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捻転チャレンジ

 ゴドウィンは差し出された承諾書を渋い顔で見下ろした。

「だいたいどうして女生徒の依頼しか受けないんだい。これは男女差別というものでは?」

「世間知らずのわたくしに、男子の悩み事相談は荷が重いですわ。男子監督生は沢山いらっしゃいますもの。一介の女生徒が出しゃばるのは筋違いでしょう」

 文句があるなら他の人に相談しなさいよ。

「どうしてそんな意地悪を言うんだ。君なら簡単なことなのに。もしも君が可愛らしい嫉妬で僕にだけ他の女生徒を紹介したくないのならば、こちらには十分応える用意があるよ」

「あら」

 長らく共学に通っているけれど、言い寄られたのは初めてね。

 リュカオンを遠ざけるのに利用できるかしら?

 性根が悪いというわけではないし、家柄も人物も、リュカオンよりは御しやすい。

 いや、人の話を聞かない人はちょっとな……。

 私はそこが一番重要なトコあるから……。

 でも背に腹は代えられない。このレアなチャンスを見逃すべきじゃない。最悪、このぐらいの家柄の相手ならば、後から実家の力でどうとでも……。


 腹の中で計算している一瞬の間を、最大限ポジティブに捉えたらしいゴドウィンは、承諾書を差し出す私の手を上から握ってきた。

 ウッ……!

 私とあなたは初対面で、許可なく体の一部に触れても良いような間柄ではなかったと思いますけど!

「僕は噂なんて気にしない。そんなものに惑わされて美しい花に挑まないのは臆病者だ」

 内容は良いこと言ってるんだけどナー。

 ゴドウィンは引っ込めようとした私の手を、逃がさないように捕まえ、指を絡めるように両手で握りしめて、顔を覗き込んできた。

 ヴァアッ……!

 これは……!

 勘違いしたマニュアル男子が、女子はこういうの嬉しいんでしょって頭ポンポンしてくる系のやつ……!!伝われ!!

 イ、イラつく……!

 大したことではないが無性に腹立たしい!!


 私の異変に気付いたシャロンが椅子を蹴って立ち上がった。

「貴様……!」

 まずい。シャロンが激昂する。

 確かにこれはセクハラだけど、シャロンの手に掛かって全治三か月はさすがに過剰防衛だ。

 ここは私の手で多少の痛い目にあってもらおう。

 護身術を習ってきて、ようやく最近身についてきた関節技が役立つ時!シャロンが飛び掛かるより前に、急いでゴドウィンの手を捻り上げる。

「その不届きな指、切り落としてくれる……!」

 シャロンは骨折どころか治らない怪我を負わせる気だ。

 やばいぞ急げ!

 ここをこうして、さらにこうして…。


 が。

 立ち上がって相手を机に組み伏せる直前、くるりと半身が入れ替わるように、ゴドウィンの代わりにリュカオンが現れた。腕を捻ろうと回転させた私の手を、元に戻してふわりと包むように抑えつける。

 何!?邪魔しないでよ!せっかく練習の成果を試すチャンスだったのに!

 捻り上げてもいい腕なんて、なかなか出会う機会はないんだからね!

「拙い芸だ。人に披露するにはまだ早いのではないか?」

 うぐッ!

 どうせあなたたちと違って、私は鈍くさくて下手くそですよ! 

 さっきのゴドウィンと似たように手を握っているのに、リュカオンの腕は捻るどころか振り解くこともできない。

 繋いだ指先からいいように操られてテーブルの前から通路へ引っ張り出された。

 なんなの、コレ。どういう仕組み?

 ダンスよろしく引き寄せられて、くるりと一回転半して、リュカオンの前に立たされる。

 正面の足元にはリュカオンに投げられたゴドウィンが尻餅を突いていた。

 リュカオンは後ろから、机の上にあった承諾書を持ち上げて、私の前へ両腕を回し、目の前でゆっくり縦に裂いて見せた。

 ああ~~~。せっかくの手駒が~~~。どうせサインは入ってなかったけど~~。

 床から私たちを見上げているゴドウィンの足元に、二枚の泣き別れになった無署名の承諾書がヒラヒラ落ちた。

 私とゴドウィン双方に対して、この件は白紙だというリュカオンの意思表示だ。

 

「ゴドウィン・ゴールドブラム。噂を信じないのは賢明だ。己の目で見たことだけ信じる君が、今何を見ているか、よくよく覚えておくように」

「無論です……。大変、失礼いたしました」

「君が勇気と無謀の違いが分かる人で安心したよ。下がってよろしい」

 絶対に目を合わせないようにして、ゴドウィンはそそくさと走り去った。

 あ〜あ、別に悪い人間てわけじゃなかったのに。


 私は振り返ってリュカオンに向き直り、肩にかかっていた腕を、ペイと荷物を置くように振り払った。

「おや、私の登場が遅くてご機嫌ナナメだな」

「いいえ。あれくらい自分で対処できましたから」

「本当ですよ!結局間に合わないなら誰が対処しても同じです!!」

 噛みつきそうな勢いで、シャロンが間に割って入った。

「その言葉、全て自分に返ってきている自覚はあるのか」

「そんなことわかってますうぅぅ~~~!!」

 シャロンは目に涙を浮かべながら、濡らしたハンカチでゴドウィンに握られた私の手をごしごし拭う。

 そんなバイキンみたいな嫌がりかたしなくても……。

「すぐ後ろに居たのに、あんな男の接触を許してしまうなんて!悔しいからあと一歩間に合わなかった殿下に八つ当たりしているだけです」

「シャロン、ここは食堂よ」

 シャロンとリュカオンは仲が良く、これぐらいの軽口は日常茶飯事だが、あまり衆目の前でリュカオンの面目を潰すような言動はしてほしくない。リュカオンは鷹揚でも、シャロンが他から反感を買ったりしないか心配なのだ。

 というか、いつもリュカオンに付き従っている側近によく怒られないないな。

「移動しよう。人目がうるさい」

 側近たちも一緒に、私たちはぞろぞろとリュカオンに従って談話室へ移動した。




 学校にはカフェ3つと食堂2つの他に、テラスや東屋といった休憩スペース、大小多数の談話室が設けられている。

 学生の円滑な交流を目的として、誰でも自由に会議や歓談、グループワークに利用できる。

 セレブリティで世間知らずな学生が、放課後、町に出なくても学内で友人と楽しく過ごせる様に配慮されているのだ。

 私が談話室を相談サロンとして利用しないのは、放課後は混んでいるから。この国の貴族女子の朝は基本ゆっくりだ。昼は授業を受け、夕方は社交の真似事で会話術や振る舞いを学ぶ。主な利用者である一般の女子生徒は昼食以降に学校へ出てくるため、昼休みは空いている。


「昼食は済ませたか」

「はい。お茶を入れましょう」

 リュカオンが座った左隣の椅子を、側近のウィリアムが引いてくれて、私はそこに座った。

 シャロンはお湯と茶器の類を取りに行き、クロードは私の側に跪き、先程より入念に私の手を拭き上げている。

 クロード、あなたもなの?そんなに気になるなら、私、手を洗ってこようか?


 リュカオンが利用する談話室は大抵、銀獅子の間である。彼が授業料とは別に寄付して自分好みに誂えた部屋だ。

 寄付したからと言って優先的に使えるわけではないが、譲ってしまうのが人情というもの。

 昼休みや授業の合間はリュカオンが一息つける場所として使い、放課後は別の生徒が豪華でオシャレな空間を楽しめる。双方、利があって文句を付ける者は居ない。

 注目を浴びる王族や高位貴族は、こうやって居場所を確保する。リュカオンもアシュレイに倣って、毎年一つずつ別の部屋を改装して、その年使う部屋としている。

 感謝の意を込めて、私もこれまでお世話になった演奏室を改装しようかな?

 来年は監督生の専用談話室が使えるからいいとして、その次の卒業年は一部屋改装して居場所を確保したほうがいいかもしれない。

 

「ああいった手合いは多いのか?」

「いいえ、全く。初めてのことで私も驚きました」

「それでも良くはないが。あんな人の多いところで絡まれるとはな」

 リュカオンはいつもの下がり眉で呆れた様に溜息をついた。

「リュカオン様のお手を煩わせるまでもありませんでしたのに」

 礼は言わない。だって本当だもの。

 自分で対処出来てこそ、今後の抑止力に繋がる。いちいち助けて貰ってたら、助ける人がいない時ならイケるって思われちゃうわよ。

「寂しい事を」


 それに、4年前にリュカオンが流した噂を、私は未だに払拭出来ないでいる。

 自分で言うのも恥ずかしいけど、すぐ側にいる友人の私こそが、リュカオンの密かな想い人だという噂である。事実じゃないわ。噂が一人歩きしているのよ。

 このロマンチックな設定は、いたくアカデミー女子のお気に召したらしく、学内に隅々まで浸透している。私は、今もなお現在進行形でじわじわと外堀を埋められているのだ。

 それをあんな風に大勢の前で庇われてしまったら……。

 はあ〜〜〜。外堀工事がまた捗るわ……。


「時に、来週は誕生日だな。王宮に遊びに来ないか?家の誕生会とは別に、気の合う友人たちでお祝いしてはどうだろう」

「まあ、お心遣いありがとうございます。とても嬉しいです。でも……」

 リュカオンは外堀工事の推進に余念がない。

 イベントで敵の陣地に飛び込むのは危険だ。

 どんな大掛かりな罠が用意されているか。

「今年は家族の誕生会もなく、女子3人だけで慎ましくも仲良く友情を深める予定です。父にも散々我儘を申しまして、これ以上は。せっかくですが、またの機会ということに」

 私は最大限申し訳なさそうに、丁重なお断りを入れた。

「では夏季休暇に少し遠くまで遊びに行こう」


 何………だと……?

 まさかの二段構え……!?

 第3位王位継承者からのせっかくのお誘い、2度連続は断りづらい。

 最初の誘いは囮。本命は夏季休暇の方だったのか!

 しかも夏季休暇は長い。そのうちの一瞬たりとも暇がないなんて言い訳は無理がある。

「避暑地にある夏の離宮は、君が気に入りそうな所なんだが」

 離宮!王家の別邸!?

 素敵な響きに目の前が煌めいた。

 眩しい夏の木漏れ日、深い緑の中に佇む瀟洒な宮殿がチカチカと幻想的に脳裏をよぎる。

 いっ、行きたーーーーーい!!


読み手の皆様のご期待に沿う展開で、次回のサブタイトルは

「チョれえ」

となっております。

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