『正統派王子様』枠、再び襲来 1
長くなったので二つに分けました。後編に続きます。
「よくぞ聞いた!」
リュカオンはオーバーアクション気味に両腕を開いて破顔した。
青みの強い銀髪に深く濃い空色のブルーアイ。下向きの睫毛は長く長く、端正な頬に影を落としている。優美な柳眉は常に下がっていて、微笑を湛えた目元が作り出す表情は高貴で穏やかだ。
左右対称で完璧に均整のとれた顔は作り物かと思うほどで、髪は人間らしさを出すためにわざとアシンメトリーに整えられている。スタイリストグッジョブ。
クロードと違い、リュカオンがどのように成長するかはわかっている。子供の頃の顔を見て、あのゲームキャラだ!とピンと来るぐらいにはそのまま成長する。優しく、賢く、頼りがいもある、上品な正統派王子様だ。
『正統派王子様』
それは、王家の血筋というそのままの意味だけに留まらない、古き時代より連綿と受け継がれし一種の伝統芸能である。
正統派の系譜は、原始の乙女ゲーよりさらに古く、少女漫画黎明期にまで遡る。
眉目秀麗、頭脳明晰。富貴栄華でありながら深慮遠謀。気遣いに長け、物腰柔らか、所定のコミュニティにおいて一目置かれる存在である事など、その狭き門を通過できる者は少ない。
少女たちの夢を叶えるべく、理想を詰め込まれた完全無欠の存在、それこそが王子を冠する所以なのだ。
だが時代を下り、少女漫画業界が習熟を迎えると、彼らは完璧過ぎるが故に、物語にそぐわない存在となってしまう。また画一的な没個性となって、一時は当て馬キャラに降格するという憂き目にあった。
しかし嘆くなかれ!マルチエンディング時代の到来によって、新しき世代の乙女たちに再び夢を与える使命を帯びて、王子たちは見事復権した!!
世は大ギャップ時代。元来、性欲を生れ落ちる際に忘れてきたかのような草食系であった正統派王子たちは、見事なロールキャベツ男子になって戻ってきたのである。~完~
さて、リュカオンが何のために訪ねてきたのか分からないが、これは好機だ。
悪役令嬢として、婚約破棄からの転落人生フラグを叩き折る前に、私は婚約フラグその物をスルーしてしまった。婚約者にならないことで、シャロンとリュカオンの接点を潰したことになる。私が仲立ちになって、なんとか二人が出会う算段をつけなければ、と考えあぐねているところだった。
後手に回った感は否めないが、向こうから来てくれたのだから、手間が省けたと前向きに考えよう。
実際のシナリオでは、シャロンとリュカオンが子供のころからの知り合いなのか、年頃になってから出会うのか、私には知りようがないけれど、ゲームに合わせる必要はない。むしろこっちのペースに巻き込んでやる。
と言う訳で、二人には素早く恋に落ちてもらうわ。
背の高い窓から日差しが差し込むサロンで、前に座った私に向かい、リュカオンはホクホクと顔を綻ばせて、どうだ!と言わんばかりに宣言した。
「ついに!昨日でお見合い50人達成したぞ!」
はて、これは…。
どういう報告だろう。話が見えないな。
頑張ったぞ、という事かな?
おっとりした表情で判りにくいが、これが彼なりのドヤ顔なのか。
ならばここは褒める所。私はなるべく優しく微笑んで頷いた。
「お疲れ様でした、リュカオン様。50人とは大変な人数ですね。素敵な方はいらっしゃいましたか?」
おそらくいないだろう。リュカオンの運命はここにいるシャロンのはずだ。それに話が合う事を重要視していたが、八歳に見えて、その実アラフォーの私以上に、包容力のある受け答えをする女児がいるとは思えないからな。
しかし一方で、相手が見つかってもそれはそれでいい。私の代わりに婚約者役を誰かが引き受けて、お膳立てが整った可能性もある。そうなったら私は晴れてサポートキャラに昇格だ。
「うん。そういう訳で、婚約しよう」
曲がる魔球!!
変化が凄すぎて話の筋が見えないわ!
私はやはり疑問符をグッと飲み込み、ゆっくりと噛みしめる様に答えた。
「致しません」
リュカオンは心底意外だったようでキョトンとしている。
どうしてよ。私が不思議な事を言ったみたいな顔はやめて。すごい魔球投げたのはそっちなのよ。
「君が言ったんだぞ。色々見てから決めろ、と」
「はい。覚えています。しかしそれとこれとは話が違いますでしょう」
「話の通じる相手が50人中何人いたと思う?」
「えっと、半分くらい?もしかしてもっと少なかったのでしょうか」
「3人だ。たった3人。その中でも、君といる時が一番楽しかった」
そうきたか。でもそれはアラフォーゆえの魅力なのよ。言わばアラフォードーピングよ。今しか効果がないのに期待されても困るわ。
「成長すれば今とは変わりますよ。話が合わない方も中にはいらっしゃるでしょうが、大半はそうではありません」
「前も言っていたな。それは同意する」
「ありがとうございます。意見に耳をかたむけて下さるリュカオン様は寛大で聡明なお方です」
今回もこの論法で丸め込めそうだ。私は思わず喜びが顔に出てにんまり笑ってしまった。しかしそれは早とちりであった。
「でも成長するのは君も私も同じだ。初めから話の合う君をわざわざ選ばない理由にはならない」
「私はただ、そこを重要視せず、もっと良いご縁を探すべきだと申し上げたいのです」
「君は十分に条件のいい縁談だ」
「ともかく。決めるには早すぎます。じっくりお探しくださいともお伝えしました」
「もっと見合いをして来いというのか」
「そうではありません。その50人の中から無理に選ばなくても良いと思うだけです」
「他の49人より君がいいと確認するだけでは足りないと?」
「この世の女性の数から言えば、そうなりますね」
「おかしなことを言う。人の半分は女性だが、その全員が未婚でも、同年代でもない。常識的な結婚相手の数はもっと少ない」
しまった。煙に巻こうとして墓穴を掘った。論理に穴が開けばそこから綻びる。
すごく頭が良いな、この王子。本当に8歳児か。
「二回目の見合いで君と初めて会った時、私が出会った同年代の女の子は、君で三人目だった。確かに少ない。君は思慮深いと思った」
リュカオンはゆっくりと、しかしよどむことなく話した。いつもより口数多く畳みかけてくる。
ん?ちょっと待って。今引っかかるワードが。
「でも人付き合いに慣れていない訳ではないぞ。私にだって男友達もいれば、城には女官もいる。50人見合いしてみて、やっぱり君とは気が合うと思った」
「判りました。リュカオン様の仰る通り、人数の問題ではありませんね。しかしまだ見ぬ運命の出会いがあるかもしれませんよ」
「見合い相手は私に適切な50人だ。つまり君は、いや私たちは、結婚相手として一番理想的な二人だろう。いるかどうかも分からないこれ以上の相手を探すのは馬鹿げている」
リュカオンのいう事も筋が通っている気がするが、ここで折れたら婚約である。
「う、うう~ん…」
どうしたものか。焦って手早く済まそうとすると余計に言葉が出てこない。
「反論は仕舞いか?なら婚約に同意だな」
「いいえ、お待ちください」
そこだけは誤解の無い様にハッキリと言う。
しかしまずいぞ、負けそうだ。婚約地雷を踏みたくないという思惑を抜きにしても、私はこんな歳から婚約なんて反対だ。
自分が正しいと思う事を言っているのに何故負ける。相手を丸め込む為の議論ではなく、もっと根本的な理由が必要だ。そもそもの悲劇は、恋も知らず、覚悟もないのに流されて婚約するから起こるのだ。
「決めるのが早いというのは、時期尚早という意味です。もっと年頃になって、結婚を意識してからでも遅くはないでしょう」
「遅いと思う」
「えっ?そ、そんなこと…。そんなことないです。私が言いたかったのは、無理に条件を比較したりしなくても、恋をして、好きな人と結婚するのが目指すべき理想だということです。もし恋が見つからず、適齢期が来てしまったら、その時お見合いをすればよろしいのです」
「そうならないように婚約するのだぞ」
「では十年後、不意に恋をしてしまったらどうなさいますか?婚約などしなければよかったと、きっと後悔なさるでしょう。」
「大丈夫だ。私は君に恋をする」
ッあ―――――――!!お客様!困りますお客様!ああーっ!こんなところで黒歴史製造は困ります!
脳内での激しいツッコミとは裏腹に、私は一呼吸おいてサラリとかわした。
「殿下はお上手ですね」
リュカオンは私の余裕ある塩対応を見て、諦めたように嘆息した。
「君は酷い。終われば婚約できると思って、来る日も来る日も話の通じない相手と面談。あの苦行が無駄になるとは予想していなかった」
ごめんね!?8歳にため息つかせちゃうなんて!?
そりゃあ50回も見合いをするのは大変だったろう。まだまだ恨み言が続くだろうと思って私は途端に身を小さくして聞くことにした。癇癪を起さないだけリュカオンは立派だ。
だが彼はもともと下がった眉尻をさらに下げて、困ったように笑っただけだった。
「まあいい。今日の所は引き下がるとしよう」
優しい。流石正統派王子。
気を取り直して、私はリュカオンのご機嫌を取りにかかる。
「すっかりお茶が冷めてしまいましたね。淹れなおしましょう。お菓子のお代わりはいかがです?」
私の合図でクロードとシャロンがすっと音もなく近づき、新しいお湯と茶葉で素早く茶を淹れなおす。
「そうだ、ご紹介します。私の専属となった近侍のクロードと」
ずい、とシャロンの姿がよく見える様に前へ押し出した。
「侍女のシャロンです」
な~にが、白々しく『そうだ』なものか。虎視眈々と狙っていた瞬間がついに来た。
これはよりは、本日のメインディッシュ『私プロデュース!ヒロインとメイン攻略対象の出会いシーン―勝手にオープニングの巻―』
余計な味付けは必要ないわ。素材で勝負の簡単クッキングよ!
私は表情や反応を見逃さないよう、リュカオンの挙動をじっくり見守った。
「そうか。ユグドラ王太子アルフォンスが第二子リュカオンだ。これからもよろしく頼む」
「ご拝謁叶いまして、光栄でございます」
「同じく、お言葉を賜り恐縮です」
「うん、私の事はリュカオンと呼べ。ローゼリカによく仕えてやってくれ」
二言三言、言葉を交わすとクロードもシャロンもまた元のように部屋の隅に下がってしまった。
ウソ、やだ。終わり?
慌てて二人を手招きする。
「シャロンもクロードもこっち来て。リュカオン様、二人は私達と年が近いんです。二人ともとっても可愛らしいでしょう。自慢の侍女と近侍です」
「良い人が来てくれたようだな。大切にして、仲良くするのだぞ」
あら?思ったような反応が返ってこないな。
「あ、はい。二人が来てくれてから毎日楽しいです。これからは皆で遊びましょう。四人だったら色んな遊びができます」
「私も仲間に入れてもらえるのか。それは嬉しいな」
「シャロンのこの大きな瞳、スミレ色の眼差し、素敵でしょう?」
「うんうん」
それからも、私が必死でシャロンの事を褒めちぎり、シャロンばかりではクロードが可哀相なので、クロードの事も称賛し続けるのを、リュカオンはただにこやかに相槌を打って聞いていた。
「おっと、長居してしまったな。今日は報告だけのつもりでいたのに。また来る」
私が喋り疲れて、再び冷めたお茶をがぶ飲みした所で、リュカオンはおもむろに席を立った。最初に紹介してから、帰り際になっても一度もシャロンの方を見なかった。
私は拍子抜けして、つい気のない返事をしてしまった。
「はあ、是非」
なんか、思ってたんと違う…。
思惑が外れてショックが隠し切れず、呆然としつつも一応玄関ホールまで見送りに出ると、シャロンがこそっと耳打ちしてきた。
「姫様、プレゼントのお礼を申し上げた方がよろしいのでは?」
「ふぇ?」
プレゼントの「プ」と疑問符の「え?」が混ざって空気の抜けたような声が出た。
「お誕生日のプレゼントです」
ああ、そういやそんなこともあったわね。随分前なので忘れていた。
礼状はもちろん送ったが、会えた時には直接言うものだろう。
リュカオンはこれまで別室に控えていた護衛騎士を伴って、まさに馬に乗ろうとしていたところだ。
「では。また近いうちに」
「リュカオン様、お誕生日の贈り物、ありがとうございました。美しい青色が印象的でした」
「気に入ってもらえて何よりだ」
青い柔和な瞳を細めるとリュカオンは颯爽と馬上の人となって王宮へと帰って行った。
プレゼント、気に入ったなんて一言も言っていないのに、王子は随分ポジティブシンキンだなあ。
あー。疲れた。
その時、嘆息していた私は、いつもは服の下に隠している金策のペンダントトップが、シャロンの支度によって今日は胸元で輝いていることに気付いていなかった。