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私は家具になりたい

フィリップが帰ってこないんじゃ、どうしようもないわ。

 勘違いも念頭に置きつつ、ひとまずフィリップルートが始まったと仮定して行動しよう。

 とりあえず、今日の誕生日を楽しんでからということで。


 今年の誕生日は平日で、私はケイトリンとセレーナの3人で、ダルトンデール家の車に乗って学校から帰ってきた。

 今日はサロンもお休みで、3人でアフタヌーンティー、家族と一緒に夕食をとって、夜通しお喋りの予定だ。

 この年頃の女子はどれだけ喋っても喋り足りると言う事はない。下らない話だって楽しいのだ。

 玄関で待っていた使用人たちが統制の取れた動きで私たちを出迎えた。今日はイリアスと一緒に一足先に帰ったクロードとシャロンも混じっている。

「ただいま戻りました」

「おかえりなさいませ、ローゼリカ様。いらっしゃいませ、ケイトリン様、セレーナ様」


 使用人の人垣がすっと半分に割れて、 奥から母が現れた。

「おかえりなさい、ローゼリカ。そしてお誕生日おめでとう」

「お母様、お体の具合はよろしいのですか?」

 病弱な母が人前に姿を表したので、私はとても驚いて駆け寄った。

 調子が良い時でも出迎えしているところなど一度も見たことがないのに、数日前から体調を崩してもいたのだ。

「皆が大袈裟に騒ぐのよ。熱もないからあなたにお祝いとご友人にご挨拶だけでもと思って」

「ありがとうございます。ご紹介いたしますね。こちらレディ・ケイトリン・ダルトンデール。それからレディ・セレーナ・アーデン。二人とも、こちらが母のメイヴィス・バーレイウォールです」

 母はシンプルだがラインの美しいドレスに、ベールのかかった帽子をかぶっていた。薄いベールで輪郭やなんとなくの表情は分かるが、顔はハッキリと見えない。

「バーレイウォール家へようこそ。顔色が悪くて見苦しいものだから、こんな恰好で無礼を許してね。お二人のことは良いご友人であるといつも聞いています」

 ケイトリンとセレーナは恭しく礼をした。

「お会いできて光栄です、侯爵夫人」

「滞在をお許しいただきありがとうございます」

「気兼ねなく過ごしてください。これからもローゼリカと仲良くしてくださいませね」

 短く挨拶して屋敷の奥へ戻っていく母を見送ってから、エントランスホールの大階段を指し示した。

「行きましょうか。私の部屋は二階よ」


 今まで二人が遊びに来たときは、サロンや庭へ案内していた。自室へ人を招くのは初めてだ。三人で階段を上がり廊下を歩く後ろを、荷物を持ったメイドとバレットがぞろぞろと付いてくる。

 隣を歩いていたセレーナが少し距離を詰めてそっと囁いた。

「素敵なお母様ね。あまりにもたおやかな方で、想像とは違ったから少し驚いたわ」

「それは、私があまりにもじゃじゃ馬だから、お母様も元気の良い方だと思ったのでしょ」

「だって。自分以上の跳ねっかえりを見たのは、後にも先にもあなただけよ」

 悪びれなく笑うセレーナはコールハーン子爵家の長女。小柄で小動物のように愛くるしく、比較的背の高い私とケイトリンの間に立っていると余計に小さく見えるが、三人の中で一番しっかり者で気が強い。

 一見おっとりとして茫洋なケイトリンとは対照的に、濃いめの髪と瞳の色が理知的な印象で見るからに聡く、見た目通りの才女である。

 ファミリーネームと爵位名が違うのは、つい先代貴族になったばかりの新興貴族だからで、彼女のお爺様が戦争で勲功を立てて拝領したと聞いている。

 新参者を軽んじる風潮がこの国にも全くないとは言えないけれど、それは新たな勢力にケチをつける荒さがしのようなものだ。時流に乗っていて覚えもめでたい新興貴族は一目置かれている。


「確かに背格好が双子の姉妹のようにそっくりなのに、全然印象が違ったからわたくしも驚いたわぁ」

 ケイトリンがしみじみ頷く。

 母は昔から一ミリも体形が変わらず、今でも娘時代のドレスがはいるのだとか。髪も目も母譲りで似ている自覚はある。

「よく似ているから、性格の違いが際立つのでしょうけど」

「声までそっくりよ。きっとローゼリカも大人の女性になったら、あんな風になるのねぇ」

「それはちょっと自信ないかな……」

 母は佇まいから滲み出るような気品があり、会話の間の取り方、足の運び方ひとつとっても優雅で、非の打ち所がない完璧な淑女だ。

 恐らく、余程の名家の出身か、亡国のやんごとない血筋を受け継ぐ姫君だろうと勝手に思っていたのだが、実は爵位を叙勲されたばかりの男爵家出身だと聞いたときは絶望した。

 男爵令嬢でこんなに完璧なのだとしたら、私は侯爵令嬢としてやっていけないのではないか、貴族の子女が集まるアカデミーでは後ろ指を指されて家名に泥を塗るのではないかと。

 しかし実際にアカデミーに通ってみて、全員が全員母のようだと言うこともなく、私は変人の称号を受けるのみで済んでいるので結果オーライだ。

 特別に貴婦人の才能あふれた母だからこそ、父と結婚したということなのだろう。


 廊下を歩いていると、制服から着替えたイリアスと行き会った。

「いらっしゃい、ダルトンデールにアーデン。どうぞ楽しんで」

 爽やかな笑顔で道を譲ってくれたイリアスにセレーナが歩み寄った。

「御機嫌よう、イリアス様。今日はお姉様をお借りするわね」

「姉ではありませんから、ローゼリカの行動に俺の許可など不要ですよ」

「まあ、そうでしたの。あなたも女子会にご参加なさる?お祝いして差し上げたいでしょう」

 えっ。別に嫌ってことはないけど、女子会にイリアスが参加している絵面はちょっとなあ。

 参加したがるとも思えないし、イリアスなら上手に断るでしょう。

 と思っていたのに。

「あなたが話を聞きたいの間違いでは?しかし俺自身は彼女のものなので、打診はローゼリカになさる方が良いですね」

「あらあら」

 ええっ!?イリアスったら、自分で断るのが面倒で責任を私に押し付けたわね!

「や、やだも~、二人とも何言ってるのよ!早く部屋でお菓子でも食べましょ!」

 セレーナが向き直って何か聞いてくる前に、彼女の背中をぐいと押してセレーナとイリアスの会話を強制終了させる。

「それじゃイリアス、また夕食の時にね!」

「ええ、後ほど」

 何事もなかったように笑顔を浮かべたイリアスを残して、私たちは部屋に入った。




 学校へ行っている間に、部屋には届いた誕生日のプレゼントが運び込まれていた。

 私たち三人は制服から私服に着替え、広いはずの部屋を所狭しと圧迫するプレゼントの山に囲まれてお茶を飲み、積まれた色とりどりのお菓子の箱を物色してお茶請けを選んだ。

「お行儀が悪いけれど、こうやって沢山の中から好きなものを選ぶなんて楽しいわぁ」

「悪いことは楽しいのよ。今日は悪の道を極めましょう」

 ケイトリンとセレーナは頬を紅潮させ、目をキラキラと輝かせている。

 こんなことが悪事だなんて、深窓のご令嬢とは可愛らしいものだ。

 夜中にケーキワンホールまるかじりなんてガチ悪事を働いたら、卒倒するかもしれないので今日は大人しくしていよう。


 それぞれ選んだ焼き菓子を頂きながら、話は自然とケイトリンの婚約者探しに移っていった。まだ探し始めて間もないが、まず聞き取り調査の時点で難航している。

「ケイトリンの理想や好みの人柄を聞きたいのに、こだわりはない、そんなの全然わからないって言うから、誰を紹介していいか絞り込めないの」

「理想と現実は違ったとしても、身近な憧れの人やときめいた物語の主人公くらい、いそうなものだけれど」

 セレーナは行き詰っている私に同調してくれた。

「そのくらいの心当たり、わたくしにだってあるわよぉ。だけど全員似ているとは言えないから、一つにくくるなんてできないわ」

「後で変更したっていいのだから、軽く考えてみて。例えば物静かで寡黙なかたと、快活で饒舌なかただったら、どちらが一緒にいて楽しいと思うの?」

「そうそう、どちらかと言えば、ぐらいでいいのよ。極端な方を紹介したりしないのだから」

「そんなこと言われても……、場合によって違うとしか言えないわ。快活なかたは感性が合えばきっと楽しいでしょうけれど、合わないならなら物静かなほうがいいわぁ。ローゼリカだっていつも、寡黙な男性も、饒舌な男性も、みんな違って、みんな萌えだって言っているでしょう」

 いつもこの調子で、困っているのは私だけでなくケイトリンも同様だ。

 一緒にいて楽しいのが良いとは思っているみたいだが、何が楽しさに繋がるのか分からないようだ。大らかで好奇心旺盛な彼女らしいといえば、らしいが。

「それは物語の話よ。相手をするヒロインは私じゃないわ。現実なら、意地悪で強引な男性とお近づきになるなんて絶対に嫌だもの」

「そのあたりがよくわからないのよ。理想と素敵な物語をどう区別したらいいのぉ」

 素敵なヒーローとの素敵な恋でも、自分が体験したいってわけじゃないこの感覚、どうして伝わらないのかしら。私はヒロインじゃなくて、二人を見守る壁や天井や、贅沢を言えば素敵なアンティーク家具になりたいんだっていうこの感覚が!


 考えてみれば、これまで相手の条件絞り込みの時点で躓いたことはなかった。サロンに相談に来ていたのは、結婚願望が強く、将来のビジョンをはっきり持っている女子ばかりだ。多すぎる条件を整理したり、優先順位をつけたりすることは出来ても、ないものを勝手に生み出すことはできない。

 ケイトリンのイメージを大事に育てながら、じっくり取り組むしかないだろう。婚活も就活も、まずは己と向き合うことからよ!

「焦らず一緒にゆっくり考えていきましょう」

「ローゼリカだったら、どう答えるの?」

「私は快活かどうかより、空気を読んでくださるかたがいいわ」

「空気ねぇ……」

「それが読めるかたはあなたに近づいてはこないでしょうけれど……」

 何も言い返すことができず、私は閉口した。

 現状ではそうかもしれないけど、リュカオンが他に恋人を作ったら私だってちゃんとモテるんだから!……たぶん。


「セレーナは?あなたは結婚についてどう考えているの?」

 ケイトリンの質問に、セレーナは少しバツが悪そうに身じろぎした。

「これまで言っていなかったけれど、実は婚約者がいるのよ、私」

「えっ」

「まあ……」

「突然自己申告するのも可笑しな話でしょう?デリケートな話題だから二人に聞くことも出来なくて、言い出す機会がなかったの」


「三人とも興味がないから話題に上がらないのかと思っていたわ」

「ええ、わたくしも。だからちょっと驚いてしまって」

「私の方こそ、二人に婚約者がいないと知ったときは驚いたわよ。本当の高位貴族ほど、結婚や相手探しには大らかなのかもしれないわね」

 私とケイトリンは顔を見合わせた。

「たぶんうちは放任なだけかと」

「わたくしは四番目だから、親も自由にすればいいと思っているみたい……」

 友人に婚約者がいたと知り、最初は驚いて、なんだか置いていかれたような寂しい気持ちになっていたが、じわじわと好奇心が勝ってきた。ケイトリンも同じのようで、ゆっくりと口元が緩んでいく。

「お相手はどんなかた?年は?名前は?」

「いつ婚約なさったの?出会いは?わたくしにも教えて」

 私たちが急に詰め寄ったので、セレーナは焦って赤くなった。

「私の話なんていいじゃない。今はケイトリンのことでしょ?」

「これまで黙っていて、話したくて堪らなかったでしょう。今日は存分に聞くわ」

「他に隠していることはないかしら?全部話しておしまいなさいな」

 私たちは子猫のようにじゃれあってソファの上を転げた。

「わかった、わかった。白状するからローゼリカは誕生日プレゼントの山を開封して。じっくり聞かれたら話しづらいわ」

「ええ。どれから開ける?どれでもいい?」

「リュカオン殿下のプレゼントから!」

 ケイトリンとセレーナは声を合わせて言った。


イギリスの爵位制度では、子爵家の人間はレディとは呼ばれないはずですが、この国の制度は成り立ちも何もかも違う(という設定)、さらに日本語として上から順に名称をあてはめているだけ(という設定)なので、子爵令嬢セレーナ・アーデンもレディと呼ばれています。


次回、もし次の部分が間に合わなかったら、書き溜めしておいたリュカオン視点の小話が幕間に入ると思います。よろしくお願いします。


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