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『正統派王子様』枠、再び襲来 2

「シャロンはリュカオン様の事どう思うの?」

 その日私は、衣裳部屋の片付けをしながら、シャロンに問いかけた。

 彼女はすぐ隣で時折ドレスと顔移りを確認されながら立っている。

 衣裳部屋は広く、ドレスもアクセサリーも色別サイズ別に綺麗に整頓されているが、置く場所があるからと言って、似合いそうにないものやサイズアウトしたものまで保管してあって、余計なものが多すぎる。

「気立てが良くて、血筋が良くて、器量良し。姫様に相応しいお方とお見受けします」

「相応しいって、普通は身分の高い方から低い方を品定めする時に使うんじゃない?あべこべね」

 シャロンの返答が面白くて、私は声をあげて笑った。

「私には王家よりも姫様が一番です」

 しかしどうにも意図した答えが返ってこない。質問を変えよう。

「あなたが考える殿下の魅力はどこ?」

「熱心に求婚なさって、よほど姫様の事がお好きなのでしょう。そういう所は感じが良いです」

 違う。そうじゃない。

「別に好きじゃないと思うわよ。条件がいいって言っていたでしょう。あ、そうだ!なら、殿下がやっぱりシャロンのほうが好きって言ったらどうする?」

「そのようなご心配は必要ないと思いますが……」

「うん、言ってみて」

 シャロンは笑って冗談を言う風でもなく、極めて真面目に、そして平然と答えた。


「殺します」


 こ、殺しちゃうのかあ~。

「とりあえず、それは思い直してほしいかな……」

「姫様を傷つけるような奴は生かしておけません」

 私はがっくりと項垂れてしまった。

 どうもシャロンの中のリュカオン好感度は、上がるでも下がるでもなくフラットという感じがする。

 認めたくはないが、前回の勝手にオープニングを始めようとしたのは失敗に終わったようだ。何の作戦もなく紹介しただけだったし、勝手に恋に落ちてくれというのは期待しすぎだったのかもしれない。

 まあ、これからよ。出会いには早いに越したことはない。


 あらかた使うものと使わないもの、それからシャロンに似合うドレスを仕分け、衣類整理を終えた。そのうち要らないドレスの使い道も考えないといけないな。

 今日もこれからリュカオンが遊びに来る予定だ。外遊びに備えて、私は汚れても洗いやすい、紺色の柔らかい綿素材のワンピースに着替えた。シャロンを着飾らせるのではなく、私が地味になってしまおう、という発想を逆転した作戦なのだ。似たような恰好をしていれば、素材の違いが引き立つというものだ。

 髪も同じようにまとめたところでクロードが部屋へ呼びに来た。

「リュカオン殿下がいらっしゃいました」

「準備出来てるわ。シャロンもエプロン外していらっしゃいな」


 二回目の訪問の後、実はリュカオン王子は連日我が家に遊びに来ている。

 翌日も午後に突然やってきて、私達はまた大慌てで出迎える羽目になった。

「リュカオン様。ご来訪の時はちゃんとお約束下さらないと」

「気にするな。君たちはいつも通りに過ごして構わない」

「折角いらしたのですから、一緒に遊びましょう。次は汚れても構わないお召し物でいらしてくださいませ。私も時間を空けてお待ちしておりますから」

「そうか。ではまた明日来る」

 その次の日は約束したから準備をと考えていたが、朝食も終わり切らぬうちに突然来訪の知らせが飛び込んできた。

「殿下…、今日もてっきり午後かと。先触れはどうなさったのでしょうか……」

「昨日のうちに用事を済ませたから朝から体が空いたんだ」

「次からはきちんと先触れも送ってください!」

「わかった。君の言うとおりにしよう」

 三日目は先触れも来て、一安心して待っていると、なんとリュカオンは共も連れず、一人で馬に乗ってやってきた。

「護衛もつけずに危のうございます。どうか、それだけはおやめ下さい」

「今日も思ったより用事が早く済んでな。先触れを遣ったら空いている騎士がいなかったのだ」

 リュカオンはしれっとそっけなく答えた。

「判りました。ではこう致しましょう。週初めの午後はいつでもリュカオン様の為に開けておきます。お約束も先触れも要りません。ですから必ず護衛をつけてお越しください」

「毎週か?」

「はい。毎週です」

 そこでようやく、リュカオンは嬉しそうににっこり笑った。

「よし、そうしよう」

 どうもうまく乗せられた気がする。


 そういう訳で、今日はその週初めの午後だ。仕込みも準備も万端整っている。

「今日は皆でナイト&シーフをするわよ」

 要はケイドロである。参加者を二つに分けて行うチーム対抗鬼ごっこで、ナイトに捕まったシーフは牢屋に入るが、仲間が助けに来れば逃げ出すことが出来る。この国にはなかったが、私が皆にルールを説明した。順に人数を増やし今回は三回目。この日の為に使用人の子供達20名を各方面に根回しして集めた。

 廊下を歩きながら、シャロンに小さな声で囁く。

「一人で隠れるのはつまらないから、一緒に隠れましょう。前にも一緒に隠れた場所ね。次に隠れる所を一つか二つ探してから納屋に向かうから、あなたもそうしてね」

「はい。姫様」

 シャロンは従順にほほ笑んで頷いた。


 リュカオンを玄関ホールで出迎え、子供たちを庭に集めてチーム分けを始める。

「最初の一回目は、私がチームを分けました。早く終わるように追いかけるほうを増やして、初めて参加する人は全員ナイトになってもらいます。シーフが逃げるのを待つ間にクロードからルールを教えてもらってね」

 今回初参加の14人はまとめてナイトにして、私とリュカオンとシャロンが絶対にシーフになるようにしておいた。

 クロードが全員に入ってはいけない場所や逃げられる範囲の説明をしている間に、私は隣に居る王子の手をきゅっと握った。

「一人で隠れるのってつまらないですよね」

「ん?うん。そうだな」

 リュカオンと目が合って、頷いたところで、クロードが一際大きな声で合図した。

「では60数えたら追いかけますよ!いーち!」

 にっこり笑ってからパッと手を放し、リュカオンを置いて駆けだした。

 ダッシュで納屋に向かい、昨日の内に準備しておいた縄梯子を急いで登り、ロフトになった納屋の二階に上がった。父からもらった冒険セットの一つが早速役に立った。

 梯子を引き上げてから、前回隠れた場所の真上に、あらかじめ敷き詰めておいた藁に身を隠した。

 リュカオンとも一度、この場所に隠れた事がある。二人が私の思うとおりに動けば、私、リュカオン、シャロンの順にこの納屋にやってくるはずだ。

 私はうっかり物音を立てる事がないように藁の中に寝転んでおく。シャロンは偵察能力が高いので、物音を立てたらごまかしはきかない。念のためリュカオンが二番に来るようシャロンに用事を言いつけたのも、気配を誤魔化すためだ。

 ここからでは姿は見えないが、声は上に上がってくるのでよく聞こえるだろう。


「ローゼリカ?」

 案の定、まずはリュカオンが納屋に入ってきたようだ。

 下は柔らかな土だが、かすかに足音がする。私は目を閉じて階下の情景を思い描いた。

 しばらくして、再び納屋の扉が軋む音がして、もう一人入ってきた。真下に移動した気配は、物陰に隠れていたであろうリュカオンを見つけて驚いた声を上げた。

「リュカオン殿下?」

 シャロンの声だ。

 二人が揃い、その様子を私がこっそり窺うという状況が完成した。計画通りだ。

 出会いシーンでは好感度を上げられなかった為、一計を案じて二人きりのイベントを追加したのである。

「ああ、君か」

「殿下もローゼリカ様に呼ばれたのですか?」

「いや、私は他に隠れる場所も思いつかなくて」

 うん、いいぞ。リュカオンには思わせぶりな事を言ったが、約束したとまでは言えない。

「ではこの場所は殿下にお譲り…」

 えっ、そんな…。ちょっと待って。退場が早すぎるよ~。

 私抜きでの、二人の会話がどんなものかを見て、好感度を確認したいのよ。その為にわざわざ回りくどい事をしてセッティングしたのに。

「いえ、やはりしばらくご一緒させてください」

「構わない」

 そうそう。私が来るかもしれないものね。良かった。私の仕込みは完璧よ。

 だがそれきり二人は押し黙ったまま、一言も話さない。もしやこのままタイムオーバーか?とやきもきしていると、ようやくリュカオンが口を開いた。

「シャロンはローゼリカの侍女だったな。よく話をするか?」

 おぉ、きちんと名前を憶えているのはポイント高いわよ。

「はい。それはもう。学習もお稽古も一緒に、と私をお放しにならないほどですから」

 あら?シャロンは煽っていくスタイルかしら?

「彼女は、私の事をどう思っているだろう?何か君に話してはいないか」

「しつこい」

 えっ

「えっ」

「と、私は思っていますが、ローゼリカ様からは何も聞いておりません」

 殿下に喧嘩売ってる?もしかして好感度下がってる?

「そうか……、私といる時は君の話ばかりでね」

「……」

 そりゃあ、なんとか興味持ってもらおうと思ってるからね。

「ただ、殿下をどう思うか、私にお尋ねになられました。結婚相手として良い方だとお答えしておきました」

 はい。おすすめされました。

「それはありがたい。君の心遣いに感謝する」

「もっとローゼリカ様の事をお聞きになられた方が良いのでは?例えば、おやつはお腹が膨れるものよりも、甘いものを少量召し上がります。味が良い事は当然として、色味の美しいものを好まれます」

「なるほど。彼女の好きな色は何色だろう」

「今の所、特に好みのお色はないようで、ご自分に似合う色をきちんと選んで身に着けていらっしゃるご様子です」

「また何か贈り物をしてもいいだろうか。何を喜ぶのかな」

「何となくの贈り物は喜ばれないと思います。お誕生日の時も、心のこもっていない品物は嬉しそうではありませんでした。でも殿下からのプレゼントはとても気に入っていらっしゃっいましたよ」

 なんでシャロンまでそう思ってんのかな?

「ああ、私の目の色の宝石をあんなに気にってもらえたので、てっきり…」

 あれ私の目の色じゃなかったの?

「私もそう思いました」

「でも全然心を開いてくれている感じがしない」

「一つ、気になっていることはありますが…」

「何でも言ってくれ」

「殿下は時々、理屈で突き放すような話しかたをなさるように思います。それで、ローゼリカ様は不安に思われるのではないかと」

 不安って何だ。警備体制を整えた今の私に不安なんてないけど?色々誤解があるようだな。

「そ、そうか?彼女が論理的なのでついむきになったかもしれない」

「姫様はとても大人びていらっしゃるのですけど、案外恥ずかしがり屋なのかもしれません。判りにくいですが、時々行動がちぐはぐなので」

「だとしたらどうする?もっとグイグイ行っていいのか?」

「はい。もっとグイグイ行って下さい。やはり心を動かすにはお気持ちだと思います!」

「わかった。今後はそうしよう」

「では私はそろそろ姫様を探しにってまいります」

「ああ、捕まっているかもしれないから私は牢屋の方を見てくるとしよう」


 ぱたぱたと気配が遠ざかっていき、扉の方から光が差し込んで一瞬だけ明るくなった。また暗くなった納屋の中で、私は腕組みした。

 好感度は上がったみたいなんだけど…。

 勘違いでなければ、私を焦点にして意気投合していたわね。

 途中からツッコミ放棄したけど、コレじゃない感が半端ない。

 婚約してフラグを立てないとルートが開かないのかな。意地悪しないと絆が芽生えない?

 好感度上げておけば、年頃になった時、一気に恋愛感情に転ぶ可能性も…。いや、そもそも八歳に恋愛しろというのが無謀だったのか。

 私の予定では、婚約者なしでリュカオンとシャロンが両想いになれば、傷つく人もいなくて波乱も少なくなると思ったのだけど、そうは問屋が卸さない訳ね。

 お互いに王子を押し付け合うという変な三角関係になったな。

 

 ここで寝転んでいてもしょうがない。私は念のため下の様子を伺ってから縄梯子を降りて外に出た。それから適当な所で捕まって連行されることにした。その後、三回ほどチーム変更して遊んだ後は全員に冷たい飲み物を振る舞った。

「リュカオン様にはお席をご用意致しましょうか?」

「いや、ここで皆と一緒がいい。皆ありがとう。また仲間に入れてくれ」

 子供たちは飲み終えるとリュカオンに挨拶して帰っていった。

「ローゼリカもありがとう。今日の遊びはすごく面白かった」

「それは何よりです。そういえば、殿下。ちょっと気になっていることがあるのですが、よろしいでしょうか」

 聞きそびれていたことを確認しておかないと。何かの伏線だったら見逃しは怖い。

「うん、どうぞ」


「この間、私は二人目の見合い相手で出会った女の子としては三人目って仰ってましたよね。その隙間の一人は誰なのかなって不思議に思っておりました」

「ああ、そのことか」

 リュカオンはコップの中身をぐいと飲み干し、私の方へ差し出した。持っていたピッチャーで冷たいレモネードを注ぐ。まだ暑い夏の終わりに、汗をかいたグラスの水滴が涼し気に写った。

「ケルン公爵には兄と私、それぞれ同じ年のご令嬢がいらっしゃる。本命の見合いは兄の方でな。私はおまけで付いていった。その時に会った公爵令嬢が二人目だ。それより少し前だったかな。渡り廊下で迷子の女の子がいたんだ。それだけだ」

「へえ…。偶然出会った初めての女の子ですか…。お名前は?どちらのご令嬢ですか?」

「さあ?すぐ近衛兵が送っていったし、名前も聞かなかった」

「ということは50人のお見合い相手の中にはいなかったのですね。どんな子でした?同じ年ぐらいなんですよね?」

「背が低かったけど、話し方がしっかりしていたからそう思った」

「髪と目の色は?」

「確か燃えるような赤毛で、目の色までは覚えてない」

「可愛かったですか?」

「そんなこと聞いてどうする…。君まさか、その子を探し出して私と見合いさせる気じゃないだろうな。最初に言ったぞ。全然話が通じなかったと」

 ちっ、鋭いな。

「そ、そんなこと思っていませんよ!?ただ話の流れで、リュカオン様と初めて出会った女の子が気になっただけです」

「本当か?だいたいローゼリカ、君は…」

 リュカオンははっと思いついた顔になった。

「これからローズと呼んでいいか?」

 ホントにぐいぐい来るなあ。

 王子に二言はない。


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