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箱の中身はなんだろな

 リュカオンからのプレゼントはレモンクリームイエローのサマードレスだった。

 それから靴、帽子、手袋がトータルコーディネートで贈られてきた。

 足さばきが良く動きやすい、ひざ下の短め丈で、靴も足首を覆う歩きやすい形。帽子は日差しを避けられるようツバが広い。

 まるで高原や湖畔に遊びに行く時のような、アクティブでお出かけ向きの一式だ。

 約束の離宮に、これを着て来い、ということだろう。

 さすがリュカオン。圧が強い。

 こんな品物を周到に準備しておいて、な~にが『夏季休暇は少し遠くに遊びに行こう』なのよ。『全部手配済みだから絶対来いよ』の間違いでしょう。

 確かにお出かけが楽しみになる様な素敵なドレスで、リュカオンの手のひらで踊らされているのが悔しい。


 さらに言うと、リュカオンからは、誕生日に限らず、何度かドレスを贈られているが、その中で今回の一着はダントツで可愛い。

 これまで贈られたドレスは、上品でトラディショナルであることは間違いないのだが、百年先でも着られそうというか、流行りも廃りも全くない……、こう言ってはなんだけど、地味で誰が着ても同じ、定番のドレスだった。

 ところが、今回はどうだ。私の体形に似合いそうな形に、流行色。鮮やかな緑の差し色が際立っていて、なかなか攻めている。セットの帽子も手袋も、汎用性がない専用セットアップなのが乙女心をくすぐる贅沢なお洒落だ。

 リュカオンのプレゼントって、着るものに限らず、ダサいとは言わないまでも、威厳がありすぎて可愛さとは無縁だったのよね。

 これはおそらくプレゼントのアドバイザーが変わったな。


 イリアスからは大判のストールを贈られた。淡いブルーグレーの生地に、星の刺繍が金糸銀糸でちりばめられており、異国風のモチーフでエキゾチックな魅力がある。本物の金箔銀箔をり込んだ糸で刺された刺繍は、わずかな光に反射してキラキラ輝き、小さな星空のように美しい。このままタペストリーとして壁に飾ってもよさそうな芸術作品だ。

 イリアスのお母様は刺繍が得意で、工芸作家として、注文を受けることもあると聞いている。そのお母様に材料を用意して星の刺繍を依頼したと、添えられたメモに書かれてあった。

 作家の一点もの作品を身にまとう。これもまた最高の贅沢の一種であろう。


 イリアスのプレゼントは、手間暇かけた作品であることが多い。私と同じドレスを着た、私の髪と同じ毛色のぬいぐるみ、自作したプラネタリウム装置、マジックショーなど、思い出に残るセンスの良いプレゼントばかりだ。

 今回もイリアス自身が、私の幸運を願いながら仕上げに一刺し針を入れてくれたのだとか。


 それから今年はクロードもプレゼントをくれた。

 コロンとデフォルメされた花モチーフのチャームが、赤、白、ピンクと三つ、手紙とともに、布張りのジュエリーケースに並んでいた。


『良質の珊瑚が偶然手に入りましたので、お守りとしてどうしてもローゼリカ様に差し上げたく、礼儀をわきまえず、物を贈る非礼をお許しください。

 こちらは珊瑚を犬笛として加工し、花の意匠に細工したものです。ペンダントトップや扇の飾り緒に着脱できるよう金具を取り付けてあります。

 犬笛は人の耳には聞こえない音域の笛で、当家の犬はこの笛に反応するよう訓練されています。

 どうか、万が一のお守りとして、姫様のお側に置いてください。

 あなた様の健やかなる毎日と幸福をお祈り申し上げます。   クロード』


 使用人から主人へのプレゼントは、一般的に無礼とされている。しかしそれは、お互いに気を遣い合うのを避けるための表面的な建前であるため、クロードが体面を超えて、私のために贈り物を用意してくれたことが嬉しい。

 しかも内容がとびきり素敵だ。

 鮮やかな赤色は、最も希少価値の高い血赤珊瑚だろう。当然高級品で、お値段はまったく可愛くないが、ビビットな色合いで若々しい細工が良く似合っている。

 長く使えることよりも、今現在だけの嗜好を重視して高級品を誂えるのは、言うまでもない贅沢だ。

 さらに一見何の変哲もないアクセサリーのように見えて、人の耳には聞こえない笛だなんて、秘密道具のようでワクワクする。

 万が一というのは、どこかに閉じ込められたり、大声で助けを呼べない状況を想定しているのだろう。私は過去に二回も行方不明になっているし、クロードの心配ももっともだ。

 普段から身に着けている防犯装備の一つに加えておこう。


 こうして、プレゼントとお菓子と楽しいお喋りで誕生日を過ごし、私は15歳になった。




 誕生日の後は、残り少ない学年末を、サロンで仲人業に勤しみ、進級試験を乗り越えて、晴れて明日から夏季休暇だ。

 夏季休暇は二か月近くあるのに課題は一切ない。

 ハッキリ言って遊び放題よ!

 休みの初日は友人たちと町へショッピングに行き、バカンスの準備をする。旅の準備をするのも、旅と同じぐらい楽しみだ。


 シャロンとフィリップに関しては、不甲斐ないがあれから何も進展がない。

 フィリップは出張から帰ってきたようだが、シャロンと特別親密な様子はないし、私の目には子供の頃と関係性が変わっているようにも見えない。それとなく探りを入れてみても成果なし。

 じれったいが、確証を掴むまでは慎重にいったほうがいいと思うのよね。現実ではだいたいそうでしょうということでも、残りの確率で逆をついてくるのが物語というものだから。


 そう思っていた矢先、登校中の車の中でシャロンから申し出があった。

「離宮へのご旅行、フィリップも随伴することになりましたのでご承知おきくださいませ」

「ええ、わかった。でも急にどうしたの?」

 私は内心『キター……!!』と思ったが、なるべくワクワクを押さえて平常心を装った。

「どう……と仰いますと?」

 シャロンは少し返答に窮したようだ。

「誰が来ても構わないのよ。リュカオン様はうるさく仰らないと思うわ。でもフィリップが付いてくるなんて初めてのことでしょう?だからどうしてかなって」

「ああ、それは。やはりお屋敷を長く遠く離れることになりますから」


 それはつまり?

 どういうこと???

 付き合いたての二人が離れがたいということよね?それしか考えられないわよね!?

 それなら根掘り葉掘り聞くのは野暮と言うものよ。

 シャロンは澄ました顔をしているけれど照れ隠しかもしれないわ。

 あまりに問い詰めて、やっぱりやめますとなったら誰も得しない展開だ。

 どう転んだって、使用人が大勢いて仕事が細分化している家より、少人数のお出かけの方が親密度が上がるに決まっている。私も二人を観察しやすい。


 これはもう攻略イベントが始まっているも同然よね。

 いや、成否は私の手腕にかかっているのだわ。気を引き締めていかねば。

 とは言いつつも、平常心もどこへやら。私は喜びを抑えきれずニヤつきがダダ漏れた。

「楽しい旅行にしましょうね」

「はい、ローゼリカ様」

 シャロンも顔を紅潮させてニコニコしている。

 嬉しいよね、彼氏との旅行。

 あなたの恋路は私が全力でサポートしますからね。




 今日一日、ウキウキで授業を終え、今年度最後のサロンは、私がくっつけたカップルの婚約報告だった。

 お似合いの二人が幸せそうにしているのを見ると、情報収集の副産物的なこの業務も、やってよかったと思える。ストレスゲージがぐいぐい下がるこの充足感!最高!!

 気持ちよく成果を感じながら一年を締めくくれるように、クロードが調整してくれたようだ。

 何も言わなくても、クロードの采配はいつも私の希望にピッタリで、些細な気分の変化にすら対応してくる。

 きっと私たち、考え方が似ているんだわ。そんな人が近侍となってくれて本当にラッキーだ。その相性の良さあってこそ、まだ幼かったクロードが近侍に選ばれたのかもね。


 さあ、用事は全部終わり。家に帰って、三人でお茶でも飲みながらゆっくりしよう。

 それから明日の買い物に着ていく服を決めたら、本を読む楽しみはバカンスまで取っておいて、早めに寝てしまおう。明日からの楽しく忙しい日々に備えて、英気を養っておくのが大人の自己管理というものよ。

「お待たせイリアス、さあ帰りましょう」

 意気揚々と車に戻ってきて、クロードが開けてくれた扉から中に乗り込むと……。

「御機嫌よう。あなたのしもべ、ケンドリックです」

 中で待っていたのはイリアスではなくケンドリックだった。 


 ケンドリックは、私たち三人が乗り込むや否や車を発進させた。

「エース邸まで!」

「あ、あら?イリアスは?」

「イリアス様は俺が手配した別の車でお帰りになった。ローゼリカには、これから一緒に俺の家へ来てもらう」

 家。寮の部屋とは別に家があるんだ。 

「お家へ招待してくれるのね」

 この間は頼んでも部屋に入れてくれなかったのに。

 なんにせよ、他に予定もない。急でも友達の家に遊びに行けるのは嬉しいな。

 今日は思いがけず楽しいことがたくさんある。

「嬉しそうにしているが、何の件かわかってるよな?」

 えっ、何だろう。全然わからないわ。

「……お疲れ様のサプライズパーティ……とか?」

 あきれ顔だったケンドリックが思わず笑い出す。

「違う。人材派遣会社の件だ」


 部屋へ押しかける口実として、でまかせに切り出した経営の話を真面目に考えてくれているなんて、ケンドリックは本当に健気だ。あなたのしもべと自称するのも伊達ではない。

 あ、いや。奨学金のために事業拡大を考えているのは本当ですよ。

「実践経営学のレポートを読んだ。方針が決めきれていなかったが、良く書けていた」

 ケンドリックは軽口も憎まれ口も叩くが、隙があったらすかさず人を褒める。

 人心掌握に優れた仕事の出来る男って感じがするわ。めちゃくちゃモテそう。


「バーレイウォール・サーヴァンツ・パートナーは、今のところトリリオン家人事部門の下部組織だ。規模を拡大するなら、この機会に独立させよう。本当は姫さまのアカデミー卒業くらいを目処に考えていたんだが、予想より早く成長したからな」

「考えてくれていたのね。ありがとう。あなたが言うならそうしましょう。反対意見はないわ」

「ありがたき幸せ。ではバーレイウォール・サーヴァンツ・パートナーは会社として独立し、3倍の純利益獲得を目指します」

「さ、3倍!?いきなり3倍は無謀じゃない?いくらあなたでも!」

 現在の利益額は奨学金四人分。三倍なら12人だ。毎年二人ずつ奨学生を養うという計算か。

 そりゃあ、そう出来ればいいけど、三倍にしまーすって言って三倍になったら誰も苦労しないわけで……。


「最終的に3倍の利益があげられるような体制を作るって事だ。派遣登録者の確保、管理マネージャーも経理担当も人数が必要だし、営業だってもっと大々的にかけていく。他にもいろいろ、沢山仕事を受ける準備を整えないとな」

「そうよね。びっくりしたぁ」

「幸い、まだ需要に供給が追い付いていない状態だ。単価の値上げと規模拡大で、すぐに1.5倍程度の増収は見込めるだろう。来年度の奨学生募集がかけられなかった分、再来年度は二人募集できるように持っていくつもりだ」

 来年穴が開いてしまうことを気にかけていてくれたのね。さすがケンドリック。

「これからお客様を増やそうって時に、値上げしちゃって平気?」

「その心配は一理ある。しかし、需要と供給のバランスが悪いのなら、価値は見直されるべきだ。反発を恐れるのじゃなく、価値を受け入れてもらえるよう努力するのが俺たちの仕事だ」

 確かに、需要の高いものは値段が上がるのが自然。

 庶民の感覚を持っている私は、値上げって言葉に拒絶反応しめしちゃうけど、極端なインフレや不当な占有でないかぎり、価値は正しく再評価されなきゃいけない。でないと、今度はまわりまわって労働力を搾取することになってしまう。

「適切な値段をつけるのがいい商人ですものね」

「そういうこと。これまでの料金プランは残しつつ、付加価値をつけたグレードアップ料金はむしろ人気が出そうだと思っている。だが勝手に、意に沿わないことはしないよ。話し合って決めよう」

 労働の対価は、仕事のやりがいなどではなく、相応の給金であるべきだ。

 価値を高めることが、従業員の生活を守る事に繋がる。

「わかった。お客様にも従業員にも良い会社となれるようがんばらなくちゃね。私にできることは何でも言ってちょうだい」


 それを聞いて、ケンドリックが唇の端を釣り上げて笑う。

「言ったな?」

 ああッ……!それは……!キツネ顔のケンドリックの一番かっこいい顔!!

 って違う!そうじゃない!!

 何なのその不敵な笑みは?


「それではこれより、エース屋敷に用意された決済の書類にご署名いただきたいと存じます。つきましては、エース屋敷滞在の際の注意点についてご承知おきください。ローゼリカ・バーレイウォール様は、エース屋敷滞在時におかれましては、決して。何があっても。膝を折ってはなりません。かがんではなりません。頭を下げてはなりません」

「えっ、やだなに突然」

 ケンドリックは、ころりと表情を変えて爽やかな営業スマイルに切り替えた。

「謝罪してはなりません。慌ててはなりません。走ってはなりません。いつでも超然と微笑んでいらっしゃい。ゆめゆめ、下々の願望を裏切ることがありませんように……」

 ヒエ……。目が笑ってない……。


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