お前もキャーキャー言わせてやろうか
夜の逢瀬監査って、字面が最悪ね。
詰まるところ覗きじゃないの。
変態よ。それはもうただの変態。
ちぁっ!わ、私は違うわよ!
ちゃんと訳があるんだから!
乙女ゲームにおいては、ヒロインと攻略対象の親密度はシナリオ進行度と比例している。
つまり、これはシナリオ進捗を計るための調査。
邪な思惑など介入するはずもない、逼迫した緊急性と必要性に基づく行動なのよ。
本当の本当!
言えば言うほど怪しくなるけど本当なんだってば!
それにちょっと気になる部分もあるのよね。
これまでなんの兆候もなかったのに、いきなりあんな展開は不自然じゃないかしら。
私はこの8年間、シャロンの動きに気を配ってきた。今年は結婚相手を探しに来ている女生徒が沢山入学する年で、男子生徒の意識も変わってくる。人間関係がガラリと変化する可能性もあるから、特に注意していたつもりだ。
それなのに、いきなりのイベント。
もしかしたら、この一件は勘違いなのではなかろうか。
物語における、起承転結の承の部分。シナリオがミスリードされ、転に向けて密かに捩れが生じた状態よ。
最後までちゃんと見届けていたら何でもない話だったのに、途中で逃げてしまったせいで、まんまと乗せられてしまったのよ!
気づいた私、賢いわ。さすがと言わざるを得ないようね。
えーっとその場合どうなる?
シャロンがヒロインで、勘違いしたのが私だから、物語のセオリーから行くと……シャロンと私のシナリオが始まる……?
それはおかしい、か。
やっぱり私がシナリオの開始を見落としていただけなのかな。今は学年末の5月。知らないうちに物語が進んでいたとしたら、そろそろクライマックスのイベントが起きても不思議はない頃合いだ。
まあとにかく。そんな迷いもちょちょっと行って、パッと確認すれば全て解決。
二人がイチャイチャしてたらソッコー帰れば問題ないわ。
前にリュカオンと格技場にいた時みたいに、色気もへったくれもない関節技でもかけているなんてことも充分ありえる。
妖精さんが散打を打ち合っている姿は想像できないから、きっとフィリップがシャロンに護身術を習っているとかそんな感じね。シャロンはなんとかプリンセスの腕だって、頼まれたら容赦なく極めるからね。
「そうと決まったら、善は急げ」
シャロンは仕事を上がったばかりだから、時間は今以降か、もっと遅いかもしれないとして、問題は場所よ。
まず間違いなく邸内だ。子供だけで夜間に外出なんてあり得ないわ。それでも一人で探すのは不可能なくらい広い。
学校と同様イベントスポットは把握してあるけど、山が外れたらタイムオーバーだ。
でも大丈夫。実は考えがあるの。
鏡の前で自分の姿を確認する。
薄手で濃い色の寝巻きに、体が冷えないようにしっかりした、生地のガウンを羽織っている。
異性のクロードの前でもこの格好だから、別に着替えなくてもいいか。
室内履きだけ外用のものに履き替えると、灯りだけとって、こっそり部屋を後にした。
コココン。
軽快にドアをノックする。
「はい」
中からの返事に、私は鼻を摘みなるべく低音で不明瞭に答えた。
「べんごんをあぶばっでばず……」
「……?」
部屋の主は、聞き返す事を諦めたようで、ややあってから今出ます、と言った。
「はい、どちらさ……」
ガチャ。
開いたドアの隙間にすかさず足を差し入れる。
「まうわあぁぁ~~~ッ!!!」
寮の廊下にケンドリックの絶叫が響き渡った。
「来ちゃった」
私は使用人男子寮のケンドリックの部屋の前にいた。
考えというのは、『困ったときのケンドリック』だ。
私はこれで、何度も窮地を脱してきたのだ。
彼からフィリップの居場所や行動範囲についてそれとなく聞き出す。イベントスポットと重複する場所があったら私の勝ちだ。
何だったら、一緒についてきてもらっても良い。それで二人でシャロンとフィリップの逢引を目撃したら、ここぞとばかりに質問攻めにしてやるわ。ケンドリックを。
だって昼のことを誰かに聞こうにも、いつどこで見たのか追及されて、フラフラ散歩中に、校舎の廂の上から見ましたなんて言ったら藪蛇だもの。
「怖い怖い怖い、何でいんだよ」
奇襲作戦で部屋への侵入を試みた私を阻止するべく、扉を閉めようとするケンドリック。しかし私の足が挟まっていて閉まらず、彼はますます青ざめて叫んだ。
「マジで!勘弁してください!!」
攻防の末、私が諦めると、ケンドリックはようやく落ち着いて周囲を見渡し、私が一人で来たことを確認してげっそりした。
「ここ男子寮だぞ。もう夜だぞ。頭おかしいんじゃねえ?」
このコミカルでいて、遠慮のない嫌がりよう。まるで思春期の息子のような反応でホッコリする。
「別に忍び込んだりしてないわよ。ちゃんと寮監にお願いして入れてもらったんだから」
「ふざけんなよ、あのおっさん。明日の朝じゃダメなのか?」
「えっとね。ちょっと派遣会社の経営のことでご相談が」
私はなるべく安心させるように人の好い笑顔を浮かべたつもりだが、ケンドリックはますます人を信じない目つきになった。
廊下での押し問答で、なんだなんだと寮の住人たちが部屋から顔を出す。
「ケンドリックがお騒がせしてごめんなさいね」
何でもないのよと手を振ると、また姫さまかと皆帰っていった。
「その反応はおかしいだろ!皆俺の味方しろよ!」
「とにかく中に入れてよ。あなたと私の仲じゃない」
「ダメ。あんたは俺を信用しているかもしれないが、俺はあんたを信用してない」
ひどい。どういうこと?
二人きりだからって、無理難題吹っ掛けたりしませんけど?
ケンドリックは開いたドアの隙間をガードするように、部屋の中からこちらを見下ろしている。飛び跳ねてみても、背の高い彼の首と肩の隙間から覗く室内の様子は天井のみである。
この扉の隙間は、ケンドリックが私に開いてくれている心の扉の大きさよね。ぐぬぅ。めちゃくちゃ狭い。
「とりあえずクロード呼んでくる」
私の脇をすり抜けようとするケンドリックに立ちはだかって押しとどめる。
「まって待って、クロードはもうプライベートの時間だから!」
クロードに見つかったら私の良からぬ企みはバレて部屋へ強制送還される。明日の朝には全部バレているとしても、今戻ったら二人を帰して抜け出してきた意味がない。今後の方策が立てられなくて眠れななかったらどうしてくれるの。
「は?俺も今はライベートな時間ですが、それは」
ケンドリックは心底不満そうなトーンで言った。
クロードと同じ年で18歳のケンドリックは、もともと少年らしい骨太の体格だったが、ますます背も伸び、長身に厚い胸板で年上の男らしい格好良さがある。
硬い赤毛を短く刈り、切れ長のオリーブグリーンの瞳で精悍な顔つきだ。
今は部屋でリラックスしたシャツとズボン姿だが、いつもはオーダーメイドできっちり仕立てたシャツとブレザーをしわ一つなく着こなし、襟元だけ少し緩めて、上流階級の品と上級生らしい風格を両立している。
しかし立派な体格は宝の持ち腐れで、得意分野は交渉と金策の頭脳労働。クロードと並んで私の頭脳である。
私が喜ぶというだけの理由で、わざと敬語を使わず、乱暴な話し方をするが、振る舞いは紳士そのもので洗練されている。
「とにかく二人きりは絶対にダメ」
これは逆にチャンス。
「じゃあフィリップを呼びましょう」
フィリップを呼びつけて時間を潰し、本人が約束のために帰りたがったらこっそり後をつけるの。簡単だわ。これで行きましょう。
「クロードじゃなくて?」
「クロードに聞きたい事はもうとっくに聞いているに決まっているでしょ?」
「それもそうか。でもフィリップは確か、今日は仕事じゃなかったかな」
「でも、夜に庭仕事なんて出来ないでしょう」
「さあ、夜間じゃないと出来ない仕事もあるんじゃないか?遠方に前日入りすることもあるだろう」
ケンドリックは私の肩を押して回れ右させると、隣の扉の前へ連れていき、ノックした。
「フィリップ?いるか?」
私たちは示し合わせたように揃って上下に並んでドアに耳をつけた。
人の気配がしない。
「ほらな」
「ええ、そんなぁ……。どこに行っちゃったの?」
私の計画、砂の城より脆すぎて一瞬で崩れ去っちゃった。
「そこまでは知らん。バーレイウォール邸は今、庭園工事の予定がないから、他の屋敷だろう」
ケンドリックは頭の中の日程表を確認するように斜め上を見上げた。
「庭園工事の日程なんてあるんだ」
「働いている人間が多いから、行事予定は全員が把握できるようになってないと困るんだよ」
邸内での仕事ならまだワンチャンあったのに、出かけてしまったとしたらシャロンとの約束はどうなるの?急に遠方の仕事が入ったとか?
「本家の仕事がない時の方が、かえって忙しいんだ、あいつは」
「移動しなきゃいけないから?」
「そういうこと」
「本当にフィリップは今日屋敷内に居ないのね?」
「たぶんな。確証が欲しいなら寮監のところに外出届が出ているか確かめよう」
ケンドリックは出入口付近の寮監室までついてきて、代わりにフィリップの届け出を確認してくれた。寮監によれば、夕方に外出届を提出し、出かけて行ったそうだ。
「うちは防犯上出入りに厳しいから、予定が変わって戻ったとしても必ずここに報告が来ますよ」
とは寮監の談。
そうまで言われたら疑いようもない。
「どうする?やっぱりクロードを呼ぶか?」
「……うぅん……」
どうしようか。
ケンドリックに聞いてみる?しかしケンドリックが答えてくれるような事なら本人でも答えてくれそうだ。
でも本人にいきなり面と向かって聞いて、答えてくれればいいけど、もしはぐらかされたら引き下がるしかないし、やっぱり証拠をそろえてからのほうがいいわよね。
当人がいなければ、フィリップとシャロンの関係性の証拠を押さえる方法はない。
だめだ。今日はもう打つ手がないわ。
当てが外れてどっと疲れた。
「なんか、こう。色々タイミング合わないと、今じゃないって言われている気がするから、ちょっと練り直してくるね……」
「わかった。次はもっと早い時間に、使いを遣って呼んでくれよ」
私が目に見えてションボリすると、ケンドリックは途端に気を使って優しくなる。慰めるように恐る恐る頭を撫でられた。
「明日のあさイチでも良いからな?」
人肌の温もりが沁みる……。
ケンドリックに送ってもらいつつ、私はトボトボと部屋へ帰った。
シャロンの動向に変化はなく、フィリップの姿も見ないまま、私は翌週の誕生日を迎えた。
ケンドリックとクロードは同い年なので、たぶんクロードも18歳だと思います。
修正しておきます。




