な関係だと言える。
人の出入りから注文量を予測することは、彼らの生活にとって必要なことだが、きっとその様子をシャロンたちは怪しんだのだろう。
「実はここだけの話、数日前に不審な出来事があってね。君たちが侵入者と間違われたのもそのせいだ。村で何か変わったことがあったら、所要のついでにでも知らせてほしい」
上手い。シャロン達の勇み足を、他の不審人物に責任転嫁した。しかも、嘘ではない。
「あのう、関係あるかは分らねえですが」
「構わない。聞かせてくれ」
「今年は村の外の人が3人も、お城の様子を教えてほしいと言ってきて、こんなことは初めてですんで、不思議に思ってました」
「それは興味深い」
リュカオンは余裕を見せていたが、私は一気に話に引き込まれた。城の動向を気にしていた人の存在は確かに興味深い。
「一人は、お城で誰が何をしているか、詳しく教えてほしいと言ってきたんで、そんな覗き見みたいなことはしたくねえし、方法もねえと断りました。わしらに出来るのは、せいぜい夜に灯りの付いた部屋の数を数えるくらいです」
「もう一人は、俺たちが把握している大体の人数だけでいいと言ったんで、教えましたです。村人なら大抵知ってることを答えるだけで手間賃がいただけたもんですから。……まずかったですかね?」
「君たちが正直に話してくれたことが助かるよ。ありがとう」
情報漏洩ではあるが、村人が仕事のついでに見てわかることを、厳しく規制しても仕方がない。見られていることを知っていれば、情報をかく乱することもできるので、咎めるよりも、褒めてこちらも情報獲得に務めるのが上策だ。
「二人とも、上等な服の、わしらと似たような年頃の男で、ありゃあ、どっかのお屋敷に勤めとる人じゃねえかと思います。断ったほうの人は身元を伏せてコソコソしとりましたが、もう一人のほうは名前と連絡先を教えてくれました」
年上の方の男性が、ごそごそと胸元を探り、メモを取り出してリュカオンに渡した。パーシヴァルとウィリアムがすかさず褒めそやす。
「何か事情を知っているかもしれないな。手がかりは初めてだ」
「お手柄ですね。お二方!」
村人も満足そうだ。
「最後の一人は若い女の人でなあ。町娘みたいな恰好しとったが、この人は、城から出かける人があったら、村の方へ向けて鏡を反射させて合図を送ってくれって」
「数日分の手間賃と、都会の綺麗なお菓子をくれたんで、2,3回合図しましたよ。その後は、もう充分だからとまたお菓子をくれて、それきりです」
女か……。乙女ゲーム的に考えると、リュカオン狙いのご令嬢の差し金……とか?
残りの男二人はおそらく政治か経済がらみ。同年代じゃないおじさんをわざわざ物語に登場させるのは、シナリオの説得力に、相応の社会的地位が必要だからだ。つまりは権力とカネ。
しかし、一生私の傍で侍女をする予定のシャロンに、権力とカネの話がどうかかわってくるのか。やはりリュカオンルートでお妃コースだろうか。それとも全然関係ないのか。
……。わからない。
シャロンのシナリオが始まっているかという前提がはっきりしないと予測のしようもないな。
とりあえず、もっと推理のピースを集めなきゃ。
私は黙っていられずに自分で質問した。
「頼まれはのはいつ頃のことですか?」
「一週間くらい前だったと思います。それで翌日の朝と四日目に二回合図して終わりです」
ちょうど私たちが離宮に着た時だ。リュカオンたちはもっと前からここに滞在している。
ならば狙いは私という線もありだ。
王都に届いた脅迫状と関連があるというシャロンの意見も的外れではないのかもしれない。
「村のかたが、砦でいたずらの手伝いを頼まれたという話はないですか?」
「いたずらというと?」
「クローゼットに閉じ込めたりだとか…」
「お嬢様が閉じ込められたんで?」
私はしおらしくため息をついて見せた。
「そうなのです。すぐ出られたから、大したことではないのだけれど、色々重なると不安になってしまって」
それを聞き、シャロンが取り乱して前に出ようとした。それを、やはり隣にいたフィリップが押し留めた。
「村のもんがそんなことをしたとは思いたくねえが、帰ったら聞いてみます」
「あなた方の親切に感謝します。素直に話してくださったら、単なるイタズラだったと安心できます。それよりも、私への意地悪を依頼するような貴族がいたらと思うと怖いのです」
「なるほどなあ……。わかりました!村の人間が砦へ出かけることはほとんどねぇです。もしもいたら、すぐ分るはずですんで!」
二人の村人は、今夜一晩離宮へ泊まる事となり、話を聞き終わった後下がっていった。
その途端、我慢していたシャロンが一気に詰め寄ってきた。
「ローゼリカ様!監禁されたなんて聞いておりません!砦で姿が見えなかったあの時ですね!?何故隠していたのです!!?」
シャロンに怒られちゃったぁ……。
これまで、マジレスが心に刺さることはあっても、いつでも味方してくれるシャロンに責められたことはなかった。黙っていたら怒られるとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。辛い。
「で、でも、皆も私に脅迫状のこと黙ってたでしょ?」
「それはそれ!これはこれです!!」
暴論だが、一理はある。
仕返しに黙っていたわけではないし、警護を担当しているシャロンに、状況を隠していたのは、仕事の妨害である。怒るのは当然だ。
「狙われてるかもなんて知ってたら、私だって隠さなかったと思うわ。だからね、すれ違いが起きないように、これからは情報共有していきましょう」
シャロンは口をへの字に結んで、考えをまとめるように少しの間押し黙った。
「返答次第です。何故、隠していたのですか?脅迫状の件をイリアス様から聞いたのは先ほどでしょう。私が言わなかったから、ローゼリカ様も言わなかった訳ではないですよね」
「だからそれは、知らなかったから、大したことじゃないと思ったの。監禁なんて大袈裟なことじゃなかったのは本当よ」
「言わなかった理由ならそれで十分でしょうが、嘘までついて隠した理由としては不足です」
確かにそうだ。
「砦で大々的に犯人捜しをしてほしくなかったし……。それにきっと、シャロンはさっきのような怪しい人を痛い目に合わせてたでしょ?」
様子を伺っていただけの不審者と、私に直接危害を加えたかもしれない容疑者では、シャロンの中の対応が違うはずある。
「当然です。ローゼリカ様に仇成す者は死ぬべきです」
うぅ、私が怒られるくらいで済んでよかった。
冤罪と過剰防衛と殺人未遂から人を救ったわ。




