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勘違いスターリィスカイ

 イリアスは寝巻らしきゆったりしたボタンのないシャツの上に、さらに二枚羽織り、筒状に丸められて取っ手付きの袋に入った敷物を肩に背負ってすぐ戻ってきた。

 えらく早い。

「私が抜け出すと思って待ってたの?」

「いいえ。それなら初めからこの恰好で待機してましたよ。何故です」

 イリアスは無駄口を利かず、いつも事務的な受け答えだけど、優しい顔立ちで微笑んでいるので、冷たい感じはしない。

「敷物まで持って用意がいいなと思って」

「景色自慢の宮殿ですからね。寝椅子なんかも色々、庭を楽しむ用意が揃っていました。部屋へ案内されたら、一通り設備を確認する習慣があるので、見つけておいたのです」

 わかる~。旅先のお部屋とかお土産やさんとか意味なくチェックしちゃうよね。イリアスがそういうタイプだったのは意外だけど。


「それで、部屋ではなくどこで星を?」

「西の庭へ行こうかと……」

 イリアスの様子を窺いながら、恐る恐る言う。何も言い訳を用意していないから理由を聞かれたらどう誤魔化そう。しかし彼はあっさり頷いただけだった。

「わかりました。行きましょう」


 フィリップの言葉で聞こえたのは、「今夜11時、西側」という断片だけだったけど、時間と場所を指定するということは待ち合せだ。一緒に出るなら必要ない情報だからね。

 この離宮は南北に伸びていて、西側にあるのは庭だ。

 そして待ち合わせなら、場所がどこでも、ある程度目印がある場所のはず。バーレイウォール邸の庭ならまだしも、二人とも不慣れな場所、暗がりで会うとなれば、分かりやすい所に絞られる。

東屋ガゼボがありますよ。あちらはいかがです」

 東屋での逢瀬は定番。目印として有力候補だ。だけど一応一通り見落としがないか見回っておきたい。夏の庭に花は少ないけど、他にも目印になるような木や花壇があるかもしれない。次善の案を用意しておくのがリスクマネジメントというものよ。

「うん。もうちょっと散歩してからにしましょ」

 私は目についた大きめの木の方へ歩いていく。

 木の下での待ち合わせも景色の美しいところならでは。物語的で素敵よね。でも似たような木がたくさんあったら待ち合わせ場所には不向きだわ。

 周辺をウロウロしだした私の手を、イリアスがパシっと掴んだ。 


「暗闇でフラフラしないでください」

 全然信用ないな……。

 あ、でもこうやって捕まえて貰っていると、周りに気を配って歩かなくてもいいからよそ見をするのに便利だ。

 子供のように手を繋いで周辺をぐるりと回って再び東屋に戻ってきて、私はすぐそばの生垣の影を指さした。

「そこに座りましょう」

 11時まではもう少し時間がある。東屋から死角になる場所で様子を伺うのが最適だ。

「東屋ではなく?」

「屋根のある所じゃ星がよく見えないわ」

「見えると思います」

 そうはいいつつ、イリアスは肩に負っていた敷物を広げ、どうぞと手を貸して私を座らせた。

 二枚羽織っていたうちの一枚を私の肩に掛けて自分も隣に座る。

「ありがとう。……あっ」

 お下げにまとめた髪の位置を直そうとして、誤って指をひっかけ髪紐を解いてしまった。

「あ~あ……」

 鏡を見ながらであれば、三つ編みぐらい出来ると思うが、自分で髪を触らなくなって久しい。こんな暗がりでは今一つ心もとない。

「このまま横になったら、髪がもつれてシャロンに怒られるかな……」

 敷物に寝転がって星を見ながら待とうと思ってたのに。

「まだまとまっているうちに俺が編み直しましょうか」

「えっ、出来るの?」

 私の身支度を仕事にしているクロードならともかく、並の男子には荷が重いのでは。

 イリアスは後ろに回って髪を掬い取る。

「よく妹の髪を結っていましたから、簡単に編むくらいは」

「そっか。可愛い妹君にお願いされたら頑張るしかないものね」

「ええ。でも妹も、自分で出来る年頃です。もうこんなことが役に立つことはないでしょう」

「そんなことないわ。こうして、手のかかる姉の世話を焼くのに役立ってるじゃない」

「……」

 イリアスは黙って手早く髪を編み終え、撫でるように指を滑らせて、三つ編みを前側に垂らした。

「期待に添えずに申し訳ないが、あなたを姉と思った事はありません」

 な、何ですって……?

 イリアスはわざとこちらを見ないのか、顔をそらして右横に座り直す。

 それってもしかして……!


 私も妹だと思われているってこと!?


 確かに、10人兄弟の長男であるイリアスの兄力あにりょくと、お嬢様に転生して世話を焼かれるのに慣れ切った私の姉力あねりょくがぶつかり合っても負けるのは必定。

 三ヶ月程度早く生まれたぐらいじゃ、その力の差を覆す事は出来ないわけだ。

「そうだったの……」

「……」

 イリアスは、私の至らない、あるいはトンチンカンな姉気取りにジレンマを募らせていたのだろう。

 これまでよく気遣ってくれて、考えてみれば、散々妹みたいに甘やかしてもらった気がする。

 勘違いすんなよ、と。どっちが上か、はっきりさせてやろうか、と。そう言いたいのだな。


「わかった。これからは姉貴風を吹かせないように気をつける」

「は?」

 大丈夫!あなたの気持ち、受け取ったわ!!


 は〜〜〜……と、イリアスは長いため息をついて、後ろにドサッと倒れ込んだ。

 な、なんなの。その物言いたげでありながら全てを諦めたような、海溝のように深いため息は。あまりの深さに海が割れるわよ。

「……あなたがいつ姉貴風を吹かせたって言うんです」

 わ、私の姉力、イリアスに全く届いてなかった!


「星の見方を教えましょう」

 イリアスは気を取り直したようにそう言って、私の寝巻の首根っこを掴み、コロリと仰向けに引き倒した。それから腕を伸ばして私の左側にあったランプの灯りを消すと、辺りが一気に暗闇に包まれる。

 風景が黒く塗り潰され、宇宙に放り出されたような感覚を味わった。

 月並みだけど、空に吸い込まれそうってこういうことね。

 目が闇に慣れてくると、光の弱い小さな星が無数に見え始めた。


 息遣いが聞こえるほどすぐそばに移動してきて、こつんと頭を合わせ、イリアスは夜空を指さした。

「俺から遠い方の目をふさいで、片目で指さす方を見てください。あの星が北の中心である北極星。それを探す指標となる、明るい星たちをセブンシスターズと呼んでいます」

 たしか前世では、セブンシスターズってプレアデス星団のことだったような気がするけど、この国では違うようだ。

 基礎教育で習った限り、この世界の自然科学の法則は前世と全く同じだが、文化も言語も違うので、名前が同じわけはない。しかし、似たような意味や数の法則性……たとえば七人の姉妹という意味を星に名付けてしまうのは、人間の普遍的な感性なのだろうか。

「セブンシスターズは、長女のアースラ、次女のガウェーナ、と女神の名前が付いていて、過去に北極星だった星で構成されています。現在の北極星トリスティナは、あまり明るい星ではなくて、探すのが難しいですが、アースラとランスロッタを底辺とした二等辺三角形を……」

 え!北極星って交代するんだ!

 星座のないこの国にも、夏の大三角という概念はあって、理科の授業で習った時に、大三角の一角を担うアースラというひと際明るい星は、こと座のベガなのだろうと思っていた。

 今の話からすると、ベガが北極星だった時代もあるってこと?

 そういう細かいところまで同じなのか、もう調べることはできないけれど。 

「ちなみに、北極星と七人の姉妹という意味で、セブンシスターズには八つの星が含まれます。これテストに出ます」

「えっ、何のテストに出る?」

「天文学、それから気象の分野で地学の一般教養でも出ます」

 いいこと聞いた。

 

 いつも貴公子然として、穏やかな微笑を張り付け、事務的で当たり障りのない受け答えのイリアスが、今は口数が多い。どことなく声も生き生きしている。  

「イリアスは星が好きなのね」

「ただの受験用の知識ですよ。ああ、でも……こうして星を眺めることは多かったかも……」

 思い出に浸る様な声。

「ローゼリカも知っての通り、俺の家は兄妹が多くて、自分の部屋はありませんでした。夜は弟妹達を起こさないように、こんな星の下で本を読んでいました」

 家族のことを話している時だけ、イリアスは寂しそうな年相応の男の子になる。

「夏の夜は風が気持ちよかったし、冬は寒いけど冴え冴えとした空気が好きでした。降り注ぐような星と束の間の静寂は、俺にとって最高の贅沢だったはずなのに、いつの間に当たり前になってしまったんでしょう」


 ぐぅッ……!

 欠点はないけど、親しみやすさはある、次世代正統派王子様型のイリアスに、隙を見せられると、ギャップで母性本能がくすぐられる……!!

 妹扱いしている奴に母性を抱かれているなんて複雑だろう。この想い、隠し通さなくては……!!

「やっぱり好きなのかもしれないですね。慣れ親しんだつもりでも、実際には手の届かない存在だ。今は、あなたの姿を彷彿とさせます」


 イリアスは起き上がり、私にも手を差し伸べて助け起こした。

「あなたが西の庭へと言ったときから、伝えようと決めていました」

 ドッっと心臓を掴まれるような感覚。


 驚きと、ある種の予感に、勝手にのどが干上がる。鼓動が速くなる。

 な、なに急に改まって。

 2人で星を見たりして良い雰囲気だったし、姉じゃないって言ってたし。

 もしかして、もしかして…。


「実は、あなた宛に脅迫状が届いています」


 びっっっ…………くりしたー!!

 告白されるのかと思っちゃった!

 やだもー!!勘違い恥ずかしい。

 それで何?脅迫状がどうしたって!?


「ローゼリカの誕生日くらいから、継続的に届くようになりました。家への誹謗中傷は珍しいことではありませんが、あなた個人へ、長期にわたって悪意が向けられたのははじめてのことです」

 私は火照った顔をパタパタと手で仰ぎ、深呼吸する。

 待ってね。今、頭を切り替えるから。

「全然知らなかったわ」

「クロードやケンドリックは、あなたに心配をかけまいとするあまり、秘密裏に犯人を突き止めて、事態を収拾しようとしていました。ここに来るまでの過程で、二人の行動には違和感があったのではないですか?」

「そうなのよ!二人はいつも私のお願い聞いてくれるのに、いくら忙しいからって、友達との約束を勝手にキャンセルしたり、屋敷に缶詰めさせたりして、よっぽど怒らせちゃったんだなって思ってたの」

「それは方便でしょう」

 クロードはともかく、ケンドリックは結構怖かったから、イリアスの言う通りだとしたら実に演技派だ。

「馬車の中でものすごくよく寝ちゃったのも?」

「クロードが一服盛ったのですね」

 やりすぎじゃない?

 いくら内密に問題解決したいからって。事情を説明できないからって、私が不用意にうろつかないように睡眠薬盛るなんて、本末転倒だと思うんだけど!

 それでなんか、ふらついた時クロードが妙に過保護だったり、シャロンがちょっとの外出でも帯剣してたわけ?城で少し姿が見えないだけで、イリアスもピリピリしてたもんね。

 私を心配してのことなんだろうけど……。

「ちゃんと言ってくれればよかったのに。私は知らない人から嫌われるより、二人に怒られる方が怖いのに」

「あなたはそういう、健全で達観した価値観の持ち主ですから、伝えるべきだと判断しました。謂れのない悪意から主を守る方針は理解できますが、独自に情報収集して行動するあなたには、はっきり身の危険を知ってもらった方がいい。二人には俺から聞いたと言ってください」

「ありがとう、イリアス。私たちはチームなんだから、情報は共有するあなたの方針に賛成よ」

 その時、にわかに北側が明るくなり騒がしくなった。

「ああ、終わったようですね」

 え!?

 何が???

 全然話に付いていけてない!


先日確認のために読み返していたら、文章が尻切れトンボになっている箇所を見つけたような気がするのですが、どこだったかなァ…?眠たかったから幻想だったのかな…?幻想だったら別に構わないのですけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] おっと物語マイスターが鈍感スキル発揮したか?!からのオチwww 側近衆は血の気上がっちゃいますよねぇ…わかります。 シャロンはボッコボコにしてみじん切りにするつもりですよね、わかります。
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