どっち!?どっちの選択ショー!
なんとか土曜中に間に合いました。眠い頭を振りながら書いたので、誤字脱字ありましたら報告おまちしております。
ウィリアムのファミリーネームが定まらず、二転三転しております。順次直してまいります。
おしゃべりが一段落して、食が進んだころ、コココんと軽快なノック音が部屋に響いた。
ここはセレーナの部屋なので、セレーナ付きの侍女がすっと出て応対する。
「第二王子殿下です。扉越しで良いからローゼリカお嬢様、ケイトリンお嬢様のどちらかとお話しされたいと」
私たちは顔を見合わせる。アイコンタクトで私が出ることに決まった。友人である私が応対した方がスムーズだろうとお互いに判断したからである。
「リュカオン様、ローゼリカです」
「ああ、感謝する。アーデンの様子はどうかな」
「まだ眠っています。お医者様の見立てでは、旅疲れの影響が大きく、大事はないそうです」
「後で花を届けさせる。君たちにも贈って構わないだろうか」
「はい勿論。ケイトリンも喜びます」
リュカオンが、セレーナだけでなくケイトリンの様子も伺いに来たことは明白だが、あくまではっきりとは聞かない。
この様子から考えると、どうやら男子サイドでは、一連の騒動をなかったことに決め込む構えのようだ。
彼らが頑なに目を背けていたのも、ケイトリンがあられもない姿をしていたからだけではなく、何も見ていないと嘘をつかずに証言するためだ。
居合わせた人間が見ていないことは、起こってもいない、という理屈である。
そういった貴族の屁理屈、私にはよくわからないんだけどね。
私自身としては、なかったことにするという極端な論法にはモヤモヤを覚える。今回の案件は裁判を起こして訴えるというほどではないにしても、そうした場の納め方に慣れてしまった結果、なかったことにしてはいけない場合でも流されてしまうのではないかと不安に思ってしまう。
だからと言って、彼らが卑怯なことなかれ主義であったり、単に謝りたくないだけというのは、彼らの人となりを知る者として否定する。
おそらくケイトリンの名誉を守るため、あるいは彼女自身が騒動の隠ぺいを望むと判断したからだろう。
理由は、未婚の女子に悪い噂は致命傷だからだ。
この国では、婚約破棄はさほど問題にならない。婚姻が一種の契約である以上、双方の家の事情、性格の不一致など、条件が合わなかっただけとみなされる。
しかし単独の悪い噂、とくに貞操に関連する事は話が別だ。
尾ひれや邪推で誤解されることも珍しくはない。
裏も影もある貴族社会は、噂を鵜呑みにする単細胞ばかりではないが……、悪印象を払拭するために、社交での立ち位置や行動が制限されてしまうのは事実である。
ゲームに例えるならば、開始時レベル1の状態でデバフが掛かっているようなものだ。
行動制限に継続的な精神ダメージ。それ自体は地味で大した効果はなくとも、ボディブローのようにジワジワ効いてくる。周囲とのレベル差は開いていくばかりとなり、レベル不足でのボス戦で苦戦は必至、時にはゲームオーバーになることもある。
男子であれば、まだ仕事で挽回する道もある。しかし就職と結婚が同じものである女子はそうもいかない。
結婚が滞ると、そのほかの人生設計全てが負のスパイラルに突入してしまう。
狭い貴族社会でスキャンダルが恐ろしいのは男も女も同じであり、だからこそ瑕疵のある人間と繋がりを持つのは勇気のいることだ。
そのしわ寄せが女子にばかり寄っているのは嘆かわしいことだが、正義感を出したところで、今日明日で社会は変わらない。
取った方法が本当に正しいかどうかはさておき、行動原理は純粋にケイトリンの為だ。少なくとも彼らはそう信じているのである。
「明日ボートにでも乗らないか?湖からの景色は気に入ってもらえるだろう。もちろん、気の合うもの同士だけで」
パーシヴァルは同席させないという意味だろう。
「お気遣いありがとうございます。失礼ながら、お返事は三人全員で相談してからということに」
「そんな気分ではないかもしれないが、無理やりでも新しい出来事で上書きする方が気分転換になると思う。是非」
「わかりました。私から伝えておきます」
「返事は明日で構わない。女子だけの方が気楽なら、手配だけ任せてくれ」
それだけ言うと、リュカオンは離れていった。
扉越しの会話はケイトリンにも聞こえていた。
「ですって。あなたはどうしたい?」
ソファの方へ戻ってきて、ケイトリンの正面に座り直す。
「ボートで水遊びだなんて素敵。楽しみですわ。わたくしはパーシヴァル卿とボートを別にしていただければそれで平気よぉ」
よかった。ケイトリンも乗り気のようだ。
「わかった。何か不安なことがあったら私がきちんと殿下に伝えるからね」
頼りになるシャロンにも傍にいてもらって、皆が私にしてくれているみたいに、パーシヴァルの有効射程から距離をとって皆でケイトリンを守りましょう。
「慌ただしくなりそうねぇ……」
「他にも何かやる事があるの?」
「あなたも他人事ではありませんのよぉ。荷解きも必要ですし、相応しい衣装の準備もしなければ。朝夕の飲み物だとか、食事の好みを伝えて、それからよく休むためにお部屋を整えなくてはなりませんわぁ」
「なるほど」
他にも、朝の紅茶の温度や抽出時間、卵の硬さの好み、寝具の張り方、香の焚き方、などなど打合せは多岐にわたると教えてくれた。
うちはクロードとシャロンが上手いことやってくれるうえ、私は旅先での紅茶がいつもと違っても問題ないタイプだ。
むしろ、気候風土や状況による変化を楽しみたいと思っている。
ビールだって、暑い国ではめちゃくちゃ美味しかったのに、同じものを寒い国で飲んだら薄く感じたりするものなのよ。
しかし深窓の令嬢は我儘なんかではなく、きっといつも通りにしないと調子を崩してしまうのだろう。繊細だから泊まるほうも泊めるほうも大変よ。
ケイトリンとセレーナも遠慮せずにもっと沢山従者を連れてくればよかったのに。
「忙しいなら日をずらせばいいわ」
「三日後くらいの方が旅の疲れも取れて楽ですけれど、せっかくお誘いいただいた日時を変更したりして、殿下をご不興を買いませんかしらぁ?」
「誘い自体を断るわけじゃないのだから、大丈夫よ」
向こうだって提案に乗ってもらえてホッとするだろうから細かい事など言うまい。リュカオンは元々細かいことを気にする性質でもない。
「三日後でいい?伝えておくわ。私も、ボートに乗るより、先に離宮の探検をしたいから!」
ケイトリンは呆れたようにため息をついた。
「お元気ねぇ。でもお体は大丈夫?二日前に倒れたばかりでしょう~」
一体全体この旅のどこに疲れる要素があったのか不明だ。今日なんか二時間しか移動していないのよ。
「あれは本当に何だったのかわからないけど、仕事で疲れていたのかもしれないわね。今は平気よ。なんならこれから探検に繰り出してもいいくらい!」
「ご無理なさらないでね……。でもそれなら、明日は殿下とお出かけなさってはいかがぁ?わたくしたちは留守番させていただきますわ」
「ちょっと待って。いくら私でも、友達を置いて一人だけ遊びに行ったりできないわ」
「違いますわぁ~。殿下の接待をあなた一人に押し付けるということですわよ」
「本当?本当にそれが、私に頼みたいことなの?」
「ええ、本当よぉ。殿下のお気遣いを無下にせず、あなたが対応してくれることで、わたくしも心置きなく休めますわぁ」
乗せられている感は否めないけど、お互いに体面を保てるのならよいかもしれない。
「そういうことなら……」
「というわけで!今日は私たちだけで、マリウス砦の見学に行きたいと思います!!」
「どういうわけですか」
リュカオンはニコニコしているだけだが、イリアスはすかさずツッコんできた。
似ているようで、所々違うよね、この二人。リュカオンはどうあがいてもツッコまない。
そういう違い、いいと思うわよ。どんどん出していきましょ。
体調面の不安という理由で、ケイトリンとセレーナは今日明日は休養し、ボート遊びは三日後にしたいと伝えると、リュカオンは快諾してくれた。
そこで今日は、女子二人があまり喜びそうにない砦見学に行ってしまおうと思うのだ。
砦の見学なら、戦いの研究をするリュカオンも興味を持っており接待に相応しい。
昨日そのように伝えて、集まった面子がこちら。
リュカオン、イリアス、ウィリアム、シャロン、そして私だ。
クロードは荷ほどきに忙しく、残ってくれることになった。
「あの、パーシヴァル様と女子二人を残していっても良いものでしょうか。男性が一人だけいらっしゃらないというのも気が引けてしまいます」
「そうか。ならウィリアム、お前は残れ」
「そんな殿下。俺、留守番ですか!?」
ウィリアムは目に見えてガックリ肩を落としてしまった。
ウィリアム・カンタベリーはカンタベリー伯爵家の嫡子であり、王宮の勉強室時代からのリュカオンの学友である。その中でも、特にリュカオンと相性が良いとして、側近に召し抱えられた。真っ赤な髪に緑の瞳。文武両道、明朗快活でこれといった欠点がない。
以前お茶会に招待した赤毛のモニカ・カンタベリーはこのウィリアムの妹だ。
こいつはおそらくワンコ系攻略対象だと目されるが、シャロンのシナリオなのか、それとも来年のシナリオなのか、私には判別不可能である。
「リュカオン様、私が言いたかったのは、パーシヴァル様もいらした方が良いのではということで……」
決してウィリアムを連れて行かない方がいいという意味ではなかったのだが。
「パーシヴァルもああ見えて落ち込んでいる。今日くらいは休みをやろう」
「そういうことでしたら、ウィリアム様もご一緒に……」
しょんぼりしている叱られた犬のようなウィリアムに何とか助け舟を出そうとするものの、優美に目を細めて微笑するリュカオンに一刀両断されてしまう。
「いや、パーシヴァルの目付け役としてウィリアムは残していくのが良いだろう。万が一の備えだ」
えぇ……?こんなにしょんぼりしてるのに?可哀想だよぉ。
「しかし、リュカオン様の側近が一人もいらっしゃらないのは問題では?たしか不特定多数の人間がいる場所では単独行動なさらないのですよね?」
王家の人間は、オブラートに包んで言うところのハニートラップにかからないよう、常に取り巻きを連れている。
しかしウィリアム本人がその点に関してフォローを入れた。
「いや、バーレイウォール家の皆は殿下の側近と同等の認識だよ。心配いらない」
「そうだぞ。子供のころからいつも一人で遊びに行っているのに、今さら既成事実云々の話になったら、私たちはもう結婚するしかないが」
うう、この話題を掘り下げるのはやめよう。
ごめんね、ウィリアム。力不足の私を許して。
馬車寄せに御者が馬を引いてくる。砦までは馬車でもいけるが、道が悪く揺れるため、馬の方が早くて快適だという。そもそも貴婦人の見学を想定していない場所なのだ。
すっかり諦めたウィリアムに見送られつつ、リュカオンとイリアスが同時に手を差し出した。
「さあ、行こう」
「どちらと馬に乗りますか?」
次回は時間がかかりそうで、おそらく来週のアップは間に合わないかと思います。ストックできるように頑張ります。




