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薔薇茶話会(ばらさわかい)

感想ありがとうございます。励みになります。

 初代のヒロイン、アンジェラのサポート役を務めた私は、その後も2ndの開始に備えて、乙女ゲームサポート力に更なる磨きをかけるべく、学院内で引き続き女生徒の相談を受け付けていた。

 真摯で妥協を許さない活動方針が評判を呼び、規模も内容も次第にエスカレート。

 今や学内では知らぬ者のない月下氷人、屈強な遣り手婆あに成り上がった。

 つまりは、恋愛や結婚相手の相談に来た女子を片っ端からくっつけまくっているのだ。


 とはいえ無責任なやり方はしていない。

 家の外交方針にのっとった、時間をかけて誠実に相性や条件を絞り込むやり方で成就率は高く、アフターフォローも完備。

 おかげさまで予約が途切れたことがなく、少し窮屈な毎日だが、それもシャロンをハッピーエンドに導くまでの辛抱だ。学内の情勢にも目が届き、将来家の外交を手伝う練習にもなって、首尾は上々というところだ。


 一番古い区画の校長室と、新しい区画にある演奏室は学内でも離れていて辿り着くまでに時間がかかる。急ぐあまり、私はほとんど走るような早足で廊下を歩いた。

「そんなに急がれなくとも大丈夫です、ローゼリカ様」

「でも、今はなかなか予約が取れないでしょう?ずっと待たせていたのに遅刻したら、がっかりされてサロンの評判が落ちるわ」

「急に呼び出されたのはローゼリカ様のせいではありませんし、シャロンも先に準備しております。きちんと間を持たせてくれますよ」

 後頭部から声が降ってくる。人が振り返るほどのスピードで歩く私の後ろを、クロードは苦も無くピッタリと付いて来る。


 それもそのはず。

 なにせ足が長いのだ。

 三年前にはまだ、少し大人っぽい美少女だったクロードは、育ちに育って193cm。柔らかい物腰と屈強な肉体を併せ持つ、妖艶な大男へと変貌した。

 癖のある柔らかなブルネットに明るいヘーゼルの猫目。可愛らしかった面影が残る派手な顔立ちと慇懃な態度で、一見クールな鬼畜近侍と思わせつつ、幼い頃と変わらぬ従順さと初々しさのギャップが凄まじい。

 センスが良く、美意識が高いので、私のドレスや小物を選ぶのは、年頃になった今でも彼の仕事だ。シャロンが護衛を兼任している代わりに、クロードは侍女の仕事を手伝っている。

 成長期が終わった後、初恋を打ち砕くバリトンボイスを聞いて『クロードってクローディアちゃんって名前の愛称だと思ってた……!』と泣き崩れる男子を三人は見かけたが、ほんの氷山の一角だろう。


「そうそう、演奏室を占拠しているというクレームがあるみたい。監督生になったら専用の談話室を使わせてくれるらしいから、今年度の残りは別の場所を探さなくてはね」

「そのようなことがありましょうか」

 温厚なクロードが珍しくムッとした表情を見せた。

「使う方の邪魔にならないように、最低でも一つは演奏室が空いている状態を確認しておりましたし、埋まった時は他に使う方がいらっしゃらなくとも別の場所へ移動しておりました。クレームなど言い掛かりです」

「そうね、でも本来の目的で使っていないことは確かだもの。これからは気候の良い季節だから、場所はどこでも構わないでしょう」

 オープンテラスとか、人の少ない場所で使用許可を取ってもいいかもしれないわね。

「自分たちでテーブルセットを持ち込んだら、私たちの選んだお茶菓子でおもてなしできるものね」

「ローゼリカ様がそうなさりたいのでしたら……」


 我ながら名案だわ。

 演奏室は個室になっていて、最初にヴィクトリアの相談に乗った流れで使って来たが、飲食が出来なかった。

 でも飲食なしの面談はあまりに事務的過ぎる。だから妖怪仲人ババアみたいになるのよ。

 『ティータイムに恋愛相談』の延長線上で居たいの、私は。甘くても苦くても、恋バナにはお菓子が必要不可欠ってこと!

 お茶を頂きながら優雅におしゃべり、それこそ私が目指すサロンの姿!

 上機嫌で颯爽と演奏室に入ると、シャロンと共に泣き腫らした目の女生徒が待っていた。


「……」

「……」

 私のテンションはダダ下がり。

「お…遅れてしまってごめんなさい…」

 ナニコレ、どういう状況?

 いつもは依頼人より先に演奏室へ入り、資料を確認する時間を設けている。学長から急な呼び出しがあったとはいえ、余裕を取っておいた時間が潰れただけで、そんなに長く待たせたわけではない。

 まさか私が二、三分遅刻したせいで泣いているわけじゃないわよね?

 私の元気の良さが場違いなことしか分からないわ。

 シャロンに目配せしても小さく首を振るだけだ。

 とにかく動揺してはいけない。冷静に、そういう展開も想定内でしたって風を装わなければ。

「積もるお話があるご様子。早速始めましょうね」


 席に着き、シャロンが差し出した資料を横目でチラリと確認する。

 サラ・ブライトンは一昨年入学した三年教育の女生徒で、今年卒業予定だ。濃いダークブロンドでスラリとしており、利発そうな顔立ちだが、今は情けない表情で見る影もない。

 私はなるべく平静を装って、いつも通りの質問をした。

「サラ・ブライトン様はわたくしどもの紹介でお付き合いを始めた方ではありませんね。調書が少ないですから、回答にはお時間をいただくこともあるとご了承ください。それで今日は、どのようなご相談に?」

「本当は別のお話を聞いていただくつもりだったのですが、昨日、彼と些細なことで喧嘩してしまったんです」

「まあ……、それは辛かったですね」

「今日は待ちに待った薔薇茶話会があると浮かれていて、軽率なことを口走った私に非があったので、その場でお互いに謝って仲直りしたんですけれど……。喧嘩の言い合いの最中に……」

 サラは言いにくそうに言葉を切った。


 この仲人面談は『薔薇茶話会』などという典雅な通称があるようだ。知らなかったわ。全然お茶もお出ししていないのに。看板に偽りがある。

「あの、ここで話したことは秘密にしてもらえるんですよね?」

「勿論です。プライバシーに係わる相談もありますから、私たちは守秘義務を負う前提でお話を聞いています。詳しいことはこちらに」

 私は相手を安心させるよう、にこやかに頷いて、あらかじめ用意していた誓約内容と免責事項が記された書面を、ついと机の上に滑らせる。

 そこには守秘義務の条件の他にも、相談内容に対する助言や調査が主な業務であり、問題の解決を保証するものではないこと。最終判断は自分で行い、不利益の責任は一切負わないことなどが細かく書かれている。それから報酬は金銭ではないが、無償ではないことも。

 この辺りは評判として広く流布している上に、予約申し込みの時点で了承を得るが、軽く読み流している者をゼロにすることは出来ない。

「ただし、私の活動は趣味の範囲内です。犯罪行為の事実を知った場合は通報の義務が優先されます。犯罪行為というは、軽微な法律違反ではなくて、刑事訴追を免れないような……」

「犯罪だなんてそんな!」

「親しいパートナー間でも人権侵害の問題は起きますし、人には話しにくい内容でも、泣き寝入りしないで済むよう一緒に考えますから大丈夫ですよ」

 DVなどパートナー間の問題は顕在化しにくく、周囲が気付かないうちにエスカレートしてしまう。当事者の意識改革と外部の介入が不可欠だ。


「ち、違います。喧嘩といっても、全くそういう話ではないんです。今日ここで価値観の違いを相談しようと思って、浮気の境界線について、彼と話し合っていたのですけど……」

 人の恋愛観が分かる、どこから先が浮気になるかというアレね。

 キスからアウトだとか、二人きりの食事はすでにアウトだとか、境界線はいくつもあり、価値観の違いはそう簡単に変えられるものではないので、喧嘩になっても不思議はない。

 この手の悩み相談はよくある。DVでなくて何よりだわ。

 さてどうやって慰めたものかしら。内容を聞いてみないと何とも言えないけれど、論理の道筋を立てながら話を聞かないと。

 さっとノートを開いて、メモを取る準備をしながら話の続きを聞く。


「こういう場合はどうだとか、話が細かくなるに連れてどんどん脱線していって、男女間の友情は成立するかどうかで言い争いになってしまって」

 ふむふむ。成立する派としない派の意見は平行線で、ケンカになりやすい議題よね。

 成立する派は、相性がよく人間として尊重できる相手であっても、恋にはトキメキが重要だと考えていて、友情と恋を明確に分けている。よって成立する派の中では、性別に左右されない友情が存在するのだ。

 一方成立しない派はその内訳がいくつかあって、友人には同性間の共感を重視している勢。友達と思っていても恋心を抱く可能性もあるだろうと考える、関係は移ろう勢。それからこの世に男女の友情は存在するだろうが、実体験はないので、見たことないものは信じない勢などがいる。


「それで私、そんなつもりじゃなかったんですけど……」

 うん、喧嘩ってそんなつもりじゃないところから始まるのよ。わかるわ。

「不安がるのは信用してないからだろうって言われて悔しくて、異性の友人と二人きりになるのは下心があるからだと言ってしまったんです。そうしたら彼が…………………

って……」

 サラは小声で不明瞭に呟いた。私がキョトンと小首を傾げると、彼女は自分の声が小さくて聞き取れなかったことを重々承知しているようで、モゴモゴと言い直す。

「ですから、その……、図らずも、彼が………………ってことが……」

 私は急かさず根気よく待った。彼女は抱えきれない想いを誰かに聞いてほしいのだ。必ず言う。

 言いにくそうにどんどん俯いていたサラが覚悟を決めたように顔を上げた。


「言い争いの結果、彼がバイセクシャルだってことが、発覚したんです!」


 おっとォ!?予想のナナメ上!

 相談内容がそこに着地するとは思ってなかったわ!?


 性指向は隠す事でも恥じる事でもないけれど、本人の許可なくペラペラ言いふらすのは確かにデリカシーがない。

 とはいえ、それは本人もよくわかっている様子だし、思い詰めてのことだろう。

 青少年の友人に相談しにくい悩み事の受け皿になれているなら、この活動も自己満足だけでなく報われるというものだ。

 何か偏見や誤解があるなら、改めて考えられるきっかけを作れればいいのだけど。


 サラは驚いたでしょう!?という目で、私の返答を待っている。

 確かに話の流れが変化球だったので驚いたが……。

 でもこの人、ちゃんと謝って仲直りしたって言ってたよね。何を泣きはらすほど思い詰めているのかしら。

「それであなたは……」

 ちょっと待って。私を頼りにして相談しに来てくれたのに、あなたの悩みがサッパリ見当もつきませんなんて言ったらガッカリしちゃうかもしれない。

 こう、ちゃんと分かってるけど、あなたの口から聞きたい、みたいなニュアンスで行きましょう。

 嘘をつくって訳じゃなくて、ちょっとくらいの虚勢は必要なことよ。

「きちんと仲直りしたあなたは、立派だと思います。何を恥じることがありますか。整理がつかない気持ちは私がお聞きしますよ」


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[良い点] ひたすらに楽しかった‼️ 悪役令嬢モノ?が好きで…転生した世界でひたすら推し(ヒロインと…本人が信じている少女)の為に奮闘する主人公ゎ魅力的でポジティブな思考ゎ読んでいて楽しく癒される …
[一言] クロードでっかいww 初恋泥棒どころか、初恋クラッシャーだった!! わたし、ローゼリカちゃんのオタクなくせにやたらとリアリストな考え大好きです
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