マッチングはスン顔で
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ケイトリンは私と同じ年に入学して、6年通う予定の女生徒である。
入学式に同年の女子が三人しかいないことに驚いた私の質問に、的確に答えてくれたあの子だ。
もう一人のセレーナを加えた私たち三人の友情は、入学以来ずっと続いている。
「あなただったら予約で順番待ちなんてしなくても、いつでも相談に乗ったのに」
「いいのよぉ。急ぎの要件ではなかったし……、きちんと予約をしたら、いつも忙しいあなたを公平に独占できるもの」
席を立って出迎えた私に向かって、ケイトリンはおっとりと微笑んだ。
彼女は色素の薄い茫洋とした瞳を漂わせているが、頭の回転が速く、記憶力も抜群。
人生二週目でちょっと経験豊富なだけの私とは違い、本物の才女だ。
なぜか話し方はとてものんびりなんだけど、その分、しとやかで品が良い。
「それで?今日はどういった相談を?」
ケイトリンを促して、椅子にかける。
「結婚相手をねぇ、紹介していただきたいの」
「けっ、結婚!?ケイトリン、あなた結婚相手を探しているの!?」
驚いて、裏返った声で鸚鵡返しした私を、彼女はクスクス笑った。
「あらぁ、そんなに驚かなくても……年頃の娘なら、ごく普通の悩みじゃなくて?」
確かに、アカデミー女子のほとんどは結婚相手を探しに来ている。貴族女子の結婚と就職は同じものであり、公私ともに人生設計の要なのだ。
しかしケイトリンもセリーナも、無類の勉強好きなので、そんな心算があるとは、これまで全く気づかなかった。
「あなたはてっきり家の決めたお相手があるのかと」
全く話題に登った事がなく、興味なさそうなので、漠然とそう思っていただけだが。
「いいえぇ。家の大切なお役目は、お姉さま方が立派に果たしてくださっている」
どうやら政略結婚する必要はないらしい。
ケイトリンはダルトンデール侯爵家の第四子。
建国時から続く歴史ある家柄で、うちと同じように、自治権を持っていた地方豪族が王家に恭順した経緯がある。学者肌で、過去には宰相を何人も輩出している。
国のかじ取りを担う宰相は、建国以前からアルビオン王家に仕えている家臣の派閥から選ばれるのが通常だ。前世でいう所の外様大名である恭順豪族が、宰相職に抜擢されたことからも、ダルトンデール一族の優秀さは窺い知れる。
「わたくし、四番目だからと甘やかされて、好き勝手させていただいてる自覚はあるのぉ。それで、自由の対価は責任だと考えたのよね」
「だから親まかせではなく、自分で結婚相手を見つけることにしたと」
「そう~、将来のビジョンの一つとしてね。代わりに自活出来るような就職先の紹介でもいいけれど」
「あなたの格に見合う仕事は、素晴らしい結婚相手より少ないでしょうね……」
官吏に登用される男女比がほぼ同等であることから考えて、女性の社会進出が遅れているはずはないのだが、根強い見栄と偏見によって、貴族女性に相応しい仕事とされる職業は極端に少ない。
一般的に認知されているのは、家庭教師と王族女性付きの上級女官。枠は埋まっており、募集があるとは限らない。
あとは自分よりわずかに格上の家の侍女。この場合の侍女は秘書や相談役のような仕事である。お茶ぐらいは入れるだろうが、メイドに近いシャロンのような侍女とは一線を画している。しかし家の格は非常に繊細かつ流動的で複雑な問題であり、何か事情でもない限り、職業として成り立つことは、この国ではほとんどない。
そもそも、上級仕事は身内によって賄われることが多い。よほどの名誉職でない限り、外へ働きに出ることは、家の傾きだとか、金銭的な困窮だとか、結婚しない事情など、余計な憶測を呼んでしまう。
このしがらみが、私たちを生き辛くしている。
女性にもっと職業選択の自由があってほしいと思うけれど、貴族社会に蔓延する偏見と真っ向から戦うには、力が足りない。少しずつ良くするにしても、すぐには無理だ。
だから私たちは、社交で情報操作をして家を盛り上げたり、結婚して婚家の領地経営を手伝ったりするしかないのだ。
「実は当てがあるのよぉ…?」
そんな仕事があるなら私も知りたい。
「王子殿下が結婚したら、妃殿下がお成り遊ばす。新しく女官の枠が生まれるわぁ」
確かに。
我が国には未婚の王子が三人いる。今現在、新しい妃に一番近いのは、第一王子アシュレイ殿下の婚約者、ヴィクトリア様である。
以前お二人の仲を取り持った縁で、今でもヴィクトリア様には可愛がってもらっている。
そこからヴィクトリア様に繋いでくれって話かしら。
しかし、時折お茶会に呼ばれるだけの私が、人事に口出しするのは分を超えている。小さいころから王妃教育を施されてきたヴィクトリアの人事体制に隙はなさそうだ。
いや、紹介するだけなら別にいいのか。向こうもいい人材を探しているかもしれない。
「そうね、ヴィクトリア様に聞くだけなら聞いてみるけど」
「えぇっ、どうしてヴィクトリア様?あなたよ。あなたの侍女に私を雇うのはどうかって」
「私!?同じ侯爵家同士じゃないの」
後ろで控えていたシャロンが動揺してガタッと立ち上がった。侍女として不躾なそれを、ケイトリンは振り返り、笑顔でなだめた。
「シャロンちゃんの仕事を奪おうと言うわけじゃないのよ。ローゼリカが第二王子の妃として、公務で外交をするとなったら、侍女は一人じゃ足りないわぁ。あなたは護衛、社交での秘書役は私に任せて」
今度は私がため息をつく番だ。
第二王子とは勿論リュカオンのことだ。
私とリュカオンが結婚する前提で就職活動をするのはやめてほしい。乙女ゲームのシナリオが始まるまでに婚約なんかしたら、悪役令嬢になってしまって、最悪命に関わるわ。こっちはなんとか逃げ切るために、紙一重の戦いを繰り広げているんだから。
「その人生設計は穴だらけよ。実現する見込みは薄いわ」
「まあ…お似合いなのに。いい加減観念なさいよ」
「とにかく!結婚しても女官にはなれるわ。お相手の条件を教えて」
家柄の良さもさることながら、勉強が好きというだけで、第四子の末娘にアカデミーの六年教育を受けさせていることを考えると、ダルトンデール家は経済状況も潤沢だ。
加えて本人は淑やかな美人。頭が良すぎるせいで、少し変わっているけれど、そこが面白いし、気立ても良くて、珠に瑕などどこにもない。
並の男子では釣り合わない。
「なんでもいいわぁ」
「なんでもいい訳ないわね!?そんな投げやりはダメよ。ちゃんとあなたの才能を活かしたいと考えてくれるような、合理的で度量のある方でないと絶対にダメ」
「ローゼリカが、悪い人を紹介するわけないから、大丈夫という意味よ?」
嬉しい事を言ってくれる。
思わず緩んだ頬を誤魔化すように、書類に目を落とした。
「そうだとしても、考えておかなきゃいけないことはあるわよ。良い悪いじゃない好みの問題ね」
あらかじめ提出してもらうプロフィールに、彼女自身のことはキチンと書かれているが、交際相手の希望条件は白紙である。
「まず相手は男性ってことでいい?」
この国では同性結婚もできる。養子縁組の制度が整っているからだ。
「そうねぇ。出来れば自分で子供を産んでみたいわ」
多様性に関する価値観が先進的であるからこそ、職業選択に関する古臭さは際立っている。
女子の就職と結婚が一つにまとまって切り離しがたい事が問題なのだ。
つまりここは、何がなんでも結婚しなければならない国。乙女ゲームの舞台に相応しいとも言えるが、当事者にしてみれば迷惑千万だ。
「容姿については?髪や目の色、背の高い人が好きとか嫌いとか」
「そういうのは、本当になんでもいいの」
「確かにあなたはこだわりがなさそうね。他にも、明るくて賑やかな人と落ち着いて物静かな人、テンポの合うのんびりした人と能動的でリードしてくれる人、どちらが好きとか気が休まるとか、聞くことは沢山あるけど……」
「あぁ~、確かにそれは好みの問題よね」
条件が沢山書いてあっても、話を聞いて優先順位を確認したり、余計な部分を削ぎ落とし、潜在的な希望を聞き出さなければならない。ここが私のサロンの要である。
「まあ、この辺りは一緒に考えて行くとして……、ご家族のご意向もあるでしょう?」
ケイトリンは一拍置いてから、ニコニコしながら答えた。
「言ってないわ」
「そうなの?じゃあアンケート用紙を渡すから、記入してもらおうかな。方針や優先順位について考えるような内容になっているから……」
「いえ、まず親に言ってないの」
用紙を準備していた私は真顔になって、微笑んでいるケイトリンを見つめ返した。
「……。……いや、なんで?」
いつも淑女らしい柔和な表情を心掛けているけれど、今絶対チベットスナギツネみたいなスン顔になってるわ。
「まず親に相談するのが先でしょ?婚活目的で通っているわけじゃない人に、ご両親の許可なく交際相手を紹介するなんてできないわ」
「でもねぇ、お父様にお願いしたら、家の釣り合いや経歴ばかりの縁談になってしまうでしょう?あなたなら釣り合いだけじゃない相性の良さを重視してくれると思ったの」
買いかぶられている。
私だって真っ先に釣り合いを考えた。彼女のような才媛なら相手は選び放題。周囲も納得するようなハイスペック男子であるほうが、何かと軋轢が少ない。
「つ、釣り合いは大事よ?欠点のないあなたには、欠点のない男性でなければ」
「それは友人の欲目というものよ。あなたはいつも、お互いに補い合うような関係をまとめているじゃない。わたくしにも客観的なアドバイスを願うわ」
まあね。何も美人は美人同士、金持ちは金持ち同士ばかり付き合うのが、釣り合いの取れた関係ではない。上下関係なく、互いの価値を同等に見出すことが大切だ。
「それは勿論、そのつもりだけど……」
これまでも、自分がおススメ出来ない人を紹介したことはないが、友人となれば尚更だ。私はケイトリンの良いところを沢山知っているから、大幅に加点されてしまうのは仕方ない。
となると、なるべく家柄がよく、経歴も素晴らしい人をと考えてしまう。それに、家族に気に入られることも大事なポイントだし……。
「それとねぇ、お父様を経由した話は、おおごとになりそうで怖いの」
「まあね……。それは、わかるわ」
私たちの父親は国の重鎮だ。彼らがひとたび腰を上げたら、中途半端な結末には絶対にならない。早期に収束しなければ、周囲が気を遣い、どんどん大事になって手に負えない。
意に反して後戻りできない恐怖を、ケイトリンも知っているのだろう。
「んー、分かった。とりあえずあなたの気に入る人を探して、いよいよ紹介する段になったらご両親にも報告することにしましょう」
これなら親の介入は最小限で、まずければ事前にストップを掛けてもらうことも可能だ。
「ええ、それでいいわぁ」
この後、ケイトリンの希望条件について、じっくりと聞き取り調査しているうちに、演奏室の使用終了時間が来てしまった。
これまであまり真剣に考えた事がないようだから、条件が曖昧で、こちらで想像力を働かせる必要がある。やりがいのある仕事だわ。
「短い経過報告については、普段顔を合わせた時にさせてもらうわね。良い人が見つかったり、時間が掛かりそうな内容については、こちらから時間を取ります。良い報告をお待ちください」
「はい、わかりました。ではお約束の報酬を……」
「いえ、ちょっと待って。あなただから正直に言うと、今回の仕事はとても難しい。後払いか、せめて少しでも成果をあげてからにしましょう」
「あら、難しい仕事なら、用意していた分だけでなく、追加で報酬を用意しなければね。大丈夫、夏休み明けには皆知っている話よ。気軽に聞いて」
情報は鮮度が命。私は情報通でなければならない。
「わかった、聞かせて」
「来年度、一般女生徒の入学はたった一人だけ。私たちと同じ年らしいわ」




