ブーメラン
イリアスは先に立ち上がり、促すように手を差し出した。その手を取って、訳が分からないながら、私もとりあえず立ち上がる。
エスコートするときのように、腕を構え、恭しく目礼するイリアスに掴まって、私たちは暗い庭の中を騒がしい北側へと歩いていった。
ええと……。
私はシャロンとフィリップの親密度から物語の進行度が知りたくて……。進行度が序盤でも終盤でも、きっと二人で共通の目的をもって絆を深めているはずだから、その内容を知って、状況を確認、あわよくば何かお手伝いができないかと思ったのよね。
力を合わせて試練を乗り越える=絆を育てて結ばれる。そんな乙女ゲームのシナリオに沿って、シャロンが愛する人とハッピーエンドに辿り着けるように。
だけど、ただの待ち合わせが騒ぎになる状況って何?
絶対私の予定と違うことが起きている。
「ね、ねえ。何がどうなってるの?」
終わったようだという口ぶりから言って、イリアスはこの深夜の喧噪を予見していた。
しかし彼がシナリオの進行度を気にするはずはないし、シャロンとフィリップの逢引事情に詳しいのもおかしい。
「ローゼリカも判っていたから、庭へ様子を見に来たのでしょう?想像とは少し違いましたか?」
「そうね、もっとこっそり静かに様子を見るつもりでいたから、こんな騒ぎになるなんて思ってなかった」
「俺も同感です。一体何の不手際があったものか。しかし相手にもよりますから、多少予想と違っても仕方ないでしょう」
相手にもよる、とは?
どうも話がかみ合っていないようだが、正直に誤解を解くのは得策と言えない。この状態で蚊帳の外に放り出されては困る。
話の流れから言けば、たぶん脅迫状の件に関わってくるのだろうけど……。
つまり?
今夜の待ち合わせは、シャロンとフィリップ二人の秘密ではなく、イリアスも知っている何らかの用事であり、逢瀬ではない……。
となれば、親密度を計ることは難しく、シナリオ進行も判らない。
ううむ……。意気込んできたがチャンスというわけではなかったか。
だが、なんらかのイベントが起こっているのは明らかなので、内容によっては、シナリオ状況が判るかもしれない。試練の核心に迫る内容であれば終盤であるという風に。
やはりイベント。イベント確認はすべてを解決する。
騒ぎの中心に近づくにつれ、気配や音がはっきりしてくる。
私たちより先に、異変に駆け付けた警備の近衛の足音と、唸り声、うめき声のような低音。
イリアスに動揺は見られないが、恋人たちの逢瀬を期待していた私は、不穏なギャップに付いていけない。
私は暗闇と物々しい雰囲気にすっかり呑まれてしまい、イリアスを掴む手に思わず力が入った。
一体……、一体どんなイベントが……?そして唸り声の正体とは!?
臆している場合ではない。しっかり見定めて、今後の対策に活かさなくては!
やれる!私はシャロンのハッピーエンドのためなら頑張れる!!
心もとない小さなランプの灯りでぼんやりと数人の人影が浮かび上がる。
突然シャロンの鋭い声が上がったが、私は驚くよりむしろホッと安堵した。
「御前へ報告へ参ります!さあ立って!キリキリ歩きなさい!!」
よかった。シャロンはいつもの調子だ。
そのシャロンにしかりつけられ、クロードとフィリップに囲むように背後を取られ、二人のおじさんが号泣している。そして、おどろおどろしい唸り声かと思われた騒ぎの九割は、おじさんの泣き声だった。
いや……。実際に見てもサッパリ判らんな。なんだコレ。
私の接近に気が付いて、まずフィリップがサッと膝をついた。その様子に、続いてシャロンとクロードも私に気が付き、マズイ、と表情を歪めた。
「ローゼリカ様、何故ここへ」
そりゃ、寄ってたかっておじさんを泣かしているところを見つかったら、普通はマズイと思うわよね。
焦ったシャロンが思わずイリアスに食ってかかる。
「イリアス様、姫様のことをお願いしたではありませんか!」
「ローゼリカは独自に情報収集して動ける人だ。俺は最初から、不自然な情報隠匿は逆効果だと忠告したぞ」
「だからってこのような所までお連れしなくとも……」
「一人でこちらへ向かおうとしていたから供に付いたんだ。誰が俺の立場でも同じようにしたと思うが」
この二人の関係は、イリアスがリュカオンとキャラかぶりしているせいもあって、シャロンとリュカオンの関係に似ているのだけど、喧嘩するほど仲が良く、息ぴったりのリュカシャロとは違い、端的に言うとギスギスしている。あまり積極的に関わろうとしないのに、妙に遠慮がない感じで、相性が良くなさそうでありながら、やはり表面的以上に親密な雰囲気がする。
謎だ……。
殺伐とした雰囲気に耐えきれなかったのか、おじさん二人がひと際大きな慟哭をあげた。
空間がカオス。
それで、どうして泣いているのよ、この人たちは!
言い争っているシャロンの代わりに、クロードが答える。
「この者らは、離宮の庭園内に侵入してきた不審者です」
「あら、そうだったの」
まあ、王家の敷地内に不法侵入したとあっては、捕縛されても文句は言えないだろう。
しかし見るからに朴訥そうな、地元の村人といった風体の男性だ。柄が悪いどころか、気が弱そうで、悪事を働く人間には見えない。侵入したのも、何か事情があるのではないか。
「きちんと経緯を聞いてあげて。あまりひどいことはしないでね」
「ええ、勿論。あとは僕たちが話を聞いておきますので、ローゼリカ様はお部屋へ戻ってお休みください」
クロードはニッコリ笑って請け負った。
その笑顔が、逆に胡散臭かった。クロードの慎重かつ過保護な性格から言って、トラブルが起きているのに満面の笑みというのは違和感がある。
イリアスは、どうしてここへ来る前に脅迫状が届いている話をしたの?
何で離宮の近衛ではなく、クロードやシャロンが話を聞くわけ?
「クロード……。本当のところは?」
「……」
クロードは俯いて目をそらした。
私に隠しておきたいことがあるから、部屋へ追い返そうというのだろう。そうはいかない。
「この侵入者が脅迫状の件と関りがあるなんて本当に思っているの?」
「……イリアス様からお聞きになったのですね」
「そう。だからもう隠さなくていいの」
「関係ない、とは言い切れないと思っています」
「ないわよ。王都から三日分も離れているのよ?こんなところまで来て、警備のより厳しい王宮に侵入って的外れもいいところじゃないの」
「しかし、何も関係なければそれでよいのですから、用心して、しすぎるということはありません」
「確かに。偶然見つけた侵入者に、穏便に話を聞いたならそうでしょうけど?」
被害者を目の前にして、ハッキリ言うことは避けたが、当て擦りを聞いてクロードはぐっと言葉に詰まり、二の句を継げなかった。
あなたたち、彼らを追い込んで罠にはめたわね?
だって逢引だと思って様子を見に来たら、実は不審者捕まえてました、なんてあるはずないじゃないの。
待ち合わせは約束してするものだけれど、不審者が今日侵入するからよろしくって連絡してくるわけないんだから。
本当に待ち合わせをしていて、侵入者を偶然見つけるというイベントも、物語ならありえるけど、イリアスが事前に知っているのは辻褄が合わないわ。
以上のことから推測される結論は一つ!目をつけていた不審者を尋問するために、わざと離宮の庭に侵入させたのよ!
「か……彼らが不審者なのは事実です……」
声ちっさ。
「クロードさんの言う通りです!もっと自信を持って!」
逆にシャロンの声は深夜に元気が良すぎるくらいだ。
「やましいことがないなら、堂々と質問に答えれば良いのに、黙っている彼らは怪しいので問題はありません」
その言葉、思い切りブーメランでクロードにぶっ刺さってるからね。
もっと言ってあげなさい。
「私が思うに、泣いているのはきっと、姫様を逆恨みした罪深さを後悔しているからですよ!!」
「そういう話が出たの?」
「いいえ。質問する前の注意事項として、返答次第でお前の胴と首は泣き別れになるだろうから心して答えなさいと言ったら何も話さなくなってしまいましたので」
それだ。泣いている原因は。
ハア、とイリアスが後ろでため息をついた。
息するように脅迫するわね、シャロン。
シャロンの形の良い小さな唇から、物騒な単語が出てくるギャップも、私は可愛いと思っているわよ。でも、それで萌えている私以外の人間とは付き合いを考え直した方がいいとも思うわ。
「とにかく。リュカオン様に報告して、もっと明るい場所で話を聞きましょう」
可哀想な侵入者たちをつれ、リュカオンの元へ大挙して押し寄せる。
使いに走った近衛によると、この深夜に、まだ起きてホールにいるという。
浩々と灯りのついたホールには、シルクの寝巻に長いガウンを羽織ったリュカオンと、動きやすい運動着姿で何故か汗だくのパーシヴァルがいた。
怖。こっちはこっちで何してたんだろ。調教か何かかな。
「近衛兵から聞いた。侵入者だって?ご苦労だったな」
リュカオンに近づいて小さな声で囁く。
「それが。どうみても地元の住民なのに、シャロン達が神経質になってしまって。もしよろしければリュカオン様にもご意見を伺いたいのです」
リュカオンは唇の端を吊り上げて頷いた。
「なるほど。番犬たちの手綱を握る手伝いだな。イリアス、君も存外不甲斐ない」
「お言葉ですが殿下。俺はその番犬の中の一匹です」
「それが不甲斐ないと言うのだ」
リュカオンは指示を飛ばして話を聞く場所を用意させる。それからパーシヴァルを呼び寄せた。
「ウィリアムを叩き起こせ。君も着替えてくるといい。汗が冷えるといけない」
近衛兵長や侍従長がやってきて、夜の静寂の中に眠っていた離宮は一気に慌ただしくなった。
「ついでにローズに何か羽織るものを」
「もう羽織っていますよ?」
イリアスの上着と、イリアスにプレゼントされた星のストール。これ以上羽織ったら暑い。
「もっと長いヤツが必要だ」
何で?
ガウンは長くないと認めないとか、変なこだわりが王家にはあるのか。
意味が解らずキョトンとしていると、リュカオンがいつになく堪りかねた様子で言う。
「太ももが!出てる!!目のやり場に困ってる、今!」
珍しい。リュカオンの語彙力が死んでいる。
私は自分の足を見下ろした。
言うほど太ももかな?膝上って感じですけれども。
リュカオンは助けを求めるようにイリアスとクロードを振り返った。
「君たちだって困るだろう。言ってやってくれ」
「家ではあんな感じですよ。俺は見慣れています」
「同じく。着るものを選んでいるのは僕ですから」
彼らの埋まらない溝の間に、沈黙が流れた。
「……」
同意を得られないと知り、リュカオンは途端に悟りを開いたような真顔になった。
「……正気か?」
そんなにも。正気を疑うほどに足の露出が気になるのか。
王族だからというより、リュカオンは男兄弟だからなあ。
「まあ、あの。暮らしていれば生活感も出ますからね」
イリアスは何とかフォローしようとしたが、リュカオンは真剣に冷静さを欠いている。
「君たちが、とんだムッツリスケベだということはよくわかった」
ムッツリスケベなんて言葉を知っていたんだね。その事実に驚くわ。
「今ムッツリを露呈しているのは、足ごときで取り乱している殿下の方だと思いますが」
イリアスの華麗なるカウンターが決まった。合掌。
来週あたり、そろそろ更新が怪しいですが、たぶんできると思います。たぶん。
クロードの番外編がこのあたりの話にかかってくるので上げておこうかなと思っていますが、両方一気に上げて後でまた休むのと、毎週休まず更新するの、どちらがいいか悩んでいます。アンケート機能がほしい。




