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瀕死の社畜お嬢様

遅くなりました。よろしくお願いいたします。

 いっけな~い!署名、署名!私は王立アカデミーに通う普通の侯爵令嬢!味方だと思っていた男に、突然連れ去られて、契約書にサインさせられちゃうみたい!?これから私、どうなっちゃうの~~~???


 言うとる場合か。

 キャパオーバーで唐突に現実逃避してしまった。

 ケンドリックはゆうに100項目以上は禁止事項を淀みなく言いきった。

 話の全てを総括すると、私に許されていることは黙って微笑んでいることだけだ。

 それなら最初から、微笑む以外何もするなと言ってくれれば注意点は一つで済んだのに。


「望ましい発言は『良くてよ』『許します』『ありがとう』の三語のみ。困ったときは隣にいる俺かクロードに耳打ちしろ」

 無茶言うな。お嬢様生活もそこそこ長いけど、『よくてよ』なんて使ったことないわよ。

「もう一度念押しするが、くれぐれも。くれぐれも!階段の手すりを滑り降りたり、壁に張り付いて聞き耳を立てたり、秘密の通路を探そうと床に這いつくばったりするなよ!絶対だからな!!」

 私のことを何だと思っているのよ!

 そんなことをするはずないじゃないの、よその家で!!

 しかし反抗的な態度で同じ話をもう一度されては堪らないので、私は黙ってうなずいた。


「結構。そのお言葉を聞いて安心いたしました。なるべく人払いして落ち着ける時間は作りますから、人の目がある時は気を張っていてくださいませ」

「急にクロードみたいな喋り方にならないでよ。あなたがそんなだと落ち着かないわ」

「予行練習です。本邸の者はあなたの希望で、俺がわざと無礼な口の利き方をしていると理解していますが、エース屋敷の者はそうではありません」

 私たちが友人だと理解されないということね?それならあなたとの友情のために、多少のお嬢様ごっこはやぶさかでなくてよ。

 ほら!もう板についてきたわ!

「エース屋敷の使用人のほとんどは、主家の皆様にお目見えする機会がなく、過剰な敬愛と幻想を抱いています」

 拗らせ系かぁ……。

「先ほどのような質問で、普段俺がぞんざいな態度で接していると知れたら……」

 怒られちゃうってわけ。

「最悪刺されます」

 思ったより命がけだった……。


 そうこうしているうちに、車は門扉をくぐり、屋敷の敷地内に入った。

 エース屋敷は、王都の東側にある我が家とは反対の西側の、一般的に貴族街とされる北部でも一等地に立っていた。

 王都アルビオンは、北から南へ下るなだらかな丘陵地の上にあり、王城は丘の頂上に町を見下ろすように建てられている。エース邸は、バーレイウォール邸よりもさらに北側に位置しており、王城にもほど近い。当然、王城に近いほど土地の高度も値段も高くなる。

 庭などを含めた敷地面積はうちの方が大きいようだが、母屋はエース邸の方が大きいのではないか。もちろん家が大きいだけでなく、ここに住むにふさわしい生活をしているのだろう。エース家の財力が窺い知れる。

「立派なお屋敷ね」

「姫様に言われるとなんだか変なカンジだな」

 ケンドリックはいつも通りの表情に戻って苦笑するように表情を崩した。

 隣に座っているクロードが心得たように解説する。


「エース邸は、バーレイウォールご当主のご一家が、昔まだご領地に居住されていたころのタウンハウスだったんです。ですから現本邸より北の一等地に、当時最高の工法で建てられました。しかし本格的に王都に移られる際、家臣がそっくり付いてくるには手狭だからとエース家に下賜されたのです」

「大きな実家があるのに、寮の一室に間借りしているの?」

「誰かさんが昼夜を問わず呼びつけてくださるおかげでね」

「まあ……。そうだったのね、ごめんなさい」

 確かに、すぐ近くにいるんだからいいよねと思って、時間も考えずしょうもない用事でも気軽に呼び出してたわ。そのせいで寮住まいなんて悪いことしちゃったな。

 私から用事を聞くようになるまでは、こんな広い家に住んでいたんだから、きっと寮の一室じゃ狭くて散らかっているのね。だから部屋に入れてくれなかったんだわ。

 私の様子を見て、クロードがケンドリックのわき腹を小突く。

「いや、冗談だよ。本邸に出入りできるのは、一部の限られた特権で、俺は羨望の的だ」

 どういう世界観なのよ。シャロンはうんうんと頷いているが、どちらかというと、後半の方が冗談みたいな内容ですけど。

「車が屋敷に着く。軽口もここまでだ」

「黙って微笑んでいたらいいのでしょ」

「間違ってもさっきみたいに簡単に謝ってくれるなよ。あんたを謝らせた使用人は腹を切って死ぬかもしれないぜ」

 冗談ですよね?だとしても、いちいち命がけなの本当に怖いんですけど。




 エース邸が昔バーレイウォール邸として建てられたのは、この国の建国されたころだろうか。王城のアルフレーディアンよりも古い様式で、アンティークな魅力がある。屋敷の顔である玄関は荘厳だが、仰々しく、パッと見ただけでも、開け閉めや掃除が大変そうで、日常使いにはあまり向いていない。

 我が家の玄関も無駄に広いと思っていたけれど、こうやって見ると、来客用ホールや迎賓館が母屋とは分かれていたりして、使い勝手に関する過去の教訓が活かされているようだ。

 壮大な建物ってメンテナンスが大変だもの。


 車から降りて、ケンドリックに先導されて屋敷に入る。飾り彫刻や金の装飾がふんだんに施された玄関には、ずらりと百人以上の人間がこうべを垂れてかしずいていた。

 建物だけじゃなくて挨拶まで大袈裟だなあ。

 我が家の出迎えはもっとこう、「お帰りなさいませ~」って皆笑顔でアットホームなんだけれども、これは王宮の式典で見かける宮廷式に近い。

 以前招待されて見に行った、国王陛下の前で行う天覧試合のセレモニーがちょうどこんな感じだったような……。

 私は当然動揺したが、慌てふためいたりしては後でケンドリックにシバかれる、のみならず、人々の希望を奪うことになると散々脅されたので、なんとか踏みとどまって笑顔を張り付けていた。

 しかし、しばらく待ってみても何も起きない。

 えっ、ナニコレ。どうすりゃいいのよ。


 黙ってろと言われたけど、皆私の行動を待っているのでは……。通り過ぎるにしても、どこに行けばいいのかわかんないし……?

 要はリュカオンみたいに振舞えばいいのよね。尊大だけど寛容に。人として感謝を忘れないけど、あなたたちも私に仕える事が出来て幸せでしょうというスタンスで。

 よし、リュカオンみたいに。リュカオンが言いそうなセリフで。

 私は意を決し、なるべく柔和に微笑んだまま、精一杯気取った声を上げた。

「顔をよく見せて頂戴」

 上級職の執事や家政婦からメイドやフットマンに至るまで、一糸乱れぬ動きで直立する。

 おお。これが正解だったみたいだ。

「出迎えありがとう。あなたがたの忠義に感謝します」

 一番手前にいた執事らしき男が進み出て頭を下げた。

「こたびの行幸、誠にありがとう存じます。お部屋へご案内いたします」

 後ろにクロードたちを引き連れて、廊下を曲がると、玄関ホールの方ではわっと歓声があがり、何やら盛り上がっていた。

 何だろう?お出迎え成功!を祝う気持ち?

 息をそろえて動くの、すごく練習したのかな。ぴったり揃ってたわ。


 盛り上がりをよそに、広い邸内を移動し、私は2階にある、書斎机とソファのある部屋へ通された。大きな窓の外は箱庭のようなテラスであり、高い衝立で外の景色は見えないが、計算して緑が配置され、小さな庭園には完成された美しさがある。

 私がぼんやり箱庭を見ているうちに、クロードとシャロンがテキパキと部屋の中を見回り、エース家の使用人を人払いした。

「茶の用意はこちらでする。下がりなさい」

 部屋で待っていた二人のメイドは残念そうで申し訳ないが、ようやく一息つける。

 特別な事はしていないけれど、いつもと同じではいけないと思うと無性に緊張する……。


「やるなあ!本番に強いあるじを持って俺は鼻が高い!」

 そっとため息をついた私の頭を、ケンドリックは興奮した様子で、犬を褒めるように、大きな手でわしわしっと撫でた。

「黙って微笑んでいればいいって言ったくせに!」

「出迎えの方も緊張して固まってたみたいだな。助け舟を出そうと思った矢先の行動で驚いたが、上出来だったと思うぜ」

「それなら良かったけど」

「家の者が是非召し上がって頂きたいと用意した菓子がある。ひとまずお茶にしよう」

 

 華やかな飴細工とチョコレートで飾り付けられたケーキと、色とりどりで一口サイズの焼き菓子やカナッペが並んだ大きな三段デセールを、隣の控室からクロードとシャロンが運んできた。それからお気に入りのフレーバーティーを淹れてもらい、私は当初の予定通りアフタヌーンティーにありつくことができた。

 ゆったりソファに座って部屋の調度を眺める。

「いいお部屋ね。玄関ホールも凄かったけれど、ここは落ち着いていていい雰囲気だわ」

「それはよかった。好みに合わせて模様替えした甲斐もある。何か気に入ったものがあれば本邸へ届けさせるぞ」

「そんなつもりで言ったんじゃないの」

「この家はまるごと全部、ゲストの為のショールームみたいなものだ。特別なお得意様をもてなしたり商談をする際に、気に入ったものはどれでも買えるようになってる」

「だからゲストの好みに合わせて模様替えするのね」

「しかも高額なものをな。食器ぐらいならともかく、玄関にあるデカい花瓶なんかは割らないように気をつけろ。いくら姫様の資産でも一括払いは厳しいからな」

 怖いこと聞いちゃった。あのホールを通るの、ますます緊張するじゃない。

「万が一割ってしまった時は、素直に謝らずに、わざと割ってやった、ぐらいの態度の方が皆喜ぶ」

 とんだ暴君じゃないの。私を一体どうしたいのよ。 


 私は最後にお茶を一口飲んで、食器を置いた。

「それじゃ用事を済ませましょ」

 ケンドリックに導かれて、書斎机の前に座り、用意された人材派遣会社設立の書類と、その社長に就任する書類に、シャロンが差し出したペンにインクをつけてサインする。クロードがそれを大事そうに恭しく受け取った。

 そろそろ家へ帰って、明日の用意をしなくちゃ。何を買うか、買い物の計画も立てたいし。きっと外でランチを取るわよね。着ていく服と、お店の候補を考えて……。

「ローゼリカ様はこの後お召し変え。そしてディナーです。雉と羊、どちらになさいます?」

 作り笑顔のケンドリックが、私の思考にカットインしてくる。

 晩御飯も食べてくのか。もう準備しちゃってるなら断れないな。それにしても、敬語のケンドリックは尻がもぞもぞする。

「今日は雉の気分かな。沢山お菓子食べてしまったから、メインは一つに。サラダや前菜は一口だけにしてね」

「ではその通りに。夕食後は明日の打合せです」

 明日?何を打ち合わせるの?目的のお店?

「最後に入浴。明日以降は忙しくなりますので今日は早めにお休みください」

「え?ここに泊まるの?」

「勿論です。明日は朝から、発足式、役員紹介、役員会議、就労規則や社則の確認など分刻みのスケジュールですから」

「聞いてないわ」

「言っていません」

 クロードの方に視線を走らせる。クロードはすっと俯いて視線を外した。

 クロードは知ってたってこと?

「ちょ、ちょっと待って。明日は友達と約束があって……」

「待てません。避暑地出発まで、もう猶予はありません。経営会議、視察、面接、決済、さらに会議と、旅行の出発直前まで、このエース邸で一週間の行程が組まれています」

「一週間!?私、一週間も帰れないの!?」


「まさか書類にサインして終わりだなんて、甘い考えでいらした訳ではありませんよね?」

 そりゃ、会社経営はそんな簡単なものではないわよ。私はシャロンの学費のために身を粉にして働く所存よ。

 でも、明日は、明日だけは……!

 友達と出かける機会なんてほとんどないから、ずっと楽しみにしてたのにぃ……!

「勿論私は、全ての必要な予定をこなしてみせるわ。でも晩餐や着替えの時間は短縮して、仕事の時間に充てましょう。朝は早起きするし、足りなければ徹夜もする。だからお願い!明日だけは遊びに行かせて……!」

「承服いたしかねます。特に明日の予定は外せません。明日のために遠方から来る者もおりますし、発足式のために来賓も呼んでいます」


 突然予告もなく、缶詰めで仕事させるなんてひどくない?

 仕事はもちろんやるけど、私の予定の方が先約だったわ!

 こんなの横暴よ!

 強制労働よ!人攫いよ!!

 

 ……って、言えたらいいのにな~……。

 いつも最後はしょうがないなと言って我儘を聞いてくれるケンドリックなのに、なんだか様子が変ね……。

「あの~、ケンドリック、なんか怒ってる?」

「まさかそんな!そう思われるのは姫様に心当たりがあるせいでは?」

 それ絶対怒ってる時の返事やん。


「んん……」

 私は首をかしげる。

 正直心当たりがありすぎてわからないわ。

 普段ならこの辺りで溜息をついて許してくれるケンドリックだが、今日は冷たい表情のままだ。

 冗談ばかり言っているから気づかないけど、やっぱりケンドリックも顔が整っているのよね。美形の無表情怖い。


「深夜に部屋まで訪ねてきて、何事かと思えば経営拡大のお話。これは余程思い詰めてのことだと、急ぎ準備を整えましたのに、待てど暮らせどお声がかからない。予定が押しています。もうこれ以上後ろにずらすことは出来ません」

「忘れてた訳じゃないわよ。ただ、夏休みにやればいいかと思って……」

「姫様におかれてはご存じでしょうか?夏季休暇中は家事使用人の需要が高まります。社交シーズンでもあり、寄宿学校に通っている子供たちも帰ってくる。ここまで言えばお分かりですね。大幅な増収を狙うには、夏の売上が必要です。つまり今、すぐに、規模拡大の準備を整える必要があるのです」

「わ、わかったってばぁ!ちゃんとあなたのいう通りにするから!でも約束したんだもの。予定がキャンセルになっただけでも悲しいのに、友達との約束を破るなんて辛すぎるわ。三時間だけでもいいから、何とかならない?」

「御心配には及びません」

 にこりと笑ったケンドリックに、一筋の光明が見えたような気がしたが、気のせいだった。

「ご友人お二人には、すでにテスト期間中に事情をお話しております。明日はリュカオン殿下の側近の方々とご友人たちで買出しにいらっしゃる段取りを、当方ですでにつけております」


 再びクロードに視線を走らせると、クロードは絶対に目が合わないように下を向き、広い肩幅をしょんぼりさせている。叱る前から叱られた犬みたい……。

 最後の望みをかけてシャロンの方を見ると、彼女も情けない顔して立っていた。

「申し訳ありません、姫様。この件に関して、私はすでにケンドリックに言い負かされておりまして、何も発言することができません……」

 そりゃあそうよね。シャロンが言い争いでケンドリックに勝てるわけないわ。

 



 かくて私は、エース邸に泊まり込みで仕事に勤しんだ。

 ほかの人の目があるところでは、高貴に振舞わねばならないので疲れ、かといって人目がないところでは馬車馬のように働かされる。八方ふさがりの一週間であった。

 ケンドリックから、山のように書類仕事があると言われても、どうせ話が盛ってあるに違いないと高を括っていたが、実際に山のように積みあがった書類に囲まれる羽目になった。

 書類ってあんなに積みあがることがあるものなのね。ああいうの、ギャグ漫画で見たことあるわ。会社設立ごときであんなに書類が必要なら、王様や大臣の執務室ってどうなってるのかしら。

 一週間後、やっとの思いで仕事を終え、私たちはケンドリックに見送られてエース邸を出発した。


 この後は、ローゼリカと愉快な仲間たちのバカンス編に突入します。

 ここらでそろそろ伏線を仕込んでおきたかったのですが、うまく辻褄があわない……。

 もっとシンプルに、物語の筋と描きたいものを組み合わせたいのに、進みたい方向に進まない……。

 急ぐあまり、文章ばかり睨んでいると、キャラが動かなくなって説明主体になってしまいました。やはりバランスのよいインプットとアウトプットが大切ですね。

 しばらく時間をかけて展開練り直し、二次創作や作品鑑賞したりして、英気を養ってきます。



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― 新着の感想 ―
[一言] 姫さまはやはり姫さまだった…!立ち位置がクリアになるエピソードは話に膨らみがでて好きです。 英気養うのも大事です!たっぷり充電して帰ってきてくださったら嬉しいですー
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