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大切な人を紹介します

 リュカオンは、私が贈られたドレスを着ている事に気付くと、いつもの完璧な微笑ではなく照れ臭そうに笑った。

「よく似合っている」

 ユグドラでは、着物を贈ることに、それを脱がせたいという暗喩は無いようだが、何となく気恥ずかしいのは分かる。

 贈った物を身に着けてもらうのは、相手に自分の印がついているような気がして、独占欲が刺激されてしまうのだ。

 プレゼントを使っていることを相手に伝えるのは礼儀だと思っているけど、あまり効果的に印象付けるのも考え物だな。必要以上に好感度が上がったら、リュカオンが情に流されてシナリオがややこしくなるかもしれない。

「昼食がまだなら一緒に。道中の話を聞かせてくれ」


 離宮付きの侍従と女官たち、クロードをはじめとする家から付いてきた従者たちが周囲を慌ただしく行き来する。荷物の運び込みや荷ほどき、簡単な施設の案内、部屋割り、実務の分担、相談。彼らには急ぎの仕事が目白押しだ。

 クロード、シャロン、フィリップの三人は、遠巻きにそれとなく私の視界に収まる位置に移動し、会話を妨げないよう目礼して下がった。

 部屋の準備が整うまで、私たちは食堂ダイニング応接室ドローイングで待たねばならない。このあと皆で昼食を取っている間に用事を済ませるのが、従者たちの段取りなのだろう。


 移動のどさくさに紛れて、小さな声、しかし刺々しい言葉が聞こえてきて、私はどきりと動揺した。

「パーシヴァル様がいらっしゃるなら、わたくしはご遠慮したいですわ。あの時、二度と顔も見たくないと申し上げましたのに、もうお忘れになったのかしら」

「そちらの言い分は無論覚えている。しかし殿下の側を自由気ままに離れるわけにはいかないんだ。昼食の時は席を外すから、しばらくだけこらえてくれ」

「太々しい態度ですこと。ちょっと!もっと離れてくださいまし!」

「言われなくてもわかっている」

 声を聞くにケイトリンのようだが、普段のおっとりした言葉遣いも吹き飛ぶような険悪さである。

 ケイトリンは、淑やかで朗らかな人柄、さらには聡明で器が大きく、深窓の令嬢はかくあるべしというお手本のような女の子だ。裏表があると言うこともなく、私はこの三年で彼女が怒っているところなど一度も見たことがない。ケイトリンがこんな態度を取るからには、余程の事情があるのだろう。

 対するパーシヴァルも、落ち着いていて親切な人物である。私と友人関係のリュカオン、その側近として、親密ではないものの、ケイトリンと同様にアカデミー入学以来の顔見知りだ。ケイトリンが目くじらを立てるようなことをする人間には到底思えないが、一体二人の間に何があったものか。


 興味を惹かれて、二人の間に割って入ろうか、それとももう少し様子をうかがってみるか、聞き耳を立てているところに、ちょいちょいと肩をつつかれた。振り返ると、リュカオンがいつの間にか移動の一団を外れて、静かに手招きしている。

 友人たちが大回廊を先へ進んでから、それより手前の通路を曲がり、リュカオンは扉に手をかけた。

「会わせたい人がいる」


 会わせたい人って……。

 会わせたい人って何なの?どういうこと?


 私とリュカオンは八年来の友人関係である。

 学校で会えば供に食事を取り、家でも気軽に時間を過ごしたり、一緒に宿題をしたりする。時折出かけることも、行事に参加することもある。会話は他愛ない世間話から趣味の話、ちょっとした困りごとまで様々。仲が良いといって差し支えないだろう。

 しかしお互いの交友関係には、これまで不干渉を貫いてきた。

 これは私の考えによるものではなく、リュカオンの方針である。

 昔、王城へ遊びに行く際に、友人は紹介しないとキッパリ言い切った言葉通り、彼は自分の交遊に私を一切加えようとしない。

 王族の交友には、政治的に神経質な問題が付きまとうものかと思い、私も気を使って同様に対応を合わせている。

 だから、リュカオンの友人たちと私は、挨拶する程度の顔見知りでしかないし、常に傍に控えている側近の、ウィリアム、パーシヴァルですら、リュカオンと同席するときだけの付き合いだ。今回のように皆で遊びに出かけたのは初めてのことなのである。


 そんな友人を紹介しないことに定評のあるリュカオンが、満を持して会わせてくれる人物とは、一体どんな特別な存在なのか。

 もしかして。

 もしかするとだ。

 諸々の状況、タイミングなどを鑑みて……。

 楽観視するのは危険だが、しかし。

 もしかすると、リュカオンは……。


 新しいヒロインを紹介してくれるのではないか……!!??

 アンジェラとシャロンの間の作品の主人公、九月の新学期から始まるエピソードのヒロインと運命的に出会ってしまったのではないだろうか!

 その瞬間、カッと目が覚めるような感覚がした。


 アカデミーに通う直前の夏休み。オープニングのイベントでヒロインは攻略対象たちに出会うの。都会の喧騒から離れた緑の森で。あるいは美しい花園で。物語の主役たちは、もう出会う前には戻れない!そこから運命の歯車は廻り、周囲を巻き込んで、愛の試練へと突き進んでいくのよ……!

 最初の出会いイベントは入学式だけとは限らない。印象的に出会った二人が、新しい環境で再会するというのもテッパンだ。

 本来ならば婚約者がいる相手との出会いは恋の芽生えでしかないが、私の頑張りによって、未だフリーのリュカオンとの間には何の障害もない。

 話がトントン拍子に進んで、将来の約束をしちゃっても問題ない。むしろOK!

 運命の恋人に出会ってしまうというのは、このことだったのか!ありがとう!ローズ!!もう心配しないでくれ!と感謝の意を伝えるために、私に彼女を紹介してくれるってわけ。


 有り得る。大いに有り得るわ。

 スパの支配人をしているおじさんが勇者説よりは全然有り得る。

 

 リュカオンが扉を開けてくれて入った豪華な応接室には、やはり一人の女性が待っていた。

 人の気配でこちらを振り返る。

 私と同じ、蜜薔薇の花のようなプラチナブロンドを優雅に結いあげている。

 そうか。リュカオンが好みのタイプを聞かれて,、プラチナブロンドと答えたのは、あながち嘘でもなかったのだな。

 とても美しい人だ。優美な柳眉に、頬に影を落とす長い睫毛。丸い輪郭は女性らしい可愛いさで、細い鼻梁に涼やかさもある。

 あら?でもドレスといい髪型といい、結構年上のような……。

 でも愛に年齢なんか関係ないわ!

 少しの動揺もダメ!リュカオンの心が揺れるようなことがあってはならない。

 全力で祝福して、一気に大団円にまとめなくては!!


「紹介しよう。こちらはマグノーリア王太子妃殿下。私の母だ」


 親かーーーーーーーーーーい!!!


 心の中のアルプス山脈で全力のツッコみ。大声が虚しく山々の間をこだまする。

 その一瞬でどっと疲れた。


 知ってた……。

 そう簡単に、シナリオが始まる前から全て解決してしまうような、上手い話はないって事はね……!

 親を紹介されてしまったら、私の悲願『婚約者にもならず安寧サポートキャラルート」とは真逆じゃないの。また一段と外堀が埋まってしまったわ!


 マグノーリア王太子妃殿下は、軽快な足取りで近づき、私の手を取った。

 ぐっと覗き込んだ大きな瞳は、私よりも濃い青でリュカオンの瞳と同じ色だ。

 憂いのない朗らかな笑顔と気さくなご気性は、どちらかというとアシュレイに似ている。

「初めまして。リュカオンからいつも話に聞いていますよ」

 一体何を言われていることやら。心配だわ。

「お会いできて光栄です。王太子妃殿下」


 たしか妃殿下は、今は亡き古い王国のご出身なのよね。

 神話の時代から連綿と続いたとかいう王国は、約50年前、戦禍に呑まれてその名を失った。

 最後の女王陛下は王位を放棄して和平を結び、流浪の末、王太子妃にするという契約で生まれた娘をユグドラへ亡命させたと聞く。

 つまり、このマグノーリア殿下こそが、いにしえの王家の血を引く亡国の王女なのだ。

 羨ましくはないけど、ドラマチックよねぇ。

 ご苦労なされたに違いないが、今がお幸せそうで何よりだ。

 私だったら、絶対この方の人生を真っ先に物語にするわ。


「母は人に会うと熱をだしてしまうことが多くて。社交は外国優先で最小限なんだが、君には一度会いたいとせがまれていた。紹介できてよかったよ」

 リュカオンに返事をしようと向き直ったその一瞬、かすかな、消え入りそうなほどの声で妃殿下が言葉を漏らした。

「……よくぞ……」

「……?」

 不思議に思ってもう一度妃殿下の顔を見る。

 マグノーリア妃殿下は、何かを言いかけたという風もなくただ優しく微笑んでいる。

 聞き間違い?

 いや、よく見るとじんわり目が潤んでいる。気のせいかもしれないが。

 

 『よくぞ』って、たとえ長らく会う機会を望んでいたとしても、息子のガールフレンドに対する感想ではないでしょう。

 よくぞ立派に。よくぞ無事で。

 もっと大切な人……、しかも心配していた人物に贈る言葉のはずだ。

 一瞬、ゾワッと肌が粟立った。

 それとも、何か勘違いがあって、『よくぞ息子との結婚を決意してくれた』みたいなことなのかしら。それなら不自然ではないわね。

 リュカオンは無闇に嘘をつくタイプではないが、策を弄して誤解を生むくらいは朝飯前にやりそうだ。

 うーん、油断も隙も無いな。


「思いがけず、旅先でお会いできて幸運でした。また王都の城にも遊びに来てください」

「父上を待たせているのでしょう。これ以上予定が押してもいけませんから」

 名残惜しそうな妃殿下をリュカオンが促す。

「王太子妃殿下、道中お気をつけて」

 マグノーリア妃殿下は、私とリュカオンに見送られて、迎えに来た侍従とテラスから出て庭から待たせていた馬車に乗り込んだ。


「さ、皆のところへ戻ろう。母の我儘を聞いてくれてありがとう」

 妃殿下の我儘というか、あなたの策にはめられた感しかありませんけど。

「滅多に人と会わない王太子妃殿下と面会できるなんて、いったい私のどんな話をお聞かせしたのですか」

 応接室の扉を開けてくれたリュカオンの横を通り過ぎながら、その顔を見上げると。

 リュカオンは何も答えず、ただ目を細めてゆっくりと唇の端を釣り上げた。

 うわー。美しい。

 知らない方がいいってこと?興味をひかれずにいられないような面白エピソードを盛りに盛って話した?

 心当たりがありすぎるわ。

 怖いけどちゃんと確かめるなきゃ。

 さっきの「よくぞ」って言葉も気になるし。

 知っておかなきゃ対策の立てようもないんだから。


 問い詰めようと口を開いたその時、友人たちが先に向かったダイニングから、廊下を歩く私たちの所まで、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

「きゃあああああ!!!」


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