出発!マリウス離宮
まだ全然書き貯まっていないですが、ステイホームなGWに微力ながら暇つぶしをと思い、続きをアップします。大体の話の筋は決まったので、いけるところまで行ってみます。
よろしくお願いいたします。
会社立ち上げの仕事を終わらせた私は、後のことをケンドリックに頼み、シャロン、クロード、フィリップと供に、翌日の昼前、マリウス離宮へと出発した。
ケイトリン、セレーナとは途中で合流する予定と聞いている。
イリアスは女子ばかりの旅に遠慮したのか、昨日一足先に出発した。
別に一緒に行けばいいのに。
窓の外の風景を楽しみながら、用意された彩りの美しいお弁当を早速食べる。
実は私、転生してから旅行するのは初めて!
郊外の農園に日帰りでピクニックに行った事はあるけど、遠くへ出かけるのも、自分の家以外で寝泊まりするのも経験がない。
正真正銘、箱入りなのである。
不本意ながら、エース邸での労働合宿が、初の外泊経験となってしまった。
缶詰生活の反動もあって、旅行の楽しみを余す所なく享受するべく、道中のお喋りや、カードゲーム、景色の良いところに立ち寄ったりする計画を立てていたのだが、馬車の揺れが心地良かったのか、案外疲れていたのか、お弁当の後すぐに眠くなってしまった。
車の揺れが眠くなる人と、逆に絶対眠れない人っているわよね。私は断然前者です!
はっと目を覚まして最初に目に入ったものは、見覚えのない部屋の天井だった。
ココどこだっけ?
……旅先でよくある感覚……。
いや、おかしい。普通は一瞬混乱してもすぐに記憶が甦ってくるものだ。
周囲を見渡すと、手元灯りだけが静かに揺れる薄暗い室内に、シャロンとクロードが控えている。
「ちょうど良かった。ご夕食のお時間ですから、そろそろお声をかけようかと」
クロードは微笑んで、起き上がった私の手を取り、導いてドレッサーの前に座らせた。
シャロンが、カーテンを閉めたままで室内灯をつけるところを見ると、すでに陽は落ち、外は暗くなっているようだ。
「もう着いちゃったの?私そんなに寝てた?!」
お弁当を食べたのは昼前なのに。
今は夏で陽が長い。少なくとも6時間、下手したら8時間近く寝ている。それは昼寝の域を超えているんじゃないか。
「お疲れが出たのでしょう」
「えぇ……?別に寝不足ではなかったはずなのに……」
忙しかったけど、夜更かしは美容に悪いとか言われて夜はガッツリ寝かされたわ。
納得いかない私とは反対に、クロードはさも当然といった表情だ。いつも通り慣れた手つきで、編まれていた髪を解き、くしけずって整えている。
「お休みになったのが何よりの証拠です。エース邸では寝床が変わって熟睡出来ていなかったのかも知れませんよ」
あんな最高級ベッドで眠れない奴が、馬車でぐーぐー爆睡するわけないでしょ!
「ケイトリン様とセレーナ様が心配していらっしゃいました。お顔を見せに参りませんか?」
「二人には悪いことしちゃったわね」
途中から一緒に行く予定だったのに、合流せず、馬車からベッドに運ばれても起きなくて、8時間も昼寝してる奴は、どっか具合が悪いと普通は思う。
本当はハチャメチャ元気なのに申し訳ない。
「あら?でも二人だけ?リュカオン様たちはどこかにお出掛けかしら」
「まだマリウス離宮には着いておりません。こちらは道中にある宿場町の宿です」
「やだ、私の具合が悪いから、途中までしか進めなかったの?」
「いえ、予定通りの宿泊ですよ」
「でも、マリウス山って馬で半日くらいの距離でしょ?」
「早馬を乗り継げば、確かにそうですが、余程の緊急事態でもない限りは一日以上かけて進むのが普通ですね」
そうか。車と違って、馬や人は疲れるから走り続けたりできないわよね。長距離を全速力で走るわけはないし、休憩も必要だ。
「貴婦人のご旅行ですと、二泊するのが定番です」
二泊分もゆっくり移動する方が、かえって疲れるような気もするけどなぁ……。
イリアスさては、亀の歩みの女子旅が面倒で先に一人で行ったのだな?
とにかく、こんなところでうだうだしていても仕方ない。
のんびり旅なら道中の楽しみもたくさんある。ケイトリンとセレーナに挨拶して、明日以降の計画を相談しよう。
「二人の夕食に間に合う?すぐ行きましょう」
善は急げとばかりに勢いよく立ち上がり、一歩前に踏み出した時、軸足の膝がかくんと脱力した。
完全にバランスを崩した。体制を立て直せない!
しかしクロードが傍に居て、転ぶ心配など無用。難なくフォローして、横抱きに抱え上げてくれた。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「ありがとう、クロード」
「当然のことをしたまでです」
クロードはにこにこと返事をしたまま、いっこうに下してくれる気配がない。
クロードが私を落とす可能性も不安も全くないので恐ろしくはないが、単純に地面が遠くて落ち着かない。クロードは背が高いだけでなく、股下が体感2メートルある。
「あの……?二人のところへ挨拶に行きたいのだけど……」
「これは気が回らず失礼しました。お連れします」
私を抱えたまま、颯爽と部屋を出ようとするクロード。シャロンはサッと先回りしてドアノブに手をかけた。
「ストップ!」
「はい。どうなさいました?」
「なぜこのまま部屋を出ようと思ったの?下してちょうだい。ちょっとふらついただけで、自分で歩けるから」
「ふらつく主人を歩かせるだなんてとんでもない!」
「抱えられて友達に挨拶する方がとんでもないわよ!」
「その時はきちんと椅子へ降ろしますから。ね」
ね。じゃない。
どうしちゃったのクロード。急にポンコツにならないで。
「具合も悪くないし、怪我もしてない。抱えられて移動するなんて、人に見られたら恥ずかしいわ。ケイトリンとセレーナも、安心どころか余計に心配する!歩くから降ろしなさい!」
「困りましたね。それは聞けない種類の命令です」
そんなわけないでしょ。
「そうですよ、姫様。挨拶には行きたい、ご自分で歩きたい、なんて、我儘をおっしゃっては、クロードさんも私も困ってしまいます」
まともな意見が多数決で負けるというこの状況、いかんともし難い。
「ふらついている姫様を降ろして転ばせてしまったら、僕たちは腹を切ってお詫びするしかなくなります」
ふらついているわけじゃなくて、ちょっと膝の力が抜けただけだから。
転ばせるって何。ふらついて転ぶのは完全に自己責任。あなたのせいにはしないわ。
エース邸からこっち、そのハラキリジョーク流行ってるの?全然面白くないんですけど。
ダメだ。ツッコミが追い付かない。
クロードたちはいつも、充分以上に私の我儘を聞いてくれる。それがこんなに譲らないというなら、これ以上何を言っても無駄なのだろう。
私は諦め、気持ちを切り替えるようにため息をついた。
「わかった。自分が考えている以上に、私は体調が悪いのかもしれないわ」
確かに8時間も寝こけて、目を覚まさないのはどこからしら具合が悪いと言える。クロードたちが過剰に心配するのも無理はない……と言えなくもない。
「二人に会いに行くのは諦めるから、部屋のテーブルチェアへ降ろして。夕食はここで食べます。それからケイトリンとセレーナに、今日はこのまま休むと断りをいれてきて」
「畏まりました」
夕食を運んだあと、シャロンはケイトリンとセレーナに言伝しに行った。
部屋に残ったクロードはというと……。
「はい。姫様あーん」
私の口元に食事を運んでいた。
いや一人で食べられる。
クロードは、丸テーブルの隣に角度をつけて座り、食事をすくったスプーンを、有無を言わさず口先へ突き付けてくる。何か言おうと口を開こうものなら、素晴らしいスピードと精度でカトラリーをねじ込んだ。
しかもスープ!せめて固形物にして!液体を人に飲ませてもらうのは難しいわ!!
スープを嚥下し、今度こそとクロードに向き直って口を開いた途端、
「あのね……」
今度は弾力のある肉を放り込まれた。
おいしい……。噛めば噛むほど肉の甘みが口の中に広がる……。
肉の旨味に抗えない、という感情が、余程顔に出ていたようで、それを見たクロードが、嬉しそうに表情をほころばせた。
「美味しいですか。次は何を召し上がります?」
ホクホクすな。
はにかみつつも、いそいそと世話を焼く風情は、人形遊びに興じる女児のよう。
クロードは身長193cmもあるのに、時折幼女みが凄い。
結局何も言えないまま、食事を済ませ、軽く湯あみをして、またすぐにベッドに入った。
眠れん……。
そりゃそうだよ……。
しかし私が起きていたら、クロードとシャロンが休めない。
従者の労働環境に気を配るのが、良い主人というものよ。
私は二人のために、夜の退屈にじっと耐え、明け方少しウトウトして、いつも通りの時間に起きた。
翌日、ケイトリンとセレーナには、遅い時間の朝食でやっと顔を合わせた。
「お加減いかが~?ローゼリカ」
「倒れたと聞いたわよ。もう起き上がって大丈夫なの?」
倒れたんじゃなく、寝てただけだってば……。
しかし何を言っても強がっていると思われて、余計に心配を掛けそうなので、お茶を濁す。
「根を詰めてしまって、疲れていたみたい。昨日良く休んだから平気よ」
「忙しくしていたと言っても、少ぉし郊外に出ただけで倒れてしまうなんて……」
「初めての旅行だったのに、私たちの気遣いが足りなかったわね」
二人は、私が病弱なのだとすっかり思い込んでしまったようだ。
私はいざというときの逃げ足が衰えないよう、毎日走り込んでいる。
あなたたちより絶対体力あるのに。
うう、心苦しい。
「あなたはいつも快活でいらっしゃるから、思いいたりませんでしたわ。これからは決して無理せず、体をよくおいといになってねぇ」
「そうよ。あのいかにも儚い侯爵夫人の血を引いているのですもの。我慢せず、すぐに相談しなきゃダメよ」
「…………」
違う……。私は……、私は訓練された屈強な令嬢なのよ。
騎士団相手に大立ち回りを演じたことだってあるんだから!
「今日は移動できそうかしらぁ?それとももう一日ぐらい休みましょうか」
「夏季休暇は長いし、離宮は逃げないから、焦らなくていいわ」
二人は諭すように穏やかに体調を気遣ってくる。
でも昨日はほとんど何もしていないし、今日こそ旅行らしいことがしたい。
「大丈夫だと思うわ。辛くなったら二人を頼らせてもらうから、予定通り進みましょう」
ゆっくり支度をした後、私たちは一つの馬車に乗って、次の街へ出発した。




