ポジティブ筋
「二人きりの食事は、浮気心の延長線上にあると今まで思っていたんです。だって友人が異性である必要も、二人きりである必要もないのだから、そこには下心があるに決まってるって」
サラは一番言いにくい事を言ってしまうと、後は堰を切ったように話し出した。
「でも彼が、『僕は男性も女性も恋愛対象だ』と打ち明けてくれたんです。僕はすべての人間に対して下心を抱いていると思われても仕方ないのか。僕のような人間には、気兼ねなく食事出来るような友人が居ることも許されないのか、と言われて初めて、それは絶対に違うと思いました。誰にも、彼から友情を取り上げる権利なんてありません」
え、偉いわあ……!意固地にならずに自分の思い込みを改めるなんて、なかなか出来ないことよ。まだ若いのに、しっかりしてる……!
「自分とは違う意見を受け入れようと思いました。それなのに……、気持ちの整理がつかないんです。勝手に期待して裏切られたような、醜い感情が湧き出てしまって、こんな状態ではまた彼を傷つけてしまう。もう一緒にいられません」
止まっていた涙が再び目に溜まっていく。サラは少し俯いて、静かに溢れた涙をぽたぽたと零した。
「でもそれは、驚いて昨日の今日だから仕方がないんじゃありませんか?もう少し長い目で考えてみても良いのでは」
「驚いただけなら、こんな自分でも嫌になる感情は湧いてこないと思います。だから私、口にするのも恐ろしいんですけど、自分と性指向の違う方を差別しているんじゃないかって。そう思ったら、目の前が真っ暗になって、恥ずかしくて……辛くて……」
「差別とは、理解と真逆の行為です。彼と真摯に向き合おうというあなたが差別だなんて、そのようなことありません」
「本当に、そう思われますか?」
震える声で、途切れ途切れに話していたサラは、すがる様な目で私を見た。
もちろん、心からそう思うわ。適当なご機嫌取りなんかしないわよ。
引っかかっていることがあるなら、この機会に先送りせず向き合ってほしいところだけど、センシティブな話題で、私が相談を受ける内容としては荷が勝ちすぎている。かといって、カウンセラーを紹介して丸投げというのも、頼ってきた人を受け流すみたいで気が引ける。どうしたものだろう。
いや、私に出来ることを全部するしかないわ。
自分の考えを言う。それが私に求められていることよ。
「信用できるカウンセラーをご紹介します。気分の落ち込みが続くようなら相談してみてください。その前に素人の意見を申し上げても?」
「勿論です。そのために来たんですから」
「私が考えるに、あなたのその感情は嫉妬だと思います」
「えっ、でも……、一体誰に?話の中で特定の人物の名前が挙がったわけではないんです」
「ええ、特定の人物がいないから、行き場を失った感情がから回っているというのが私の見解です。例えば、この国の女子の髪は長いのが通例ですが、あなたの彼は短い髪が好みだとしたらどうですか?」
唐突な質問にキョトンとして、サラの涙は引っ込んでしまった。
「それは、やっぱり、複雑な気持ちになると思いますが……」
「そうでしょう?具体的な相手が居なくても、嫉妬することはありますよ」
「短い髪が好きなら、男性の方が好みに近いと思って落ち込んでしまうのかも……」
「そうかもしれません。でもその感情は侮蔑ではなく嫉妬のはずです。長身なあなたが、もし小柄な人が好みだと彼の口から聞いたとしても、同じような葛藤をかかえたのではないでしょうか」
「確かに、そうです」
「小柄な方に偏見など特段持っていないのが普通です。そして恋人に少しくらいヤキモチの感情を抱くのは、愛情の裏返しですよ」
「これは、彼を愛しているから生まれてくる感情だと……?」
「二人が愛し合うゆえに傷つけあう日もあるでしょう。しかし互いに理解しようと努力し、側にいる意思を持ち続けるならば、乗り越えられます」
これで、側にいられないという悩みは解決だ。
私はめでたしめでたし、と微笑んだが、急展開過ぎてサラはついてこれていない。
「一晩中絡まっていた糸が魔法みたいに解けてしまったみたいで……。なんだか実感が湧きませんけど、言われてみると確かに、その通りですね……?」
そうでしょう、そうでしょう。
「感情の原因を他人のせいにしないあなたは誠実です。落ち込まないで」
今一つ腑に落ちないが、側にいられないという思い込みからは解放されたようで、サラは涙を拭いてはにかんだ。
だいたい、素直に受け入れられないから自分は悪い人間だなんて、極端すぎるわよ。むしろ善人しかそんな葛藤を抱えないわ。
「嫉妬深い自覚はありましたが、形のないものにまで嫉妬するなんて困りものですね」
「可愛らしい嫉妬は、恋にとって良いスパイスですよ。ちなみに、目も髪も、身長や声音まで、すべてが理想通り、完璧な存在だと言われたとしたらどうです?」
余裕が出てきたようで、サラは先程より入念に想像出来る様に目を閉じる。しばらくしてパチリと、目を開いた彼女は怪訝に眉をひそめた。
「嬉しいかと思ったのにそうでもないですね。やっぱりモヤモヤします」
「嬉しいかどうかは人によるでしょうね。サラ様は、あなたの恋人が、自分以外と恋をしたかもしれない可能性に嫉妬しているようです。自分とは違うタイプの人も恋愛対象というのは、彼にそういった経験があることに他なりません。好みの条件の数は、ときめきの数でしょう。そして、自分がすべて条件に当てはまっていても、同じ条件なら他の人でも良かったのかと不満に思ってしまう」
「可能性に嫉妬だなんて。可愛らしいどころか、行き過ぎているのでは?」
「あなたは、自分だけに、運命的に恋してほしかった。ロマンチックじゃありませんか。一途で聡明なあなたらしい。そして彼は、考え方次第であなたの望みをかなえてくれる存在ですよ」
「まあ、考え方次第とは?教えてください」
最初はどうなることかと思ったけど、だんだん私向きの内容になってきたわ。
こういう嫉妬とか、運命とか、恋のスパイスだとかが私の土俵なのよ。
「相手の理想が自分とは違うからと言って、落ち込む必要はありません!何故なら!恋は加点方式!!」
私は力強く握りこぶしを掲げた。
「足りないものを求めるより、良いところを積み上げていって、合格ラインに乗ったら勝ちです!!そしてサラ様は、すでにラインに乗っています。勝ち確です」
「勝ち……確」
「例えば!金髪が理想だと、なんとなく思っていたとしても、あなたのことが好きになるにつれ、髪の色なんか何でもいいよなー、となり、最終的には茶色の髪が理想だとなります。気になる部位だから、自然と目に付き、条件にも上がってくるのです。理想との相違は、むしろ相手をあなた色に染めるチャンスです!」
「ポジティブ過ぎる……」
「ポジティブこそパワー!もっとポジティブ力を鍛えていきましょう!」
「そんな筋肉みたいに」
「彼氏がバイセクシャルだと言うなら、この恋は、当初の想定の二倍運命的です!!この広い世界で、女子だけでなく男子も含めた全員を打ち負かし、彼を射止めたのは、他でもないあなたなのですよ!これを快挙と言わずしてなんと言いますか!」
「ライバルの数も倍になるから……ああ、なるほど確かに……」
「友達だって、狭い選択肢より、大勢の中から選んだ方が気の合う人が見つかります。何人いても良い友人とは違い、この国の価値観では恋人は一人です。たった一つの枠を勝ち取ったあなたはまさにシンデレラガール!」
あ。この国にシンデレラの童話なかったわ。
「とにかく、考え方次第で、二倍運命的な恋。ロマンチストなあなたのお気に召しませんか?」
「ちょっと大雑把な気もしますが……」
サラは呆れて苦笑した。
私はその後も立て続けにポジティブ砲をぶっ放し、サラが朗らかに笑うようになって、達成感に満ちたため息をついた。
「ありがとうございます、ローゼリカ様。楽しかったです」
「運命は自分で掴み取るもの。サラ様なら、大丈夫です」
「はい。それでは……、相談のお礼のお話を」
先ほど少し言った通り、この相談室は無償ではない。
人は無償で手に入れたものを軽んじてしまう。お互いの時間を無駄にしないために、ささやかでも報酬をもらうことにしている。
目には目を。情報には情報を。
私が報酬として提示しているのは情報である。
どんな内容でも良い。噂でも、たとえガセネタでも構わない。
ただし、情報源を明らかにすることを条件としている。
たとえ嘘でも噂を知っていることは有意義だし、話の出所を知れば情報の流れの把握に繋がる。
時折、どうしても報酬となる情報がなく、物品で支払われることもあるが、あくまで実家で作っている果実や花などといった、換金性の低いものに限られている。
「これは、友人であるスザンナ・ホッジスから直接聞いた話です。ホッジス家とメイヨーク家の正式な婚約がこの夏休み中に成立します。勿論、ここで話してよいと許可も貰っています。夏休みが明けて新学期が始まった後なら、口外しても構わない、それまでは内密に願うとのことです」
「確かに、報酬を頂戴しました。スザンナ様にはお祝いをお伝えください。同じ内容の相談なら、一つの情報で何度でも受けていただけます。またお話しに来てくださいませ」
サラ・ブライトンを見送り、私はもう一度ため息をついた。
ふう。なんとか元気づけられてよかったな。
いつもは喧嘩の相談にしても、もっとキャッチーな理由だ。真面目で奥手な二人を引き合わせたり、相談と称したノロケを聞くことがほとんど。別れ話だって私が仲人した場合なら、事前情報が多いので、もっと的確なアドバイスができる。
一生懸命やったけど、力不足を感じたわ。
来年監督生になるなら、もっと実力をつけないとね。
「さて、次も新規のかただったわよね。どんな相談かしら。あら?プロフィールはどこ?」
事前に提出された調書を探してキョロキョロする。
いつもは座っている場所からすこし離れたテーブルの上に、まとめて置かれているのに。
「次のかたは、妹の名前を使って申し込まれた男子生徒でしたので、明日の昼休みに時間を変更いたしました」
クロードとシャロンがいつも一緒にいるとはいえ、人の少ない放課後に、個室で男子生徒と会うのは控えている。男子との面談は食堂で行い、人目を憚る話は聞かない。
「じゃあ今日は一人でおしまい?」
「いえ、ご本人のご希望によりサプライズで。ケイトリン・ダルトンデール様でございます」
クロードが扉を開けた向こうから、友人のケイトリンが現れた。
「今日はよろしくねぇ」




