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アンタあの子の何なのさ

 次にケイトリンとセレーナに会った時、離宮へ遊びに行く話をすると、二人とも快諾してくれた。予定を確認して、誕生日に私の家へ遊びに来た時に相談することになった。

 まっ、決まったことはしょうがない!二人っきりってわけでもないし、セーフよね。

 これも投資よ。リアルが充実すれば桶屋が儲かる。恋愛相談の箔が付くってものよ!

 どうしても行きたかったんだもの! 

 決してチョロいってわけではないの!


 午前の授業を終えて、私は一人で食堂に向かって歩いていた。

 シャロンとクロードと私たちは、必修科目で同じ授業の時もあるが、自分が受けたい授業をそれぞれ選択している。 

 クロードは領主免許の上位資格を取るため、より専門的な授業を沢山受けているし、一年遅れて入学したのに一緒に卒業する予定のシャロンは、履修単位自体は少ないが、遅れている分忙しい。さらにシャロンは、士官候補生向けの捕縛術や近接戦闘術といった、私では逆立ちしても到底参加できないような、高度な訓練をいくつも受講している。


 シャロンは最初、私と同じ領地経営や家政学の授業しか受けないつもりでいた。

 彼女が私の護衛に選ばれたのは、着替えや入浴の時もずっと側に仕えていられる利点の他に、可憐な侍女本人が腕の立つ護衛だという意外性から油断を誘う目的があったそうだ。

 ゆえに、シャロンの本質が明らかになるのを避けるために、本人も含め家の者全員が、彼女に士官候補生の訓練を受けさせるつもりがなかった。女の身では、訓練しても限界があるからと。

 でも、私はそういう方向性は好きじゃないの。

 何も正々堂々するべきって話ではない。敵の隙を付くのも、調子を崩すのも、戦いにおいて重要な要素で実力の内だ。

 だからそういったことと天秤にかけても、限界まで実力を高めた方が最終的に有利だというのが私の理論。限界を感じた時はじめて、その時の実力に合わせた小手先の工夫をしたって遅くはない。

 相手が油断しない可能性もあるし、油断してたって覆しきれない実力差がある場合だってあるだろう。女には限界があるって言うなら尚更だ。

 油断するかどうか相手の性格に任せるより、こっちが実力をつけた方が確実よ。

 それに達人は些細なことから実力を見抜くらしいじゃない?前にリュカオンが、アンジェラの攻略対象を見ただけでシャロンより弱いと言ってのけてたもの。


 入学してすぐは、前年度末に私が行方不明になったこともあり、全て私と同じ授業を受けると言って聞かなかったシャロンだが、説得により、勉強は自分のためにするものだと納得してくれたと思う。

 その結果、小柄な女生徒であっても、その技術と身体能力の高さから、軍人家系の男子生徒からも一目置かれ、成績上位者の座を搔っ攫う彼女は、うっとりするほどキラキラ輝いている。


 食堂に向かう前に、学内の人気の少ない場所をいくつか寄り道する。

 私がこれまでに見つけておいたイベント発生しそうなスポットだ。

 とても居心地がいい場所なのに何故か全然人が近寄らなかったり、綺麗な花壇なのに世話をしている人の姿をちっとも見かけなかったり、どう見ても人の手で整備されているのに幽霊の噂があったりする。不思議よね。

 あとは、結構近づいているのに声が良く聞こえない場所、逆に凄く離れているのにハッキリ会話が聞こえる場所、一枚隔てた扉がちょっと押しただけで外れちゃう場所なんてのもあるわね。

 学内のそういったスポットをエリアごとに分割して巡回し、より良い観察場所と最短ルートを下調べしたり、イベントの気配がないか確認しておくのである。

 こういった地道な努力がアンジェラの時も役立った。


 今日の巡回スポットのうちの一つ、人目につかない植え込みの影を観察出来る、さらに人目につかない二階テラス。ここは日当たりも良くちょっと座る場所もあって、登場人物の誰かが、『一人で休息しているときに偶然他人の秘密を知ってしまいー…?』という場面にうってつけの場所である。

 ここからひさしへ降りたら、わざわざ来た道を戻らなくても、少し向こうの木から下へ降りられるのよ。時短!

 ルートを確認してひさしを歩いている時、階下にシャロンの姿を認めた。


 シャロンは、家で侍女をしている時は髪を結い上げキャップを被っているが、学校では鎖骨下まである髪を下ろして、ハーフアップにしている。

 焦げ茶色の真っ直ぐな髪はつやつやとして、毛先だけ内側にカールするようブローされており、簡単ながら清純なアレンジでとても可愛い。

 肌には透明感があって吸い付くように柔らかそうで、ふっくらした唇は紅をささずとも熟れた果実のように赤い。菫色の大きな瞳は濃い色のまつ毛に縁取られて、瞬きするたびに星がこぼれるような心地がする。

 華奢でほっそりした体躯は、そこから想像も出来ないほど機敏に力強く、彼女の意のままに動き、頭一つ分以上大きな男性も投げ飛ばす。

 出会った頃にはあった、守ってあげたくなるような儚さはいつしか消え去り、眼差しと姿勢は凛としてひたすらに強い。

 それがシャロンの内面の変化によるものなのか、私の主観によるものなのかわからないけれど、とにかく私はシャロンをこの世で一番カッコいい女の子だと信じている。


 シャロンも授業が終わったのね。

 私もそろそろ切り上げて集合場所へ行かなきゃ。

 しかし、直後にシャロンの傍らにある男子生徒の姿に気付く。

 ……。

 えっ、誰!?

 私は思わず、より目立たないようにそっと身を伏せた。


「もういい?僕だって本当は恥ずかしくないわけじゃないのにさ……」

「恥ずかしがっている場合じゃないでしょう。こういう事はきちんとしないと」

 相手の男は金髪でヒョロリと細い。背丈は男性の平均より少し上というぐらいだが、女性平均ぐらいのシャロンと体格のバランスは良い。

 ……誰?

 いや、誰?その男。

 やけに親しそうじゃないの?

 シャロンに私の知らない異性の交遊関係が……。それは3年も別の授業を受けていたら、あっても不思議はないんだけど。いやでも訓練仲間の存在なんかも把握してるし、そもそもシャロンは聞いたら何でも答えてくれるし、この私が知らない男なんて、存在自体が怪しい。一体何者だ。

 とにかく知らない男の出現に私はひどく動揺した。

 見落とし?確認不足?ピックアップ擦り抜け?


 ふわふわした巻き毛は、日の光の下でけぶるような金色。今、少し潤んでいる瞳は優しげで、そのエメラルド色の美しさは幻想的な雰囲気を醸している。

 ……なんだ。よく見たらフィリップだわ。 

 庭師のフィリップは、クロードやケンドリックと同じ、先祖伝来の家臣の家柄で、私より一つ年上の少年だ。

 仕事柄、緑と花に埋もれている姿は、さながら妖精かなんとかプリンセスのよう。子供の頃の中性的な美貌をそのまま縦に引き延ばしたように成長した。

 知らない男じゃなかったわ。アカデミーの制服を着ていたのでわからなかった。

 ん?フィリップってアカデミーの生徒じゃないわよね?

「さあ、もう一度。ちゃんと言って、フィリップ」

 フィリップはふーっと息を吐くと、すっと顔を上げて、指の腹でシャロンの顎を上向けた。

「僕の愛しい人……。今夜時間を頂けませんか。この張り裂けそうな胸の内をどうかあなたに聞いてもらいたい」

 ど、どぅわ~~~……!!??

 愛の告白?

 いや、ちょっと待って!?

 ……

 ……

 ……

 どう聞いても愛の告白だわ?

 き、聞いちゃった!どうしよう?返事は?


「全ッ然、ダメ」

 えええ~~~……ッ!?

 そんな……。いくらなんでも塩対応が過ぎるわよ。

 フィリップがガックリと項垂れるのが見える。そりゃそうよ。

 わ、私はとっても良かったと思いますけど!


「厳しすぎるよ…」

 そうだ、そうだ。私はいつもシャロンの味方だけど、こればっかりはどうかと思うわよ。

「そんな事ない。言い回しが意味不明。胸の内を聞いて欲しいって言うのに、一番最初に愛しい人って言っちゃってるわ。夜に時間を取る必要性を感じないわね」

 ヒィン。もうやめて!あまりの正論を前にして、私とフィリップのHPはゼロよ!!

「もっとキャラを活かして!さあもう一度!」

 私以外の口からキャラを活かしてなんて言葉を聞くことになろうとは。

 鬼教官!!そ、そういうとこ……も好きだけどぉ……。

 フィリップみたいなフワフワした男子が、いきなりガッと、なんかこうグッと、距離を詰めてきたら、ドキドキして何も考えられなくなると思うけどな?少なくともはたから見てるだけでも私はドキドキさせられてるし!


「うう……、恥ずかしいのに……」

 ぐいぐいとフィリップは詰め寄られ、半ば自棄になってぐいと身を乗り出した。距離が近くなり、フィリップは上からのぞき込むようにシャロンに顔を近づける。

 私の位置から見ると、角度の関係上、二人の顔がどれほど近づいているのか距離感が良くわからない。キスはしてないと思うけど、してたって言われても納得する。

「今夜……、来てくれるまで待ってる」

「よし!!採用!」

 返事が漢らしすぎない!?

 ロマンス成分が粉々なんですけど!?

 あー!無理!もう見てられない!!いたたまれない!

 私は耳を塞ぎ、そろっと後ずさりしてその場を立ち去った。


 その後の昼食も午後の授業も、放課後のサロンも夕食も、シャロンとフィリップの事が頭から離れず悶々とした。

 入浴後の髪の手入れをしながら、クロードは私の様子にたまりかねて切り出した。

「お顔の色が優れないようですが、どうされました?」

「う?うぅ〜ん……。ちょっと色々考え事をね……」

 感の鋭いクロードに、下手な誤魔化しは逆効果だ。なるべく本当の事を織り交ぜてはぐらかさないと厳しい追及を受けてしまう。

 さりげなくシャロンの方を見たが本人にいつもと違った様子はない。

「ご心配なことでも?」

「心配とは違うけど、気になってるの。今後の予定だとか準備とか」

 シャロンについての懸念を、夏季休暇の旅行へと微妙にスライドさせる。

 クロードは納得したのか、安心したように、にこやかに提案した。

「差し入れの用意なども致しませんとね。気になるのでしたら、お嬢様がた3人で一緒にご準備されてはいかがでしょう。エース家に手配して、品物を沢山並べさせましょう」

「いいわね。でもせっかくなら街へ買い物に出ましょうよ。二人を誘ってみる」

「し、しかし皆様街は不慣れでしょう。品物を取り寄せれば同じことですのに」

「全然違うわ。慣れないから楽しいのよ」

「供がついても、女性ばかりでのお出ましは何かと……」

「なら、親睦を深めるのも兼ねて、リュカオン様のご側近をお呼びするのはどう?ね、それがいいわ」

「調整……してみます……」

 二人はいつものように就寝準備を終えて扉の前で一礼した。

「それでは、僕たちはこれで失礼します。今日は早めにお休みください」

「お休みなさいませ」

「ありがとう、また明日」


 二人が下がってから、私はシロクマのように室内をウロウロと歩き回った。

 何とか上手く誤魔化せたけど、本当はシャロンのことが気になりすぎてどうにかなりそう!

 やっぱりあの時現場を離れたのは失敗だった。動転してしまって冷静じゃなかったわ。

 だってアレだけじゃ、二人のパラメーターが今どんな状態なのかさっぱりわからない。

 フィリップルートに入っているのだとしても、エンディング間近なのか、これから二人で絆を深めていくところなのかで、私の仕事だって変わってくるというものよ。

 シャロンを応援する為には、状況把握が必要不可欠。

 幸いチャンスはある。

 気は進まないけどやるしかない。

 いざ参る!夜の抜き打ち逢瀬監査!!


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