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淑女耳は地獄耳

「ちょっと待ってよ。あなたたち、肝試しがどんなものか知らないでしょう?」

 この国に肝試しの風習はない。

 『度胸』・『試す』という単語を繋げて表現したが、『肝試し』という言葉すらないのだ。

 だから、『ケイドロ』を『ナイト&シーフ』として紹介したように、『肝試し』は、私が考案した新しい遊び、になるはずだ。

 よく知らないものを頭ごなしに否定される謂れはないわね。

 しかしクロードは私の思い付きを諫めなければと必死な表情で言う。

「やったことはありませんが、聞いたことはありますよ。高い崖やせり出した岩の上から、勇気を試すため、水中に飛び込むというものでしょう。命綱一本でやぐらから飛び降りたり、牛の背中を飛び石のように渡っていく形式も本で読んだことがあります」

 それは大人として認められるための通過儀礼的なやつ~。

 確かに度胸試し違いはないけど、私の企画はデンジャラス方面じゃなく、ホラー方面に怖いので、全くの別物だ。


「いくら姫様でもそんな危ないことはなさらないでしょう」

 今度はシャロンが口を開く。

「私が一番に連想したのは、昔の決闘作法の一つで、樽の隙間に剣を刺したら、一定の確立でバネ仕掛けのナイフが飛び出してくるというものです。それを死なない程度に改良したもので遊ぶおつもりなのかと思いました」

 いや、めちゃくちゃ物騒。

 それはロシアンルーレット的な、薩摩隼人の肝練り的なやつね。

 ギャンブル要素でハラハラドキドキするのも度胸試しとして正しいけれど、そうじゃない。そうじゃないのよ。

 てか、昔のユグドラ人って、そんな黒ひげ危機なんとかみたいな決闘してたの?初耳なんですけど。


「シャロンもクロードも落ち着いて。反対するのは姫様のお話を聞いてからでも遅くはないと思うよ」

 そこをフィリップがふわりと微笑んで執り成してくれた。

 フィリップ~……!ありがとう、優しい。

「私が提案する肝試しはとても安全よ。物理的に危険なことではなくて、ゴーストやクリーチャーを題材にした精神的な恐怖で勇気を試す遊びなの。やり方を説明するわね」

 三人が頷いて、私はようやく説明の機会を得た。

「まず日が暮れてから、皆で集まって、一人一つずつ怪談をするの。それで気分が盛り上がったところで、二人一組で探検をします。場所は昨日リュカオン様に案内してもらった離宮の地下でもいいし、庭でもいいと思うわ。決められたルートを進み、折り返し地点に用意してある証を持って帰ってくれば成功よ。事前にルートは吟味できるし、敷地内で、不測の事態に備えて護衛を配しておけば、危険なことは何もないでしょう」

「確かに危なくはないですね。危なくないから、怖くもない。何が面白いのでしょう?」

 執り成してくれた時と同じ、ふんわりした優しい笑顔でフィリップが言い放つ。

 うう……!キッツイ……。悪気のなさそうなコメントがまた。鋭角でボディを抉ってくる。


「危なくないけど、ちゃんと怖いの。暗闇は人の心を不安にするでしょ?怖い話を聞いた直後だから、余計に悪い想像が膨らんでドキドキしてしまうのよ。きっと面白いわ」

「姫様はゴーストを信じていらっしゃるのですか?」

「しん……信じてないけど……」

「存在を信じていないものを、怖がれというのは無理があります」

「えっ、だって本当にいたら怖いから、いないけど……いるかもしれないのが怖いでしょう?」

「いないですよ」

「いないことを証明するのは無理なのだから、いるかもしれないの。悪魔の不在証明よ」

 『いる』ことを証明するのは、たった一度でも存在を確認できればよい。しかし『いない』ことを証明するには、過去現在未来に渡ってずっと存在しないことを証明しなければならない。これまで発見されていないだけで、未来ならば発見できる可能性をゼロにすることは出来ないのだ。


「では百歩譲って、ゴーストがいるとしましょう。ゴーストは何をするのです。どうして怖いのですか。危険ではないのに」

「そ、それは……」

 そうきたか……。

 ゴーストが怖いのは、ポルターガイストだったり、呪い殺そうとしてきたり、人智を超えた、防ぎようのない手段で身に危険が及ぶからである。

 しかしこの肝試しは安全という前提だ。危険な要素があれば、実施できないと反対される。ゴーストは何も出来ない。そうでなければ前提と矛盾する。

 やはりわずかな危険の可能性がないと、肝試しは面白くないのだろうか?

 

 いや、その理屈はおかしい。

 100%人工の恐怖、本物はいないと判り切っているお化け屋敷だって、怖いし面白い。

 人は本能的に死者や暗闇を恐れている。しかし本当の恐怖を味わいたい人間はほとんどいないはずだ。安全と頭で判っているからこそ、スリルを楽しむことが出来るのだ。

「ゴーストは何もしないけど、ただいるだけで見た目が怖いの。怖いけど、安全だから楽しいのよ」

「存在が確認できないほど、レアリティが高いのでしょう?運よく出会えるわけもありませんし、ゴーストで度胸を試すのはどう考えても無理です」

 レアリティて。

「私も本物に会えるとは思っていないわ。想像で怖がるのが難しいなら、ゴーストの振りをした脅かし役を作ればいい。護衛も兼ねて、離宮付きの衛士にお願いしましょう」

「脅かし役が出てきた時、僕なら管理が行き届いていると安心してしまいますが」

 お化け屋敷でもホラー映画でも、私は来るぞ来るぞとドキドキして待ち構えているところを、わーッと脅かされたらすごく怖くて、悲鳴を上げて全力で楽しんでいる感じになっちゃうんだけど、作り物は全然怖くないって人もいるものね。

 フィリップって見かけによらず肝が座っているんだなあ。普段からミミズやモグラを相手にしているから鍛えられているのね。

 でも大丈夫!怖いのが平気な人も絶対楽しめる方法があるの。


「フィリップみたいに怖くない人は、ビビッている人を見ると面白いわよ!」

 その途端、空気がシンと凍てついた。

 やだ何……、どうしたの……。

 三人ともドン引きし、青ざめた顔で私を見る。 

「冗談にしても、人格が疑われるような言動は慎まれた方が……」

「姫様がスラングを……!きっとケンドリックの影響です……!帰ったらあいつバキバキに折り畳んでやります!!」

「わかりました。もうゴーストは怖いということで良いので、ご友人を怖がらせて楽しむのはおやめください」

 私が悪逆非道のサイコパスみたいな反応はやめてよ!

 もちろん安全という前提よ?その上で自分より冷静さを失っている人を見ると、妙にクールダウンしてくるというか、感情が見えるのが面白いなあって、それだけの話なんですからね?

「だ……、誰だって面白いと思うよ……?」

 そりゃ、ちょっと楽しい気持ちになってくることは認めるけど、そんなの人間として当然の反応よ。私は決して、特殊な性癖の持ち主とかではないわ!!

「とにかくもうこの話は終わりです。度胸試しを、やりたくない方に強要してはいけません。やりたい人だけが参加できることよりも皆様が足並みを揃えて楽しめることがようございます」

 最後はクロードに話を打ち切られてしまった。

 でも仕方ないかな。

 確かに、肝試しって、嫌いな人は大嫌いだものね。

 ゴーストの概念はあるのに、肝試しがないというのは、そういうことに楽しみを見出す風土や文化がないのかもしれないわ。だったら、皆が嫌がる可能性は高いということか。

「諦めます……」


 他に夏の定番ネタって、どんなことがあったかしら。

 水辺の遊びはもう終わったし、水着イベはこの国の常識的に無理がある。

 夏祭りに特別なドレスアップ……は、私一人で祭りの仕込みなんて出来ないから諦めるとして、あとは花火とか……。

 あ、花火くらいならなんとかなりそう。


 夜空を彩る美しくも儚い芸術。

 キレイねっていったら、攻略対象は君の方がキレイだよと言う。その時ちょうどひと際大きな花火が上がって、ヒロインは無邪気な笑顔でなんて言ったの?って聞き返すの。お互いに高鳴る鼓動を相手に知られないよう、ひた隠す初々しい二人。決定的なセリフは読者にしか判らないまま……イイ感じに一歩前進した夏の日の思い出になるのよ……。

 ダメだ!音がうるさくて、隣にいても声が聞こえないのに、遠巻きに様子を見守る私が内容を拾うなんて無理に決まっている。決定的証拠を握れないじゃない。


 他……、何か他にイベント……。

 私のレパートリーこれだけしかないの?

 物語マイスターの名が泣くわ……!もっとよく考えて!!

 夏と言えば山と海、そして夏祭りと合宿よ。でも、世界観が合わないものや、スイカ割りなんかの、シチュエーションが限定されているものもあるから、全部のネタが使えるわけではない。


「フィリップは離宮であまり見かけないけど、いつもどこにいるの?」

「バーレイウォール家の馬車と馬の手入れをしたり、庭師として、離宮の植物の手入れを教えていただいたり、手伝ったりしていますよ」

 フィリップは庭にいることが多いのか。シャロンにもたくさん休憩時間をあげて、二人で過ごせるように図らうというのはどうだろう。

「それから、時間が空いたときには、近隣へ出かけて王都にはない植物を採集しています。こちらは気候が涼しいので、王都で庭が寂しい時期に花をつけるものが見つかればと思いまして」

「素敵ね。私もいつもと違う花が見てみたいわ。私が部屋でのんびりしている時は、シャロンにも手伝ってもらったら?」

「本当ですか、姫様。ご協力に感謝いたします」

 よし、まずは二人の接触機会を増やして、それからなんとかイベントを考えてみよう。

 合宿ボーナスで勝手にイベントが起きてくれないかな……。


 天が私の願いを聞き届けたのであろうか。

 翌日、廊下で道を譲ってくれたフィリップが、すれ違いざまシャロンに囁くのを、私の淑女耳レディイヤーは聞き逃さなかった。

「今夜十一時、西側」

 それはさりげなく、ごく小さく、靴音と衣擦れにさえ、まぎれてしまうような声だった。

 それでも気付けたのは、せっかく二人揃って離宮へ連れてきたのに、ちっとも一緒にいないフィリップとシャロンが同じ空間にいる瞬間に、全身全霊で集中していたからだ。

 私でなきゃ聞き逃してたわね!!


 さあ、仕事だわ!

 私はなるべく平常心を保ちながら、残りの予定をつつがなく終え、夜を待った。

 早めにベッドに入っても、シャロンも予定があって助かるからか、何も言わない。

 灯りの落ちた部屋でランランと目を輝かせること15分。

 旅行でも忘れず持ってまいりました!長年愛用している冒険セットが一つ!

 ジャジャーン!縄梯子の出番よ!!

 まず、枕とクッションでベッドに人型の膨らみを作って偽装。寝巻は動きやすいパンツタイプのツーピース。短い上着を羽織って、ストールを首に巻き、縄梯子をバルコニーの端の目立たないところにかけたら、準備は万端。

 帰りに上ってこれるように、縄梯子が下まで届いていることを確認し、いざ出発よ!

 揺れる縄梯子をせっせと降りて、芝生に足を付いた途端。

「どちらへ?」

 後ろから声がかかって思わず飛び上がった。


 恐る恐る振り返ると、部屋からもれる灯りを背に、イリアスが立っていた。

 現行犯。脱走の決定的瞬間。捕縛。強制送還。保護者クロード呼び出し。絶望的な単語が脳内を去来する。

「え、え~っとぉ。ほ、星をみようかな~……な、なんてな〜……」

 苦しい。我ながら、なんて苦しい言い訳だ。  

 しどろもどろの私の心中を見透かしたように、イリアスは小さくため息をついた。

「お供しますよ。上着を取ってくるので待っていてください」

 あ、あれ。怒られて部屋へ返されるかと思ったけど付いてきてくれるようだ。

 ならそのほうがいいか。

 二人でシャロンとフィリップの逢引を目撃したら、動かぬ証拠ってやつだわ!

 よぉし!頑張ろう!!


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― 新着の感想 ―
[一言] やるな…イリアス…だし抜けたか?! 姫さまの側近衆、何気にみんな厳しくて、ケンドリックが1番甘いのではと思う今日この頃…
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