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撮れ高満点 

 一人の時間には、本を読んだり、乙女ゲームのシナリオを予測したりすることもあるが、今日は学校の宿題に取り掛かる。

 実戦経営学の授業で提出するためのレポートを書くことにする。内容は私が手掛けた家事使用人派遣会社についてである。

 バーレイウォール系列の就労待機使用人を有効活用した人材派遣会社バーレイウォール・サーヴァンツ・パートナーは、その利益で奨学金基金を運営している。

 お陰様で事業は好調で、当初学費二人分と予定していた2倍の利益をあげ、シャロンを最初のモデルケースとして、毎年一人ずつ、今年は合計4人の学生を通わせることに成功した。


 しかしここからが私のアホなところだ。

 学校には数年通い、学費は毎年必要になる事を失念していた。

 卒業までの6年、一人ずつでも毎年途切れないよう入学させるには、最低でも6人分の学費が必要だ。

 しかし現在の規模では売上は頭打ち。学生四人分の利益しか無い。

 来年度、五人目の奨学生を迎える資金が足りないのである。

 来年度の女子新入生が一人きりである責任の一端は私にもある。きちんと奨学金を用意できていれば、少なくとももう一人は新入生がいた訳だ。

 何が『学生二人分の利益があればいいかな~』だ。算数が苦手にも程がある。

 まあこの基金の対象は女子とは限らないんだけど。

 ケンドリックとクロードはその辺りのことを初めからちゃんと分かっていて、それぞれ資金繰りの計画があった。

 つまり行き当たりばったりのアホは私だけだった。


 ケンドリックの案は、講義を最低限に絞れば資格が取得出来る三年単位で学費を保証するというものだ。そうすれば四人分の資金を余裕を持って運営できる。護衛であるシャロンだけは特別扱いで、かき集めた余剰金と資本金で私が卒業するまで残り二年の学費を賄う。

 しかしこれは、シャロンを特別扱いしないために設立した基金の理念に反する。

 一方クロードはトリリオン家から資金を補填しようとしていた。この事業は、福利厚生として休業手当を受けていた就労待機者に仕事を与えたことで、事業そのものよりも、経費削減として多大な効果を上げている。トリリオン家で浮いた経費は、たった一月ひとつきで人材派遣事業の年間利益を遥かに凌ぐ。打診すれば二、三人分の学費くらい喜んで寄付するだろうというのだ。

 しかし家の財力に頼った経営は、自立と程遠い。まだ会社を立ち上げて間もないのだから、無理に取り繕うより、もっと長い目で見て、健全な体質で運営していきたい。

 よってバーレイウォール・サーヴァンツ・パートナーは、四人分から六人分、150%の増益を成し遂げなければならなくなった。

 通学保証は六年のまま、目標達成までバーレイウォール奨学生の募集は二年に一度となり、

とりあえず来年度はどうあがいても入学者ゼロである。

 う~ん。その決定を下した少し前の自分をぶん殴りたい。

 知っていたら自分の資産を基金に寄付してでも入学者を途切れさせなかったのに。


 利益を増やす方法はいくつかあれど、業態から考えて、単純に会社の規模を大きくするのがよいだろう。現在の派遣登録者は上澄みの一部であり、就労待機者はまだまだ沢山いる。

 単純と言っても、登録者を1.5倍にすれば利益も1.5倍になるわけではない。当然だ。

 たくさんの人間を雇ったら、管理する側の人件費も増えるし、仕事もたくさん用意しなければならない。今は需要に供給が追い付いていない状況だが、需要が際限なくあるわけでもない。さらに競合他社が現れはじめたら、見通しはますます不透明になる。

 今の事業規模はケンドリックが立ち上げに無理のないよう調整してくれて、経常利益率や人件費率などすべての数値が理想的であり、それに素人の私が手を加えようとすると、どれだけ試算してもどこかバランスが崩れる。悩ましい問題だ。

 よし!書けた!

 レポートには、利益を1.5倍にする計画とその試算を何種類か、それから上手くいかない懊悩とその分析を書き綴った。学術的な価値はともかく、苦しみもがいている辺りは、読み物としては面白いだろう。これで課題もクリアしつつ、教師の評価を参考に会社の方針を決めたいと思っている。一石二鳥とはまさにこのこと!

 

 さあ、用事も済ませたし、これでやっとケイトリンの依頼にとりかかる事が出来る。

 書き上げたレポートを鞄に片付け、サロンのファイルとノートを持って、照明を落としベッドに寝転がった。

 寝台の手元明かりで登録者のプロフィールをぱらぱらとめくる。

 ケイトリンにはどんな相手がいいだろう。

 自由度の高い仕事こそ、クリエイティビティが試される。


 目の上を滑るだけのプロフィールを枕元に置いて、瞳を閉じた。

 条件なんか二の次よ、まずは幸福な一組の男女をイメージして、理想のイメージを練り上げなくては。

 大事なのは相性と縁。単に条件の良さを比較するのではなくて、理想の男子の条件に当てはまる人材を探す。

 人の好みやツボは様々であり、相手の条件の数値化が幸福指数に直結するわけではないのだ。


 まず、おっとりしたケイトリンと同様の、似た者同士ほのぼのカプはハズレがないわよね。

 穏やかな二人なら、鈍感すれ違いも微笑ましい。日常系コメディもイケるし、進展しないもだもだ感が堪らなくて、本格ラブロマンスも対応してる。それで時折男らしさを出されたら、もうマーベラスキュン死よ。赤面イベントは尊み秀吉、人生に一片の悔いなし。


 甘やかしてくれるスパダリも萌えるわ。自分の魅力に無自覚なおっとり令嬢は、スパダリの万能感が映える。でも今時スパダリって流行らないのかしら。ちょっとした弱点があったり、苦手分野があると可愛さが出ていいわよね。

 それで、彼女の機転で彼の身の回りの問題や事件を次々解決していくの。彼のお仕事は騎士がいいわ。得意分野が違う二人は、お互いになくてはならない存在になっていくのよ…!

 あっ、あっ、素敵!コレ絶対読んだことあるやつ!!


 得意分野が違うコンビなら、有能だけど天邪鬼なツンデレ男子も捨てがたい。素直になれない切なさと、いくつもの試練を超えて、二人の絆はますます堅く……。いや?現実に試練はない方がいいわね。わざわざ天邪鬼を選ぶ理由はないわ。面倒くさい。そうね、『だだ漏れ』系なら辛うじてセーフ。


 それなら破天荒なヒーローはどうだろう。真面目な深窓の令嬢と、優秀だが型破りな若き海軍提督の恋。大胆で繊細な彼は、ケイトリンの大らかさに安らぎを覚えずにはいられない。代わりに新しい世界を見せてくれて、彼女は自分の能力を活かす道を見つけるの!

 あーっ!いいッ!!大冒険の予感!

 うふふ……!

 煌めく波と瞬く星。世界が燃えるような夕焼け、帆を張って進む勇壮な船、闇夜に浮かび上がる幻想的な港町の灯り。

 パノラマの美しい景色と、派手なアクションで撮れ高満載。

 うふふふ……!!

 妄想が楽しくて深追いしているうちに、何の結論も出せないまま、また寝落ちしてしまった。




 明けて翌日。

 昼休みの食堂で、目の前に座る男子の自慢話があまりに詰まらなくて、私はあくびを噛み殺した。

 昨日時間をずらした婚活男子の面談だ。

 後ろにいたクロードがそっと耳打ちする。

「昨日遅くまで起きていらっしゃったのですね。近頃根を詰め過ぎではありませんか」

 いや何で、後ろからあくび堪えたのがわかんの?凄すぎて怖いんだけど。

「お疲れでしたら、この中身のない話の続きは僕が」

 クロードは私に甘すぎる。シャロンだって、行動は過激でもここまで過保護ではない。

 楽しく妄想しながら寝落ちして、お疲れも何も無いわよ。寝る前の妄想は捗るが、良い睡眠導入になってしょうがない。

 私はクロードに一瞥もくれず、ただ手の平を彼の鼻先に突きつけて、下がっているよう合図した。

 詰まらない自慢話は続いている。


 机に身を乗り出して、なるべくにこやかに話を切り出す。

「ゴドウィン様、お申込みの時にもご説明差し上げましたが、わたくしどもは男子生徒のご依頼は受け付けておりません。従って、男子生徒のご依頼で女生徒をご紹介することは無いのです」

「しかしバーレイウォール、君のおかげで恋人が出来たと、男子の間でも評判だ。勿体ぶらずに、僕に相応しい貞淑で美しい人を紹介してくれないか」

「プロフィールを登録してくださる男子生徒はあくまでも協力者です。報酬も何も頂いておりませんから、結果を保証するものではございません。良いご縁があるまで気長にお待ち下さい」

「僕は今年卒業だ。気長に待つのは性分に合わない。報酬は何を用意すればいい?何でもするから教えてくれ」

 性分関係ないから。そこはもっと早くに登録してくれないと。何もつい最近始めた訳じゃないわよ?


「選ぶのはご相談にいらした女生徒です。なるべくお薦めは致しますが、登録してから三ヶ月以内にまとまるケースは稀ですね」

 お薦めするって言っても、欠点まで全て包み隠さずおススメするから、人の話を聞かないあなたが選ばれるかは知りませんけど。

「僕は成績優秀で、ボートの大会出場経験者だ。僕の魅力が余さず伝われば、女生徒たちに気に入られることは間違いない。だから少し順番を逆にして、希望に合う女生徒を教えてくれるだけでいいんだ。足りないならまだまだ言うよ。領地は王都に近くて経営も順調だし、父は王太子殿下の覚えもめでたい。この時流に乗れば社交界の花も夢では……」

 話が一周して自慢話に戻った。

 こいつは喋るタイプのコミュ障だなぁ……。


 コミュ障には、言葉に詰まって話せないタイプと喋りすぎるタイプがいる。

 前者は思慮深く慎重で、多くの選択肢の中から返答を選べない。後者は頭の回転が速く天真爛漫、話したいことを我慢できない。

 訓練次第で改善するが、容易とは言わない。労力の対価にどれだけの価値を見出すかは人それぞれだ。

 欠点とは言えるかもしれないが、決して悪徳ではないし、無理して直す必要はない。相性の問題だ。


 本人の言う通り、見た目も家柄も悪くない。成績もまあ、良い。努力家なのは認めよう。それなりに社交的で課外活動も一通りこなしてきた。

 しかし全て彼の言う通りなら、今頃彼女がいたっておかしくはない。私のところへ来る男子生徒の大半は、真面目で奥手な堅物である。

 おそらく彼も、虚勢を張っているだけだろう。本当は苦手なおしゃべりで無理をしているのか。


 この自慢話を最後のループにすると決めて、私は相槌を打ちながら話を聞き、話が途切れた隙に免責事項が書かれた承諾書にサインを求めた。書類とペンを机についと滑らせる。

「ゴドウィン様の魅力を分かっていただけるように努力いたしますね。良縁がございましたらこちらからご連絡差し上げます。成果を保証するものではないという承諾書にサインを。頂けないのでしたらこのお話はここまでです」


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