バリエーション・オブ・オンリーワン
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新入生が一人きりなんて。それはまた。
思わずゴクリと喉がなった。
「随分……極端ね」
アカデミーに学年はなく、資格取得に必要な単位を卒業までに取れば良い。便宜上、1回生・2回生という呼び方はあるが、先輩後輩の概念は当てはまらない。
短い期間で卒業した者と、六年間でたくさんの資格と単位を取得した者が優秀という価値観だ。
女子の入学は毎年50人前後で、学校が始まってしまえばさほどでもなかろうが、一人きりの入学式は嫌が応にも目立つ。
リュカオン在学の影響で、今年の新入生は例年の三倍だと学長も言っていたが、だからと言って、翌年の入学希望者が女子だけいないなんてあり得るのだろうか。
「本当に。こんなことは前代未聞だそうよぉ」
これはアレじゃない?
平民なのに珍しく魔力を持って異例の入学だとか、良くも悪くもとにかく珍しい体質だとかで、存在するだけで注目を浴びる系の設定じゃない?
『話題の新入生とは君のことか』つって、見知らぬ人から絡まれるやつ。
オンリーワンの称号はヒロインにこそ相応しい。
ということは、アンジェラとシャロンの間に、もう一つ作品があるということなのかしら。 シャロンは2ndのヒロインではなく、3rdのヒロインになると。
「それで、その一人きりの新入生というのは、どんなかたなの?」
「研究室へ質問に伺った時に、教授が話してらっしゃるのを聞いただけなのぉ……。願書の受付開始から二週間経っているのに、女子の希望者がまだ一人しかいないって。だからそこまではねぇ」
「まだ合格するとも決まっていないのだから、当然個人情報は伏せられているでしょうね」
難しい試験ではないが、だからこそ合格できなければ不名誉だ。
「私たちと同じ年だと言うのも、入学したら気にかけてあげてほしいと仰りたくて、教授が口を滑らせてしまったみたぁい」
合否が決まるまで、学校側からこれ以上の情報が出ることはなさそうね。独自に調査してみてもいいけど、万が一不合格だったら、不名誉を暴く悪趣味なだけの情報になってしまう。
うーん……。
とりあえず、保留。
入学してこないなら、ヒロインではないかもしれないし、少なくともアカデミーが舞台ではないなど、私との関係性は希薄になるだろう。
たった一人入学してくるなら、その時点で要注意人物だと分かるだけで充分ではないか。
ここは下手に動くより、準備を万端整えて、進級を待つとしよう。
2ndのヒロインと分かれば、アンジェラと同じように対応するだけだ。あの時の失敗を踏まえつつね。
「うちのクロードは締め切り当日の滑りこみ提出だったの。願書受付期間は半分を過ぎたところだから、まだ人が増えることを祈りましょう」
「あらぁ、希望を捨ててはダメね。力になるつもりではいても、やはり一人きりは心細いもの。少人数でも同じ境遇の人が居た方がいいわぁ」
「それは勿論、私たち三人で実証済みよね。あなたとセレーナがいて本当に良かったもの」
仮に新入生が三人だった場合、私の迷いは増えるかもしれないけど、それでも誰かが寂しい想いをするよりかはいいかな。
片付けをしてケイトリンと一緒に演奏室を出た。
時間を気にせず話を聞けるように、相談は余裕を持って大抵一日に二人。今日は時間のかかる相談が二人続いて、いっぱいまで時間を使ってしまった。
車寄せまで移動する私とケイトリンを、クロードが先導し、シャロンは半歩後ろを付いてくる。
必要なことは聞いたけれど、やはり時間が足りなかった感じは否めない。最後は別のことで気が逸れてしまったこともあり、もっとじっくりケイトリンの話が聞きたい。
「ねえ、全然話し足りないわ。これから私の家へ遊びに来ない?」
「ごめんなさい。先約があるの。前もってわかっていたら、予定を空けておいたんだけど、予約の穴が空いたところへ急に入れてもらったものだから」
「そう、残念ね」
「来週には、あなたの家へうかがう用事があるじゃない。その時に話しましょう」
「ええ、それじゃまた明日」
「わたくしの家にも遊びにいらしてね」
車寄せで待っていたダルトンデール家の迎えに彼女を預けて別れた後、同じように泊っていた自分の家の車に戻ると、中でイリアスが本を読みながら待っていた。
「イリアス、今日はずいぶん待たせてしまって、ごめんなさい」
「いいえ、ちょうど本が読みたい気分だったので」
「本は家でも読めるでしょう?今日みたいに遅い日は、先に帰ってもいいのよ。三人でなら歩いて帰ってもいいとお父様も言っていたから」
「ご冗談を。女性を歩かせて自分は車で帰るなんておかしいでしょう」
「私は、男女関係なく、自分の都合であなたの時間を浪費させるほうが罪深いと思うけど?」
「そんな事を言うのはあなたぐらいだ」
走り出した車の中で、イリアスは優し気な丸い目を細めて微笑んだ。
四年前、私の誕生日の前日に我が家へやってきたイリアスは、私よりも、シャロンよりも小さかったのに、成長期を経た今は、デカいというか、なんか長い。
サラサラしたアッシュブロンドの髪は、髪質を活かして短か過ぎず自然に撫でつけられ、瞳は翠を基調として黄色から紫にグラデーションする虹色のアースアイ。優しく爽やかな風貌には磨きがかかり、品行方正なだけでなく、良家の令息らしい教養と風格を身に着けた彼は、王族ではない王子様として、女生徒に人気を博している。
特に本物の王子であるリュカオンと一緒にいる時は、周囲がざわつき、歓声が上がることもあるほどだ。
初めて会った時は小柄だったので勘違いしたのだが、実はイリアスは私より三ヶ月ほど誕生日が遅いだけで、さらにもう一月生まれたのが遅いシャロンからすれば、年下でも弟キャラでもなかった。
リュカオンの近くにいて、優雅な所作がうつったのか、真似しているのか、気品を醸し出す貴公子然としたイリアスは、ますますリュカオンとキャラ被りしている。
しかし、表向きの猫被りを剥ぎ取ると、大家族の長男である彼は、大雑把で粗野な一面があり、根っから上品なリュカオンとは根本的な違いがある。
付け足しておくと、4年の間に6人兄弟から10人兄弟の長男に昇格した。
一見似たように見えて、親しくなった後の違いを楽しむシナリオ構成なのだとしたら、なかなか良いご趣味だと思います!
学校から帰った後、クロードとシャロンをなるべく早く上がらせるため、私はすぐに入浴を済ませるよう心がけている。
本当は風呂ぐらい自分で入って、家に帰った時点で二人を職務から解放したいのだが、そうすると、腰まである長い髪を、今のように隅々まで手入れを行き渡らせるのは難しい。
この髪はもう二人の芸術作品のような物なので、私が勝手な事をするのは許されないのだった。
風呂上りに、クロードとシャロンの二人がかりで丁寧に乾かし、梳って、美容液を塗り込んだ後、寝るのに邪魔にならないよう、軽く編んでもらう。こうしておかないと、緩くウェーブのかかった細くて柔らかい髪は、寝ている間に絡まってしまうからだ。
最終段階の手入れで、後ろで髪を編んでいるクロードに問いかけた。
「ねーえ?今日のケイトリンの話なんだけど……」
「はい。素敵なお相手が上手く見つかれば良いですね」
クロードはテキパキ手を動かしながら、心得たように相槌を打つ。
「イリアスを紹介してはどうかしら」
一瞬怯んだようにピクリと手を振るわせたクロードは、しかしすぐ鏡越しに、いつものように、にっこり笑った。
「え?ダメ?」
刹那の虚無顔を私は見逃さなかった。どうやらクロードは反対らしい。
「そうですね……。イリアス様はお相手をお探しではありませんから」
私の恋愛相談サロンの仲介システムでは、依頼対象は女生徒であり、女生徒の相談を受けて男子生徒を紹介をする方法を取っている。
しかし結婚相手を探しているのは男子も同じなので、『自分を紹介してもいいですよ』と、プロフィールを提出することで意思表示してもらい、任意で協力を受けているのだ。男子は依頼人ではなく、あくまで登録者にすぎない。
探していない人に相手を紹介するのは、迷惑なだけでなく効率も悪いので、紹介するのは基本的に登録者に限られている。そしてイリアスは登録者ではない。
趣味の活動とはいえ、手広くやっているので、規範内で動かないと、厄介な依頼を断れなかったりして自分の首を絞めることになる。
「でもとってもいいお話だから、聞いてみてもいいかなって」
登録者外から相手を探して見繕うことはしないが、名指しで相手につないでくれという依頼はある。勿論断られたらそれまでという条件で。今回の話はその応用でいけるんじゃないかな。
「イリアス様のご縁談については、家の方でも考えるところがあると思いますよ」
「じゃあ、先にお父様に確認してから……」
「やめて差し上げてください」
「あら……、そう」
クロードが食い気味に止めるので、引き下がることにした。
昔の私は、イリアスがやってきたのは、しつこく欲しがった妹の代わりだと思っていた。しかし少し考えてみれば、父がそんな犬猫を貰う感覚で養子を取る訳はないのだ。
そこには確固たる理由と役割が、さらに言うなら、父とイリアスの間にはなんらかの密約がある。
これは完全に私の想像なのだが、恐らくイリアスは……。
私が他家へ嫁いだ時用の跡取りだ。
一人娘の私だけでは、次世代の後継者がどう転んでも足らない。
領地には叔父が、外国には親戚がいるけれども、バーレイウォールの家はとにかく巨大で、自身の領地と爵位の他にも、従属爵位や継承権のある領地があり、それらを分担しながら切り盛りしている。
父はその決定権と任命権を持つ総帥である。
イリアスには、我が家の主要事業である外交を任せるつもりで、早くから引き取って教育を施し、最悪事情が変わったとしても、平民である彼に、従属爵位を譲るなり、一家の一員として経営参画させるという契約なのではないか。
わざわざ親類縁者から探してきたのは、才覚があれば一族の総帥にも成れるようにという配慮ではないか。
それゆえイリアスは、勉学に励み、猫を被って殊更貴公子然と振舞ってみせるのではないか。
この推測に根拠はないが、そう考えれば納得いく点がいくつもあり、いかにもそれらしく、説得力はある。
そのような密約があるとすれば、私からの横やりは迷惑この上ないだろう。
そりゃあ、ケイトリンは侯爵家の娘と言っても第四子だから、婿入りするよりはウチから爵位をもらった方がいいだろうけど、お嫁に来てもらうことだって出来るはずだ。ダルトンデール家の後ろ盾が手に入り、才媛の内助の功が得られていいこと尽くめだと思ったんだけどな。
しかしクロードが止めるからには、私の知らない事情があるのだ。
諦めるとしよう。おかしなことをしてイリアスに恨まれたくはない。
クロードが髪を編み終わり、すっと一歩下がったので、私もドレッサーの前から立ち上がった。
「二人とも、今日もありがとう。また明日ね」
「はい。失礼いたします」
「おやすみなさいませ」
クロードとシャロンはいつもどおり扉の前で一礼する。
こうして二人を下がらせてから、寝るまでが私の時間である。
「さてと」
 




